橋本徹 (SUBURBIA) × 山本勇樹 (Quiet Corner)『Incense Music for Bed Room』特別対談【2】

2024年03月19日 (火) 13:00

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橋本徹 (SUBURBIA) × 山本勇樹 (Quiet Corner)『Incense Music for Bed Room』特別対談

エリック・サティを起点に中島ノブユキ〜ゴンザレスとの思い出も織りこまれた
心を落ちつかせてくれる繊細でメランコリックなピアノ・パート

山本 そして5曲目がジョー・バルビエリですね。

橋本 ジョー・バルビエリは山本くんには説明不要かもしれないけど、2009年にアプレミディ・レコーズがスタートして、山本くんと僕も知り合って、「音楽のある風景」シリーズのコンピ1作1作をHMVのウェブサイトで記事を作ってもらって紹介してもらったりしていた頃に、僕らの中で人気があったアーティストで。レーベルがCORE PORTだったので、ライヴも何回か観させてもらったりして、本人ともチェット・ベイカーについてとか音楽談義をさせてもらったりしました。その割にはアプレミディ・レコーズではホルヘ・ドレクスレルとの共演曲以外は使ってなかった気がしたので、今回ぜひと思って。自分の記憶の中ではあの草むらに寝転がってるジャケットのアルバム(『In Parole Povere』)は、日本盤CDのステッカー・コメントも書いたりした愛聴作で、今回ヴォーカル・チューンを入れるなら絶妙だなと思いました。この曲なら美しいピアノ曲の連なりの中で、良いブリッジになってくれるなと思ったんですね。「Free Soul」シリーズだとところどころにインストゥルメンタルを入れてブリッジを作るんだけど、今回は逆のパターンというか。6曲目から今回の裏メイン・ディッシュと言ってもいいピアノ・パートに入っていくんだけど、その前にいったん場面転換というか、箸休め的にヴォーカル・チューンが欲しかったところに最適の曲だったというわけです。

山本 そして「Gymnopedie」の印象的なメロディーが流れてきます。

橋本 そう、次のエリック・サティのカヴァーから、メランコリックなピアノというか、「Classique Apres-midi」シリーズに近いイメージの“ソワレ感”を意識した選曲になっていくんですけど、あのシリーズの象徴だったパスカル・ロジェのピアノ演奏による「Gymnopedie」は、インスピレイションのひとつで。「Classique Apres-midi」のコンピを6枚作った2006年は、ゴンザレスの『Solo Piano』も出た年で、僕らの周りでは「Classique Apres-midi」シリーズがあって、『Solo Piano』もあって、中島ノブユキの『エテパルマ〜夏の印象』もあってという頃で、同じ時期にこの3作があったその頃の感じというのが、香りと音楽の夜、ソワレな感じがあるなぁと。結果的にFKJの「Ylang Ylang」の代わりに収録することにした、僕がすごく好きなヴァーノン・スプリングのマーヴィン・ゲイ『What’s Going On』のまるごとカヴァー集からの「God Is Love」も、この流れにぴたっとはまって。もっと言うと、今回はアプルーヴァル申請リストを作成したときにいくつか、誰かのヴァージョンで必ず入れたい曲というのをレーベルに伝えていたんですね。その中で最も大きかったのがエリック・サティの「Gymnopedie」で。他にもビル・エヴァンスの「Peace Piece」とかボビー・ハッチャーソンの「Montara」とか何曲かあったんですけど、重要な曲はいくつかのアーティストのヴァージョンを申請して、3つのコンピに振り分けようという発想がありました。そんな中でも「Gymnopedie」は、「Quiet Corner」のキャッチフレーズでもある「心を鎮めてくれる音楽」ですしね(笑)。今回入れたベルギーの女性ピアニストのCecile Bruynogheのヴァージョンは、青春時代から好きで、やっぱり20年以上前に作ったコンピ『Crepuscule for Cafe Apres-midi』がよみがえります。Crepusculeは80年代のニュー・ウェイヴやネオ・アコースティックの時期に、Cherry Redとかと並んで最も思い入れ深いレーベルのひとつでしたからね。Crepusculeって「黄昏」っていう意味で、それも選曲のイマジネイションを膨らませてくれる言葉なんですけど、「Gymnopedie」ならクラシック・ピアノをイメージするのが普通かもしれないけど、そこを自分らしくCrepusculeというレーベルのヴァージョンを入れられたことも良かったなと思ってます。ビル・エヴァンスの「Peace Piece」は、「Soiree」のオマージュをharukaくんに制作してもらえたし、トニー・グールドによる「Children's Play Song」のアプルーヴァルが早い時期に取れたので、今回は収録しませんでしたが、「Gymnopedie」と同じぐらいキーとなる曲だと考えています。「Peace Piece」を下敷きに生まれたマイルス・デイヴィスの「Flamenco Sketches」を、中島ノブユキが新録リメイクしてくれることも決まりましたしね。ボビー・ハッチャーソンの「Montara」も同様で、シリーズ第2弾「Living Room」編のために、武田吉晴が鋭意カヴァー制作に励んでくれているところです。

