Sym, 2, 5, : Karajan / Po (1960)
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jasmine | 愛知県 | 不明 | 11/November/2023
作曲者本人も絶賛し、お墨付きを与えたとされるカラヤンのシベリウス。おそらく同郷の指揮者以外ではもっとも早い段階から取り上げていたと思われるが、その後も何度も録音を重ねていくこととなる。 一般には1960年代にDGGからリリースされたものが名高いが、私は断然フィルハーモニア管弦楽団とのものが優れていると断言したい。迸るようなパッションが感じられ鮮度が高い。シベリウスに不可欠の澄んだ空気感、大自然にこだまするかのような壮大さが際立っている。ベルリン・フィルとの演奏は、迫力はあるが少々重厚に過ぎ、とても見事な演奏ではあるけれど、フィルハーモニア盤に比べると爽快感に欠ける。ベートーヴェンやブラームスに爽快感は必要ないかもしれないが、シベリウスには不可欠だ。また、フィルハーモニア時代特有の品位もある。この辺りはレッグの影響かも知れない。 カラヤンの演奏スタイルは初録音の頃から既に確立していたが、実際にレコードを聴けば、フィルハーモニア時代、Decca時代、DGGの60年代、70年代、80年代と、それぞれに違いがある。私は、その違いは、プロデューサーによるものであると理解している。フィルハーモニア時代はウォルター・レッグが、Decca時代はジョン・カルショウが、そしてDGGの60年代にはオットー・ゲルデスが采配を振るっていた。その個性は、単に録音の技術的な問題に止まらず、楽曲の解釈や、レコーディングのコンセプトそのものにも違いを生じさせた。カラヤンは、そうした違いを受け入れる柔軟性と、それを見事に演奏に反映させることが出来るテクニックを有していた。 フィルハーモニア時代の特徴は、LPレコードという媒体に、それぞれの作品の規範となる演奏を刻印していくんだという、レッグの確固たる意志を感じさせるもの。19世紀的なロマンティックで濃厚な個性を誇ったスタイルからノエル・ザッハリッヒカイトという潮流を経た後の新しい基軸を世に示していくに相応しい指揮者としてレッグが白羽の矢をたてたのがカラヤンだった。そして、カラヤンは、その役割を見事に演じた。この時代のカラヤンの演奏には、凛とした気品があった。それは、プロデューサーのウォルター・レッグとフィルハーモニア管弦楽団というレッグが創設した新しいオーケストラの個性を強くてイメージさせるものだった。 ここには、シベリウスの作品のスタンダードたり得んとする気概と気迫が満ち溢れている。それは、DGG時代のベルリン・フィルという世界最高のスーパー・オーケストラと成し遂げた圧倒的な完成度を誇る演奏の素晴らしさとは異なる、若々しさと勢いを感じさせてくれる掛けがえのない作品なのである。2 people agree with this review
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shef | 栃木県 | 不明 | 01/July/2011
懐かしい、というか、個人的な思い入れでしかないのだが、小学生のとき、叔父からもらったEMIの赤い透明なレコードでこのシベリウスの2番を聴いていた。 バーンスタインの火の鳥とか、ワルターが振ったシュトラウスのワルツ・ポルカ、ドラティがLSOを振ったベートーヴェンの5番などとともに、数少ないコレクションの1枚だった。 これらの演奏はインプリントされたようで、私にとってスタンダードだ。 今聴き直し、雄大な演奏だと、あらためて圧倒された。凛とした張り詰めた空気感は北欧的な鮮烈さを含み、旋律はよどみなく朗々と歌う。 重箱の隅を突くような演奏ではなく、一気呵成に力技で音楽を推進させている。その潔さが心地よい。 まるで50代のカラヤンが抱く野心と自信がにじみ出ているような。 この音楽でクラッシクに目覚めたことを幸運に思った。1 people agree with this review
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つよしくん | 東京都 | 不明 | 23/January/2011
いずれもシベリウスを得意としたカラヤンの壮年期の素晴らしい壮麗なる名演だ。第2は、本盤の20年後にもベルリン・フィルと再録音しているが、なぜか長らくの間、廃盤状態。私としては、シベリウスの演奏を北欧風の清澄な抒情的演奏とすべきと固定化してしまうという考え方には異議を唱えており、80年盤の豪快な演奏にも素晴らしい面が多々あると考えるが、カラヤンによるシベリウスの第2と言えば、やはり本盤を第一に掲げるべきではないか。壮麗さと北欧風の清澄さが見事にバランスをとれているからであり、シベリウスを数多く演奏してきたフィルハーモニア管弦楽団の好パフォーマンスも、本名演に華を添える結果となっている。第5は、カラヤンが最も数多くの録音を遺したシベリウスの交響曲であるが、本盤と60年代のベルリン・フィルとの録音が2トップと言えるのではないか。60年代の録音が、やや耽美的な側面があるのに対して、こちらの方は、壮年期のカラヤンならではの燃え盛るような生命力を全面に打ち出した演奏だ。それでいて、北欧風の繊細な抒情の描出にもいささかの不足はない。残念なのは、録音がややイマイチな点で、ティンパニの音が団子状態になって聴こえる点だ。これは、HQCD化によってもあまり解消されないのは致し方ないところだろう。2 people agree with this review
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一人のクラシックオールドファン | 兵庫県 | 不明 | 21/September/2010
過去にこの演奏について書いたレビューをほぼ転記することとしました。本盤、私が聴いていたLP時代のシベリウス交響曲第2番のジャケット表紙でカラヤンの精悍な顔をした写真のデザインが懐かしく思い出されました。第5番とともに1960年カラヤン(52歳)のフィルハーモニアOを振ってのシベリウス録音盤は多分既に他のCDにも書き込まれた各レビューの様に北欧への想いを託した永く名盤に位置付けられるものと思います。後のDG時代以降の妙に権威的な面もなく音楽へのまだ壮年期の素直さというか(上手く言えませんが)これからのジャンプの意気込みが見られます。第2番(演奏タイム@9’57A14’27B6’11C15’22)は終楽章に向かってストーリー性を明確につつ運んでカラヤンらしいクライマックスを迎えます。似たようなことが第5番(演奏タイム@13’22A8’09B9’03)にも言えますが各楽章の終結直後の無音という音楽、終楽章は弦のイラつかせるような執拗な繰り返しの後の弦を主・金管楽器音をサンドイッチに最後は圧倒的金管楽器の咆哮、終結分断パッセージとどこをサンプリングしてもカラヤンの上手さ、聞かせ上手満杯。何とシベリウスの上手い指揮者なのだろう、カラヤンっていう指揮者は!勿論この頃は厚化粧ではなく素顔美人としての彼の語り上手と分かりよさが堪能出来る「最高」盤です。仕様も改良され更に期待されますね。(タイムについては盤により多少異なる場合があります。)3 people agree with this review
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