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人物・団体(著者) > 「ロ」で始まる人物・団体(著者)
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1972年高知県生まれ。早稲田大学第一文学部中退。ソロパンクユニット「プンクボイ」で音楽デビューしたのち、友人であった掟ポルシェとともに、ニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ(のちにロマンポルシェ。)」を結成。ディレイ担当(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを読む
構造エンジニア。インド系イギリス系アメリカ人。オックスフォード大学で物理学の学士号を取得した後、インペリアル・カレッジ・ロンドンで構造工学の修士号を取得。西ヨーロッパ一の高さを誇るビル「ザ・シャード」やノーサンブリア大学歩道橋をはじめとして、数々の有名な建造物の構造設計に関わる 続きを読む
1896‐1982。モスクワに生れる。ラザレフ東洋語学院、モスクワ大学大学院を卒業。1915年モスクワ言語学集団を創設。1920年チェコスロヴァキアに移り、マサリック大学においてロシア語学などを講ずる。1926年プラーグ言語学集団の創設に参加し、トゥルベツコイを援けて活躍。1939年ナチスの侵入にあって、デンマークとスウェーデンに2年間滞在し、それからアメリカへ移る。1942‐46年ニューヨークの 続きを読む
本名ロベール・ミケル。1905〜1995。歴史家・小説家・シャンソン研究家・コレクター。「ビザール」誌創刊メンバー。著作は25点に及ぶ 続きを読む
1981年、旧東ドイツ生まれ。映画製作会社の編集長などを経て、2019年本作でデビュー。同作はこの年の「ケルン犯罪小説賞」を受賞、2020年フリードリヒ・グラウザー賞(ドイツ推理作家協会賞)の最終候補となる 続きを読む
1884年、ベネズエラの首都カラカスの生まれ。1910年代から教育関係の要職を歴任しながら創作を開始し、多くの短編・長編を残した。29年発表の『ドニャ・バルバラ』と、35年発表の『カナイマ』によって、ラテンアメリカ文学を代表する国際的作家となる。1930年代半ばに一時文部大臣を務めた後に政界へ進出、47年には民主行動党を率いて大統領選挙に当選した。翌年就任するも、クーデターで政権は崩壊、キューバと 続きを読む
1946〜。カナダの軍人(中将、2000年病気退役)、上院議員(2005年〜)。1993年10月、停戦下のルワンダに派遣されたPKO部隊(国連ルワンダ支援団)の司令官となる。大虐殺の前とその過程を通じて、たびたび部隊の増強を訴えるが、有力国や国連の思惑からその容れるところとならず、惨劇を止められないまま駐留することを余儀なくされる。94年8月辞任。その後ルワンダでの体験から心的外傷後ストレス障害( 続きを読む
1925年、フランスに生まれる。「ぞうのババール」シリーズの生みの親、ジャン・ド・ブリュノフの長男。早世した父親のあとをついで、ババールの作画を手がける。1946年『ババールといたずらアルチュール』(評論社、1975年)を自身の作品として出版し、以降、数多くの作品を発表している。また、アメリカ移住後はアニメーションの制作にもたずさわる 続きを読む
1915‐1980。フランスの批評家・思想家。1953年に『零度のエクリチュール』を出版して以来、現代思想にかぎりない影響を与えつづけた。1980年2月25日に交通事故に遭い、3月26日に亡くなった 続きを読む
本名ロラン・アレクシス・マニュエル・レヴィ(1891‐1966)。フランスの作曲者、作家。サティの紹介でラヴェルに師事。作曲家としてオペラ、バレエ曲などを創作するかたわら、批評家として活躍、音楽解説者としても知られる。1947年より、パリ音楽院音楽美学教授 続きを読む
1950年生まれのジャーナリスト、文芸評論家、小説家、劇作家。アントワーヌ・ド・サンテグジュペリは大叔父にあたる。小説Les Chambres du Sud(1982)でサント=ブーヴ賞、アリス=ルイ・バルトウ賞、Le Coin du voile(1996)でジャン・ジオノ賞、ロラン・ド・ジュヴナル賞、カトリック作家賞、Le 31 du mois d’ao^ut(2003)でシネ・ロマン・カルト・ 続きを読む
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