山本 え、それはすごい! 楽しみですね、とても!

橋本 最高でしょ? 中島ノブユキはもちろんだけど、「Montara」を武田吉晴でっていうのもスピリチュアル・メロウで、ナイス・アイディア(笑)。ムビラとか使ってやったらめちゃいいんじゃない? なんて話をしてるところなので、楽しみにしていてください。

山本 そして次が中島ノブユキさんです。

橋本 これもね、さきほど話した2006年前後に、僕たちの周りで「Classique Apres-midi」を作りつつゴンザレス『Solo Piano』や中島ノブユキ『エテパルマ〜夏の印象』を「良いよね」って話しながらワインを飲む夜が繰り広げられていたんですが(笑)、そういう時期の思い出も、今回のコンピに入れられたらいいなと思って。NujabesやUyamaくんやharukaくんと由比ヶ浜で過ごしていた夏の2〜3年前。僕は本当に中島ノブユキのファースト・アルバム『エテパルマ〜夏の印象』が大好きで、行きつけのワイン・バーが彼と同じで、いろいろ話したりもしていたんですけど、メディアや友だちやいろんな人たちに薦めていました。彼はその後ジェーン・バーキンの音楽監督を務めたり、その前にはNHKの大河ドラマの音楽を担当したりして、まずは日本で評価を高めて、今では世界的な評価を受ける存在なんだけど、この頃のことは忘れないでいてくれて、ライセンス申請したら、「もちろんぜひ!」と即答してくれました。それどころか彼は、パリからリモートで参加しますから、今回の参加メンバーで対談記事とかやりませんか? という話までしてくれて。彼が以前住んでいた家にはNujabesとも行ったことがあって、3人でめちゃめちゃワインを飲んだこともありましたね(笑)。今となっては両者とも世界的に知られる存在で、「そんなことがあったんだ」と思われる方も多いと思いますが、そうした思い出も含めてこのコンピにパッケージされてるということですね。

山本 中島さんの『エテパルマ〜夏の印象』も時代をこえて本当に素晴らしいですよね。

橋本 本当に素晴らしいです。そもそも“香る”アルバムというコンセプトや、インセンス=香りとミュージック=音楽のマリアージュを考え始めるルーツみたいなものは、「Apres-midi Grand Cru」から「Classique Apres-midi」、ゴンザレス『Solo Piano』や中島ノブユキ『エテパルマ〜夏の印象』へと流れる、あの時期だったのかなという思いもあって、今回は中島ノブユキとゴンザレスの曲を、中盤で並べることにしました。共にサブスクリプションでは聴けないですしね。それと、このちょっとあとに、ルイ・ヴィトンの顧客向けのレセプションのパーティーをツアーで回るという機会があって、そのときのライヴ出演がゴンザレスでDJが僕だったんですね。その際にゴンザレスがどう感じるのかなと思って、DJでこの中島ノブユキのヴィニシウス・ジ・モラエス「Valsa de Euridice」のカヴァーをかけてみたら、「これは誰だ?」とゴンザレスが質問してきたというエピソードもあって。これは山本くんとの対談で話せればいいなと思っていたことです。

山本 カルロス・アギーレもそうでしたよね。彼も「この曲は誰だ?」と(笑)。

橋本 中島ノブユキにはシリーズ第3弾「Dining Room」編で新録音をお願いすることになったので、そのときはカルロス・アギーレの曲も入れて並べたりしたくなりますね。選曲の際は自然に曲順を組んでいくだけなんだけど、結果的にさまざまな思い出とか自分の人生にとって大切なものが結びついてくるんですよね。だから今回、中島ノブユキとゴンザレスが並んでるのも偶然の必然という気がしますね。

