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2010年11月24日 (水)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第26回

「ヴァントとチェリビダッケ―90年代の二大巨匠によるブル8祭り」

 自分にとって、10月末から11月は厄のような期間である。毎年のよう風邪を引くし、高熱にうなされるやら、飛行機乗り過ごすやら、恋人に捨てられるやら、してもいない借金を催促してくる輩に首を絞められる夢を見るやら、サイテーなことばかりこの期間に集中してしまう。もしかしたら死ぬのもこの時期になっちまうんだろうなあとシンミリ気弱になったり、これは神からの試練なのだ、ここを乗り切って新しい自分に生まれ変わるんじゃー!などとむやみに勢いづいてみたり、精神的にもホント忙しい。
 外に出てもロクなことがないので、門扉を堅く閉ざし家屋に籠りて日がな経文でも唱えるべえか、などとも考えてみる。しかし、さすがにそうはいかない。面白そうなコンサートが集中するのはこの時期なのだ。

 ちょうど20年前、1990年のこの時期にも、超弩級の演奏会が続いたものだった。チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル、そしてヴァント指揮北ドイツ放送響が、揃ってブルックナーの交響曲第8番を演奏したのだった。両者とも、会場はサントリーホール。90年代の二大巨匠によるブル8祭り、といったところか。
 この二つの演奏会、わたしは行かなかった。チェリビダッケのほうは、ブラームスの交響曲がメインの演奏会に足を運び、圧倒的な音楽に呆然となった(今でも、脳のどこかが呆然としたまんまだ)が、ブルックナーの演奏会に関しては「ブルックナーそんなに興味ないし、金ないし」と舐めた態度で高らかに宣言、門扉を堅く閉ざし家屋に籠りて日がな経文でも唱えていたのである。
 なんたる阿呆。憤りのあまり、当時のわたしの部屋に押し掛け、おもむろに布団をひっぺがし、二十歳そこいらの自分の間抜け面にツバ飛ばしつつ「這いつくばってでもサントリーホールへ行け、血を売ってでもチケットを買え」と叱咤したい気分で胸がちくちくする思い。

  そのときのブルックナーが、サントリーホールへ行かずとも、血を売るまでもなく、自宅でぬくぬくとしたまま、録音で聴けるようになった。先にチェリビダッケ、そして今回ヴァントのライヴ演奏がリリースされたのだ。
 このヴァントのブルックナーは、ほぼ絶頂期の演奏といっていい。彼は晩年に向かうにつれて、その音楽の流れを途切れさせてまでも局部肥大化、つまり説明的になっていく傾向があった。この演奏でも、そうした徴候(舩木篤也さんがライナーノーツでいくつか具体的に触れている)もあるが、流れが淀むようなところはまったくない。どちらかといえば、それがいいアクセントにさえなっている。
 なんといっても、これぞヴァントの辛口ブルックナーというべき、壮年期の引き締まった響きで聴かせてくれるのがいい。最近はミュンヘン・フィルやベルリン・ドイツ響との録音のほうを聴くことが多いので、ことさらそう感じるのかもしれないが、気持ちいいくらいに武骨でゴツゴツ。金管も鋭く天を裂く。
 荒削りの素材を用い、それを丹念に組み合わせることにヴァントは情熱を注ぐ。そこに色を塗ったり、化粧板を貼ることなく、剥き出しの構造がたまらなくクールなのだ。幼い頃、怪獣解剖図鑑に見入ったときの興奮を思い出す。

 禁欲的だからこそ、第3楽章アダージョも美しく響く。もちろん、クライマックスで我を忘れて盛り上がったりはしない。
 最終楽章のコーダは、さすがヴァントというべき、壮大な構築物がどどーんと屹立する。ホレボレするほどの細やかなバランス設定で、頑丈な構築物をおっ立ててくれるのである。もちろん、建物を支える鉄骨や筋交いは丸見えのままに。さすが構造の人、ヴァントだなと改めて感心してしまった(ダメなブルックナー演奏は、なりだけ大きいけれど、耐震性に著しく問題アリ、ハリボテみたいな建物を建ててしまうものだ)。
 
 ヴァントの二週間ほど前に行われたチェリビダッケの演奏は、まったく様相を異にする。ヴァントと違い、ひとつ一つの素材は、病的なまでに磨き抜かれている。チェリビダッケも、当然ながら構造に神経を尖らせる演奏家ではあるけれど、そのあまりにもの巨大すぎる音楽のなかで、聴き手はすべてを忘れ、ただブルックナーの海を彷徨うのみ。
 チェリビダッケのブルックナーからは、構造などは見えなくても結構、いや簡単に見えるようではいけない、ただそれがあることを信じて歩め、といった神学的な主張さえ感じられてしまう。音楽の神は構造であり、それゆえに不可視でなければならないと。
 最終楽章コーダも、そこに巨大建築が建つというより、これまでひっそり積み重ねてきた見えない構築物が風に吹き飛ばされ、無に還ってしまうような印象を持ってしまうのだ。なんとも筆舌に尽くし難い心地。

 わたし個人の嗜好だけでいえば、この曲に限っていえば、チェリビダッケの解釈により妥当性(あるいはロマンティシズム)を感じる。曲が同じ作曲家の交響曲第5番であれば、もちろんヴァントの独壇場だ。いずれにせよ、同じ場所で同時期に演奏され、二つの対照的で優秀すぎるブルックナーをこのようなカタチで聴くことができるようになったのは喜ばしい。さあ、門扉を堅く閉ざし家屋に籠りて日がなブルックナーでも聴こうぜ。

(すずき あつふみ 売文業) 


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