Wagner Abend-orch.music: Svetlanov / Munch Po (1988)
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遊悠音詩人 | 埼玉県 | 不明 | 01/April/2014
スヴェトラーノフのいつもの爆演でもなければ、ミュンヘン・フィルならではの精緻さもない。お互いの持ち味がまるで発揮出来なかった残念至極の演奏だ。 やはり、スヴェトラーノフは手兵ロシア(ソ連)国立響でこそ本領を発揮するものだ。ティンパニの轟音や金管の咆哮は、他のオケでは聴けない。 一方のミュンヘン・フィルは、やはりチェリビダッケが振ってこそ妙味を発揮する。重厚でありながら、音の一つ一つが透けて見えるほどのクリアネスの高さ、なかんずく、最強奏でも耳障りにならない艶やかな質感は、チェリビダッケに鍛え抜かれたゆえに生まれたものなのだ。 そもそもスヴェトラーノフとチェリビダッケとでは、アプローチがまるで違う。 例えば、曲の終結のffの鳴らし方。スヴェトラーノフは、“スヴェトラーノフ・クレッシェンド”と言われるように、終結を引き延ばすだけ引き延ばし、最後の最後にティンパニがトドメの一発を打ち付けるような終わり方を好む。 しかしチェリビダッケは、そうした終わり方を無節操なものとして嫌悪した。彼は最後の一音で、サッと力を抜くのだ。それにより、完全に調和した和音の余韻をホールに充満させるのである。終演後から拍手の間が異様に長く感じられるのは、こうした余韻を殊の外重要視していたからに他ならない。 終わり方が異なれば音の初めも違う。スヴェトラーノフの場合、音の頭に、演歌で言うコブシのようなアクセントがつく。それにより、音楽にうねりが生まれるのだ。殊にチャイコフスキーやラフマニノフなどのお国物となると、如何にも民謡的な、ロシア的な音楽になるのである。 一方のチェリビダッケは、出だしも柔らかい。それは例えばシューマンの4番やR=コルサコフの《シェヘラザード》の冒頭を聴いてもらえれば分かる。鋭角的なアクセントを置かず、ふわりと始めるのがチェリビダッケ流なのである。 チェリビダッケは常々、「始まりの中に終わりがある。終わりの中に始まりがある」と言っていたそうだが、始まりも終わりもこのように違えば、ミュンヘン・フィルの団員も相当戸惑っただろう。現に団員の回想録を読むと、スヴェトラーノフの指揮にかなり不慣れであったことが窺える。 これはスヴェトラーノフの名誉のためにも、そしてミュンヘン・フィルの名誉のためにも、聴かないほうがいいような気がしてならない。 余談だが、解説も、例によって紋切り型の駄文がマイクロ文字で記載されており、これでは収録するだけ野望だ。3 people agree with this review
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ほんず内閣総理大臣 | 北海道 | 不明 | 21/December/2010
スヴェトラ先生の大爆演を期待したならば完全に大外れ!そんな演奏は一つもなし!実際にはこの指揮者がもっていた静謐な部分がよく出た、味わい勝負のディスクであります。個人的にはもう少しはじけてもいいのになあと思うのですが、そして肩透かしにいささか失望はするのですが、でも一方ではけっこう予想通りでもあり、そしてこの演奏を否定する気には全くならないのであります。しっとりねっとりの個性的アプローチ。しみじみと耳を傾けるとき、この演奏家たちのこの演奏スタイルにかける思いはなかなかに得難いものと言わねばなりません。思えば、ミュンヘンという地にゆかりの音楽家はこういう演奏あるんですよね。クナッパーツブッシュだって根底は静謐な世界をたたえた人でした(だからパルシファルが絶品!)、チェリビダッケだってそうだしね。面白い傾向です。録音は優秀。さ、覚悟して聞きましょう。1 people agree with this review
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