カラヤンがクラシックを殺した 光文社新書
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umibouzu1964 | 山口県 | 不明 | 25/November/2014
現代が「絶望と悲嘆の時代」と書かれているが、何も現代が特別な時代とは思いません。そして、カラヤンの音楽を聞くことが時代に背を向けているとも思いません。資本主義の罪悪をカラヤンに代表させるのも無理があると思います。カラヤン批判に他のアーティストを対比させる方法論も素人の域を出ていません。哲学や社会学の言葉を並べ立てる書き方も、読み手には分かりにくいです。著者の言いたいことが最後まで分からなかったのは、私の知的読解力のなさによるものでしょうが、もう少し噛み砕いた書き方ならば、読者の支持ももう少し得られたかもしれません。それにしても、読後の印象は「先生、考えすぎ!」。0 people agree with this review
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ヒューブーン | 静岡県 | 不明 | 21/January/2011
テーマにも焦点が合っているようにも思えないし、文章も構成もごちゃごちゃしていて、内容云々以前に、もっと整理して出版すべきだと思う。またデータもかなりいい加減だ。例を挙げると…まず(「はじめに」のページが27ページと有るから、その前のページは26ページと推測)26ページに『ケーゲルのアルビノーニのアダージョが含まれたアルバム』として紹介されているCDのジャケットだが、このジャケットのCDにはアルビノーニのアダージョは録音されていない。この写真に記載されてある作曲者の羅列にアルビノーニの名前がないことからも明らかである。また68ページの9行目に「モーツアルト最後の変ホ長調交響曲(第39番)」と書かれてあるが、第40番や第41番の存在をご存じないはずはないと思う。(まさか「39番の後には変ホ長調は書かれていない」という意味ではないですよね?) こんな単純なツッコミを入れられてしまうわきの甘さに加え、カラヤンに対する批評も すでに言い尽くされたことだらけで新鮮さも皆無だった。ただ 突っ込み所を探しながら読み進めるにはけっこう楽しい読み物である。それが証拠に、かくも多くの皆さんからコメントいただいて、賛否両論を巻き起こしている。2 people agree with this review
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yass | 大分県 | 不明 | 06/June/2010
これはただ単に筆者の好みを押し付けただけの単純な内容ではない。カラヤンをあくまでも「象徴」として、現代社会全般を批判、警鐘を鳴らしている内容である。クラシック音楽をただ聴くばかりではなく、「そもそもクラシックって何なのか?今のままで本当にいいのだろうか?我々に出来ることは一体なんなのか?」等々、我々に考えさせる機会を与えてくれる稀有な本であることは間違いない。ろくに中身を読みもせず、タイトルだけでカンカンに腹を立てている人(このHPの読者にはそんな人はいないと信じたいが)って案外多いような気がする。0 people agree with this review
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つよしくん | 東京都 | 不明 | 19/June/2009
筆者は否定しているが、カラヤンの音楽を不当に貶めることに腐心している厚顔無恥な偏向的著作。特に気になったのは、カラヤンの音楽を好むファンを、音楽を耳の悦楽、感覚の歓びと考える者だと決めつけ、カラヤンのファンを一方的に見下している点。クレンペラーのファンがクラシックの本質を理解し、カラヤンのファンは理解していないなどと、何を根拠にして言えるのだろうか。筆者が、カラヤンの音楽に精神性が欠如していると主張するならば、その根拠を彼の経歴等の表層面から説明するのではなく、彼の音楽の内容等の本質面に踏み込んで説明すべきだろうが、筆者の偏向的な鑑賞力では困難だろう。13 people agree with this review
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慎みましょう | 東京都板橋区 | 不明 | 21/January/2009
一文が非常に長過ぎる。文頭から文末まで辿り着くまでに文学書としての知識とプライドによる言葉や表現が邪魔。ちなみに、それらを飛ばして読んでも意味は通じます。却って、それらが読者に混乱を与え、本書で書きたかった事を相手に伝えるのに障害となっています。因みに本書に書かれた3人の指揮者は私のよく聞く指揮者。同意できない部分(カラヤン)が多々だが、一つの考えとしては面白いかなと思う。1 people agree with this review
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カラスカフカ | 岩手 | 不明 | 17/January/2009
この本に対する反応はおおかた二つに別れるみたいだ。一つは、感情型の過剰拒否反応を発症させるタイプ。もう一つは、理知的な観察眼でこの本の主題を追認し、自らの痛みで語ろうと刻苦勉励しているクソマジメなタイプだ。クレンペラーも聖書を引用していた…『それ知恵を増すものは悲しみを増す』(コレヘトの言葉)。0 people agree with this review
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カピバラさん | 四川省 | 不明 | 15/January/2009
まったくのダメ本。カラヤンの実演とレコードの区別をつけない。超個性的クレンペラーを基準として判断する。ケーゲルでは異端演奏だけを持ち上げ、彼の全体像を矮小化している。総じて演奏論は印象的感想の域に止まる。哲学用語・概念を列挙はするが、それらが生み出された背景を一切捨象した軽薄な用い方になっている。許光俊の言い回しをちりばめた亜流的表現。このようにどこをとっても質の低い劣等な本。学者だそうだが、学者失格。読んでまったく益なし。最悪。3 people agree with this review
