Giulio Cesare: K.richter / Munichbach O F-dieskau Troyanos Hamari
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tama | 埼玉県 | 不明 | 18/January/2013
リヒターのバッハに心酔する私ですが、どうもリヒターのヘンデルは楽しくありません。グルックのオルフェオにもディスカウ起用ですが、歌唱は立派でもオルフェオのイメージが合わず辛く?聞きました。このオペラでもシーザーにMsを起用したミンコフスキー、ヤーコブス、マッケラス、ボルトン盤を先に聞いていたせいか、やはりMsの歌唱の方がヘンデルの旋律の美しさを味わえるような気がします(好みの問題ですが)。役柄から言えばMsのシーザーに違和感を覚えるむきもあるでしょうが、私はヘンデルの意図した通りここはMsで歌ってもらいたい。1 people agree with this review
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Afrogdescendsintothepentagonalpond | 東京都 | 不明 | 04/July/2011
現代では、本作品のタイトルロールは、ヘンデルがアルトカストラートを指定した通りの高い音程で歌うべく、countertenor、soprano又はmezzo-sopranoを起用するのが常識化している。しかし、本録音当時の1960年代以前は、ヘンデルの指定にかかわらず、音程を下げてtenorやbass-baritoneで歌うことが平然と行われた(カストラートがいなくなったことと、「男性の役は男性の方が」という舞台上の見栄えを優先させた結果の悪弊か?)。これは明らかに、作品の真の姿を歪曲する行為である。本作品では本盤以外でも、Leitner盤(1965年)、Rudel盤(抜萃盤、1967年)などがこれを犯しており、特にRichterは、別に出した本作品のHighlights盤(タイトルロールをbass-baritoneのNorman Trigleが歌ったもの)、さらにヘンデル歌劇のアリア集でもHaefliger(tenor)にSerseのOmbra mai fu等を低い声で歌わせるなど、ほとんど確信的にかかる歪曲を繰り返している(Ombra mai fuは、かつてニッカウヰスキーのTVCMでKathleen Battleが、最近ではNTTデータのTVCMで白石圭美が歌っているように、現在ではヘンデルの意図に沿うべくcountertenorやsopranoで歌うのが常識だが)。Richterはピリオド楽器によるバロック演奏を批判して「もし今日バッハが生きていれば、彼は現代の改良された、いい楽器を使いたがるにちがいないと思うのですよ」と言ったそうだが、明らかに「高い声を使いたがった」ヘンデルの意図を無視して当時流布していた演奏様式に無批判に追従したのでは、到底彼の主張に一貫性があると思われない。今日では、本作品に関し、これらヘンデルの意図に反する各録音の列にあえて新録音を追加したがる者は誰もおらず、これら録音は既に、往時の演奏スタイルを知るための「歴史的録音」に化した感がある。いかにFischer-Dieskauが名歌手であっても、Richterの最初からのボタンの掛け違いは、どうにもなし難い。なお、Richterは、ヘンデル歌劇に関し、本録音以外では序曲集やアリア集程度しか録音していないようだが、もしRichterがヘンデル歌劇により詳しかったら、彼はかかる歪曲をせずとも済む作品、例えばImeneo(ヘンデルは、タイトルロールにbassを指定した)を選べたはずなのだが。よって、本作品に関しては、タイトルロールにcountertenor等を起用した別録音(最近はCDよりもDVDの方が多い)をお聴きになることをお勧めする。3 people agree with this review
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