山本 次はビル・エヴァンス「Children's Play Song」のカヴァーです。

橋本 今回harukaくんに「Soiree」へのオマージュを作ってもらって、「Peace Piece」も大切な位置づけの曲と考えているところで実感するのは、僕たちにとってはビル・エヴァンスの『From Left To Right』ってアルバムは、お堅いジャズ・ファンには「エレピなんて弾いて」とか言われてきたけど、新しいスタンダードになってるんじゃないかということで。そういう新しい聴き方、感じ方という意味で、「Soiree」と並んで「Children's Play Song」は大切な存在だと思うんですよね。ビル・エヴァンスのニュー・パースペクティヴへの目配せみたいな存在として、この曲は大事だなと思ってます。これはすぐOKが来ましたので、ここまでのピアノ・パートを、この曲で少しピースフルな感じにして段落変えしたいな、という意図もありました。

武田吉晴〜ミア・ドイ・トッド&アンドレス・レンテリアに象徴される
チルでメロウでスピリチュアルな桃源郷へと誘う悠久の調べ

山本 そこからアレハンドロ・フラノフに繋がっていきます。

橋本 アプレミディ・レコーズで2010年春に作ったコンピ『素晴らしきメランコリーのアルゼンチン』は、山本くんがHMV渋谷店にいた時代にやっていたコーナー「素晴らしきメランコリーの世界」に対する共感というか、シンパシーを表現する中で、アルゼンチンのカルロス・アギーレ周辺の、その前後に僕たちが夢中になっていた音楽を中心に編んだんですけど、やっぱりパラナというかネオ・フォルクローレ〜フォルクロリック・ジャズだけじゃなくて、アルゼンチンと言えばフアナ・モリーナが登場したあたりから注目された、いわゆる音響派と言われるようなアーティストも混ぜられたらという思いもあったんです。アレハンドロ・フラノフは確か2007年だったかな、『Khali』っていうアルバムを愛聴していて、当時BRUTUSの「心地よい音楽特集」的な号でも推薦していたと思います。

山本 その誌面の印象は強く残ってます。橋本さんは他にジョー・ボナーとかスタンリー・カウエルも挙げてました。あのセレクションも良かったですよね。あとサン・ラの『Sleeping Beauty』も入っていたりして。

橋本 いつも山本くんの方が僕より詳しく覚えているけど、かっこいいセレクトしてましたね(笑)。あの頃の感じがもしかしたらここに来て出てきてるのかも。『Khali』はすごくよく聴いてました。ムビラとか親指ピアノが印象的な音楽は昔から好きで、自分の中での魂というかスピリチュアルな何かに触れてくる音色なんですよね。今回は『素晴らしきメランコリーのアルゼンチン』と被らない曲ならこれだと思ってアプルーヴァル申請して。メイン・ディッシュで考えていたわけではないんですけど、絶対に収録したかった武田吉晴の僕が一番好きな曲、彼のファースト・アルバム『Aspiration』の1曲目「Bliss of Landing」へのブリッジとしてばっちりなんじゃないかと思っていたら、その通りになりました。

山本 浮遊感があって気持ちのよい繋がりでした。時代も国境もこえてひとつの流れになってるという、橋本さんらしい選曲だなと思います。

橋本 単純に、こういう感じが好きなんですよね。悠久の調べというか。

山本 アプレミディ・レコーズの『Chill-Out Mellow Beats』にも通じるような。あのときもミア・ドイ・トッドが入ってました。

橋本 まさにそれが今回のコンピの裏ハイライトなんですよ。何をしたかったかと言うと、『Chill-Out Mellow Beats』でこの曲をセレクトしていたことを覚えてるのは、もしかしたら山本くんぐらいしっかり追ってくれているマニアだけかもしれませんけど、さきほどのマリアン・マクパートランドの「A Delicate Balance」と同じように、世界一好きな曲かもしれないミア・ドイ・トッドとビルド・アン・アークのアンドレス・レンテリアの「Emotion」を再プレゼンテイションしたかったんです。これも“香る”曲ですね。本当に大好きな曲だけど、もっともっと知られてほしい曲なので。武田吉晴の「Bliss of Landing」との相性も抜群なので、この辺の流れは自分の中で達成感がありますね。

