「TAO」 第6回:ゲスト→村上賢司 【6】
Wednesday, April 7th 2010
ある種のドラマでしか表現出来ない感情みたいなものを表現するっていうものには憑かれてるし、文化を記録しようっていうのもあるし、人間を追うドキュメンタリーもあるし・・・本当に節操がないんですよね。
村上:宣伝はね、今は松岡音々さんくらいです。あと今は、ある若い女優さんのテレビドラマを演出してて、来年もそれをやって、あとは来年の4月くらいからはじまる長編の企画を動かしてる段階ですね。実は3つやりたいものがあるんですけど、1つはさっきの話にも出たソープランドを撮りたいんですよ。都築さんからも「いやあ、ソープランドは僕も何回かトライしようとしてるんだけど難しいよ」って聞いてるんですけど、やっぱりそれは取材拒否があるでしょう。向こうも鉄壁のガードで守りますから。でも、ソープランドの内装を撮りたいんですよね。観てみたくないですか?
--- 入ったことないので・・・観てみたいですね。
村上:そりゃあ、ないよね(笑)。で、今ね、ソープランドはメディアに全然出ませんから。この企画、前から思ってたんですけど、最近、東京の大手のソープランドを経営している社長が捕まったことでその思いは大きくなりましたね。
--- ちなみにそれは・・・角海老ですか?
村上:そうです。角海老の社長が捕まったってことですね。
--- ソープランド界でここの内装が一番すごいっていうような噂の場所ってあるんですか?
村上:東京ではなくて、地方ですね。和歌山だとか札幌のすすきのとかもそうですけど、ビルがまさに看板建築(関東大震災後、商店などに用いられた建築様式。建築史家藤森照信が命名したもの)と言えばいいのかな。壁一面がばーんと竜宮城みたいな感じになってるところが結構あって、あれは残さないといけないな、記録したいなって思いますね。だけどやっぱりね、日本のいろいろな文化の中で一番グレーゾーンなものなので、撮るのは難しいんじゃないかなって思うんですけど、記録したいなって思いますね。
2つ目に撮りたいのは、民族派の方の街宣車です。長澤さんの世代だとわかんないかもしれないけど、昔はもっと巨大だったと思いません?街宣車って。昔、バスとかじゃなかった?あれは最近見かけないんですけど、“廃ガス規制”で動かせないって話を聞いたんですよ。実際どうなのかはわかんないんですけど、都内を走れないらしいんですよ。だから、街宣が出来ないんで、今はジープだとか小さな車で彼らはやってるんだけれど、あの街宣車のフォルムとか書かれている文字のデザインっていうのはおもしろいなあって思うんですよ。この企画のヒントを僕に与えてくれたのは、『デコチャリ野郎』で撮影した青年なんですよね。「僕、街宣車大好きなんです。ゴテゴテしたあの塊がもう本当にかっこよくて、裸で抱きつきたいほどなんです」って言われて。そういうことを言ってた青年が取材中、いきなり走り出したんですよ。「お前、どこ行くんだ」って言ったら、「あっちの方で街宣車が破棄されてる!写真撮りたいんです」って。で、その廃車になってる街宣車を一生懸命写真撮ってた。その姿を見て、ふと思い出したんですよ。僕も子供の頃に街宣車をかっこいいって思ってたんですよね。彼らの主張と僕のイデオロギーっていうのは相容れないものがあるかもしれないけれど、かっこいいんで撮ってみたいなあって思いますね。これは何か実現出来るような気もするし、どうなのかはわからないけれど、ソープランドと一緒でいつか実現したいと思う。
