【インタビュー】 安ヵ川大樹

2010年8月10日 (火)

interview
安ヵ川大樹


 日本を代表するジャズ・ベーシストにして、D-musica(ダイキムジカ)レーベルのオーナーでもある安ヵ川大樹さん。

 新録リーダー作品は、5人のピアニストと4人のドラマーによる”5つのトリオ”で描いた『Trios』、そして、前作から実に8年ぶりとなるソロ・ベース・アルバム『Voyage』。相反するような世界だが、その2つの世界の根底に流れているものはあくまで共通している。様々な捉え方ができるようなモノ。それだけ喜怒哀楽の激しい音が詰め込まれている。安ヵ川さんのお言葉を借りれば、音楽も「色々とイメージが膨らんだりする材料」でしかない。「ジャズ」には方程式もなければ、不文律もない。ましてや過去を振り返ってばかりいる余裕だってないのだ。

 2枚の新録アルバムに関してはもちろん、レーベル・オーナーとしての今後の展望、また、現在のジャズ・シーンについて、様々なお話をお伺いしました。取材場所は、今も老舗ジャズ喫茶やライヴ・スポットが軒を構える高田馬場の一角、ウッドベース・レッスンの教室も兼ねているというダイキムジカ・レーベル・オフィス。まずは、安ヵ川さんの最愛の恋人 1924年イタリア製の名器カザリーニに肩寄せ、1枚。  


インタビュー/構成: 小浜文晶
 




--- 本日は宜しくお願い致します。このたび、トリオ・アルバム『Trios』、ソロ・ベース・アルバム『Voyage』という2枚のリーダー・アルバムを発表されるわけですが、まずは完成されてからの率直なご感想をお聞かせいただけますか?

 結局、なんだかんだで完成まで時間がかかってしまったので、正直なところホッとしています(笑)。ソロのアルバムは1日で録り終えたのですが、もう1枚の『Trios』は、ピアニストが5人、ドラマーが4人いるということで、録音期間自体も長かったですし、それを最終的にどう纏めていくかというところで色々と試行錯誤した部分がありました。でも、周りの人の意見を聴いたりして何とか完成に漕ぎ着けることができて、本当にホッとしています。

--- 『Trios』における「5つのピアノトリオ」というコンセプトは以前からおありだったのでしょうか?

 ダイキムジカレーベルのオムニバス盤のような性格を持たせたかったというのがひとつにありました。だから、ひとりのピアニストに焦点を絞って、というような考えが元々なかったというところから制作に取り掛かかりました。

--- 「レーベル・オースターズ」のような性格を持つ1枚ということで、『Trios』に参加されている5人のピアニストの方々を、安ヵ川さんからあらためてご紹介いただけますでしょうか?

 まずは、堀秀彰くん。彼は、万人に受け入れられるというか、ポップ且つ繊細、それでいてとてもダイナミックなピアニストです。

--- 堀さんは、5人の中でいちばんお若いのでしょうか?

 いえ、いちばん若いのは佐藤浩一くんで、26歳だったかな? 彼は、新しい感覚の持ち主なのですが、すごくクレバーというか、落ち着いた演奏をするんですよね。音色もすごく綺麗ですし、楽曲を把握するのも早い。

--- 佐藤さん、堀さんのように、安ヵ川さんと年齢的に一回りぐらい下の世代のミュージシャンと共演する場合というのは、やはりかなりの刺激を受けたりするものなのでしょうか? 「新しい感覚」というお言葉も今出ましたが。

 基本、僕にとっては「新しい」も「古い」もないのですが、やっぱり発想が斬新であったりするところはあります。特にライヴではそういうところにハッとさせられますね。

--- お次は、高田ひろ子さん、古谷淳さん。

 高田さんは、僕が20代の頃から共演していますから、すでにベテランの域に入っているピアニストで、出会った当初から波長がすごく合っていました。だから、何をやるにしてもすごく信頼しています。音色も綺麗で、リスナーからも多くの支持を受けている、本当に素晴らしいピアニストです。

 古谷淳くんは、ジャズの枠には収まりきらないピアニストです。ジャズ的な要素にプラスして、“Windham Hillレーベル的“というか、すごくナチュラルな情景を思い描かせてくれるような楽曲要素が多く、情感溢れた骨太な音色の持ち主で、スケールの大きな音楽家だと思います。彼は甲府に在住していることもあって、これまでメインストリームでの活動にもなにかと制限があったのですが、これからは色々なジャズ・フェスティヴァルに出演したりもして、さらに活動の場を広げて活躍していくピアニストだと思います。

