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アメリカ人は25という数字が大好き。
通貨にさえ、クオーター・コインと呼ばれる1ドルの4分の1の25セント硬貨があるほどだ。だから「〜25周年」という式典も頻繁に行われている。
1960年代のミュージック・シーンを怒濤の勢いで駆け抜けたモータウン・レコードも、創立25周年式典を'83年3月に開催した。その際、往年のスターたちがモータウン所属時のヒット曲を披露したのだが、ただひとり、他レーベルで発表した楽曲をパフォーマンスした人物がいる。それが、モータウのアイドル・グループだったジャクソン5のリード・ヴォーカル、マイケル・ジャクソンである。
パフォーマンスした曲は、同式典の数ヶ月前に全米No.1を制覇したばりの「ビリー・ジーン」。
ステージ上で、兄弟たちと共にJ5時代の懐かしいヒット曲をメドレーで歌った後で、マイケルは観客に向かってこう語りかけた――古い曲も好きだけど、新しい曲も好きなんだ――そして「ビリー・ジーン」を歌い始め、公の場で初めて“ムーン・ウォーク”をやってのけて観客を熱狂させた。
今も《ギネス・ブック》に世界で最も売れたアルバムとして認定されている『スリラー』がリリースされたのは、'82年11月30日のこと。
厳密に言えば、昨年がリリースから25年だった。が、同作品が“モンスター・アルバム”と称されるほど驚異的な売り上げを見せ始めるのは、翌'83年になってからで、「ビリー・ジーン」に続くシングル・カット曲「今夜はビート・イット」が瞬く間に全米No.1の座に就いた頃から、アルバムの売り上げも破竹の勢いを呈してきたのだった。
折しも、プロモーション・ビデオ専門テレビ局MTVが設立されて間もない頃であり、人々はマイケルの超人的なダンスが展開されるPVに熱狂したものだ。
その顕著な例が、この度『スリラー』25周年記念盤に付随するボーナスDVDにもデジタル・リマスタリングを施されて収録された「スリラー」の映画のごときPVである。以来、多くの人々は、「スリラー」を耳にする度に、映像を思い浮かべずにはいられなくなった。それほど、あのPVが衝撃的だったのである。
クインシー・ジョーンズ、ロッド・テンパートンといった、『オフ・ザ・ウォール』の時から組んできたプロデューサー陣とのコンビネーションが頂点に達して完成した作品、それが『スリラー』だ。マイケルをスーパースターの座に押し上げ、25年の時を経ても色褪せない同アルバムは、奇跡と呼ぶに相応しい。
文●泉山真奈美
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King Of Pop -Japan Edition
Michael Jackson
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