Sam Cooke
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Sam Cooke (サム・クック) プロフィール

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ブルースやドゥーワップ、ゴスペルを中心としたそれまでの黒人音楽(=R&B)に新しい風(=ソウル・ミュージック)を持たらした不世出のシンガー、それがサム・クックである。

1931年1月22日、ミシシッピー州クラクスデイにプリーチャーの息子として生まれたサムは、6歳の頃から教会で歌い始め、その後、シカゴで少年達からなるゴスペル・グループ、Highway Q.C.'sに加入。50年代前半に、名門ゴスペル・グループ、ソウル・スターラーズのリード・シンガーとして本格的なキャリアをスタートさせた。サムに多大な影響を与えた前リード・シンガー、R.H.ハリスに匹敵するほどのその瑞々しくビロードの様な歌声は今聴いても感動的だ。とりわけ’56年録音の「Wonderful」は天性の才能を痛感させられる名演となった。このSpeciality時代の音源は後に「ザ・ゴスペル・ソウル・オブ・サム・クックwithザ・ソウル・スターラーズ」と題してCD化(Vol.1〜2)されているので、是非とも聴いていただきたい。

’57年、ソロへと転向したサムは、同年10月、キーンよりあの名曲「You Send Me」を発表、いきなり全米チャート(勿論R&B、Popの両チャート)を制覇し、ソロ・シンガーとして、いや始めての本格的なソウル・シンガーとして華々しいデビューを飾った。とは言うものの、やはり当時の音楽シーンにおいて、白人を意識した作風というのはある意味避けられない事であり、その後しばらくの間はそうしたポピュラー的要素の強いナンバーも多く歌い、彼はティーネイジャーの間では、ボビー・ダーリンに代表されるアイドル・シンガーの一人として広く認知される事となる。’59年のその名も「Only Sixteen」や翌’60年「Wonderful World」、「Teenage Sonata」等はその最たるものと言えるだろう。

同年、RCAに移籍したサムは、その後も彼が最も得意とするミディアム・ナンバー、所謂”サム・クック調”と呼ばれる唱法で一つのスタイルを築き上げ、その人気を決定的なものとした。’61年の「Cupid」を始め、R&Bチャート、ナンバー1となった「Twistin' The Night Away」や、「Having A Party」、「Another Saturday Night」といったところがその代表的なナンバーだ。また、それと平行してゴスペルで培った情感豊かなバラード・ナンバーも数多く発表しており、「Bring It Home To Me」、「Nothing Can Change This Love」、そして後に映画「マルコムX」の中でハイライト・シーンに使われた名曲「A Change Is Gonna Come」等、ソウル・シンガーとして面目躍如たるところも見せ付けた。こうしたスタイルが主に南部のディープ/サザン・ソウル・シンガーに与えた影響は計り知れない。

しかし、サムの魅力は何と言ってもライヴでこそより堪能できるという事に異論を挟む者はいないだろう。’64年、ニューヨークの高級白人クラブとして知られ、現在も俄かに脚光を浴びているてコパ・カヴァーナでのサムの凄さたるや、見事という他ない。「フランキー&ジョニー」、「テネシー・ワルツ」といったポピュラー・スタンダードもサム流のゴスペル・ソウルにしてしまう天性のヴォーカルにはただただ脱帽するばかりだ。

しかし、皮肉にもこれがサムの最後の雄姿となってしまう。’64年12月11日、ロスアンジェルスで宿泊先のモーテルの女性オーナーに射殺されるという悲劇的な最後を遂げるサム。その背後には音楽業界の利害問題による暗殺説も噂された。死後20年たった’85年にアルバム化されたノース・マイアミでのライヴ盤「Live At The Harlem Square Club,1963」は彼本来の”魂”が脈々と息衝いており、それは間違いなく黒人聴衆を前にした彼の姿だった。そしてそこには当時のRCAでのスタジオ作品にはない、ダイレクトな激しさと、ラフでタフなサムの姿があった。

33歳というあまりにも早過ぎる死ではあったが、音楽史におけるその偉大な功績は20世紀の最大の遺産として多くのアーティスト達に受け継がれ、私達の心の永遠の宝物としてこれからも生き続けるだろう。

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