--- 最後は、村山浩さん。

 村山くんは、いちばん最初に僕がリーダーのトリオを結成したときのメンバーです。当時僕は30歳ぐらいだったかな? 新宿ピットインの昼のステージによく出演していて、すでにその頃から彼は、繊細で緻密なプレイ、構築されたソロ、アドリブ、つまり計算し尽くされた即興演奏を繰り広げていました。それで、5年前に彼はフランスに渡り、向こうでも着実に地盤を固めて、ジャズに煩いフランスのコアなシーンで今も活躍しています。例えば、この『Trios』に収録されている「Tears」という曲に関して言えば、村山くんは、この曲をいちばん最初に作った当時に一緒に演奏していたメンバーのひとりでもあるので、やっぱりすごく感慨深いものがありましたね。かなり入り込めました。

--- そうした感慨深さなど様々な思いを馳せることができたという点においても、5人のピアニスト、さらに4人のドラマーと共演されたことにはとても意味があったものだったんでしょうね。

 僕の今までの音楽人生というのは、節目節目ですごくいい出逢いがあったと思っています。ですから、そこでめぐり逢えた人たちに参加していただいたと言った方が自然かもしれないですよね。

--- ソロ・ベース作品の『Voyage』では、その『Trios』でも取り上げていた楽曲を収めています。同じ楽曲をソロ演奏とトリオ演奏で聴き比べることもできる面白さもあるという。

 僕のすごく好きな曲でもある「Someday My Prince Will Come」は、ソロでやっているヴァージョンは、完全にヘッド・アレンジ、そのときの即興演奏です。かたやトリオでやっているのは、古谷淳のオリジナル・アレンジ。ちゃんと譜面になっていてすごく凝ったアレンジになっているんですよ。

--- こうしたソロ・ベース作品というのは、ほとんど即興で作り込まれているのでしょうか?

 他のベース奏者がどういう方法でソロ作品を作っているのかは判りませんが、僕の場合は即興です。モチーフだったりテーマだけをあらかじめ決めている楽曲も中にはありますけどね。

--- 演奏している中でイメージをどんどん膨らませていくと。

 そうですね。かなり“出たとこ勝負”な部分も多いと思います(笑)。基本、自然に出てきたものを録るというスタイルを採っているので、前作の『Let My Tears Sing』(2002年発表のソロ・ベース・アルバム)にしても、最初からレコーダーを回しっぱなしにして録ったものをそのまま出しています。同じように今回もそういう生々しさみたいなものを表現できたらいいなと思っていました。3時間ぐらいずっと録りっぱなしにして、都合25、6テイクを録る。その中から、ここに入っている12テイクを選んだということになります。

--- 完全ノープランで即興演奏をする場合というのは、ものすごい集中力を要するのではないのでしょうか? 無心になる難しさもあるでしょうし。

 逆に言うと、そういう機会がなかなか訪れなかったような気がするんですよね。今回、本当にタイミング良く、エンジニアの集中力、スタジオを含めた周りの状況、それから僕のヴァイブレーションみたいなもの、そのすべての焦点がうまく合った状態になったと思っています。その時を僕は何年も待っていたのかもしれないですね。ソロ演奏のライヴはやっていたのですが、またいつかソロのアルバムを録りたいなと思っていましたから。

 8年前に『Let My Tears Sing』を録ったときというのは、実は“偶然の産物”だったというところも多分にあります。その分、今自分で聴き返しても、すごいいいアルバムだなと思うのですけどね(笑)。もちろん8年経っていますから、技術的に向上しているところはあると思うのですが、ただ、何の衒いもなく、ありのままが録れている8年前の作品と同じようなコンセプト、同じような精神状態に持っていったとしても、同じようなものは録れない。そんなことを考えていたところはあります。だから、そういう機会がまた偶然訪れたという感じですよね。もちろん、録ってみて良くないなと思ったら、出さないつもりではいましたからね。

--- そうなったら、また別の機会を待つという。

 そうですね。だから“デモCD“というか、単純に「ここのスタジオで、この状況で録ったら、どういう音になるんだろう?」という意味合いもあったので、まったく気負いのない状態で録れたと思います。

--- トリオ作の録音の一方で、インスピレーションをより必要としそうなソロ作を制作するということは、ベース演奏において気持ちの切り替えなどがすごく難しそうだなと、個人的には感じていたのですが、いかがでしょうか?