山本 『Chill-Out Mellow Beats』ではドン・チェリー&ラティフ・カーンの「One Dance」に繋げてましたよね。僕は武田吉晴さんの音楽を聴いていると、ドン・チェリーを思い起こすんですよね。

橋本 なるほどね。『Chill-Out Mellow Beats』は前半もジョー・クラウゼル・ワークスを中心に完璧なんですけど、実は後半もかなり良いんです。幽玄の響きというか、アプレミディ・レコーズのコンピの中でも群を抜いて愛聴したコンピかもしれません。今思えば『Chill-Out Mellow Beats』は、僕が初めてFJDにアートワークをお願いしたコンピで、そのサブタイトルは「Harmonie du soir」、ドビュッシーの「夕べのしらべ」の原題なんですけど、それって今回やりたかったことと繋がってます。

山本 確かに。音楽性的にも中島ノブユキさんやゴンザレスと親和性がありますしね。僕は「Gymnopedie」も、実は橋本さん選曲のキーワードのひとつだと思っていて、『Jet Stream 〜 Winter Flight』では冒頭に選ばれていたし、『音楽のある風景〜寝室でくつろぐサロン・ジャズ・ヴォーカル』に入っているセシリア・ノービーの「No Air」は「Gymnopedie」に歌詞を付けた曲ですし、それこそ『ブルー・モノローグ 〜 Daylight At Midnight』の帯には“すべてのジムノペディストに捧ぐ”と書かれていました。

橋本 「Gymnopedie」から「Emotion」までの流れってそういうことだったのかなと思いますね。世間的には僕は「Free Soul」の人というイメージだけど、自分の中の琴線に触れる大切な部分をもう一度聴いていただけるような選曲というか。ミア・ドイ・トッド&アンドレス・レンテリアの「Emotion」は2010年の夏に作った『Chill-Out Mellow Beats 〜 Harmonie du soir』のときに感じていた、音楽の香りというか、桃源郷感にたどり着くための、『Incense Music for Bed Room』最重要曲かもしれないですね。

山本 連綿と続きながら、橋本さんがアップデイトしていく中でも失わない感覚を、新しいコンピの中でも再提示してくれるというのは、30周年を迎えた橋本さんが手がける新シリーズの第1弾として、とても大きな意味合いがあると感じています。

橋本 ここまでの世界観の作り方は、自分の中でも魂の奥底で求めてる感じや、リスニング・ライフの積み重ねが染み出ているような感じがしますね。

リスナー・フレンドリーで「Quiet Corner」とも共鳴する
多面的な魅力にあふれた“偶然の必然”が生むセレクション

山本 そして次はメイヴィスです。このセレクトはしびれました。

橋本 これもジョー・バルビエリと同じで、今回の世界観に合うヴォーカル・トラックを入れたいなと思ってエントリーしましたね。もちろんフィーチャリングされているヴォーカリスト、カート・ワグナーのバンド、ラムチョップも考えましたけど。これは10インチのB面の2曲目に入ってるデモ・ヴァージョンも大好きなんですけど、カート・ワグナーに敬意を表してA面の1曲目のヴァージョンにしました。いつもコンピレイションを作るときに思うんですけど、ひとつのジャンルとか、古いものだけとか新しいものだけではない、自分ならではのセレクションにしたいという気持ちがあって。メイヴィスって、アシュレー・ビードルがソウルの偉人、ステイプル・シンガーズのメイヴィス・ステイプルズに捧げた企画プロジェクトじゃないですか。アシュレー・ビードルみたいなイギリスのクラブ・シーン、ハウスやクロスオーヴァーのフィールドで活躍し、自分がいろんな名義の12インチを買ってきたアーティストの作品ということがひとつ、一方でいわゆるヴィンテージ・ソウル〜クラシック・ソウルの偉大なメイヴィス・ステイプルズへのトリビュートという側面がひとつ、さらにラムチョップのカート・ワグナーが歌っているという、多面的な魅力がこの曲にはあるんですね。新旧や英米を結ぶ、いろんなパースペクティヴからアプローチできるような曲を選びたいというフィロソフィーに、この曲はまさにフィットするのでセレクトしたところもありますね。

