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中国大連市生まれ。東京女子大学文学部史学科卒業。上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士後期課程修了。元帝京大学教授。専攻はラテンアメリカ近現代史、国際関係史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを読む
教育法学者。元新潟大学教授。ハーバード・ロースクール客員フェローなどを歴任。子どもの権利条約市民・NGOの会事務局長として、子どもの権利の確立に尽力。日本教育法学会前事務局長。2021年11月逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを読む
京都大学文学部仏文学科卒、1989年環境庁に化学職として入庁、パリ第7大学で環境学の修士、フランス社会科学高等研究学院で社会発展学の修士取得。国連環境計画でGEF(地球環境ファシリティ)ポートフォリオマネージャー、環境省地球温暖化対策課課長補佐、防衛省地方協力局環境対策室室長等を歴任。2010年公務員退職後、現在はフリーの環境ライター(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを読む
1928年(昭和3年)3月、沖縄県首里市(現・那覇市)生まれ。沖縄師範学校女子部予科在学中の1945年3月26日、ひめゆり学徒隊の一員として南風原陸軍病院に動員。最前線で負傷兵の看護に従事するも、米軍の捕虜となる。2005年(平成18年)から2008年にかけて、ひめゆり平和祈念資料館で沖縄戦の“語り部”を務める。その後も自治体や学校などの要請を受け、全国各地で自らの戦争体験を語り続けている(本デー 続きを読む
1953年、沖縄県生まれ。詩誌「非世界」「南溟」会員。沖縄女性詩人アンソロジー「あやはべる」にも参加(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを読む
ノンフィクション作家。1958年東京都生まれ。『首里城への坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』で河合隼雄学芸賞と石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを読む
明治六年、京都府に生れる。年少にして漢詩をものした早成の才は、上京して落合直文の門に入り、新派和歌の推進者として旧派を難ずる「亡国の音」を明治二十七年に発表すると、渡韓して閔妃暗殺事件に関与し、国士ぶりを行動に描く。その間の詩情を、同二十九年刊行の詩歌集「東西南北」に賦して再び詩歌の革新につとめた運動は、同三十二年「東京新詩社」の設立に続いて「明星」の発刊に展開、晶子はじめ、吉井勇、北原白秋、高村 続きを読む
1990年北海道大学大学院文学研究科博士後期課程中退。現在、関西大学社会学部教授。専攻は社会学 続きを読む
1878〜1942。日本の歌人、作家、評論家。大阪・堺市に生まれる。1900年に与謝野鉄幹の主宰する新詩社に入り、その機関誌「明星」に短歌を発表するようになる。1901年に出版された第一歌集『みだれ髪』は、恋愛を謳歌する大胆で浪漫的な作風で、大きな反響を呼ぶ。出版された歌集は共著を含め24冊、社会評論や随筆をまとめた本は15冊に上る。童話は100編、詩や童謡は600編を超え、小説や歌論集も著した。 続きを読む
1716‐1783年。江戸時代中期の俳人・画人。摂津国東成郡毛馬村に生まれ、若き日に江戸へ下向、以後関東・東北地方を遊歴して、画と俳諧を修業。36歳で帰阪して、丹後・四国地方を画家として歴訪、京都に定住した。55歳で夜半亭を継いで宗匠立机。俳句と画が映発し合い交響する「はいかい物之草画」(俳画)を創成する 続きを読む
1943年東京生まれ。1970年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院、三井記念病院などを経て、2004年昭和大学藤が丘病院長に就任。2009年せんぽ東京高輪病院長となる。1992年「ウイルス性劇症肝炎の病態の解明と治療法の確立」で昭和大学より上篠賞受賞。また、高輪にある浄土宗松光寺の第二十世住職として教化活動も行っている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを読む
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