Feederインタビュー

Thursday, March 15th 2012

interview

Ebony Bones!

--- えぇと、カールは今度のアルバムの全曲でドラムを叩いているんですか。

「あぁ、全曲カールが叩いているよ。アルバムに収録されなかった曲がいくつかあって、それはツアーのタイミングを見ながら何らかの形で発表していくことになると思うけど、その曲も含めて全ての曲でカールがドラムを叩いた」

--- ゲスト出演等はありますか?

「アジアン・カンフー・ジェネレーションのマサフミ・ゴトウとザ・ハイエイタスのタケシ・ホソミだね。タケシと初めて会ったのはずいぶん前で、確かその時に、フィーダーから影響を受けたって話をしてくれたんだ。当時はまだ違うバンド・・・エルレガーデンにいたんだけどね、彼は。ラジオで彼が僕にインタビューしてくれたこともあった。その後、しばらくメールのやり取りをしていたんだけど、何となく音信不通になってしまって・・・そしたらタカがアジアン・カンフー・ジェネレーションのライヴを観に行ったのをきっかけに、あのバンドのメンバーを通じてまたタケシとも連絡がついた。そしてフジロックの時は飛び入りで僕らとニルヴァーナのカヴァーをやった」

--- はい、はい。

「その時に僕の方から、フィーダーのアルバムで1曲、ヴォーカルをやってもらえないかって頼んだんだ。彼も是非やりたいと言ってくれたんで話はまとまり(笑)、あとは近年のテクノロジー、インターネットを使って送ったトラックに彼がヴォーカルを入れ・・・と。すごくうまくいったよ。彼も、とてもいい仕事をしてくれたと思う。“ジェネレイション〜”は僕のヴァージョンと彼のヴァージョン・・・彼の歌に僕がハーモニーを付けたり2人で歌ってりしているヴァージョンがあるわけだ。アジアン・カンフー・ジェネレーションは、タカが先に日本でライヴを観て知り合になっていたんだけど、フジロックの数日前に韓国のフェスで一緒になって、そこで僕も紹介されて一緒にビールを飲みながら話をして・・・、で、これも僕の方からヴォーカルを入れてもらえるかと頼んだ。彼も快く引き受けてくれたんだけど、ちょうどものすごく忙しい時期だったらしくて、自分のアルバムも仕上げの段階だったみたいだし・・・しかも日本語に訳して歌うためにメロディを微調整したり、色々と作業が大変だったと思うんだよね。でも本当に素晴らしい仕事をしてくれたと思うよ」

--- じゃあ、そのへんは彼にお任せだったんですね。

「うん。きみもよくわかると思うけど、英語から日本語にそのまま訳してもメロディに乗らないし、いずれにしても英語のメロディのままじゃうまくいかないのは僕も承知していたからね。だから、彼の方でも英語詞に近い響きの言葉を探したり、努力をしてくれたみたいだけど、僕はむしろ最初から日本語だったように聴こえる歌にしてほしかったから、そこは彼にまかせた。英語の歌詞も一部残っているからミックスではあるけど、でも、すごくいい仕上がりになっていると思うよ。日本のクールなバンドと一緒に仕事ができて嬉しいよ。それぞれのバンドの音楽も僕はよく聴いている。カッコイイよね。似ているところもたくさんあると思うし。ザ・ハイエイタスにしてもアジアン・カンフー・ジェネレーションにしても、よく聴くと僕らがやっていることにすごく近いのがわかる。どっちもクールなバンドで僕は大好きだよ。今回のことは心から感謝しているし、将来的にもまた何か一緒にやってみたい。あるいは、また違う日本のバンドと組んでみるのも面白いかもしれないし」

--- アジアン・カンフー・ジェネレーションは自分たちでフェスも主催しているし・・・。

「知ってる、知ってる。そういう話もしてるんだ。去年、僕らに出てほしいって言ってくれてたんだけど、僕らの方で出来なくて・・・何かとぶつかったんだよな・・・、フジロックと近すぎたんだったか何だったか・・・とにかく何か問題があって実現しなくて・・・。でも、すごくいいフェスティヴァルらしいね。ウィーザーとか、マニック・ストリート・プリーチャーズも出てるみたいだし・・・」

--- えぇ。

「だから、可能性はあるよ。彼らの方でまだ僕らに興味を持ってくれているのなら、やってみたい。面白いと思う」

--- それはいいですね。

「とにかく、今回のコラボレーションはそれだけだよ。こっちで考えていたこともあったんだけど、今回はうまく実現しなかった。他のアーティストと組んでやるのは楽しいんですよね」

--- こうやってアルバムに入れるのは初めてじゃないですか?