3つ目は僕の原初体験があるんだけれど、信仰宗教の巨大宗教施設を撮りたいですね。具体的な宗教名はいろいろ挙げても全然いいんですけど、伊豆方面や奈良方面、山陰方面にある巨大宗教施設を撮りたい。なぜ撮ろうと思ったかっていうのは、最初にお話した通り、僕の原初的な子供の時の体験と、もう1つは田舎の街とか・・・例えば、熱海とかを車で走ったりすると「山に何か変な建物がある」っていう瞬間ってありませんか?地元の人に「あれ何ですか?」って聞くと「ああ、あれ?宗教」って答えてくれるんですけど(笑)、あのすさまじい造形物を撮らないのはもったいないなあって単純に思うんですよね。で、やっぱりね、中を撮りたいんですよ。撮影禁止のところはあるんだけれど、そこを何とか説得してやりたい。ワンダーJAPANの新刊「ワンダーJAPAN 14:特集 新宗教の不思議な巨大建築」でも取り上げられてるんですけど、元々は五十嵐太郎さん(建築史家、建築評論家。工学博士)の「新宗教と巨大建築」っていう本からのインスピレーションがかなりありますね。
--- どれも、撮影するのが大変そうですね。
村上:この3つはなぜこう簡単に言えるのかっていうと、実現が難しいからなんですよ(笑)。とは言いながら、こういうことを公言していると手を挙げてくれる方がいらっしゃるかもしれないし、実際。あともう1つは、パチンコっていうものをちゃんと撮りたい。僕ね、この世のいろんな文化の中でパチンコが一番わからない、はっきり言って。ただそれは、あれにハマる人達の心理がわからないというだけで、そういうものを抜きにしてあの文化を見ると、例えば、郊外にあるパチンコ屋さんの外観とか内装だとかCR機(プリペイドカードに対応したパチンコ遊技機のこと)とかああいうものって、子供の目線で見たらおもしろいって思いません?僕、子供の時にパチンコ屋によく遊びに行ってましたもん、何かおもしろくて。わくわくしましたね。ああいうものを映像化したいし、記録に残したいなって思いますね。
ただね、こういう話をするとこういうことばっかり考えてる人間だと思われますけど(笑)、僕はドラマの監督もやりますから。どっちか片方だけってなるとつまんなくなっちゃうんですよね。
--- 両方あっての。
村上:うん。やっぱり、役者さんに演技をしてもらって、ドラマでしか出来ない物語みたいなものを表現するっていうものには憑かれてるのでそれもやっていきたいし、文化みたいなものを記録しようっていうのもあるし、人間を追うドキュメンタリーもあるし・・・本当に節操がないんですね。『ドキュメンタリーは嘘をつく』みたいなね、ああいう壮大なる場外ファールみたいな(笑)。
--- あの番組、すごくおもしろかったです。痛快でした。編集をされてる松江哲明監督との面識はどこからですか?
村上:松江くんと最初に会ったのはたぶん、イメージリングスの関係で知り合ったと思うんですけど、彼のことで一番強烈な思い出は、僕の『夏に生れる』が中野武蔵野ホール(2004年4月25日に閉館)でレイトショーでやってて、その最終日に来てくれた篠原哲雄さんと斉藤久志さんと3人で飲んでた時だったと思うんですけど、松江くんがその飲み屋に顔を出したんですよね。で、「松江くん、何やってるの?」って聞いたら「何言ってるんですか!明日、竹内力さんと哀川翔さんの舞台挨拶があるんで並んでるんですよ」って。「お前、こんな真冬に何考えてんだ!」って言ってはみたものの、「でも、あの2人は人気あるから、そうやって並んでる人がたくさんいるんだろうな」って思って、見に行ったら、劇場の前に松江くん1人しかいなかったの。その時は『DEAD OR ALIVE』っていう映画だったんですけど、あれは強烈だった!「すごいな」って思った。
--- 松江監督には『あんにょん由美香』の公開時から最新作の『ライブテープ』と2作品のそれぞれの公開のタイミングで取材をさせて頂いたりもしてるんですが、渡辺文樹さんのドキュンメンタリーにも松江さん、映ってますよね?
村上:あれはね、たまたま観に来てただけ。
--- どういうご関係なんだろうなあと思いまして。
村上:松江くんはねえ、今はもう、天敵。
--- 天敵ですか?(笑)。
村上:いや・・・嘘、嘘。僕の映画を観て文句を言う人。
--- 文句を?