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naoko | 米子 | 不明 | 03/January/2009
この本は、だらだらと一個人の趣向を語っているように思えてならない。哲学「的」な言葉で飾り立てられているわりに、客観性に乏しく、説得力がないのだ。たとえ言論の自由があったとしても、出版物という半ばパブリックの場で一方的に個人(故人)を批判するのはデリカシーに欠けると思う。時折、カラヤンをフォローするような文面も見られるがあまりフォローになっていない。本当はクレンペラー、ケーゲル本を書きたかったのかもしれないが、結局、表題にカラヤンの名を忍び込ませることによって、カラヤンの名を利用している。1 people agree with this review
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未聴ら〜 | 北海道美瑛町 | 不明 | 23/December/2008
私はカラヤンファンではないが、読後こんなに不愉快になる本はない。「世界苦」という仰々しい言葉を多用しながら言いたい事は「私はカラヤンの音楽は嫌いです。クレンペラーの重々しい音楽の方が好きです。」これだけ。クレンペラーも老人性頑固症?になる前はカラヤン以上に流暢な音楽をやってたではないか。自分の好みを人に押し付けるのは止めて欲しい。1 people agree with this review
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音楽憂人 | 大分県 | 不明 | 19/December/2008
宮下氏の本は初めて読んだが、これは面白かった!「世界苦」という言葉を多用し、カラヤンの音楽を通して現代の空虚、軽薄、偽善、痴呆な現代社会と音楽界、大衆への批判と警鐘を試みている。無論、私も他の音楽ファンと同様にカラヤンの恩恵を被った一人だし、彼の音楽や実績は高く評価しているが、やはり演奏によっては「何か違う」と思わざるを得ないのもある。それをズバリと指摘してくれていた。無内容で単純、見かけだけの腑抜けな音楽にドップリと浸かってしまっている音楽界(と言うよりも、今我々が住んでいる社会全体)に強烈な一撃を与え1 people agree with this review
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為朝 | 京都府 | 不明 | 19/December/2008
カラヤンに象徴される、寡頭支配型資本主義と現代社会の狡猾な情報操作型マス文化に痴愚的に洗脳されるがままの大衆社会と政治に対する、鋭利で含蓄ある批判哲学の小冊子である。だがクレンペラーを一つのアウラ的な人間の模範にするのは判るとしても、社会主観精神の傾倒者であったケーゲルをクレンペラーと近似値的な視座で論じるのには、些か違和感を感じる。芸術の悲劇的な闘いを論じる際にはたしかにケーゲルがいいが、かれにはクレンペラーのように語れる豊かな人格が足りない。ないと言ってもいい。0 people agree with this review
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Human | The Earth | 不明 | 10/December/2008
タイトルに内容がついて行かない感があるところが難点ですが(訳本「誰がクラッシックをダメにしたか」くらい具体性が欲しい)、カラヤンの音楽の、立派だけれども嫌みな部分を理解できて、いい本だと思います。0 people agree with this review
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和愚音裡庵主人 | 西宮市 | 不明 | 08/December/2008
カラヤンを嫌うのはご自由だが、こんなイヤミな本はダメ! それにしても、著者や出版社は、一体誰に読ませようとて、こんな本を出したものか? フルトヴェングラーではありきたり、と思われたか、クレンペラーとケーゲルを比較の材料にしているが、書きっぷりも大袈裟だし、バカバカしいことこの上無し。 カラヤン拒否症候群患者が、お読みになっても、気分爽快になりません。0 people agree with this review
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マラ3マニア | 東京西麻布 | 不明 | 04/December/2008
続き。カラヤンがいなかったらとっくの昔にクラシックは死んでいた。カラヤンがいたからこそクレンペラーもケーゲルも今だに語られる対象であると著者は理解しているのだろうか?以上私見である。ちなみの私はアンチカラヤンでもカラヤンファンでもない。私の好きなのは楽譜に忠実できっちりとしたテンポで、その中で感情表現ができる指揮者。ベームやハイティンクのファンである。0 people agree with this review
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マラ3マニア | 東京西麻布 | 不明 | 04/December/2008
まずこの時代にカラヤン批判の本を出した著者の勇気に敬意を表す。著者は世界大戦が起きた20世紀という時代の指揮者なのに、軽薄な美しいだけの音楽を大量生産し続けたカラヤンを痛烈に批判する。しかし、20世紀で悲惨だったのは前半だけで1945年の大戦終了後は人類史上かってない繁栄を極めたではないか?それと共に人々はかってなく忙しくなった。著者は癒しの音楽を全否定するが、疲れた人が美しい音楽に癒しを求めるのは当然ではないか?そもそもカラヤンがクラシックを殺したとあるが、カラヤンがいなかったらとっくの昔にクラシックは死んでい0 people agree with this review
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