アヴィシャイ 『Seven Seas』 国内盤

Monday, May 30th 2011

『Gently Disturbed』 の美しき荒々しさを思い出してしまった。

　確実にイスラエルがキテいる。泥沼化するパレスチナ問題に眉をひそめる一方で、芸能、特にジャズの分野にかぎって言えば、ここ何年かのイスラエル出身アーティストの活躍ぶりには目を見張るものがある。オマー・アヴィタル、エリ・デジブリ、ヤロン・ヘルマン、そして本稿の主人公でもあるアヴィシャイ・コーエン。これらの名を知らなければ、もはや”もぐり”であるとさえする、そんな勢いだ。ニューヨーク最前線ジャズの”いま”を体感したいのであれば、彼らのアルバムを聴いて、とにかくギグに足を運ぶこと、これがジャズ好きニューヨーカーたちの合言葉になっている、と高を括りたいほどに。

　そんなイスラエルからの上京タレントへの期待値が未曾有の ”アゲ” を記録する中、アヴィシャイ・コーエンの新録アルバム『Seven Seas』がブルーノートより届けられることが決まった。ちなみに、オフィシャルHPでは表題曲が先行フリー・ダウンロードできるそうなので、そちらも是非。

　『Seven Seas』は、ブルーノート移籍第一弾となる前作『Aurora』とほぼ同じ録音メンバー（ステファン・ベルモンドが不参加）で、スウェーデンのゴセンブルグ・スタジオで録音されている。つまり、『Aurora』発表後の世界ツアーを経て、よりタイトに引き締まったグループのアンサンブルを今一度きちんと記録しておこう、という意図がかなり明確に窺える作品となっている。

　だからして、多くのリスナーによって「ワールド・ミュージック然としたヴォーカル作品」と評された 『Aurora』の”続編的”なクレズマー系歌モノ要素がやや強いと感じるのかもしれない。冒頭いきなりの2曲、「Dreaming」、「About a Tree」において、アヴィシャイ本人やジェニー・ニルソンのハミング・ヴォーカルが流麗に乗るサマなどは、あたかも。 カレン・マルカのヴォーカル、シャイ・マエストロのピアノ、イタマール・ドアリのパーカッションにも、 ”続編的” がゆえのと言うべきか、すんなりと奥まで染み入ることを許してしまうだけの安堵感が漂う・・・とは言え、これがブルシットな既知感に直結しないところにアヴィシャイの高才たる所以があるわけなのだが。





　当初はいくらか消極的なイメージが先行したものの、聴き込むほどに味わいが広がっていく、印象がひっくり返っていく、それが良質な音楽（自分と波長の合う音楽）のある種意地の悪いところであり、真髄でもあり。さも当たり前のように「『Aurora』の続編的」と言ってはみたものの、聴き込み方によっては、そのイメージからどんどん乖離していくのだから、始末に負えないおもしろさがあるということだ。少々強引かも知れないが、「Seven Seas」、「Ani Aff」、「Two Roses」などでは、『Gently Disturbed』で圧倒されたような美しい「荒々しさ」を体感することもできる。

　『Gently Disturbed』。衒いのないピアノ・トリオ・フォーマット録音ではあるものの、ほかの何モノにも属さない特異なメロディ、リズム、そこに内在する爆発寸前のテンションの気泡に溢れ返った世界を築き上ることに成功した逸品だ。そこでのアヴィシャイのウッド・ベースは、軽快なピチカートから腰の入った殴打（ハンマリング）まで、徹底したリズムコンシャスぶりを見せつけながら律動の中核を司る。そして、マーク・ジュリアーナの太鼓と懇ろ状態。やがて仕込まれた、化け物のような変拍子の渦は、シャイ・マエストロの無垢で美麗なピアニズムを仕留めてやろうと猛スピードでチェイスし、覆いかぶさる。まさに、「紳士に荒れる」→「そっと狂う」といった具合のパラドックス・タイトルは言い得て妙だったりする。そんな三者の組んず解れつの緊張関係によって構築された「Pinzin Kinzin」、「The Ever Evolving Etude」、「Variations In G Minor」などは、この『Seven Seas』に収められている一部楽曲を耳にするたびに自然と思い返されてしまうほどだ。

　クレズマー系の歌モノ要素、またはECM系の原野風景要素を含んだ表層的な『Aurora』との類似性はあるものの、むしろその同一線上にある共通項を挙げるとするならば、一聴してそれと判る見事なまでの ”アヴィシャイ節” が、コンポージングからアレンジ、フレージングに至る隅々までにしみついていることをトリオ録音の中できっちりと証明した『Gently Disturbed』の方に多々見い出すことができるのかもしれない。もちろん、近作にかぎった比較の中でということだが。

　既知感をやけに強調してしまったが、Criss Cross からのリーダー作品でおなじみのサックス奏者ジミー・グリーン、スウェーデンの名門ボーヒュスレーン・ビッグバンドに在籍するトロンボーン奏者ビョーン・サミュエルソンら豪華四管をフロントに揃えた楽曲など、フレッシュな要素もかなり多いことはしっかりと付け加えておきたい。





　果たしてこの『Seven Seas』は、皆さんの耳にはどのような印象をもって届くのだろうか？ 盟友エイモス・ホフマンは参加しているが、それほどウードの重用は感じられないし・・・ましてや、イスラエルという出自要素をあからさまに引用している箇所は多いとは言えない。ただし、「七つの海」というだけあって、出自不明な複数の世界観が介在しているムードはたしかにあるぞ・・・

　ちなみに、「七つの海」とは、中世の大航海時代から様々な歴史的変遷を経て、現在においては「北太平洋、南太平洋、北大西洋、南大西洋、インド洋、南氷洋（南極海）、北極洋（北極海）」の七大洋を指しているという。

　すなわち、シンドバッドよろしく、現代ジャズ千夜一夜物語の主人公アヴィシャイ・コーエンが「七つの海」を支配するための”魔法の書”。それがこの新録アルバム『Seaven Seas』にあたるということ。そして、”中東のシリコンバレー”たる先進ぶりは音楽においても鮮やかなり、という強引すぎる概括をもって、失礼ながら了。



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