Pet Shop Boys

Pet Shop Boys (ペット・ショップ・ボーイズ) プロフィール

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Pet Shop Boys

80年代のイギリスが生んだ最高のポップ・デュオ―――それは、間違いなくペット・ショップ・ボーイズだろう。

ペット・ショップ・ボーイズ(以下PSB)の歴史の始まりは、スマッシュ・ヒッツ誌のライターをしていたニール・テナントと建築家のクリス・ロウがキングス・ロードにある電気屋で出会ったのが発端である。お互いダンス・ミュージック・フリークという事で意気投合した2人は音楽活動をともに始めるようになる。その当時はウェスト・エンドというユニット名で活動していたが、ほどなくして現在のペット・ショップ・ボーイズに名を改める。ライター仕事でニューヨークを訪れる機会に恵まれたニールは、当時全盛を極めていたハイ・エナジー・サウンドに心酔していた事もあり、ニューヨークで活動していたプロデューサー、ボビー・オーランドに会いに行き、一緒に昼食をとり(どういういきさつがあったかは不明だがニールがチーズバーガーとキャロットケーキを振舞ったという話も残っている。)レコーディングにまでこぎつけるのであった。そして84年そのボビー・オーランドのプロデュースによる“ウェスト・エンド・ガール”がリリースされた。しかしこの曲はアンダーグラウンドでは受けが良かったものの、世間一般では全くと言っていいほど話題にならなかった。しかしPSBの才能を見込んでいたレコード会社EMIはプロデューサーを改め再度“ウェスト・エンド・ガール”でデビューするやいなや、いきなりの全英1位を記録。その他アメリカ、カナダ等でも軒並み1位を記録する大ヒット・ナンバーとなり、瞬く間にトップ・アーティストへの仲間入りを果たした。

86年デビュー・アルバムとなるウェスト・エンド・ガール – Pleaseとそのリミックス盤であるディスコ - Discoをリリ−スしたPSBの勢いは凄まじく87年には2ndアルバム哀しみの天使 - Actuallyを発表。ここからはダスティ・スプリング・フィールドとのデュエット、“とどかぬ想い”、プレスリーのカヴァーである“オールウェイズ・オン・マイ・マインド”がヒット。いずれも全英1位、また各国のチャートも賑わした。この年の暮れにはコンセプト・ビデオ作品を企画。当初は1時間程度のものを想定していたが話は盛り上がり、2人が出演する劇場用映画にまで発展し、翌88年『夢色の幻想 – It Couldn’t happen Here』(ビデオ作品としてリリースもされたが現在は廃盤。)という形にまで発展する。また同年エイス・ワンダーに提供した楽曲のセルフ・カヴァーやリミック等を収録した(オリジナル作品にはカウントされない)番外編ダンス・アルバム、イントロスペクティヴ – Introspectiveを発表。翌89年にはそれまで行っていなかった初のライヴ・ツアーを日本、香港、バーミンガム、ロンドンの4都市に限定して敢行。視覚と聴覚を刺激する斬新な内容でその場にいたものを魅了した。またこの年はプロデュース業や課外活動にも専念した一年でもあった。ライザ・ミネリエイス・ワンダーダスティ・スプリング・フィールド…そしてなんと言ってもニュー・オーダーのバーナード・サムナーと元スミスのジョニー・マーのプロジェクト、エレクトロニックへの参加だろう。そして90年にはアメリカでの初ライヴなどを経て3rdアルバム薔薇の戦慄 - Behaviourを発表。翌91年には本格的なワールド・ツアーを開始。そのツアーに合わせる形で強烈な皮肉が込められたU2の“約束の地”とボーイズ・タウン・ギャングの(オリジナルはフランキー・ヴァリ)の“君の瞳に恋してる”をメガ・ミックス(?)した“君の瞳に恋してる”をリリース。このシングルは後にリリースされるディスコグラフィー - Discography-complete Singles Best Of Bestで聴く事が出来る。また同年、自身のレーベルである「スパゲッティ」を発足。21 歳のスコットランド人、シセロを送り出したり、ボーイ・ジョージとニールのデュエットが収められた映画クライング・ゲームのサウンドトラックをリリースしている。

93年色んな意味でPSBの師匠ともいえるヴィレッジ・ピ−プルのカヴァー“ゴー・ウェスト”を含むヴェリー – Veryを発表。頂点を極めたと言って良い人気と評価を得る。またブリット・ポップを象徴するブラーの大ヒット曲“パーク・ライフ”のリミックスやカイリー・ミノーグのアルバムの製作にも関わり、ますますその活動を活発化させる。94年にはデヴィッド・モラレスジュニア・ヴァスケスなど最先端のクラブ・シーンで活躍するアーティスト/DJをリミキサーとして起用したリミックス・アルバム、ディスコ2 – Disco2を発表。よく95年にはB面集、オルタナティヴ – Alternativeを発表。チャートを意識しない作品を2作続け、アーティストとしてのこだわりも垣間見れた。

95年のデヴィッド・ボウイのアルバム、アウトサイド収録の“ハロー・スペース・カウボーイ”のリミックスやティナ・ターナーのプロデュースなど相変わらず精力的に活動を続けながら3年振りとなる5thアルバム、バイリンガル – Bilingualを発表。ここからは”幸せの合い言葉”がシングル・ヒットする。この後、小規模なツアーや様々なフェスティバルやゲイのイヴェントに出演したりなどして活動していたPSBは99年に約9年振りとなるワールド・ツアーの予定を発表。更に6thアルバムとなるナイトライフを発表。ここからは“ニューヨーク・シティ”・ボーイ“の特大ヒットが生まれ若い世代から往年のファンにまでPSB健在を強くアピールした。

2000年に入り過去の名作をボーナス・ディスク付きの限定盤でリリースしファンを喜ばせたかと思えば、ナイトライフと同時進行で進められていたというミュージカル、クローサー・トゥ・ヘヴン – Closer To Heavenのオリジナル・キャスト盤を前編渡って手掛けたり、新しいメディアであるDVDの機能をフルに活用したとして話題のモンタージュ – Montage The Nightlife Tourを発表するなどして、前にも増して活動の場を広げた。そして2002年、正に待望の7thアルバム、リリース - Releaseを発表した。またこの年の夏にはフジロック・フェスティバル出演の為、来日。訳あって遠くからステージを眺めただけだが、“ゴー・ウェスト”を演奏した時のどよめきは凄まじかった事を記憶している。

シーンの変動や時代の移り変わりにも左右されず、常にオリジナリティに溢れた音楽を提供してくれるPSBは21世紀も止まらず走りつづけ、我々を魅了しつづけていくのだろう。

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