村上:言うねえ。別にね、見方はそれぞれだからいいと思うんですよ。『あんにょん由美香』に関しては僕も言いたいことがあって、ブログにも書いたりとかはしたけれど、『ライブテープ』は肯定したい映画だなとは思ってますね。『ライブテープ』って、やっぱり、どうしても自分自身と向き合う映画じゃないですか?でね、何がびっくりしたかって言うと、スクリーンの中の松江くんと前野くんをいつのまにか親の目線で観ていたっていうことなんですよね。彼らと7歳ぐらいしか離れてないのでありえないことないんだけれど、2人が道端で話すシーンがあるでしょ?あれは家に帰れない子供がうだうだする瞬間・・・帰れなくなっちゃった子供が何かしゃべっちゃってる感じなんですよね。
僕ね、初めて30過ぎの男をかわいいって思いましたよ、あの時。かわいいって思ったのはきっと、僕が親の視点で観てるからですよね。僕も6年前に親父が死んでるんで、あの2人の気持ちはすごいわかるんだけど、僕自身が子供を持ったせいで・・・こう言うとね、松江くんがまたぶうぶう言いそうなんですけど、何か子供だなって思ったの、あの2人が。帰れない子供がうだうだうだうだしてるような感じ・・・街をさまよって家に帰れないし、家に帰りたくもないし、親友と別れたくないし、時間は過ぎていくしどうしよう、どうしよう・・・外は暗くなってくるし、かあちゃんには怒られるし・・・みたいなことをやってる瞬間。で、そういう時って哲学的なことを話すんですよ、男同士って。そして、そんなことを思いながら観てる僕自身に親の視線が入ってることに気が付き、びっくりしましたね。
本当ね、全編長回しだとかああいうのはこれから公開するのに水を差すようだけど、ビデオっていうものが手に入った瞬間、みんなやることなんですよ。それまでは8ミリで3分とかで撮っていた映像作家がはじめてビデオテープを手にして何をやるかっていうと、それは長回しなんですよ。ドキュメンタリーであれ、ドラマであれ。ビデオアートの世界ではああいうものばかりで、例えば「60分間ノーカットで作品にして下さい」っていうテレビ番組があるぐらいあるんですよ。 だからあの作風は特筆することじゃない。でも、「とにかく今、この目の前にある世界を肯定しよう」っていう、肯定してるんじゃなくて「肯定したい」っていう願望みたいなものが全編に渡ってるあの感じっていうのはすごいし、「よく撮った!」っていう気はしましたよね。『ライブテープ』はね、観てる時より観終わった後の方がおもしろいんじゃないかな。僕ね、家帰って子供の顔見た瞬間に泣きそうになったもん。「毎日が奇跡だ」っていうことに気付かされるというか。褒めすぎかなあ(笑)。
『あんにょん由美香』が僕にはわからなかったのは、やっぱりね、映画を信じ過ぎなんですよね、松江くんは。僕も映画ってものはすごく大好きなんだけど、僕は子供の時に映画って当たり前にあったんですよ。本当に何かヒマだから、観ちゃう・・・テレビみたいな。「時間が余ったから映画でも観るか」みたいなノリの空間で生きてたから、映画っていうものに特別な何かを託すと言うことがちょっとわかんないっていうのがある。あと、厳しいことを言うと、個人的に会ったり関わった人間を映画の中で観ることで「再会」したという感覚がちょっとよくわからなかったですね。例えば、僕が全然会ったことない若山富三郎とスクリーンで出会えたら(笑)、「未見の映画で若山富三郎さんの知らない側面が観れて、うれしいな」って言うのがあるけれど、1回でも個人的に会って、交流した人が映画に出た瞬間に僕は、逆に遠くなるような感じがするんですよね。これは僕の個人的な感情かもしれないけど、どんどんどんどん遠くになっちゃう、そういう感情の方が芽生えるような気がしてならない。だって実際に会った、交流したということは絶対的だから。映画なんかじゃ、代わりにならないはずだよ。だから、あのラストっていうのは、いわゆる映画っていうものがどんどんどんどん解体されていく現在の状況を含めて考えると、すごく痛かったですね。松江くんの映画を信じようとしてる感じが逆に痛々しくて悲しかったですね。だから、すごく複雑な気持ちになっちゃって・・・。
