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Review List of 村井 翔 

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  • 10 people agree with this review
     2012/11/11

    指揮者の顔ぶれも興味深く、出来ばえに多少の差はあっても、大変な見ものであることは間違いない。カメラワークは若干、凝ったところもあるが全体としてはごく普通のコンサート映像。声楽付き作品の歌詞は表示できないが、大した問題ではなかろう。では、気に入った順に各曲をご紹介。
    まずは驚異的なスコア解析力とオーケストラ・コントロールの見事さを見せつけるガッティ。指揮のジェスチュアもまことに明晰だが、人気曲とはいえ実は一筋縄ではいかぬ5番の総譜が徹底的に掘り起こされているのは凄い。次はルイージの『大地の歌』。バーンスタインのように強引に歌手を引きずり回す指揮ではないが、総譜の読みが緻密で尖鋭かつ繊細、指揮姿も美しい。ディーン・スミスも丁寧な歌唱で好感がもてるが(欲を言えば、もっと奔放さが欲しい)、ラーションの深い美声は圧巻。歴代の『大地の歌』歌手でも最上位クラスの声で、歌い回しのうまさが加われば無敵だろう。第10番クック版の初映像も、もちろん素晴らしい。やや速めのテンポで綿密に振っていて、曲の姿が良く分かる。特に終楽章「カタストローフ」以後のラスト100小節ほどは作曲者の魂が降りてきたような圧倒的名演。クック版のもともと少ない音符にこれだけ「物を言わせ」られるのは、まさしくインバルならではの技だ。一人でも多くの人に見てもらいたい映像で、これを見れば「全5楽章版はマーラーの真作とは言い難い」などと寝言を言う輩も減ることだろう。イヴァン・フィッシャー指揮の4番も室内楽的な妙味を生かした名演。ヤンソンスは、ホストゆえ仕方のないこととはいえ面倒な曲ばかりを任されることになった。なかではNHK-BSでも既に放送されている3番が最も良い。2番と8番では8番の方がやや上か。いずれも手堅い出来ばえではあるが、この3曲はデジタル・コンサートホールのアーカイヴにあるラトル/BPOがどれもケタ違いの名演なので、比べると見劣りするのは致し方ない。「老巨匠」組は3人ともちょっと残念な結果。6番はマゼール向きの曲ではあるし、スローテンポによる細部拡大趣味もそれなりに面白くはあるが、あまりにも鈍重だ。ブーレーズの7番も「昔とった杵柄」であるはずなのだが、クリーヴランドとのCDに比べると、彼らしいエッジの切れ味はだいぶ鈍っている。ハイティンクは今や全くの枯淡の境地。ただし、9番は決して枯れた曲ではなく、むしろ前衛的で意欲的な作品なので、曲との相性は悪い。最後、ハーディングの1番は熱演だが意外に凡庸。期待値から比べると、これが最も失望した。

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  • 4 people agree with this review
     2012/11/03

    ワシリー・ペトレンコはナクソスに録音された『マンフレッド』交響曲やショスタコーヴィチ交響曲シリーズで見せるように、場合によってはかなり思い切った緩急の変化を採用することも辞さない指揮者だが、この曲に関しては、楽譜の指示から大きく逸脱するようなアゴーギグを持ち込むことはしていない。しかし、それでもペトレンコらしい鋭敏なセンスはこの録音の随所に感じられる。この曲は一面では情緒纏綿、さらに終楽章には同じ作曲家のピアノ協奏曲第2番、第3番の終楽章に相通ずるような豪華絢爛なところもある。けれども、この曲が初演された1908年はマーラーの第7交響曲(マーラーの場合は同じホ短調という主調にさほどの意味はないが)、スクリャービンの『法悦の詩』が初演された年でもあり、20世紀初頭の作品にふさわしい近代的な側面も持っている。この両面を演奏において両立させることはなかなか至難であり、マゼールのように後者に重きを置くと情緒的にはどうしても乾いた印象が避けられなかった。ペトレンコは第1、第3楽章の抒情的な美しさにも十分目配りしながら、第2、第4楽章では音色の多彩さ、思わぬ対位旋律の強調やリズムのシャープさに若い指揮者らしい才気を見せる。主旋律のみならずヴァイオリンの速いパッセージの隅々までも丁寧に弾かれているのは入念なリハーサル、つまり指揮者とオケの良好な関係のあかしと言えるだろう。

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  • 6 people agree with this review
     2012/11/03

