Robert Schumann Sinfonie Nr.4 D-Moll Op.120 / Johannes Brahms Sinfonie Nr.2 D-Dur Op.73
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風信子 | 茨城県 | 不明 | 20/April/2017
デフォルメされたロマンチシズム 常日頃わたしはシューマンをヘルヴェッヘ ダウスゴー ガーディナーの演奏で愉しんでいる ”第4”だけならブリュッヘンで これを聴き終えた直後そのブリュッヘン&18c.O.を聴いた これがシューマン流のロマン主義だ 所謂ピリオド演奏からシューマンの真影に出会えたと自認している 40年近く前のケーゲルの演奏を揶揄しても意味がない 歪められたロマン主義音楽演奏はケーゲルに限らないことは云うに及ばないだろう 20世紀大方の指揮者演奏家は演歌歌手宜しく 小節をまわして妙な味付けをしてスコアを時代の流行りの曲(くせ)で彩って悦にいる有様だった オリジナルに理解が及ばないのだからシューマンを下手くそ呼ばわりしてさらに下手な手を加えて歪めていた ケーゲル演奏を如何の斯うの言って変人危険人物扱いするなら フルトヴェングラー カラヤンから始めてもらいたい 最も罪が重いのは実は聴き手なのだ 刷り込みと思い込みで鑑賞眼を鎧う癖は早く捨てた方がいい 目も耳も舌も騙される 慣れると何でもかんでも美しい(美味しい)と思い込んでしまう ケーゲルたちが歪んでいることは明明白白ではないか 今更殊更にケーゲルを奇人扱いは御免だ ケーゲルに多くを学んだことも告白し感謝し終わる2 people agree with this review
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遊悠音詩人 | 埼玉県 | 不明 | 03/December/2013
実に危ういシューマンとブラームスだ。まるでマーラーかと思うほどの分裂気質に彩られている。ケーゲルはライプツィヒ放送響とドレスデン・フィルという、何れもゲヴァントハウスやシュターツカペレの陰に隠れたマイナーオケを率いていたが、それが幸か不幸か、ケーゲルの芸風には合っていたのかも知れない。LGOもSKDも、ドイツの、いやクラシック音楽そのものの伝統の担い手であり、正統派である。ケーゲルははっきりいって異端である。交響曲の構造を自ら破壊しにかかるような大胆なデフォルメが、そこかしこで見られる。特に曲の終盤の見せ場のようなところで、病的なほどのアゴーギクやディナーミク、パオゼなどが現れ、不穏な空気を醸してしまう。彼の悲惨な最期を云々するまでもなく、これは危険な音楽だ。ドレスデン・フィルも、そんな半ば強引な棒についていけないところが散見され、アンサンブルが乱れたり音が裏返ったりすることもしばしばだ。よって、ドイツのオケと指揮者がシューマンやブラームスをやっているというだけで、何やら正統的で上手い演奏を期待してしまった人は、見事に裏切られるだろう。そういう人は、例えばサヴァリッシュのシューマンやヴァントのブラームスを聴けば宜しい。ケーゲルの演奏は、普通の演奏に飽きたらず、平静を装いつつラディカルなものを求める向きにこそ、うってつけと言えよう。1 people agree with this review
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Pianist | 東京都 | 不明 | 09/November/2009
こうしてケーゲルの数々の記録が落葉拾いのように出てくるのは嬉しいが、そのどれもが決定的に優れているかというと少々疑問。シューマンの4番は無骨な表出力が無駄な力みとなって響き・流れに現れ、これといった魅力の感じられない平板な演奏になっている。これだったらNHK響との演奏の方がよほど水準の高い、ケーゲルらしい聴き所の多い演奏に仕上がっている。どちらか選べと言われたら間違いなくN響盤。ブラームスも至る所に美しい響きが聴かれるが、晩年ゆえの誇張か気持ちの込めすぎか、来日公演のベートーヴェンのような凄さはない。別レーベルで1971年のライブがあったが、それが先にチョイスされるべきではなかろうか? 但し重厚(そう)な感覚や録音状態はこのWeit盤が優れているので、ファンならば聴き比べが楽しかろう。いつもながらの解説執筆者、ケーゲルに惹かれるのは分かるが、時に誇大妄想的な思い入れをケーゲルの演奏に投影してしまうのはどうだろう? 聴き手の「演奏に対する捉え方」を限定してしまい、ただあやふやな信者的ファンだけが増えてゆくのでは、本当の聴き所を見失ってしまうと思うのだが。5 people agree with this review
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一人のクラシックオールドファン | 芦屋 | 不明 | 24/June/2008
ケーゲルという指揮者は不幸な最期を遂げた指揮者位にしか認識していなかったですがその遺した諸録音は夫々その価値を主張しているようです。今回購入して聴いたブラームス交響曲第2番はある意味でシューリヒト指揮/ウィーンフィルと対極にある名演奏と思います。第1楽章の展開部の独特の情感、終楽章のコーダの「決め打ち」はドレスデンフィルの底力を見せつけてもいます。もう一つのシューマン交響曲は少しブラームスとは違うピリカラ味でこれもなかなか捨てられたものではありません。1 people agree with this review
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fuka | 横浜 | 不明 | 29/March/2008
この曲の組み合わせが好きで、結構頻繁に聴いています。この頃のドレスデンフィルは素晴らしかったんですね。最近はデ・ブルゴスでしょう。ブルックナーは今ひとつだったなあ。0 people agree with this review
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火へんに華 | 千葉 | 不明 | 24/February/2007
どっちも名演。シューマンは特にスケルツォがいい。ここまではっきりとリズムを刻んでいく演奏も珍しいのではないか。オーケストラを締め上げ、ロマン的な雰囲気を極力排している。聴きやすかった。ブラームスは確かに、シューマンと比べると、幾分ロマンティックな演奏であるが、決して嫌味なものではない。むしろ適度に情感があって好ましく思う。ドレスデン・フィルも健闘している。一連のWeitblick、ケーゲル・シリーズで最も密度が濃い一枚。程よく熱い。2 people agree with this review
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フランツ | 宮崎県 | 不明 | 06/December/2006
シューマンは推進力を重視した堅固な演奏。一方のブラ2は解説の許氏も言っているようにセンチメンタルな雰囲気が加味されてます。1楽章のコーダ部分の寂寥感はちょっと聞き物です。4楽章の最後にはライブらしい驚きもあって楽しいです。晩年ののライブらしいロマンチックケーゲルです。が、東ドイツのお客さんって・・・ブラボー合戦も勘弁願いたいですが、こんな醒めた拍手にも、いかがなものかと思います(笑)1 people agree with this review
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