「日本のアーティストと一緒にやるのはもちろん初めてだし、こっちでは・・・僕はプロダクションや曲作りでコラボレーションしたことはあるけれど、それをフィーダーのレコードに入れるたことはないから・・・そうだね。今回のことは、日本の人たちに興味を持ってもらえれば、と考えてのことなんだ。僕らはもちろん、毎回レコードを出せば日本でツアーをしているけれど、もっと幅広く活動したいと思っていて、そのためにオーディエンスの幅が広がることを願っている。こういうコラボレーションを通じて、彼らのフアンにも僕らのことを知ってもらえれば、と。逆に、こっちの音楽フアンに僕らを通じてアジアン・カンフー・ジェネレーションやザ・ハイエイタスのことを知ってもらえる可能性もあるから、どちらにとっても効果があるんじゃないかな。僕らとしてはとにかく、僕らの音楽を日本のもっと色々な人に聴いてもらいたいんだよ」

--- とすると、アジアン・カンフー・ジェネレーションのフェスはもってこいの場ですね。

「うん。彼らのフェスでもいいし、他のフェスでもいいし・・・、このアルバムでは今まで以上に日本で活動したいと思っているんだ」

--- 震災からそろそろ1年。日本ツアーの状況も元に戻ってきています。

「そうだろうね。震災後に僕も1度、日本に行ったけど、タカはその後、もう一回行って、被災地でイノランと一緒に少し活動してきたから・・・。彼もフジで僕らと共演している。タカは彼のソロ・アルバムでベースを弾いたりして、親しくしているんだ。日本の状況については、いろんな人から聞いてはいるけど、またできるだけ早いタイミングで行きたいんだよね。僕は個人的に3月末に日本に行く可能性があるんだけど・・・」

--- あ、そうなんですか?

「友達の結婚式でね(笑)。ただ、ちょうどアルバムがリリースになる週なんで、まだ行けるかどうかわからない。もし行けたら、何本かインタビューを受けられるかもしれない。特に、アジアン・カンフー・ジェネレーションやハイエイタスのメンバーとの対談ができたらいいんじゃないか、とか・・・まぁ、まだ全然、仮の話だけどね、話には出ているよ。日本は何しろ遠くて費用がかかるから・・・」

--- ははは。

「でも、僕らにとっては本当に大切な場所だし、今まで以上の結果が出せるはずだと信じているから」

--- 今日のインタビュアーも、今回のアルバムは日本のフアンに喜ばれるだろうと言っていますよ。

「気に入ってくれたのかな」

--- そのようです。

「よかった。こっちでも、けっこう評判はいいんだ。僕らが目指しているのは、アルバムとして最初から最後まで通しで聴いて楽しめる作品。あまり長尺ではなくて、簡潔に言いたいことを伝えられるアルバムなんだ。アナログの時代、片面に5〜6曲づつ入っていて、どちらの面も同じように良くて・・・っていう、そういうアルバムがたくさんあったけど、最近はシングルの2曲を除いたらあとは捨て曲・・・みたいなアルバムが多くて、僕はそれがすごくイヤなんだ。iTunes やiPodで音楽を聴くのが主流な今の時代、アルバムとして音楽を聴きたいという人は多くないのかもしれないし、そこにこだわる僕らも古いのかもしれないけど、そんなことは気にせず、曲順もよく考えて、70年代みたいな、昔ながらのやり方でアルバムをツクったつもりだよ。その意味でも、僕らの初期のアルバムに近いのかな。1つ1つの曲に存在意義がある、そういうアルバムだ。だからライヴでも全曲やりたいくらい。どの曲にも思い入れがあって大切だから、どれも聴いてもらいたいんだよね。それでなくても持ち曲が多いから、選ぶのが大変なんだけど」

--- (笑)

