Symphony No.2, Overture Manfred, Overture Genoveva : Abbado / Orchestra Mozart
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brainforum | 千葉県 | 不明 | 01/March/2014
アバド初めてのシューマンが2番!チェリビダッケが最高だった私にとって、アバドがこんな演奏をするなんて。素晴らしい!ご冥福を祈ります。4 people agree with this review
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harekazuya | 東京都 | 不明 | 20/September/2013
セル、サヴァリッシュ、シノーポリなど定評のあるものを聴いてもどうも正体がつかめないような、手からするりと抜け出てしまうような、とらえどころの無い感覚を持っていました。この演奏ではじめてシューマンの交響曲の素晴らしさに出会えました。夢幻的な表情と現世的ともいえるような音の運動性が波状的にやってきて、渦にまきこまれます。行方も知れず流れに身をまかすと、一切の束縛を離れた一つの究極の到達点へと誘われます。柔らかく、暖かく、胸が熱くなるような世界です。交響協曲を構造物としてみた場合には欠陥のある世界であり、アンサンブルずれを指摘できる演奏かもしれまん。けれどこの微妙な音がもたらす豊かなニュアンスこそ今のアバドがもとめるものであり、それによってアバドはこの世では稀にしか到達できない世界の住人になっていると感じます。そして聴く私たちにも生きることの素晴らしさとして、その一滴を受け取ることができます。アバドはいったいどこまでいけるのでしょうか。4 people agree with this review
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mimi | 兵庫県 | 不明 | 10/July/2013
まず自分はロマン派交響曲を日常的に聴く人間でないし、Schumannの2番は過去、Sinopoli,Bernstein,Kubelikなど含め4-5種類しか聴経験が無いので、客観的に比較批評する資格を持ちません。それでも、この演奏はいままでのどの演奏とも違うように思います。実は感じるものが大き過ぎて、どこが違うかまだ冷静に書けないのですが、とにかくこの曲でこんなにも感動してしまうとは予想外でした。言い換えれば、この曲が真価を現した時に、こんなにも凄い曲であることを、恥ずかしながら初めて知りました。Abbado/Orch.Mozartの演奏、とにかく美しくない瞬間、意味のない瞬間が一瞬たりともありません。まるでこの曲の中の宝物を、どんな小さなものでも決して逃すまいとするかのように、時にはゆっくりと時には軽快に、音楽を確かめながら一歩一歩進んで行きます。そのため全体の印象として、決してスマートとか見通しが良いとかでは、ありません。ただこのように全ての細部を一つだに無駄にせず、着実に積み上げて行くことで、いつしか今まで見た事も無いような深く大きな音楽の姿が現れて行きます。とにかく、演奏者全員がこんなにも曲の全てに寄り添って、曲と、Schumannと一体となっていく姿は、自分はSchumannの管弦楽曲では(Kempff晩年のピアノ協奏曲など少数を除いて)ほとんど見た事がありません。Abbadoの、オーケストラのこの姿は、もはや「解釈」などという次元を完全に越えて、「この曲と共に生きている」としか言い様がないのではないでしょうか。第2楽章の有名な警句もここでは諧謔を越えた深い歌ですし、第3楽章のどこまでも美しい深遠への沈潜はBeethoven第9の3楽章をも凌駕しています。おそらく演奏史上でもごく稀にしか起らない、Schumannの交響曲への心の底からの共感と献身によって、初めてこの曲の深く大きい真価が明らかになったのではないでしょうか。第4楽章が終わった時は、正直、よもやこの曲でここまで自分が涙することになるとは思ってもみませんでした。どう書いてもうまくは言えませんが、もはやこの演奏はAbbadoの、Schumannの、希望と絶望、挫折と再生の人生の歌そのものなのかも知れません。Berlinを自ら去って以降のAbbadoの中で、疑いなく最も心に残る演奏の一つと思います。6 people agree with this review
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yukiyasu | 三重県 | 不明 | 23/June/2013
これは新しい音楽の誕生だ。とてもインパクトがあった。 二つのことについて、述べたい。一つは、この演奏はMozartの交響曲第42番と呼ぶにふさわしいと思う。シューマンではなく、これはモーツァルトの音楽だ。ブラームスの第1番がベートーベンの第10番と称されたように、モーツァルトが生きていて続きの交響曲を書いていたら、このような交響曲になっていただろう。とても面白い試みだ。それを可能にしたアバドの指揮はとてもイマジネーションに富んでいる。このようなシューマンの第2番はこれまで聴いたことがない。シノーポリのものがとても有名だが、それを覆す演奏に始め驚いた。こういうアプローチもあるのだなと感心してしまった。 二つ目は、80才を迎えたアバドの指揮は明らかに停滞している。80相応の演奏といえるかもしれない。そういう耳で聴くと、なるほどと思うのだが、例えば、ヤルビィやヤンソンスが演奏すると、もっと爽快なものになるのだろう。ヤルビィの第2番は出ているが、シノーポリの路線で行っているので、新しめは残念ながら無いのだが、曲は颯爽としている。アバドの指揮は停滞している。音と音の間がとても気になる。これは仕方のないものだろう。それを差っ引いて聴かなければならない。だから、例えば、アバドの指揮する「リング」はもういらない。というか、聴きたくない。シューマンの他の交響曲はいいだろう。試しに聴いてみてもいいかもしれない。どんなものになるだろう。あまり期待はしていないが。「ライン」あたりの目の覚めるような演奏に遭遇できないだろうか。2 people agree with this review
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G.v.Eisenstein | 栃木県 | 不明 | 17/June/2013
幸運にもこのコンサートに居合わせる事が出来ました。シューマンはアバドのキャラクターに合っている作曲家だと思うのに、意外にも録音無かったんですね。実際のコンサートではシューマンは前半のプログラムでしたが、メインのメンデルスゾーン(スコットランド)の印象を薄くしてしまうような大変素晴らしい演奏でした。モーツァルト管の若いメンバーたちの、特に第三楽章での憑かれたようにうねる弾きぶりがとても印象的でした。5 people agree with this review
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