でも、何だろう・・・日本独特だとは思うし、本当に不思議なんですけど、つるむよね、映画人が、よくも悪くも。明日ね、『ラブドール 抱きしめたい!』の録音をやってくれた中川究矢(きゅうや)くんっていう監督の新作の撮影に付き合うんですよ。で、「監督が一同に来る」って書いてあるシーンがあって「誰が来るのかなあ」って思ったら、松江くんとか山下敦弘くんとか横浜聡子とか白石晃士くんとかね、そういう奴らが集まるんですよね。「そういうのって何でなんだろうな」っていうのがある。僕は一番年長者なんですけど。
僕はもともと、個人で映画を作ってて、イメージフォーラムという実験映画って言われる作品を学ぶ学校の出身なんですけど、劇場で公開される一般映画に初めて関わったのは、矢崎仁司さんの『三月のライオン』からなんですよね。あの作品の音楽をやったのが僕の高校の同級生でその彼に「観てくれ」って言われて観てみたんですけど、今、矢崎さんにそれを知られたら殺されると思うんですけど(笑)、それまで名前しか知らなかったんですよね、矢崎さんのこと。で、その『三月のライオン』を観たら、えっらい感動しちゃって、それで宣伝をやる人が少ないから「宣伝してみない?」って言われて、ボランティアでチラシ配ったりとかやってたんですよ。その活動の中で、今はおそらくないんですけど、法政大学に「シアターゼロ」っていうスペースがあって、井土紀州さん達がそこで上映会をやってたんですよね。その中でたぶんその・・・ごめんなさい、もしかしたら間違ってるかもしれないんだけど、矢崎さんの昔の作品と他のインディーズの作品みたいなものを上映するイベントみたいなものをやった時に遊びに行ったら、僕が18の時に観てて大好きだった、『追悼のざわめき』の松井良彦さんがいて。
--- わたしも『追悼のざわめき』すごく好きです。
村上:いいよね。で、松井さんとそこで知り合って。僕の20代って、半分、松井さんなんですよ。松井さんが「脚本を一緒に書かないか?」って言って下さって、それは6年くらいかけたんですよ。それをしながら、松井さんから吸収したり反発しながら、自分の作品を作っていくっていうのが僕の20代だったんですよね。で、その松井さんとか矢崎さんのおかげで、10代の頃の大好きだった石井總亙さん、山本政志さん、高嶺剛さんだとか知り合うことが出来た。何か、つるむんですよね。松井さん達も矢崎さんとか石井さんとか山本さんとか長崎俊一さんとか・・・何かこう、微妙な距離を取りながら一緒にやってるっていう。ハリウッドとかヨーロッパとかってどうなんだろうなあって時々思うんですよね。 不思議な感じがするんですよね。「何でこんなに一億何人も人がいるのに、僕ら、こんなに近いところで右往左往出来るんだろう」っていうのがすごく・・・東京しか映画文化がないからっていうのがあるのかもしれないけど不思議なんですよね。
--- 村上さんはそのような一緒にいるということに対しての思いというのは?
村上:まあね、イメージリングスをしまだゆきやすさんとずっとやってて、そこで知り合った人脈が大きいし、あとは山下くんだとか脚本の向井康介くんとかは、大阪にある富岡さんが運営しているPlanet+1っていう映画館の存在が大きいし・・・要するに僕より先輩のお兄さん達のおかげで彼らとも知り合えて友達になれてるんだけれど。でも僕自身やっぱりね、子供が出来たっていうのはやっぱり大きいですよね。自分の作品作りだとか仕事にアプローチする姿勢が変わって来てますね。それまで起きて半畳、寝て一畳じゃないけれど、「そういう生活でもいいや」みたいなところだったけれど、やっぱりね、安全に子供を育てなきゃいけない使命があるから。そういうところでやっぱり、仕事の仕方っていうのも変わってくると思いますけどね。
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