編曲漫遊記

2021年04月23日 (金) 18:45 - HMV&BOOKS online - Classical

連載 許光俊の言いたい放題 第288回


 あなたはいったいいくつ聴きましたか? 「展覧会の絵」のいろいろな編曲版。マニアなら軽く10以上は聴いているだろう。マニアでなくても、2,3は耳にしているかも。あまりにたくさんありすぎて、正直言って、何か新しいものが出てきても驚かない。それどころか、食欲もぴくりとも刺激されないかもしれない。
だが、さして期待もなく聴き始めたオルガンとトランペットのための編曲という、一見不思議な版は、まったく違和感がないのに驚いた。両者の音色が対比されつつも溶けあう、絶妙のバランスなのである。残響が長めな会場、録音なのがこの組み合わせには実にふさわしい。ちなみにトランペット、こういうふうに聴くとすばらしく荘厳だ。天使が手にするのは金管楽器、そんな絵画が連想される。
 そして、オルガンがこの曲にこうも似合うとは。まったく不思議な曲である。本来はピアノの曲なのに。ピアノとオルガンは、同じ鍵盤楽器とは言え、根本からして響きの発想やイメージが違っている。しかし、この録音ではとりわけオルガンの神秘的な音色がすばらしく映える。
 最後、コラールのように鳴り響く「キエフの大門」。ロシア風の旋律が、東欧風の色合いを強め、中世の匂いを放つ。この音楽にはあまりにも慣れ過ぎているが、こんなにエキゾチックだったのかと改めて感じ入る。
 そのあとに入っているシューマンも意外なことに違和感がない。ピアノで弾かれるときの青臭さがまったく消えている。ところどころ、シューマンのオーケストラ曲のような音色がしている。
 フランスの、いろいろなお城があることで有名なロワール川流域にあるブロワという町で収録されているが、ここのオルガンは実際に聴いたことがない。こんなに柔らかくて官能的な音もするのかと感心。北方の厳しいオルガンではなく、明るくやわらかな春の日差しのような南方のオルガンを満喫。


 レスピーギと言えば、何と言ってもローマ三部作が代表作だけれど、私はどういうわけか昔からこの作曲家に心ひかれるものがあって、ほかの作品や編曲も、発売されるとできるだけ聴いている。
1879年から1936年まで生きたこの人は、いにしえへの憧憬を隠さなかった。たとえば、今回BISから発売されたのは、バッハのオルガン曲をオーケストラ向けに編曲したもの。「プレリュードとフーガ 二短調」。響きが全体に明るめなのは、オーケストラがベルギーの団体によるからではない。編曲がむやみと音を重ねず、透明感を保っているからだ。これに比べると、ストコフスキーの各種編曲は、色彩あでやかではあっても、もっと北方ぽい屈折がある。油絵の具をたっぷりと塗り重ねたようなもの。それに対して、こちらはもっと軽い芸風で、フーガ部分がヴィヴァルディのように聞こえたりするのはおもしろい。ストラヴィンスキーもそうだが、新古典主義が好んだ類の軽さ。
 「パッサカリア(とフーガ)ハ短調」も、ストコフスキーが実に神秘的で深遠な編曲、演奏をしているが、それに比べるともったいぶらない。もっとも本来はこれでよいのだろう。無伴奏ヴァイオリンのパルティータ、ブラームスの交響曲第4番のフィナーレ、ウェーベルンのパッサカリア・・・と歴史が進んでいって、おそらくはパッサカリアあるいはシャコンヌを壮大に演奏したくなった、聴きたくなったということであろう。ストコフスキー版は、「悲愴」みたいな情念の大ドラマみたいになっていた。
 このCDには、ラフマニノフ作品をレスピーギが編曲したものも入っている。これがいい。「海とかもめ」からして印象派的な美しさがあふれる。ラフマニノフ、海、オーケストラ、と言えばすぐに思い起こされるのは「死の島」だが、あれにも似ているけれど、もうちょっと色彩の色は豊富で強さは弱め。淡い感じが美しい。ラフマニノフはこの編曲を大いに喜んだという。「葬送行進曲」はおもしろい編曲だ。最後のちょっとした盛り上がりは細密な描写のハイレゾ画像みたい。ハイレゾすぎて幻想的みたいな。
演奏は容易ではないだろう、と音を聴けば推測されるが、初演時、すでにうまいと言われていたボストン交響楽団が8回練習したそう。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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