    第6番までの6曲と『未完成』の間には大きな断絶があることを改めて思い知らされる。それがまさしく全集として聴くことの妙味。第6番まではきびきびしたテンポ、鋭いアクセントで典型的なピリオド楽器オケらしい演奏。しかもブリュッヘン、インマゼールら先行するピリオド派全集と比べても、音色に対するセンスの鋭敏さ(シューベルト得意のかなり唐突な転調が実に映える)、初期ロマン派の音楽には欠かせないリズムの弾み(ドイツ語で言うSchwung)、この2点でさらに凌いでいる。しかし『未完成』第1楽章になると、アクセントの鋭い打ち込みは変わらないが(これはベーレンライター版の特徴でもある)、テンポはむしろ遅めで深沈たる味わいがある。『大ハ長調』になると管楽器は3管編成にして、もはや古典派の交響曲ではなく、ブルックナーやマーラーにつながる大交響曲というアプローチだ。第1楽章冒頭のホルンの主題など、たっぷりしたテンポだし、第1楽章主部もさほど速くならない。そして第1楽章末尾の序奏主題の回帰は、フルトヴェングラーやヴァントのように、完全にテンポをアンダンテに戻して終わる。つまり、フルトヴェングラーのようなロマンティックな解釈とピリオド・スタイル、両方の「いいとこ取り」を狙った実に興味深いアプローチ。悪くすればどちらも中途半端になりかねないところだが、私はかなりのところまで満足した。終楽章最後の音ももちろんディミヌエンドではなく、短く強いアクセント。

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  • 2 people agree with this review
     2012/11/03

    ウィーン交響楽団自主レーベルの第1弾。来春にはルイージ指揮によるマーラー6番の発売が予告されている。そんなに華やかな響きのする録音、またオケでもないが、きわめて明確な主張をもった旗色鮮明な演奏で、チョン・ミョンフン/ソウル・フィルと並んで、近年の1番の録音では特筆すべき収穫だ。明確な主張の第1はきわめて柔軟な、変幻自在のアゴーギグ。しかし、指揮者の恣意的な解釈というよりは、楽譜の要求に忠実に応じようとした結果だろう。たとえば、葬送行進曲(冒頭のコントラバスはユニゾン)では練習番号6の箇所からデジタル的に速くなるが、これは「パロディをもって/引きずるな」という楽譜の指示通りの結果。スケルツォでは主部最初の3小節だけが目立って遅く、4小節目からテンポが上がるが、冒頭のリズム・モティーフが圧縮される楽想に応じたものと見ることができる。第2は現代のマーラー演奏では定番とも言える、特殊奏法を含めた細部の克明な処理。第1楽章再現部直前のいわゆる「突発」部(終楽章末尾でも繰り返される)直前では低弦の強調とホルンのクレッシェンドが印象的。第2楽章トリオは非常に遅いテンポで弦楽器のグリッサンドを入念に聴かせるし、終楽章でも疾風怒濤の第1主題部と、たっぷりと歌う第2主題が考えうる限り、最大のコントラストを作り出している。解釈自体は2006年の来日公演あるいは2008年収録のシュターツカぺレ・ドレスデンとのDVDの方がよりシャープだったかもしれないが、演奏の練り上げという点ではこのCDをとるべきだろう。

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  • 6 people agree with this review
     2012/10/09

    これはナマでも聴きました。4番をナマで聴けるチャンスはまだ少ないですからね。そこでちょっと驚いたのは、この大変な演奏会がわずか1回しか行われなかったこと。インバル/都響の定期演奏会は同一プログラムで2回やっても、今や満席になるでしょうに。さて、肝心の演奏だが、いわゆる爆演では全くないし、最近のインバルで時折り見られる巨匠らしい風格のある演奏でもなく、むしろ私は若い頃からの彼の持ち味が復活したように感じた。細部まで、きわめてきっちりと振っていて、楽譜を最大漏らさず掘り下げて音にするという、王道中の王道と言うべきアプローチだ。1992年のウィーン響との録音と比べると、両端楽章が心持ち速くなっただけで、基本的な造形はほとんど差がないのだが、その「心持ち速く」が絶大な効果を発揮している。たとえば第1楽章、プレストのフガートから展開部終わりにかけての凄まじいクライマックスは都響盤を聴いてしまうと、ウィーン響盤は明らかにぬるい。インバルの指揮には時として、人間的なぬくもりを拒絶するような苛烈さ、文学的な表現をすれば「孤独の影」を感じることがあるが、この曲ではそうした彼のキャラクターが最大限に生きている。都響はナマでも全く破綻なく、驚嘆すべき合奏力を見せたが、第1楽章第2主題のなまめかしさ、終楽章アレグロ部、特に軽音楽的な展開になってからの意外な繊細さには、このオケの持ち味が生きている。指揮者のクールさとオケの繊細さとの、まさしく絶妙なコンビネーション。首席指揮者としての最後のシーズンである2013/2014年の曲目にショスタコーヴィチが見当たらないのは何とも残念だが、全集とは言わぬまでもあとせめて8番、14番ぐらいはこのコンピでの録音が実現しないものか。

