Tchaikovsky: Symphony No.6 `pathetique`/ Capriccio Italien
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つよしくん | 東京都 | 不明 | 06/June/2011
バーンスタインは、チャイコフスキーの第6をマーラーの第6と勘違いしているのであろうか。確かに、同曲には「悲愴」と言う愛称が付いてはいるがそもそも「悲劇的」とは異なる。しかも、もっと大事なことは、チャイコフスキーはマーラーではないということである。最晩年のバーンスタインの演奏には、このような勘違いの演奏が極めて多かったと言わざるを得ない。かかる勘違いの演奏は、本盤と同時に発売されたドヴォルザークの第9、モーツァルトのレクイエム、ショスタコーヴィチの第7、シベリウスの第2など、枚挙にいとまがないほどである。同時期に録音されたマーラーの交響曲や歌曲の一連の演奏は、いずれもそれぞれの楽曲の演奏史上最高の超名演であるにもかかわらず、その他の作曲家による大半の楽曲の演奏に際しては、とても同一の指揮者による演奏とは思えないような体たらくぶりであると言える。バーンスタインは、このような勘違いの演奏を意図して行ったのか、それとも好意的に解釈して、健康悪化によるものなのかはよくわからないが、いずれにしても、これらの演奏の数々は、バーンスタインとしても不名誉以外の何物でもないと考えられる。本盤の「悲愴」の演奏も、粘ったようなリズムで少しも先に進んでいかない音楽であるが、その大仰さが例によって場違いな印象を与える。スケールはやたら肥大化しているが、内容はきわめて空虚にして浅薄。正にウドの大木の最たるものと言えるだろう。とりわけ終楽章の殆ど止まってしまうのではないかと思われるような超スローテンポにはほとほと辟易とさせられてしまった。もちろん、バーンスタインには熱烈な支持者がいることから、このような演奏をスケールが雄大であるとか、巨匠風の至芸などと褒めたたえたりするのであろうが、一般の愛好者の中には、私のようにとてもついていけないと感じる者も多いのではないだろうか。本盤の救いは併録のイタリア奇想曲であろう。こちらの方は、例によって大仰な表現ではあるが、悲愴のような凡演ではなく、濃厚な味わいのある好演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。いずれにしても、本盤の評価としては、「悲愴」の凡演によって★1つとするところではあるが、イタリア奇想曲の好演を加味して、★2つの評価とさせていただくこととする。2 people agree with this review
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