Complete Symphonies : Okko Kamu / Lahti Symphony Orchestra (3SACD)(Hybrid)
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Abbadian | 東京都 | 不明 | 16/May/2016
1999年にこのオケが,ヴァンスカに率いられて初めてすみだトリフォニーHに登場した時の衝撃は今でも忘れられない。北欧の小都市の小さなオケである彼らが披瀝したのは,それまで聴いたこともない,緻密・精細で,あたかも一つの楽器が鳴っているかのように有機的な,しかもローカルでありながらローカリティに寄り掛からない,全く新しいシベリウス像だった。4夜のツィクルスに通い詰め,息をするのも忘れるほど夢中で聴き入った。客の入りはもう一つだったように記憶しているが,それが幸いして,当時の彼らにしか出せなかったであろう,楽員相互の聴き合いの賜物と思われる,全く濁りの無い音程による「究極のPP」を,身体全体を耳にして聴き取ることができた。 しかしながら,今回のカム盤を聴いてがっかりした。何だ,この焦点の合わなさは?自然体といえば自然体だが,アンサンブルの精度も落ちているし,オケ全体に強い表現意欲が感じられず,おおらかというより無神経に鳴っている印象だ。音量的にも「sempre mf」みたいなメリハリのないもので,ヴァンスカ時代の精緻さは全く影を潜めてしまっている。個人的に,元々カムという人の指揮は,私にはやはり少々無神経と感じられ,余り好きになれなかったのだが,今回のCD,更に東京オペラシティでのツィクルスを聴いて,「カムはカムで,基本的に昔と変わっていないのだ。」と思い知らされた。コンサート・ミストレスは,「マエストロは何をしても許してくれるので,私たちは自由に演奏できる」というような発言をしているようだが,果たしてそれで有機体としてのオーケストラが保たれるものだろうか?帝王のように君臨する必要はないが,プレイヤーがどんな演奏をしても許されるのでは,主張・方向性のはっきりした音楽にはならないのでは,と危惧する。尤も,それだけヴァンスカの指揮・指導が厳しいものだったのかもしれないが,それがあって初めて維持されていた,かつての素晴らしいラハティ・サウンドだったのではないだろうか。 なお,東京オペラシティの演奏会にはヴァンスカも来場していたが,彼は全く変貌してしまったかつての手兵をどう聴いたであろうか?6 people agree with this review
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