山本 この1曲は「橋本徹」という感じがしました。胸が締めつけられるようなロマンティシズムにあふれていて。

橋本 隠されていた文脈に気づいてもらうための曲を、いつも山本くんは気づいてくれますよね。「音楽のある風景」シリーズのフェアグラウンド・アトラクション人脈のスウィートマウスや、ホセ・ゴンザレスなどは、サロン・ジャズに寄りすぎたくないという意図でしたし、「Cafe Apres-midi」シリーズを始めたときもボサノヴァやブラジル音楽、フレンチなどに偏らないように、アメリカのシンガー・ソングライターで親和性のある曲を入れたり、「Free Soul」シリーズもいわゆるブラック・ミュージックとしてのソウル・ミュージックではなく、グルーヴィー&メロウであれば白人の曲も、それこそジェーン・バーキンの「Lolita Go Home」も入ってくるという。自分は音楽好きとして、そういうストライク・ゾーンを拡げていく選曲をしたいと思っていて、それを山本くんが今回のメイヴィスでも読み取ってくれているのは嬉しいです。

山本 そのあとのキーファーも気持ちよかったです。

橋本 この辺は、僕がもう15年以上チャレンジを続けてきた、生活の中の音楽としてジャジー&メロウでチルなビート・ミュージックを提案するということで。「Mellow Beats」のコンピ・シリーズは2007年から始めましたが、その延長線上にありますね。当時はジャズとヒップホップの蜜月とか、ヒップホップ・チルアウトの決定版みたいな新提案というイメージだったんですけど、あれから15年以上経って、日常の音楽とかBGMとして、そういうスタイルの音楽が、むしろ今はボサノヴァとか以上に聴かれているなという感じがしますね。ショップやカフェ、レストラン、バー、大型の商業施設の空間でそんなことをよく思います。「usen for Cafe Apres-midi」でもここ15年くらい、そういうテイストをカフェの音楽として積極的に取り入れてきて、特にこの5〜6年はキーファーのような音楽こそカフェ・ミュージック、みたいな感覚になっているんじゃないかな。そういう意味で、今回のようなライフスタイル・コンピにキーファーが入るっていうのは最近の感じを象徴していますね。この曲は夜に聴いていて本当に気持ちよくて、基本ビートとピアノなんですが、永遠に聴いていたい気分になったことが忘れられません。

山本 この曲は今回のコンピの中でも、特にリスナー・フレンドリーな曲だと思いました。

橋本 ある意味、ミア・ドイ・トッド&アンドレス・レンテリアくらいまでは研ぎ澄まされたセンスで来てるから、メイヴィス以降は肩の力を抜いてリラックスして、フレンドリーな雰囲気になったらいいなというイメージは、確かにありますね。時間軸的には真夜中から始まって、徐々に夜明けが近づいてくるような流れとしても聴けるかなと。

山本 ここでNujabesの「Spiritual State」です。

橋本 そうですね、まさにある種の夜明け感というか。ご来光じゃないけど、太陽が少しずつ昇って、次第に陽が射してくるような情感もあるなと思います。

山本 次がラドカ・トネフですね。来ましたという感じです。冒頭のラドカの声から一瞬で引き込まれます。

橋本 これは時が止まった深夜みたいなイメージかもしれませんが(笑)。ラドカ・トネフはもともとはBed Room=夜っていう発想で、Moonという言葉が入ってる曲を何となく思い浮かべているときに、ジム・ウェッブの書いたこの名曲を思い出して。このヴァージョンは僕たちの周りではすでに新しいスタンダードになっていると思うんですが、ラドカ・トネフの歌声はもちろん、スティーヴ・ドブロゴスのピアノも澄んだ音色で清らかというか、マリアン・マクパートランド「A Delcate Balance」もそうなんですけど、エコー感とか音の空間性みたいなものも素晴らしく、心が浄化されていくんですよね。北欧的な透明感に惹かれるというか。これはラスト前にいいんじゃないかと、何となく直感して(笑)。

山本 この曲を含むアルバム『Fairytales』は、Calmさんが「Jazz Supreme」のディスクガイドで紹介していたんじゃないかなと思います。

橋本 そうだったっけ? それも繋がってるんだね。

山本 だからCalmさんがこの曲をマスタリングするってとても貴重なことですよね。

橋本 本を作ったのは2007年から2008年ぐらいだったかな? 僕が「Jazz Supreme」のコンピレイション・シリーズを始めるにあたって、ディスクガイドも編集したんですよね。Nujabesにも寄稿してもらったけど、Calmにも自分の生涯のフェイヴァリットになるような「至上のジャズ」愛聴盤を選んで、コメントを寄せてほしいとお願いしたら、彼がリストアップしてくれたんですね。完全に忘れていたけど、これも偶然の必然かもしれない。

