Kate Bush
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Kate Bush (ケイト・ブッシュ ) プロフィール

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デビュー当時、ピンク・フロイドデイヴ・ギルモアに見出された天才少女歌手として脚光を浴びたケイト・ブッシュ。19歳のその歌声は秀逸な当時の日本盤タイトル『天使と小悪魔』が象徴しているような恐るべき質感をもってロック・リスナーの前に現れた。それまでの女性アーティストの常識から逸脱するかのような、聴き手を驚かせる圧倒的な感性を垣間見せるケイト・ブッシュの歌声は正に衝撃的という形容が似合うものだった。

ケイト・ブッシュ(本名:キャサリン・ブッシュ)は1958年7月30日に英ケントのベックレイヒースに生まれた。父親ロバートは医者、母親ハンナは元ダンサー。ブッシュ家は裕福な家庭に属し、その長女ケイト・ブッシュはそうした環境の中育っていく。またそうした意識の高い家柄に生まれたことも影響してか、ケイト・ブッシュは幼い頃に菜食主義者となった。ケイト・ブッシュが音楽に興味を持ち始めたのは1968年頃のこと。一年間のオーストラリア移住から英国に戻ったケイト・ブッシュは、その頃から父ロバートに就いてピアノを習い始める。またグラマー・スクールに通う頃になると、ケイトは多くの詩を書き始め、同時にヴァイオリンや聖歌隊のレッスンにも励み、自らの芸術的な感性を磨いていった。1971年には学校の音楽の授業で出た作曲の課題がきっかけとなり、自らの作曲活動を本格的に開始する。まもなく14歳になるとピアノを弾きながら自作の歌を歌うようになった。

1974年、音楽の道に本格的に進むことを決意したケイト・ブッシュは、学校を中退し、ビリー・ホリデイジョニ・ミッチェルなど自分のアイドルに憧れながら音楽作りに専念。1975年には兄パディ達とともにバンドを結成し、パブにも出演するようになった。この直後にケイト・ブッシュにとってプロになるチャンスが早くも巡ってくる。ケイト・ブッシュの才能を高く評価していた兄パディが、友人のリッキー・フーパーの協力で、ピンク・フロイドデヴィッド・ギルモアを家に招き、ケイト・ブッシュの歌を直接聴かせるという作戦に出たのだった。結局16歳でデヴィッド・ギルモアにスカウトされたケイト・ブッシュは、彼の監修で15曲のデモテープを制作。後にケイト・ブッシュのプロデューサーとなるアンドリュー・パウエルの尽力もあって、このデモテープはEMIへ送られ、1975年にケイト・ブッシュはEMIとアーティスト契約を交わした。

1976年、ロンドン郊外のフラットに移り住んだケイト・ブッシュは、アダム・デューリアスによるマイムを教えるクラスへ入り、更にはリンゼイ・ケンプのもとに弟子入り。デビューの準備期間ともいえるこの時期をケイトは約1年に渡って過ごし、1977年に満を持してアーティストとして初の本格的なレコーディングに入った。

1977年11月、エミリー・ブロンテの名作で映画としてもヒットした小説「嵐が丘」をモチーフにしたシングル“嵐が丘(Wuthering Heights)”でデビュー。これがいきなり全英4週連続一位を記録、またその曲を収録したデビュー・アルバム 『天使と悪魔』(Kick Inside)も40万枚というセールスとなり、一躍ケイト・ブッシュ は天才少女として大きな注目を集めた。

その後1978年に2ndアルバム 「ライオン・ハート」 、1980年に3rdアルバム 「魔物語」(Never For Ever)、1982年に「ドリーミング」 、1985年に『愛のかたち』(Hounds Of Love)と作品を発表していき、1986年には初のベスト・アルバム 『ケイト・ブッシュ・ストーリー』(Whole Story)を発表。またこの間にはピーター・ガブリエルロイ・ハーパーなど英国の奇才ミュージシャン達との交流もあった。ベスト盤という区切りの後に彼女の新章を告げた作品が1989年発表の 「センシュアル・ワールド」 。ここでケイト・ブッシュはブルガリアン・ヴォイスの一員だった女性アンカ・ラプキーナ率いるトリオ・ブルガルカと共演。『ボックス・セット』の発売やエルトン・ジョンのトリビュート盤 『トゥー・ルームス〜エルトン・ソングス』への参加を経て、次の彼女自身のオリジナル・アルバム『レッド・シューズ』が発表されたのが1993年のこと。これは童話「赤い靴」をモチーフにしたというアルバムで、ジェフ・ベックエリック・クラプトンプリンスなどが参加した話題作だった。アルバムは全英2位と好セールスを記録し、シングル・カットされた曲もそれぞれヒットした。しかし、このアルバム以降のケイト・ブッシュはトリビュート作やチャリティ・アルバムへの参加、他アーティストの作品へのゲスト参加などはあるが、これ以降自身の作品をリリースすることなく90年代を終えた。

またこれらのオリジナル・アルバム以外ではモンティ・パイソンのメンバーであるテリー・ギリアム監督の名を知らしめたカルトSF映画『未来世紀ブラジル』ケイト・ブッシュの歌声を聴くことが出来る。

“嵐が丘”での天から降ってわいたような至上の高音域ヴォイスやエクセントリシティ、イギリス〜アイルランド中世の深い森や妖精をもイメージさせるケイト・ブッシュの自然体のきらめくような奔放な歌表現の味わい。こうした感触は無論ケイト・ブッシュ自身にしかないもの、と断言しても過言ではないだろう固有性を持つ。彼女の直系としてのフォロワー的なシンガーを挙げるとすれば筆頭に挙げられるのは、トーリ・エイモスだろうか。トーリがイギリスで特に人気の高いシンガーであるという点も特筆すべきところ。時に情念的な歌を聴かせるトーリにはジョニ・ミッチェルの影響も強いのだろうが、ケイト・ブッシュジョニ・ミッチェルのようなどこか孤高の佇まいを感じさせる毅然とした表現には通じるものが多くある。更にもっとポピュラリティを得ている例をあえて挙げるなら、重厚なアーティスト性とエキセントリシティという共通項を持ったビョークにも近いものがあると言えそうだ。

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