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Tchaikovsky (1840-1893)

CD Tchaikovsky: Symphony No.6 `pathetique`/ Romeo And Juliet

Tchaikovsky: Symphony No.6 `pathetique`/ Romeo And Juliet

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Showing 1 - 15 of 24 items

  • ★☆☆☆☆ 

    音楽連合  |  不明  |  不明  |  06/July/2010

    カラヤンとウィーンフィルによる一連の後期交響曲は、引き締まっていない情けない音にはとても我慢できない。沈着する悲愴感やカラヤン美学の昇華といったキャッチコピーもこの曲からは感じ取ることはできないし、期待を大きく裏切るツマンナイ演奏だ。弦楽はバラける、金管はなかなかテンポに追いつけない、聴いててこっちがイライラを感じてしまう。ウィーンフィルは、ベームやバーンスタインと相性が良いのだが、カラヤンの演奏を聴くたびに何気なく違和感を覚える。残念ながら、ベルリンフィルの64年盤以外の演奏は全て今の所遠ざかっている。

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  • ★★★★★ 

    hossy  |  愛媛県  |  不明  |  21/April/2010

    この悲愴のCD,個人的には好きですね。ベルリンフィルの何から何まで完璧で素早く駆け抜けていく演奏とは違い、人間カラヤンの深い情感が感じられいい演奏だと思います。ベルリンフィルがどうのウィーンフィルがどうのなんていいじゃないですか。所詮、CDの音を論じているだけのような気がします、演奏は一期一会いつも真剣勝負です。ベルリンフィルの演奏で一応のピリオドを付け、母国のオケに素直な感情をぶつけた円熟の演奏だと思います。

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  • ★★★☆☆ 

    karajan fan  |  北海道  |  不明  |  02/April/2010

    レビューアの評価は真っ二つに割れていのが面白い。 カラヤンのこれまでの悲愴の延長をイメージすると大きな期待はずれにあう。 熱いライブ感を再現したEMI盤。音響美を極限まで研き上げた76年DG盤。 どちらもカラヤンの悲愴の代名詞であり、これらの盤もご他聞にもれず賛否両論ある。 つまり、カラヤンの悲愴自体がアンチの格好の標的にされていると言うことなのであろう。 さて、このレビュー欄はそのような議論をする場所ではないのでこのCDについての主観的感想を書きましょう。 下のレビューにもあるように「耀かしい音」から「枯れた音」、とくに第3楽章はこれまでのような重厚な推進力は影を潜め、軽妙なマーチになっています。 しかし、終楽章はカラヤン特有の「音楽を作っている」(作られた音楽)から「滲み出る音楽」という印象を受ける。 そして、これまでにない人間臭さに満ちたカンタービレを再現している。 ただ、ウィーンフィルの音色がこの《悲愴》という曲に合うか? と言われれば??である。 (ウィーンフィルの音はあまりにも陽気すぎるような気がする) 多分、マイヤー事件が無ければこの一連の交響曲もベルリンフィルと録音していたはずであるが、もう少し重厚でディープな演奏が好みであれば、88年の来日演奏盤をお勧めする。

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  • ★★★★★ 

    黒い帳面  |  神奈川県  |  不明  |  30/September/2009

    カラヤンのベートーヴェンやモーツァルトは駄目だが、このチャイコフスキーは相性がいい。全楽章いい。カラヤンはこの曲の魅了を最大限に発揮していると思う。60,70年代のチャイコフスキーも聴いてみたい。しかし、このジャケットだけはいただけない。変えてもらえないだろうか。

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  • ★★★★★ 

    山沼  |  山形県  |  不明  |  08/September/2009

    枯れきった表現。推進力も薄れ、あのBPOのカラヤンは...と言いたくなるのは確かに分かる。 ただ、これほどまでに贅肉を省き、カラヤン自身の内面をさらけ出した演奏はないのではあるまいか。 カラヤンの人間としての本質が、ここにあるように思う。

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  • ★★★★★ 

    安倍晋三・内閣総理大臣  |  東京都  |  不明  |  21/January/2009

    僕が気に入ったのは、ロメオとジュリエットである。中間の弦楽器の旋律にうっとりとする所と、終わりの悲劇性に感心してしまうのが素直な感想。逆に悲愴は、ちっとも悲愴らしく感じられない。全体的に早めのテンポ(特に第1、3、4楽章)、悲愴を丸っきり否定しているかのように僕は感じた。カラヤン、ベルリンフィルの勢いはどこに言ってしまったのか不満が残った。しかし、ロメジュリのおかげで僕は「最高!」を選んだ。なかったら、完全に「だめ!」を選んでいたと思う。

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  • ★★☆☆☆ 

    僕、自称アンチカラヤンです。  |  イラク・バグダット  |  不明  |  21/January/2009

    カラヤン/ウィーンフィルのチャイコは、「へぇ、こんなつまんない演奏か。」と感じ、聴くのもすぐに飽きてしまったのが素直な感想。この盤のデジタル初期の情けない音には、ますますいらだちを感じてしまう。残念ながら、カラヤンはウィーンフィルには全く向いていない。(余談だが、ゲルギエフもウィーンフィルには正直向いていない。)