「でも、もうリハーサルはしてるんだよ。今の段階で既に、新しいアルバムの10曲・・・11曲かな・・・は演奏できるようになっている。なかなかのものだ。全曲やるわけにはいかないだろうし、ライヴではヴァージョン違いでやる曲も出てくるかもしれないけど・・・うん、でも、ライヴもいい感じだ。ギターとサポートのキーボードだけのヴァージョンがあったり・・・、でも、こっちでやってみて、もしツアーの規模が大きくなっていくようなら編成を変えていくかもしれない。ギターも2本になるかも。現状は最低限の、3人プラス、横にキーボード・・・というのがいい感じだけどね。だから、フジロックの時と同じだね、今のところは。日本に行く頃には増えているかもしれないし、わからないけどさ(笑)。でも、3人編成というところには、こだわりがあるんだ。3人でやっていて、キーボードがヘルプに入っている・・・というのが、見た目にも納得がいく、というか・・・」

--- ラジオでは新曲をギターの弾き語りでやっているようですね。

「うん。ライヴでもアコースティックを入れることを考えているんだ。全編ラウドでいくんじゃなくて、途中、何曲か・・・まぁ、僕はアコースティックは緊張しちゃうんだけどさ。でも、日本って不思議なくらいアコースティックが人気あるよね。実は、向こう数ヶ月のうちにアコースティックのちょっとしたアルバムを作ることも考えているんだよ」

--- へぇ〜。

「シングルじゃなかった曲とか・・・昔のフィーダーの曲とか。B面曲とか。まったくのアコースティックではなく、セミ・アコースティックってことになるかもしれないけどね。キーボードが入ったりとかして。まぁ、とにかく少しそぎ落とした音でやってみようか、と。今までやったことがなかったし、そういうレコードがあったらいいんじゃないかって話は前からよく持ちかけられていたから。とりあえず、日本のライヴでは僕の弾き語りというのも何曲か入る可能性はある。やる側にとっても、曲を根本的なところまで削ぎ落としてみるのは興味深い」

--- タカもワインの1杯ぐらい飲む時間があると嬉しいかも。

「だね(笑)。あいつはアコースティック大歓迎だよ。さっさとステージ脇に消えて飲んでいる・・・(笑)・・・というのは冗談で、たぶんあいつにもアコースティックで弾いてもらうこといなると思う。そんなラクはさせられない(笑)」

--- ありがとうございました。最後に何か、日本のフアンに言っておきたいことはありますか。

「まぁ・・・いつもと同じことになっちゃうけど、僕らは日本が大好きで、日本での演奏には特に力が入るんだ。応援に感謝すると同時に、今年はいつも以上に日本で頑張りたいと思っているから、また是非、支えてほしい。いつも以上に、というのは、ひとつには東京・大阪・・・と誰もが回る大きな町だけではなく、色々な場所でライヴを、小規模でもいいからやって、今まで知らなかった人にもフィーダーの存在を知ってもらいたいというのがあって・・・」

--- それはいいですね

「だろ?このさい、1ケ月ぐらいかけて念入りにツアーしたいと思っているんだ。例えばアジアン・カンフー・ジェネレーションの前座という形でもいい。面白いんじゃないかな。今までそういうのはやったことがないけど、アジアン・カンフー・ジェネレーションだったら組み合わせとしても面白そうだし、日本のバンドが普段回っているようなインディな会場でやったりとか・・・。もちろん、僕らの日本ツアーは通常だってそんなに巨大な会場でやっているわけじゃないが、東京ではそれなりに大きなところでやっているから・・・」

--- だから、フィーダーは小さなところではやらないだろうと思っている人も多いかも。

「そんなこと全然ないんだよ。観に来てくれる人がいるなら、どんな会場だって僕らは喜んでやる。そんなエゴは僕らには無い。そもそも、知らないバンドを初めて観るなら、小さくて親密感のある会場の方が良さが伝わるというものだ。それもまた『レネゲイズ』の活動を経て改めて感じたことかもしれないな、そういえば。とにかく、新しいアルバムを聴いて是非楽しんでくれ」

--- 髪型については何も言わなくていい?(笑)

「おっと・・・(笑)。そういえば短く切っちゃったんだよ。というのも、水泳をよくやるもんだから長いと面倒で・・・。ちょっとだけ切るつもりが、その場の勢いで『全部切っちゃっていいよ』って言っちゃってさ(笑)。子供の頃こういう髪型だったなっていう・・・自分ではちょっと懐かしい感じなんだけど、確かに違和感あるかもね、みんなには。自分でも、あるはずのものがないのって、ちょっとヘンな感じはするよ。でも、けっこう評判いいんだよ。新しいアルバムも出ることだし、心機一転ってことでね(笑)。まぁ、日本に行く頃には元通りかもしれないけど」

