TOP > Music CD・DVD > Classical > Mozart (1756-1791) > Sym.19, 20, 37: N.ward / Northern Co

Mozart (1756-1791)

CD Sym.19, 20, 37: N.ward / Northern Co

Sym.19, 20, 37: N.ward / Northern Co

Customer Reviews

  • ★★★★★ 
  • ★★★★☆ 
    (0 posts)
  • ★★★☆☆ 
    (0 posts)
  • ★★☆☆☆ 
    (0 posts)
  • ★☆☆☆☆ 
    (0 posts)

Do you want to write a review?

Write you own review

Showing 1 - 1 of 1 items

  • ★★★★★ 

    松浦博道  |  静岡県  |  不明  |  25/April/2017

    当アルバムは、作曲家モーツァルトの天性および旋律の持つ天衣無縫がよく味わえる上質な1枚である。「交響曲第19番変ホ長調」は、現存する作曲者の手になる自筆譜の表記によれば、1772年の夏(=7月)に神童・天才の生地ザルツブルクで作曲・完成された純オーストリア風=純ザルツブルク風な音楽が楽しめるチャーミングな生命力と美しい宗教性を讃えた名作であり、第1楽章のアレグロの持つ張りの強さ。2種類の異稿のある第2楽章の透明感あふれる旋律的なアンダンテでは、当時ザルツブルクで人気のあったと伝わる宗教曲からの引用が、その旋律素材に活用されていると言う。第3楽章のメヌエットも歯切れがよく、「イタリアの夏」を思わせる歌謡性が聴き所。フィナーレのアレグロも、先行する3つの楽章の豊かさに相応させた単純・明快なガヴォット風なコントル・ダンス形式による、聴いていて心が和む優しく柔軟なハッピーな音楽だ。途中の短調に変わるエピソードもそれなりに美しい鮮やかさ・厳かさを添えていて、作曲者の創意工夫ぶりが窺える。続く「交響曲第20番ニ長調」は、「第19番」と期を同じくして、1772年の夏にザルツブルクで作曲・完成された充実した音楽であり、現存すると言うモーツァルト自身の自筆譜の草稿の表紙には単に「ザルツブルクにて、1772年7月」と書かれているらしい。このことから、作曲者が第2次イタリア旅行から帰省後に間もなく筆を取って一気に完成に至ったものと察せられる。第1楽章のアレグロは、この作曲家のトレードマーク・商標とも言うべき、典型的な18世紀中期風の「歌うアレグロ」の勢いのある推進力に貫かれた快速で明朗・快活然とした輝かしい楽想が聴き所の、この頃にモーツァルトが書いた音楽の中でも最も完全で非の打ち所のない、胸が躍る活気・バイタリティに富んだ音楽となっている。背景・バックでは、16〜17世紀初頭のヴェネツィア派の作曲家として音楽史にその名が残されてもいるガブリエーリの金管のためのソナタとカンツォーナの様な趣きのトランペットの響きが厳かさを添えて一層の充実さをあますことなく示している。第2楽章のアンダンテも、心地の良い、オブリガード・フルート1本が、あたかもフルート協奏曲の緩徐楽章かと錯覚するかの様に、涼しげで「イタリアの春ないし夏」を想起させる清澄な響きを折り込んでいる。それをバックで支える弦楽器の響きも柔軟で美しい至福の音楽を構築してもいる。続く第3楽章にメヌエットも、「イタリアの夏」を思わせる印象的で、牧歌的な平明な楽想がどことなくイタリア風な響きの余韻・旋律美を残している。フィナーレのアレグロでは、「第19番」と同じく、先行する3つの楽章の要素を有機的な連関でもって統一化させた、この充実したシンフォニーの結びとして相応しいだけの充実度をもって快速に流れる心躍る、輝かしいイタリア風な情緒を持った聡明な音楽だ。