山本 今回のコンピって実は、うっすらと「Jazz Supreme」感も感じる瞬間があって。ファラオ・サンダースの新録カヴァーも入っていますし。

橋本 それはあるかもですね。「Jazz Supreme」感と言えば、実は今後「Living Room」や「Dining Room」でもそういう要素が入ってくる予定で、象徴的な曲を挙げるとすると、ある意味カルロス・ニーニョ絡みと言えるけど、ビルド・アン・アークがカヴァーしていたマイケル・ホワイトの「The Blessing Song」はすでにアプルーヴァルOKが来ています。中島ノブユキによるマイルス・デイヴィス「Flamenco Sketches」の制作も、めちゃ楽しみですね。でも僕の中ではラドカ・トネフ&スティーヴ・ドブロゴスの「The Moon Is A Harsh Mistress」は、「Jazz Supreme」感というよりむしろ「Quiet Corner」感があります(笑)。山本くんと話してるから正直に言うと、今回のコンピは「Quiet Corner」のリスナーにも気に入ってもらえるようになったらいいなと思っていたところもあって、実際そんな感じになったんじゃないかなという気持ちもすごくありますね。

山本 僕も掛け値なしにそう思います。

橋本 お墨付きをもらえて嬉しいです(笑)。店舗でも「Quiet Corner」の横にセレクトして置いてもらったり、生活の中の音楽として提案してもらえたら、きっと伝わる世界観じゃないかなと思います。この曲はその橋渡しというか、象徴としてセレクトしました、なんて(笑)。

山本 でも正直なところ、「Quiet Corner」では絶対に、この18曲は組めないです(笑)。やっぱり橋本さんの世界観が見事に表現されていて素晴らしいなと思いますね。それを象徴するひとつが、最後のライ「Not Dying In Me」だと思うんですが。

橋本 ライは2013年のファースト・アルバム『Woman』から「Free Soul 〜 2010s Urban」シリーズなどに3曲入れさせてもらってるんだけど、いろいろあって今はかつてほど、新作が注目されないということも踏まえてのセレクトなんですけどね。この曲を収録した去年のEP 『Passing』も素晴らしいんだけど配信オンリーで。マイク・ミロシュにとって心の平穏や安らぎを求めて作った音楽だったのかな? という印象があったので、今回のコンピの最後はそういう、ほっとする曲で終わりたかったんです。この感覚は「Free Soul」コンピの最後にブッカー・Tの「Jamaica Song」が入ってたりする感覚と近いですね。最後は安らかに、穏やかにフラットにという。CDを聴き終えた余韻みたいなものを大事にできる曲を最後に置きたかったんです。だからぜいたくに、これをエンディング曲として収録できて、ミロシュ本人にもそうだし、レーベルにも感謝したいですね。マスタリングのときにCalmが言ってたんですが、この曲だけかかってるお金の桁が違うらしいんですね(笑)。音を聴くとわかるようで、どんなスタジオと機材で、どんな環境で作ってるのかがCalmには聴くとわかるみたいで、感心しましたね。アルバム全体のプロダクトとしても、ハロルド・バッド&ブライアン・イーノで始まってライで終わるという、何というか、インディーすぎない、マイナーすぎない、マニアックすぎない佇まいで良い塩梅になったというか。途中もちろん深いところまで行くんですけど、自分が普遍的に求めてるのはこんな感じなのかな、という印象です。聴き手を選ばない、誰が聴いても伝わるようなエヴァーグリーンでスタンダードな選曲になったかなと思っています。

山本 1曲目から18曲目まで繋がる物語が感じられますね。

橋本 そうですね、今回はちゃんと選曲でストーリーを描けたなというのを感じています。それとCalmが喜んでくれたのは、アナログLP収録の10曲を選ぶときに最後の1曲で迷っていたんですが、ライを選んだら、「これアナログないから嬉しい」と言ってくれて。この曲は世界初フィジカル化だと思うんですよね。CDも出ていないはずなので。アナログLPにもこれが入るというのは、たくさんの一般的な音楽ファンに喜んでもらえるんじゃないかなと。現行のメジャーのアーティストの知られざる名曲に光を当てられて良かったなと思います。