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  • 3 people agree with this review
     2012/10/07

    2つのオケの合同演奏、1000人を超える合唱団などイヴェントとしてはなかなかの見ものである。もともとこういった種類の「お祭り」的なところのある曲だから、ポリフォニーが押しつぶされてしまっただの、合唱団のドイツ語発音がどうも、などと細かいことを言わずに楽しむべき映像だとは思う。ただし、本来とても表現意欲旺盛な指揮者、オーケストラ(2つとも)だと思うから、これだけは付け加えておきたい。巨大オケ、巨大合唱団とも機敏な動きができず、強弱、緩急といった曲の「表現」そのものが十分に詰められなかった。その結果、ppはmpぐらい、速いところも本当の快速テンポはとれず、などかなり甘い出来にとどまったのは、やはりまずい。8番の演奏では往々にして起こりがちな事態だが、今回もまたその例に漏れず。

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  • 1 people agree with this review
     2012/09/24

    ほぼ2年に1枚という悠然たるペースで進行しているピアノ協奏曲シリーズの第3作。「自然体の演奏」というのは普通はほめ言葉だが、当方は勝手ながら内田の演奏から複雑な、屈折した手練手管を常に期待している。その点で最も見事だったのは第9番のハ短調の第2楽章。遅いテンポできわめて濃厚、左手和音の崩し弾きなど、ほとんどロマンティックな演奏が繰り広げられている。一方、第21番の緩徐楽章は速めのテンポで名高い名旋律をすっきりと聴かせ、旋律装飾のセンスを見せる(これは簡単そうで、実はとても難しく、たとえば同時発売のピリスは第27番の第2楽章でほんの少し、やり過ぎた)。両端楽章については、当方はもはや内田に「溌剌たる」演奏は期待していないが、望むらくはもう少しニュアンスが濃くても良かった。今回は曲そのものが、濃い味わいを盛り込むのに向いていなかった、ということかもしれない。しかし、テイトとの共演盤とは全く違うものを弾いている第21番第1楽章のカデンツァは絶品。まさに内田ならではの出来ばえだ。

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  • 7 people agree with this review
     2012/09/24

    モーツァルトの7つのオペラをCD録音だけするという、レコード業界不況の中では全く奇特な企画の第1弾。強力な歌手陣も単なる寄せ集めではなく、2011年7月にバーデンバーデンで3回の演奏会形式上演を行ったメンバーが全員そのまま録音に参加しているので、一体感があるし、レチタティーヴォの部分も舞台上演さながらに、いや舞台のライヴ以上にしっかりと芝居がついている(観客の笑い声が聞こえる箇所もあるので、一部はライヴの収録をそのまま用いていると思われる)。まず歌手について述べると、ターフェル同様、レポレッロ役からドン・ジョヴァンニに「出世」した(さらに前のアバド指揮の録音では、彼はマゼット役だった)ダルカンジェロ。普通にイメージされる通りの伊達男だが、バスなのでギャラントな中にも押しの強さがある。レポレッロのピサローニと似た声だが、これはこの二人をドッペルゲンガー(お互いの影)と見る最近の解釈を反映しているのだろう。女声陣ではディドナートのドンナ・エルヴィーラがかなり誇張した役作りをしているのが面白い。彼女に対するパロディの意図は、バロック的な大げさな身ぶりをする曲自体の中に既にあると言われるが、これほど戯画的な側面をはっきり見せるエルヴィーラは初めてだろう。ダムラウも復讐を求める叫びの背後に、ドン・ジョヴァンニに惹かれる心理の分裂があることを巧みに見せる。エイトマンは小悪魔というよりは、清純だが男の扱い方をすでに心得ている賢い女性。ビリャソンが歌ったからと言ってダメ男、ドン・オッターヴィオのイメージが大して変わるとは思えないが、もともとセリア系の役なので大過なく歌っているし、ジョヴァンニに部屋に押し入られたが何事もなかったとアンナが嘘を言うレチタティーヴォでのボケっぷりも的確。
    録音はティンパニや金管の突出をやや抑えているようだが、指揮はもちろんピリオド・スタイル。非常にアクセントの強い表現が随所にある。しかし、第2幕最後のドン・ジョヴァンニと騎士長の対決の場などは、これまでのピリオド派指揮者に比べると、遥かにテンポが遅い。18世紀にどう弾かれていたかは一応踏まえるが、歴史的正統性にはもはやこだわらないという現代の聴衆のためのピリオド・スタイルだ。