「第19番」と「第20番」の完成度の高さ・オリジナリティは、どちらも本質的に歌謡的なイタリア風のシンフォニアの流れと伝統的書法を守った甲乙付け難い力作であると言えるに違いない。1772年と言えば、南ドイツ=バイエルン地方やウイーンなどの都市部で、「シュトルム・ウント・ドラング(=疾風怒濤)」と呼ばれた自然主義的で主観的な激しい感情を押し出して表現する劇的で暗い風潮・パラダイムの影響が生々しく顕著であった頃だが、上記の「第19番」と「第20番」の音楽・性格にはその様な影響や要素はほとんど見て取れず、典型的なメヌエット楽章を加えた、ウイーン古典派中期の4楽章のソナタ形式と響きを追求した姿勢程度しかあまり表面には感情やパッションの表現は後退して鳴っておらず、あくまで聴き心地の良い歌謡的シンフォニーと言う規模と器にちょうど良い音楽水準で納まっているのがその特性として指摘できるに留まっている。最後のトラックに納められた「交響曲第37番ト長調」は、第1楽章のモーツァルトの宿命的調整である、ほの暗い不穏な雰囲気を讃えた「ト短調」のアダージョ・マエストーソの序奏・イントロのみがモーツァルトのオリジナル作で、後は、同郷のザルツブルクで活躍した親しい友人のミヒャエル・ハイドン(*あの大作曲家フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの実弟)が書いたと言われるが、かつては「モーツァルト旧全集」で「交響曲第37番」として扱われ、「ケッヒェル番号:K・444」がナンバリングされ割り振られていたが、今日では「偽作」として扱われ、「モーツァルト新全集」の出版目録および出版譜からは除外されている様だ。「第37番」に関しては、これまでにCD化された録音や音源も殊のほかに少なく、高い音楽水準で演奏されている当ナクソス盤は、値段も1000円程度とお手頃・低コストで、演奏の質も良く、その上に、貴重な音の資料と言う付加価値としてもレアーでお宝物として引き合いに出されるべき強い独自の魅力を生んでいると言える。肝心な音楽の方は、第1楽章のモーツァルト作のの序奏の後に表れるアレグロ・コン・スピリートは、先の「第19番」や「第20番」と性格的に似通った輝かしいイタリア風の楽想が、流れる様な速度で全面展開する生命力の張りと強さが最後まで一貫して維持・持続しているのが聴かれる楽しいチャーミングな音楽だ。第2楽章のアンダンテ・ソステヌートも、緩やかで穏やかな気配・ムードによって包まれた心の慰めの様な、聴いていて気分が和らぎ、心温まる豊かで静穏な至福の天国的音楽を創り上げてもいる。フィナーレのアレグロ・モルトも、作曲者らしく、軽めの調子で小気味よい旋律で愛らしさを強調させている、やはり聴いていてリラックスできる柔軟な女性的音楽がここには見い出せることだろう。以上の3つのシンフォニーを1枚のディスクに、上質で高尚な秀演・快演により、スタンダード水準で均一な音楽性でもって納められて、手軽・気軽にプレイヤーやオーディオなどの媒体技術を介して再生していつでも限りなく聴けるのは、今日の文明の発達の成果の良き範例・好例を示して体現していると言えるに違いない。おまけにステレオではなく、デジタル録音で収録されているので、鑑賞する上で、問題や違和感・嫌味がなく、最後まで安定して気持ちよく聴けるのがなんとも嬉しい売りだろう。そうした意味において、当ディスクには心満ち足れりという点を強調視したく思い、5つ星評価を付させていただいた次第だ。恐らくは。「第19番」と「第20番」、それにミヒャエル・ハイドン作の「第37番」演奏の決定盤と見做してなんらの語弊・誤謬はないだろう。モーツァルト音楽ファンには、無条件で一押しして強く推薦・おススメできる、大変レアーで、大人の魅力をも併せ持った上質なモーツァルトCDだ!!

    0 people agree with this review

    Agree with this review

Showing 1 - 1 of 1 items