 基本的には、こうしたソロ・ベースというものが底流に流れていて、その流れの中にトリオがある感じですね。だから、僕の中では、ベース・ソロという一人で完結している世界があって、そことすり合わせた結果、トリオのサウンドになっているというところがあると思います。当然、僕の中で鳴っているものをすべてトリオで表現してしまったら、バランスが取れなくなってしまいますけど、ただ、ベース・ソロの世界なりがうまく反映されるカタチになれば、トリオの作品にも一貫性が出てくるかなと思います。

 まったく一人でソロ・ベースをやっているのですが、聴いているうちに段々ほかの楽器の響きなんかが聴こえてくるのではないかなと思うのです。そういうことを強くイメージして弾いているところはあります。

--- ソロであって、ソロでない感じもあるんですね。

 要するに、楽器奏法の限界やテクニック的な部分を追求しているわけではないんですよね。だから、大それた話ではあるんですが、例えば、このソロを聴いて、何かクリエイトしていただけたり、そうした創作活動の閃きの一部になっていただけたりすることがあれば素晴らしいなと思います。偶然なのですが、柏原晋平(かしはら・しんぺい)さんという画家・アーティストの方がいらっしゃいまして、その柏原さんに、僕の前作『Let My Tears Sing』と『カケロマ』というCDを聴いて創作活動をしているということをおっしゃっていました。直接的にはもちろんですが、そういう風なカタチで間接的にもコラボレーションできたらいいなと思うのですけどね。

 音楽に限らず、それによって色々とイメージが膨らんだりする材料になるモノ、人それぞれ様々な捉え方ができるようなモノを残したいなとは常々思っています。それはソロでもトリオでも同じです。

 『Voyage』は、こうして音源になってからあらためて聴いて思ったのですが、これを聴くと、1作目の『Let My Tears Sing』の凄さが判るんですよね。逆に、1作目から聴いて、次に『Voyage』を聴いても、その8年間の思いみたいなものが詰まっていることが判る。だから、どちらを先に聴いても、もう1枚聴きたくなる・・・完全にセールス・トークになってしまっていますが(笑)。要は、まったくタイプの違う作品だとは思うのですが、この『Voyage』を聴いたら、『Let My Tears Sing』を聴きたくなるし、その逆も然り。その中で色々とディスカッションみたいなことをしていただければ、録った甲斐もあったというか、とても嬉しいですよね。

--- その8年間が、色々な経験をする中でいかに濃いものだったかをも物語ってくれそうですね。

 また逆に、8年前は、よくこのタイミングでこういうものを録音して、しかもCDにして出せたなと思います(笑)。制作に携わったスタッフも含めて、すごいなと思いますよ。そのときは、“出たとこ勝負”、それでよかったわけですよね。けれど、8年後に「再びオレの魂の叫びを聴いてくれ!」というようなテンションにはならなかった。僕の中では、『Let My Tears Sing』でひとつ頂上に登り詰めた感じはあったので、また同じようなテンションでやってしまうと、正直ではないというか、奇を衒っているような気がしたんですよね。だから、『Voyage』は何も考えずに録音したって言えるんですよ(笑)。

--- 言葉で表現するのはなかなか難しいとは思いますが、『Voyage』は、むしろどういった心境、精神状態での録音だったのでしょうか?

 まず、楽器をやっている人間として、「いい音出したい」 「こんな感じで弾いてみたい」というのは常にありますから、そういう部分が集約されているとは思いますけどね。後は本当に自然に出てきたものなので・・・

--- 個人的な感想になってしまうのですが、『Voyage』を聴いている限りでは、そこまでコアなジャズ・リスナー向けな音ではないんじゃないかな、と思うのですが。

 それは、色々な要素が入っているからかなとは思いますけどね。ジャズ・ベースの要素もあるし、コントラ・バスの要素もあるし、ポップな曲を弾いているという要素もありますからね。あと、オーディオ・マニアの方には、前作の『Let My Tears Sing』をよく聴いていただいたという話を耳にしたことはあります。スピーカーのチェックでかけたりするそうですよね。