    • Generation Freak Show
      Feeder
    • 昨年でデビュー15年をむかえ、さらなるステージへと飛躍する、フィーダー・ニュー・チャプターの幕開けとなる通算8作目のオリジナル・アルバム完成!! 日本盤ボーナストラック収録!
      日本盤:2012年04月18日発売
profile

グラント・ニコラス(vo&g) / タカ・ヒロセ(b)

1992年結成。南ウェールズ出身のグラント・ニコラス(ギター、ヴォーカル)とジョン・リー(ドラム)がロンドンに移り、そこでバンド・メンバー募集の広告を通じてタカ・ヒロセ(ベース)と1995年に出会う。

1996年春に「スイム」と名付けられたミニ・アルバムでデビュー。その後シングルを数枚リリースした後に1997年5月にデビュー・アルバム「ポリシーン」を発表。「METAL HAMMER」誌ではアルバム・オブ・ジ・イヤーに選ばれたこのアルバムは、同年秋にリリースされスマッシュ・ヒットを記録した"ハイ"を収録して再リリースされることになった。その後はアメリカへも進出を図り、長期のツアーを98年には行う。

そのツアー後セカンド・アルバム「イエスタデイ・ウェント・トゥー・スーン」をレコーディングし、アルバム前にシングルを2枚リリースし、ウォームアップ・ツアーをこなした後、99年にそのアルバムはリリースされ、全英総合チャートで初登場7位を記録した。この年にはイギリスでの数多くのフェスティヴァルに出演、ツアーを大成功におさめた。この年にフジロックフェスティバルでも遂に初来日を果たすこととなった。2000年1月には初の単独来日公演も成功に収めている。

2001年にはギル・ノートンをプロデューサーに迎えた「エコー・パーク」を発表。全英アルバム・チャートでも堂々の初登場5位を記録した。バンドはヨーロッパ、日本、アメリカと勢力的にツアーを行う。この年は再びフジロックフェスティバルのステージを踏むこととなった。

2002年1月にはジョンが自宅にて自らの命を絶つ、という突然の悲劇が訪れる。残された2人のメンバーはその悲報を乗り越え「あくまでも前進していく」という道を選択した。3月スカンク・アナンシーの元メンバー、マーク・リチャードソンをサポート・ドラマーに迎え、デモ制作からそのまま新作のレコーディングに突入、完成した4thアルバム「コンフォート・イン・サウンド」は10月にリリースされ、全英初登場6位となり50万枚以上のセールスを記録している。2003年3月には2度目の来日公演を行った。

翌年を新作の制作に費やしたバンドは2005年には通算5作目のアルバム「プッシング・ザ・センシズ」を発表、全英初登場2位を記録した。このアルバムからマークが正式メンバーとなった。アルバム発売直後には英ダウンロード・フェスティヴァルでヘッドライナーを努めた。その後春にはヨーロッパ・ツアーを行い、また、R.E.M、U2のヨーロッパ公演でのサポート・アクトにも抜擢された。そして7月にはフジロックフェスティバルに3度目の出演を果たした(ホワイト・ステージに登場)。その後11月には単独公演が大成功のうちに終了。

2006年には「シングルス」と題されたベスト・アルバムを発表。前作同様全英最高2位を記録した。その年末には日本に再びツアーで訪れている。

2008年、通算6作目となるアルバム「サイレント・クライ」発表、全英では8位を記録した。その年の夏にフジロックではレッドマーキーのヘッドライナーを努め、英レディング/リーズでもメイン・ステージに登場した。翌年2月には来日公演を行うも、その後マークの脱退が発表された。

2010年スリーピースのシンプルな編成でステージを行う別プロジェクト「レネゲイズ」の活動を開始。6月には代官山UNITにて来日公演えお行う。2011年通算5度の出演を経てフジロックのグリーン・ステージに登場。ラストにはかねてより親交のあるLUNA SEAのINORAN氏とthe HIATUSの細美武士氏が飛び入りで登場。ニルヴァーナの“ブリード”をカヴァーして話題となった。

(ビクターエンタテインメント公式サイトより)

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