山本 この曲はパーティーで流れてもきっといい感じでしょうしね。

SUBURBIA選曲 × FJDアートワーク × Calmマスタリングによる
三位一体で生まれた心休まる「音のアロマセラピー」

橋本 最後に締めくくり的に言うと、今回はCalmが本当に良い音にマスタリングで仕上げてくれたことと、FJDこと藤田二郎くんが7インチ2タイトルとLPも含めて素敵なアートワークを施してくれたことに、心から感謝したいですね。ジャケットを見せるとみんな「アートワーク最高ですね」と言ってくれます。マスタリングをしてるときにふと、あまりに心地よくて帯のフレーズにもなった「音のアロマセラピー」という言葉が浮かんできたんですけど、最近このヴィジュアルを拡大印刷して眺めていると、これはアートセラピーとしても最高だなとつくづく思います。ここに香りも加わったら完璧ですよね。

山本 そうですね。眺めているだけで気持ちもリラックスしますね。

橋本 最初にも話しましたけど、こういう世の中だからこそ、心安らげるとか心地よいとかって重要だと思うんですけど、もっとざっくり言っちゃえば、リラックスできることってすごく大切だなと思います。だからこのコンピCDを通して、リラックスできる時間や空間を作るお手伝いができればいいなという気持ちです。

山本 シリーズの今後も楽しみです。

橋本 じっくり味わってほしいから2か月に1枚だともったいないんじゃないかと最近思い始めてるところですね(笑)。3か月に1枚とか季節ごとのリリースでもいいんじゃないかと思ってるくらいなんですが、一生ものとして末永く楽しんでもらえたら嬉しいです。今Nujabesが言っていたことを思い出したんですけど、僕も自分のコンピでそれに近いお手紙をいただいたことがありますが、「本当につらいことが多くて死を考えたこともありましたが、貴方の音楽を聴いて思いとどまりました」という手紙を彼がもらったときに、僕も近くにいて。音楽に携わる者として、リスナーや周りの人たちとか世の中や時代に対して何ができるか? ということは例えば大きな地震が起きたりするたびに自問自答していますが、そんなお手紙をいただいたり、メッセージをもらったりすると、自分たちクリエイティヴに携わる者は、そういうことを大切にしていけばいいんだなと、思うようになりましたね。

山本 橋本さんのコンパイラー人生30年の中でも、救われた人たちはたくさんいるんじゃないかなと思います。僕の周りでも橋本さんの内省感のある選曲が人気ですよ。

橋本 僕はどちらかと言うと、これまでは「Free Soul」に象徴されるように、より心が元気になるようなタイプの選曲をやってきたかもしれないけど、これからはより心地よく、心安らぎ、幸せな気持ちに近づけるような何かを提案できればいいなと思っていますね。

山本 そういう意味でも、こういったライフスタイル系のコンピ・シリーズを橋本さんが始めてくれたことは、いちファンとしてとても嬉しいですね。「Apres-midi Grand Cru」と「Incense Music」を並べて聴くと、何か発見もありそうですし、改めて橋本さんの選曲の美学にも触れることができそうです。

橋本 自分がやりたいことは、ただ良い音楽、好きな音楽を紹介するっていうことだけじゃなくて、日常生活や時間や空間と素敵な音楽を結びつけていくことなんですよね。だから今回の『Incense Music for Bed Room』は本当に素晴らしいものができたと思います。

山本 橋本さんの何というか気合いを感じました。静かな情熱をひしひしと(笑)。今日はたくさんのお話をしていただいてありがとうございました。

橋本 こちらこそありがとうございました。

2024年3月1日 渋谷「カフェ・アプレミディ」にて

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  “香りと音楽” をテーマとした最新コンピ『Incense Music for Bed Room』

国内盤CD

Incense Music For Bed Room

CDNovelty

Incense Music For Bed Room

Price (tax incl.): ¥2,970

Release Date: 13 Mar 2024

先着特典:ステッカー

国内盤LP

Incense Music for Bed Room

Vinyl

Incense Music for Bed Room

Price (tax incl.): ¥4,000

Release Date: 27 Apr 2024

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