本サイトはJavaScriptを有効にしてご覧ください。
ゲスト 様
様
プラチナ会員
ゴールド会員
ブロンズ会員
レギュラー会員
本・CD・DVD・ブルーレイ・グッズの通販はHMV&BOOKS online
詳細検索はこちら
お気に入り登録して最新情報を手に入れよう!
Adrian Belew | プロフィール | CD、DVD、ブルーレイ(BD)、ゲーム、グッズなどを取り扱う【HMV&BOOKS online】では、コンビニ受け取り送料無料!国内最大級のECサイトです!いずれも、Pontaポイント利用可能!お得なキャンペーンや限定特典アイテムも多数!支払い方法、配送方法もいろいろ選べ、非常に便利です!
1949年12月23日に、ケンタッキー州カビントンで生まれたエイドリアン・ブリューは、幼い頃にジャズに憧れてドラムを始めたという。その後16歳になったブリューは、ジミ・ヘンドリックスの影響を受け、楽器をギターに持ち替えロックへと傾倒していった。やがてプロとなったブリューは各地を転々とするミュージシャン生活を送っていたが、その間にナッシュビルでフランク・ザッパに認められ、彼のバンドに参加している。
ややあって1977年にブライアン・イーノの紹介でデヴィッド・ボウイのバンドに加入。ツアーやボウイのアルバム スケアリー・モンスターズ 、 ロジャー(間借人) に参加した エイドリアン・ブリューは、その実績を買われ、後にはトーキング・ヘッズやトム・トム・クラブのツアー、アルバムでもプレイを披露。そして1981年に新生キング・クリムゾンの参加することになる。
1981年4月、クリムゾン復活の話題で音楽シーンが騒がしくなる中、ロバート・フリップは、ビル・ブラッフォード 、トニー・レヴィン 、エイドリアン・ブリューによる新生キング・クリムゾンを始動させた。彼らは同年10月にアルバム ディシプリン を発表。従来のアプローチと異なる、あくまでギター・ミュージックに拘ったスタイルを提示。その予想外のアプローチに音楽ファンの間からは賛否両論が飛び交うほどだった。
1981年末に初来日も果たした新生キング・クリムゾンは、翌1982年6月に ビート 、そして1984年4月に スリー・オブ・ザ・パーフェクト・ペアー と作品をリリースしていったが、結局この新生クリムゾンはここまでの三枚の作品で幕を閉じてしまう。1984年にキング・クリムゾンは再来日を果たしているが、帰国後ロバート・フリップは、自ら打ち立てたコンセプトは全て作品化された、という理由を掲げ、実にあっさりとこの時期のキング・クリムゾンを解散させてしまうのだった。
キング・クリムゾンでの活動の一方でエイドリアン・ブリューはソロ作品を発表していた。1982年の初ソロ・アルバム ローン・ライノウ(Lone Rhino) 、翌1983年には 僕の夢はギター少年(Twang Ban King) を発表。また同時にロバート・パーマー、ローリー・アンダーソン、ポール・サイモンらのセッションにも参加している。そしてクリムゾン解散後の1984年以降も、ブリューはセッション活動と並行して、ソロや自身のバンド、ベアーズ結成――夢のしっぽ(The Bears) を発表――など精力的に幅広い活動を展開していった。
1989年、ブリューはそれまで在籍したアイランドからアトランティックへとレーベル移籍をし、同年にソロ3作目となる ミスター・ミュージック・ヘッド(Mr. Music Head) を発表。さらに1990年にはデヴィッド・ボウイとのデュエット曲が話題を呼んだアルバム ヤング・ライオンズ(Young Lions) を、1992年には インナーレヴォリューション(Inner Revolution) を、とソロ作をコンスタントに発表していく。またマイク・オールドフィールドやジェリー・ハリスン(元モダン・ラヴァーズ〜エリオット・マーフィー ・バンド〜トーキング・ヘッズ)のアルバムでのセッション参加や、コンピレーション・アルバム ギター・スピークIIIへの楽曲提供などもこの時期の仕事。そしていよいよ1994年には、復活したキング・クリムゾンに合流することになる。
この90年代復活キング・クリムゾンはロバート・フリップ、ブリュー、ビル・ブラッフォード 、トニー・レヴィン のほか、トレイ・ガンに、元Mr.ミスターのアメリカ人、パット・マステロードという布陣だった。そのクリムゾンは1984年4月、ミニ・アルバム ヴルーム を発表。翌1985年3月にはフル・アルバム スラック が登場。フリップが「メタル・クリムゾン」と形容する通りの凄まじいライヴ感覚溢れるパフォーマンスを披露した。
一方でエイドリアン・ブリューは、この90’sクリムゾン参加を契機としてソロ契約もロバート・フリップが主宰するレーベル「ディシプリン」へと移籍。そこから1994年に ヒア(Here) 、1995年に アコースティック(The Acoustic)というソロ作品を発表している。また相変わらずセッション活動にも精を出す一方で、1996年にはギター・オーケストラによるアルバム Experimental Guitar Series Vol.1 もリリース。その後1998年にはアルバム Op Zop Too Wah を発表するなど、今後もクリムゾンと並行してソロ作をリリースしていく模様だ。
筆者がまだ中学生になるかならないかの頃にCMで見たエイドリアン・ブリューの印象はそれはインパクトの強いものだった。象の泣き声をギターで真似るという、そのサウンドと映像が今でも思い起こされるが、しかしそういったユニークさ、トリッキーなプレイがどうしても強調されがちなブリューだが、彼の音楽をストレートに受け止めてみれば、一流のジャズやクラシックなどを消化したその演奏は、確固たる技術と感性に支えられたものだということが分かる。またソロ作で見せるポップな感触すら漂うトータルな音楽家としての顔、キング・クリムゾンの熾烈な変幻自在のリズムの中での役割、数々のセッションにおける優れた仕事…というサウンドに対する彼の柔軟な対応ぶりは、音楽家としてあまりに器用だという彼の個性をリスナーに印象づけている。さらに最後、ギターに関することではないが、ロバート・フリップは、ヴォーカリストとしてもエイドリアン・ブリューを評価しているということも付け加えておきたい。
Adrian Belewトップへ
%%message%%