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人物・団体(著者) > 「カ」で始まる人物・団体(著者)
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ジャーナリスト。1967年生まれ。ロンドン、フランクフルト、ハーヴァードの各大学にて哲学、政治、歴史を専攻。哲学博士。『シュピーゲル』『ツァイト』の記者として、世界各地の紛争地を取材。2014年よりフリージャーナリストとして多方面で活躍。『メディウム・マガジン』にて2010年年間最優秀ジャーナリストに選ばれたほか、レッシング賞(2015年)、ドイツ図書流通連盟平和賞(2016年)をはじめ受賞多数 続きを読む
明治16(1883)年、東京市芝区露月町36番地(現港区新橋五丁目)に生まれる。伯父に仮名垣魯文がいた。巴水の父は糸組物職人で、長男であった巴水は家業を継ぐ予定であった。幼い頃から絵が好きで、武者絵や役者絵をよく眺めていたという。明治23(1890)年、桜川小学校に入学するが、12歳の頃、眼病を患って、小学校を退学する。眼の養生をしながらも画家を志した巴水は、明治30(1897)年に自宅から近い芝 続きを読む
1930年広島県生まれ。広島県立府中高等女学校在校時より、画家の清水良雄に師事。慶応義塾大学で教授秘書として勤務後、童画を学ぶ。1970年に紙芝居『もんしろちょうとからすあげは』を出版、以後、身近な自然を題材にした科学絵本を手掛ける。5年にわたり、比叡山の麓で畑の跡地の観察を続けて描いた『雑草のくらし あき地の五年間』(1985年刊)で第8回絵本にっぽん賞、第17回講談社出版文化賞を受賞(本データ 続きを読む
詩人。1895年12月25日‐1975年6月30日。1年間の留年を経て暁星中学を卒業後、早稲田大学、東京美術学校(現・東京藝術大学)、慶應義塾大学に学ぶも、いずれも中退。21歳で養父の遺産を得て、25歳で処女詩集『赤土の家』を刊行、その後欧州へ遊学。2年間に及んだこの旅は、ベルギーの日本美術蒐集家の援助もあり、欧州文化を吸収しながらのゆったりとしたものであった。1923年、28歳の時に詩集『こがね 続きを読む
1961年、新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。ifs未来研究所所長。ファッションという視点で消費者や市場の動向を分析している。多摩美術大学非常勤講師。2004年度Gマーク審査委員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを読む
1957年、米国シカゴ生まれ。カリフォルニア大学バークレー校、イェール大学で学ぶ。カリフォルニア大学教授。専攻、人類学・考古学およびメソアメリカ図像学・美術・文字研究 続きを読む
早稲田大学政治経済学部卒業。1972年、「飛び出せ!青春」でデビュー。その後、「俺たちの旅」「金曜日の妻たちへ」「男女7人夏物語」「29歳のクリスマス」(94年、第45回芸術選奨文部大臣賞、95年、第13回向田邦子賞をダブル受賞)など、テレビドラマ、映画の脚本を数多く手掛ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを読む
筑波大学体育系教授、筑波大学硬式野球部監督。1970年、北海道江別市生まれ。札幌開成高校の主将、外野手として甲子園に出場経験を持つ。筑波大大学院体育研究科修了後、北海道で高校教員として4年半勤務。2000年から筑波大体育科学系講師を務め、その後、同硬式野球部監督に就任する。野球方法論、コーチング学が専門で、大学院では野球コーチング論研究室を開設している。動作解析、一流選手の特徴など、科学的なアプロ 続きを読む
1954年生まれ。出生地のカルフィッツィ(カラブリア州クロトーネ県)は、南イタリアに点在するアルバニア系住民(アルバレシュ)の共同体のひとつ。南伊プーリア州のバーリ大学を卒業後、ドイツに移住。1984年、ドイツ語による短篇集『かばんを閉めて、行け!(Den Koffer und weg!)』を発表し、作家としてデビュー(1993年、同作のイタリア語版『壁のなかの壁(Il muro dei muri 続きを読む
1991年群馬大学工学部卒業。同年(株)ソニー・ミュージックエンタテインメント入社。以来MiniDisc、SuperAudioCD制作システムの導入に従事するとともに、世界初となるルビジウムクロック内蔵AD/DAコンバータ等の高音質音響機器の開発を行う。また日本レコード協会において「CDマスタDDPファイル互換性ガイドライン」の策定に参加。2010年に独立後、2011年に(株)パーシモンミュージッ 続きを読む
1914年、岡山市生まれ。津田英学塾卒業後、コロンビア大学入学。44年、東京女子医専卒業後、東京大学医学部精神科、大阪大学医学部神経科を経て、57‐72年、長島愛生園勤務、ハンセン病治療に尽くす。その後、神戸女学院大学、津田塾大学教授。医学博士。1979年逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを読む
韓国・高麗大学哲学研究所研究員。高麗大学と大学院で西洋哲学を専攻し修士号を取得。ドイツ・ヴュルツブルク大学で博士号を得る。2002年に博士論文「Nietzsches Kulturphilosophie(ニーチェの文化哲学)」が、世界的に著名な学術誌「Nietzsche‐Studien(ニーチェ研究)」によって「巨大な課題」と評され、東洋人の著書として唯一紹介された。2014年の「ショーペンハウアー 続きを読む
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