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  • 4 people agree with this review
     2012/09/21

    演出は具象的で分かりやすいし、もちろん映像の投影が前提だが、唯一の装置である巨大な可動式パネルを最後までうまく使い回すなど、全体としてのプランは良くできている。『ワルキューレ』第2幕のヴォータンの長大なモノローグでは、さすがに説明のための映像を流すが、それでもバレンシア・リングのような視覚的スペクタクルの方向には行かず、音楽を邪魔しない控えめな演出。だから過剰に説明しない、解釈しないというレジーテアーター(演出家主導の舞台)へのアンチの姿勢を最後まで貫けば良かったのに、下手に役者(歌手)を動かそうとすると『ジークフリート』第3幕の槍の折り方から『神々の黄昏』最終場のグラーネ(馬)の登場まで、失笑せざるをえない箇所があちこち出てくる。少なくとも雄弁で豊麗なレヴァインの指揮との相性は良かったと言えるだろう。そのレヴァインが途中降板せざるをえなくなったのは残念だが、私はむしろ代役のルイージの指揮の方に感心した。音楽作りの方向がレヴァインと正反対ではなかったのは幸いだが、違いがあるかと言われれば、やはりある。ルイージの方が繊細で透明度が高く、スリムかつ鋭角的だ。昔のゲルマン系指揮者のドロドロ、ギトギトの指揮とは遠く離れた、カラヤン、サヴァリッシュ路線の進化形とも言える清新なワーグナー。『神々の黄昏』になると、さすがにもう少しスケールの大きさがあれば、という不満もでてくるが、最後まで自分のスタイルで振りおおせてしまったのはお見事だ。
    歌手陣に関しては、主役級に致命的な穴がないのは、やはり誉めてよいだろう。ヴァルトラウテでのマイアーの起用も効いている。しかし、『指環』に欠かせぬ性格的な脇役に関しては、ほぼ満足できたのはミーメだけ。アルベリヒ、ローゲ、フンディング、ハーゲン、みな声は立派だが、キャラクターの表現としてはいずれも失格。特にハーゲンが、こんな図体がでかいだけのマヌケ男では困る。演出、指揮の傾向と合わせて『指環』のダークサイドが大きく欠落する結果になった。単なるヒロイック・ファンタジーとして楽しめばいいという観客にとってはこれでも困らないが、それ以上を求めるなら、好みは分かれそうだ。

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  • 1 people agree with this review
     2012/09/13

    既に昨年、発売されていたディスクだが、この不世出の名歌手の追悼のために真夏に正座して見た。1979年1月と言えば、フィッシャー=ディースカウの7種の正規録音の中でも1)声のコンディションの良さ、2)解釈の深化、3)ピアニストの優秀さ、以上の3条件を兼ね備え断然、トップに位置すると考えられるバレンボイムとのDG録音が行われたのと同じ月だ。ピアニストが変わったことによって、どのくらい違いが出たかがとても興味深い。結論から言えば、二つの演奏はテンポの配分、細部の表情づけなど、双子のようにそっくりだ。しかし、違いは全くないかと言われれば、やはりある。バレンボイム盤は特に前半は比較的クリアに、淡々と進行し、後半になってから解剖学的とも言える細密描写で勝負をかけてくるのに対し、この録画は前半の方がむしろ熱く、後半では諦念が支配的だ。全24曲が通して録画されたわけでないのは明らかだが(前半最後の「孤独」では汗をしたたらせている歌手は、「郵便馬車」になるとすっかりリフレッシュしている)、それでも正装してカメラの前で歌うという状況が、実際にはお客はいなくても演奏会的なライヴ感を高めているのだろう。かなり直接音の多い音の録り方(映像では歌手の1メートルほど前にマイクが置かれているのが見える)も多少の粗さは辞さない、熱い印象を助長している。だから印象の違いは、ピアニストの違いよりも収録状況の差に由来するように思われるが、ブレンデルのクリスタルな美音ももちろん十分に魅力的だ。
    ボーナスの56分に及ぶリハーサル映像は字幕なし(聞き取れない言葉が多いため、字幕は断念せざるをえなかったとの断りがリーフレットにある)。アルトハウス社のドイツ人スタッフが聞き取れぬ言葉がわれわれに聞き取れるはずもないが、全体の雰囲気は良く伝わる。80年代にはしばしば共演を重ねる二人だが、この時点では明らかに歌手の方に主導権があることが分かる。後のクヴァストホフ/バレンボイムの同種のリハーサル映像と比べてみると面白い。ともあれ、この絶頂期のフィッシャー=ディースカウの『冬の旅』が見られるようになったことには、ただただ感謝あるのみ。