--- 「All Blues」なんかはテンションが上がってしまいますよね(笑)。

 (笑)前作には「ブルージーでリズミックな曲がない」という声もあったので、そういう意見を取り入れて「All Blues」をやってみたというところもあるんですよ。



(次の頁へつづきます)






安ヵ川大樹 今後のライヴ・スケジュール



> 2010年8月13日(金)
相模大野アルマ・オン・ミュージック☆レコ発ベースソロライブ 
開演20:00

> 2010年8月14日(土)
クロサワ楽器 新大久保本店 音川英二 DUOライブ
東京都新宿区百人町1-10-8
開演13:00
入場無料 要予約

問:SAXOPHONE-LABO (11:00〜20:00)
TEL E-mail:wind@kurosawagakki.com


> 2010年8月14日(土)
北千住バードランド☆レコ発リーダートリオ
堀秀彰(p)/柴田亮(ds)
開演19:30


> 2010年8月15日(日)
池袋 Apple Jump ベースソロライブ New CD発売記念
開場18:00/開演19:00
チャージ:2000円


> 2010年8月21日(土)
すみだジャズストリート☆ 出口誠ピアノトリオ、リーダートリオ
開演14:00

> 2010年8月24日(火)
六本木アルフィー☆リーダーライブ
堀秀彰(p)/柴田亮(ds)
ジャムセッション有り
開演20:00
チャージ:1000円


> 2010年9月3日(金)
高田馬場ホットハウス☆緑川英徳 as DUO
開演20:30

> 2010年9月28日(火)
目黒 Jay-J's Cafe リーダートリオ
古谷淳(p)/柴田亮(ds)
開演19:30


profile

安ヵ川大樹
(やすかがわ・だいき)

1967年、兵庫県西宮市出身。 幼少のころよりピアノを始め、音楽に親しむ。18歳で上京、明治大学入学後、「ビッグ・サウンズ・ソサエティ・オーケストラ」に所属、コントラバスをはじめる。牧島克彦氏、吉野弘志氏 吉田秀氏に師事。

1989年、「第19回山野ビッグバンドコンテスト」にて最優秀賞受賞。

1991年、アルファレコードより、CD『Down Under』に参加、プロ活動を開始する。96、97年にはマリーナ・ショー(Vo)の全国ツアーに参加。98年より、故日野元彦(ds)のクインテットに抜擢され、CD『ダブルチャント』 (EWE)に参加する。

2001年より自己トリオ、ソロライブ活動を開始。

2002年9月、EWEより全編ソロ・ベース・アルバム 『Let My Tears Sing』、同年2月、自己トリオ=Ya!3のアルバム 『LOCO』をリリース。

2004年7月 安ヵ川大樹トリオ 『KAKEROMA』をリリースし、好評を博す。

2006年5月、9人編成のリーダー・ビッグ・コンボ=ファー・イースト・ジャズ・アンサンブルを立ち上げる。

2007年8月、ファー・イースト・ジャズ・アンサンブルで、松江城国際ジャズ・フェスティバルにエディ・ヘンダーソン(tp)を迎え出演。各方面より絶賛される。

2007年8月、スキップ・レコードよりファー・イースト・ジャズ・アンサンブルのCD『FAR EAST JAZZ ENSEMBLE』をリリース。第2回PLAYBOYジャズ大賞候補作品に選出される。

2008年、ジャズレーベル、D-MUSICA(ダイキムジカ)を立ち上げ、高田ひろ子トリオ 村山浩トリオ(パリ録音)のCDを制作。

2009年より昭和音楽大学ジャズ科の非常勤講師を務める。

100枚を超える国内外のレコーディングに参加(小曽根真、大坂昌彦、デイブ・ピエトロ、アキコ・グレース、松永貴志、川嶋哲郎、小林桂、ウンサンなど)。TV、ラジオ等の出演や国内外のジャズ・フェスティバルにも数多く出演(Mt.Fuji、東京ジャズ、南郷ジャズ・フェス、宮崎フェニックス・ジャズ・フェス、ニュージーランド・クライスト・チャーチ・ジャズ・フェスなど)。 ジャズのフィールドだけにとどまらず、金子飛鳥ストリングス・アンサンブル、加古隆「色を重ねて」公演、テレマン交響楽団との共演など幅広い活動も行なう。 卓越した音楽センス、技量、スケールの大きなオリジナル曲、今最も注目を集めているベーシストである。