Cosi Fan Tutte : De Keersmaker, Philippe Jordan / Paris Opera, J.Wagner, Losier, Antoun, P.Sly, Szot, etc (2017 Stereo)
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村井 翔 | 愛知県 | 不明 | 15/November/2017
オペラとバレエの融合はヨーロッパの歌劇場で今や一つの流行だが、パリ・オペラ座はケースマイケルに振付&演出を依頼。六人の登場人物のそれぞれにダンサーの「分身」がつくことになった。このオペラ、二人の士官たちが出征することになったと言って嘘の芝居を始めるあたりから、「理性をもって対すれば・・・」という最後のドン・アルフォンソの啓蒙主義的教説に至るまで、本音と建前の乖離が至る所で顕著だが、歌手が建前の歌詞を歌うのに対し、ダンサーは常に本音を表現するので、「愛の親和力」を表象する床の幾何学模様以外、具象物のほとんど何もない舞台上では、実に面白い重層的パフォーマンスが展開。たとえば、婚約者との別れを悲しむドラベッラの建前の背後で、彼女の本音は早くも少しウキウキといった具合。欲を言えばこの演出、仕掛けが遅く、途中まではやや退屈だが、第1幕フィナーレ、少なくとも第2幕から先は文句なしに面白い。特に新しいカップルによる二つの二重唱がダンサー達のパフォーマンスを伴うと、幸せそうな歌詞とは裏腹に恐るべき空虚さをあらわにするのは衝撃的。このオペラ、二組の恋人たちが試練の末に「真実の愛」を見出すなどという、おめでたい話ではないことを改めて思い知らせてくれる。 突出したスーパースターはいないが歌手陣は適材適所。プリマドンナらしい大柄な歌を歌うフィオルディリージ、いかにも利発そうなデスピーナ、危険な恋愛実験の仕掛け人たるドン・アルフォンソ、いずれも見事だ。ピリオド・スタイルを十分に踏まえつつ、演出の求める細やかなニュアンスを実現したフィリップ・ジョルダンの指揮も素晴らしい。近年の『コジ』ではヴェルザー=メスト指揮(チューリッヒ)と双璧と言ってよい。余談ながら、指揮者がリーフレットに寄せた「空虚を受け入れること」という文章が大変見事なのに感心(正確にはインタビューを基にインタビュアーが構成したものらしいが)。インテリのケースマイケルがこれぐらいのことを喋れるのは当然だが、演奏は素晴らしくても喋らせるとまるでダメな音楽家が少なくないなかで、これは秀逸。彼なら低迷の極みにあるウィーン国立歌劇場を建て直してくれるかもしれない。4 people agree with this review
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