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  • 5 people agree with this review
     2012/09/07

    マスネ没後100年にふさわしい、この魅力的なオペラの初映像ディスク。同時発売の『ドン・キショット』でも冴えた仕事をしているローラン・ペリーの演出が実にすばらしい。比較的簡素な装置(特典映像で演出家自身が語っている通り、故意に「二次元的」に、つまり絵本の中の場面のように作られている)を使い回しているが、随所にきらりと光るアイデアがある。たとえば、第1幕の終わりでサンドリヨンの身支度を手伝う妖精たちが全員、「灰かぶり」姿なこと。一方、第3幕では「王子」姿で、彼女ら(?)が二人の恋を応援していることが伝わってくる。最初から登場している椅子の背もたれに書かれたアルファベットの意味が終幕に至って分かるのも楽しいし、第2幕のバレエも単なるディヴェルティスマンではなく、物語の進行上、意味のある場面になっている。
    フレデリカ・フォン・シュターデ主演の録音では、王子役はテノールに変えられていたが、この上演では元通りのズボン役。つまり、主役二人ともメゾ・ソプラノで、お互いの役柄を取り替えることも不可能ではない歌手が演じるというのが、このオペラの最大の魅力。見た目とフランス語に関しては、さらに望む余地があるとしても、ディドナート、クートともに声楽的には申し分なく、ちょっと倒錯的な二重唱が楽しめる。ハイ・ソプラノの妖精役を加えた第3幕終わりの三重唱は、まさしく『ばらの騎士』の先駆だ。

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  • 1 people agree with this review
     2012/09/05

    賛否両論になるのは当然かと思うが、改めて見直してみて老匠ノイエンフェルスの(スキャンダルメーカーとしての)名声に恥じぬ見事な舞台に感服した。発売からだいぶ時間が経ったので、ネタばらしを含めて解説してしまっても構うまい。オペラの背景をなすハインリヒ王の募兵活動については、近年の演出ではまず肯定的に描かれることはない。「祖国防衛」をうたってはいても結局、他国を侵略することになったのは歴史の教える通りだからだ。その他、ヒトラーがとりわけ好んだオペラだったというような「ファシズム的」側面を、演出は密閉された実験室内での心理劇に還元することによって極力、切り捨ててしまった。付和雷同的な民衆が実験動物、ネズミにたとえられるのは分かりやすい比喩。だから第1幕でローエングリンがエルザに「禁問の誓い」をさせる場面では、合唱団や他の面々は退場し、この二人だけになる。そこにオルトルートだけが忍び入ってくるのは秀逸。なぜなら、彼女はエルザのアルター・エゴ(もう一人の自分)だから。第2幕、教会に向かうエルザの前にホワイトスワン対ブラックスワンという様相で現われたオルトルートは最後にエルザにキスをするが、これはここでエルザ+オルトルートが合体して「一人」になることを的確に表現している。最終場では黒服のエルザに対し、オルトルートは王冠をかぶった白服で現われ、二人の関係は逆転してしまう。最後のぞっとするようなゴットフリートはノイエンフェルスの得意技ではあるが、もちろん彼の帰還で幕切れの悲劇的印象が相殺されないようにするための仕掛けだ。
    ネルソンスの指揮はスケール大きく、抑えるところと表現主義的な強調の切り換えも老練で、実に素晴らしい。フォークトの特殊な声は、超人ゆえ人間界では拒まれざるをえない悲劇のヒーローに最適だし、ダッシュも歌+演技力の総合点では高水準のエルザだ。ツェッペンフェルトは神経症患者のような、おびえた王という演出の特異なキャラクター付けにうまく対応している。人の良さそうなラシライネンも単なるオルトルートの操り人形という、この演出コンセプトなら悪くない。この優れた上演の唯一の弱点はオルトルート。ヴァルトラウト・マイアー以下、強烈なオルトルートを何人も見てしまったので、これでは満足できない。