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  • ★☆☆☆☆ 

    チューブ・ベル  |  関東謀県  |  不明  |  04/December/2008

    カラヤン/ウィーンフィルを一言で言ったら、期待外れの演奏。4、5番もそうだったが、このCDから沈着する悲愴感が全く感じ取れないし、演奏自体が年をとったように枯れた感じに聞こえ、最悪だ。ベルリンフィルのカラヤンは、一体どこに行ったのかが私には不満を覚えます。

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  • ★★★★★ 

    ガリ  |  泪橋  |  不明  |  20/January/2008

    第3楽章は快速に進むが、どこか響きが薄くて物足りなさが残ります。他楽章に関しては先の特徴のためかカラヤンのきめ細かいニュアンスがストレートに伝わりBPOとの録音より曲の貧しさ、侘しさが感じられて良いと思います。

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  • ★★☆☆☆ 

    clara  |  北海道  |  不明  |  22/December/2007

    カラヤンの76年BPO(DG)でクラシックに目覚め、以後様々な指揮者の悲愴を聴いてきました。しかし、この悲愴は好きになれない。根本的にVPOのヴィヴラート過多の音色はこの曲に合っていないのではと思います。私のカラヤン〜悲愴のベストは、非正規盤ではありますが88年の東京ライヴです。アンサンブルはときに乱れますが、ここにはこれまでのカラヤンの「力づく」といったものは無く、終楽章においては慟哭を通り抜けた正に深い諦観といったものを私は感じます。周知の通り、カラヤンは何度もこの曲を演奏してきましたが、奇しくも生涯最後の悲愴の演奏で完成されたのだと感じます。

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  • ★☆☆☆☆ 

    ゆーさん  |  埼玉某所  |  不明  |  22/December/2007

    確かに面白い現象だと思う。「まぁ、可もなく不可もなく」というような曖昧な評価ではなく、好き嫌いが真っ二つに割れているのだから、買うか否か迷ってレビューを参照した人はますます迷う羽目になるだろう(苦笑)。それだけカラヤンは良くも悪くも存在感のある人なのだ。ファースト・チョイスにカラヤンを選ぶ人が多いのも頷ける。カラヤンを批判する文献が未だ上梓されている一方で、来年の生誕100年に向けて復刻盤が大量に生産されているという事実…うーん、難しい。個人的には「アンチ・カラヤンを自称しレビューに苦言を呈し持論をまくしたてたくなる程に存在感のあるウザイ指揮者」という位置付けにしておきます。暴言多謝。

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  • ★★★★★ 

    crazy  |  hyogo  |  不明  |  14/December/2007

    ゆーさんに同感だ。このカラヤンにたいする評価基準は各々異なるのは間違いない。カラヤンの解釈に共鳴する者もいれば、そうでない者もいるということだ。だからクラシックが楽しいのは間違いない。でもやっぱり最高(笑)。ムラビンと比べると緊張感で負けている気はするが…。

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  • ★☆☆☆☆ 

    KARAJAN 2008  |  石川  |  不明  |  08/December/2007

    期待したのとは大きくかけ離れたひどい演奏。弱奏部分はまだなんとか聞けるが強奏部分は全く聞けない。ペラペラで乾いた音色に音程も合っていない。カラヤンのこの曲に対する要求にVPOがついてこれなかったのか、それともVPOが手を抜いているのか。少なくとも真面目に演奏しているようには聞こえない。間違いなくカラヤンの評価を悪くする1枚であると思う。

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  • ★☆☆☆☆ 

    ゆーさん  |  埼玉某所  |  不明  |  28/November/2007

    追記。「このプログラムはまったく主観的」であればある程、この曲にチャイコフスキー自身の人生観が滲み出ているはずではないか。個々の解釈に委ねるとした最大の理由は、《悲愴》というタイトルがつけられたことによって、これを単なる標題音楽とみなされたくなかったからではなかろうか。ただし、いくらタイトルを謎としたとは言え、《悲愴》と付けること許容したチャイコフスキーの心情も察しなくてはならない。つまり、標題音楽ではないにせよ、描かれた世界はまさしく悲愴感に満ちた作品なのである。肉親や頼りにしていた人との別れの後で、悲嘆に暮れないはずがないではないか。そもそも、アダージョに始まりアダージョで終わるということ自体、どう考えてもポジティヴな曲ではない。例外的に明る

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  • ★☆☆☆☆ 

    ゆーさん  |  埼玉某所  |  不明  |  28/November/2007

    「悲しみをひた隠そうとしている」ことこそ、最も悲しいことはないではないか。例えばモーツァルト晩年の作品を聴けばよく分かるが、表面的には天使の微笑みを浮かべつつも内面では悲嘆に暮れているからこそ、胸を締め付けられるような悲しみを味わうのだ。チャイコフスキーは、この交響曲を作曲している頃、兄弟の死やフォン・メック夫人の一方的な援助打ち切りなどに苛まれている。慰めに旅行しても少しも傷は癒えず、ホテルに戻れば泣いてばかりだったというのだ。だから、そうした心情が少なくとも作品に影響しているはずなのだ。その証拠にチャイコフスキーは「この曲は人生の縮図である」とも証言している。チャイコフスキーはそのメロディアスな曲想のために、見掛け上は非常に華美であるが、それはモーツァルトの

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