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  • 5 people agree with this review
     2012/09/04

    『オランゴ』は実に面白そうな話。現在残っているプロローグに続く第1幕以降の台本があれば、同じく人間になった(ならされた)猿の物語であるカフカの短編小説『アカデミーへの報告書』のように展開したと思われるが、政治的なものを含めた「諸般の状況の変化」により台本自体がそれ以上、書かれなかったという。音楽的には、上演不能になったバレエ『ボルト』からの使い回しも多いが、この時期のショスタコーヴィチらしい才気煥発な音楽は30分ほどのプロローグだけでも十分楽しめる。第4交響曲もまた注目の演奏。そんなにスケールの大きさを誇示するタイプではないし、きっちり振りながらも表現主義的な強調ポイントを逃さないインバル/都響(まもなく発売)とも違う。サロネン/フィルハーモニア(第1回録音)の『春の祭典』をはじめて聴いた時には、この難曲をどうしてこんなに明快に、分かりやすく振れるのかと驚いたが、あの感じに似ている。この異形の交響曲をもはや異形とは感じさせない演奏で、部分的な修正はあるとしても、第1楽章の例のフガート部分を含めて、ほぼ1発ライヴでのこの精度には舌を巻くしかない。終楽章の軽音楽風に展開する部分(ここでは、かつて聴いたことがないようなアゴーギグも見せる)での無気味な対旋律の生かし方などは、さすがサロネンらしい楽譜の読みだ。

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  • 2 people agree with this review
     2012/08/24

    曲の聴かせどころを心得た、非常にうまい演奏。だから皆さん高評価なのも当然でしょう。第2楽章主部のヴィブラートを抑えた細やかな演奏(やや速めのテンポ)など、メンバーがピリオド・スタイルにも通じていることが生きていると思う。一方、中間部は思いっきり熱っぽく盛り上げる。第3楽章の主部とトリオの鮮明なコントラスト、終楽章のボケとツッコミ(つまりノンシャラントな部分と熱い部分)の配合も実に巧み。ただ、バルトークやラヴェルではあまり見られなかったライヴのような熱気(スタジオ録音だけど)が今回は感じられたのはちょっと意外だった。シューベルトということで、3人いるドイツ人の地が出たのかな。結局のところ、見事な模範演奏、誰もが誉める最大公約数的な出来ばえだけど、この名作の新しい側面を見せてくれたかといえば、今回はそうとまでは言えない。同世代のクワルテットによるディスクでは、シャープな切れ味ではフォーグラーSQ、異常なほどのデリカシーではベルチャSQの方が上。

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  • 1 people agree with this review
     2012/08/10

    舞台はバロック・オペラ風の額縁舞台で、終始暗めのその空間にウィリアム・ケントリッジのモノクロ手書きアニメーションが投影される。目から発する光、コンパスなどフリーメーソン的アイコンが多用される一方、夜の女王の登場場面では星のきらめく宇宙空間が表象される。人物達は19世紀の服装で、19世紀の暗箱カメラ(冒頭シーンで三人の侍女たちが扱う)の中での「光=啓蒙主義=ザラストロ」と「闇=無意識=夜の女王」の抗争を歴史的なパノラマとして見せようという趣向。演出家は啓蒙主義に諸手を挙げて賛成というわけでもなく、ザラストロの「殿堂のアリア」では、このアリアの歌詞を茶化すように野生動物(タミーノが笛を吹く場面で出てきたサイ)をハンターが撃ち殺す映像を流す。そう言えば、初登場時のタミーノの服装もアフリカ探検者のそれだ。つまり、メディア論からポスト・コロニアリズムまで知的なガジェット満載の実に興味つきない演出。しかし、結局のところ見て面白いかと言えば、ちょっと堅苦しい。パパゲーノをめぐる諸エピソードに精彩がないことからも分かる通り、奔放なメルヒェン、民衆劇としての側面はかなり抑えられてしまっている。コヴェントガーデンのマクヴィカー演出もそうだったが、こういう頭でっかちなアプローチの限界か。ピリオド・スタイルを踏まえた指揮は快調。突出したスーパースターはいないが、歌手陣も皆、及第点以上だ。

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