「日出づる処の天子」は謀略か 東アジアと聖徳太子 集英社新書

黒岩重吾

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784087200171
ISBN 10 : 4087200175
フォーマット
発行年月
2000年02月
日本
追加情報
:
18cm,190p

内容詳細

古代国家の創始期。六世紀から七世紀にかけての日本(倭)は文化的にも政治的にも、大きな動乱期を迎えていた。朝鮮半島から、仏教をはじめさまざまな文化が伝来し飛鳥文化が花開こうとしていた。574年に生まれた厩戸皇子(聖徳太子)は幼少からその聡明を知られ、593年には推古天皇の摂政として政治に参画するのだが…。東アジアの中の日本という視点から、太子の生きた時代のダイナミズムを捉える歴史考察。作家だからこそ書けた歴史のはざまの真実像。

目次 : 第1章 聖得太子の血統と人間像―母と推古女帝の確執(さまざまな名を持つ皇子/ 「厩戸」の由来/ 歴史を動かすのは人間である ほか)/ 第2章 東アジアの情報戦争と倭国―対隋外交の意味と結果(東アジアの中の日本/ 四世紀の朝鮮半島/ 雄略の上表文 ほか)/ 第3章 聖徳太子の勢力後退と推古・馬子の一体―文献と丸山古墳(太子の失脚/ 推古と馬子の歌/ 堅塩媛の改葬の真実 ほか)

(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー

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  • ゆいまーる さん

    遣隋使は国威発揚の表れなどではなく、高句麗の要請に応じての使者だった。そして、聖徳太子は国書問題で隋からの使者である裴世清に平伏して詫びることとなった。これを契機に権威が失墜していった。

  • SOHSA さん

    聖徳太子(厩戸皇子)の人生を大陸・朝鮮半島情勢から解説。聖徳太子の人間としての脆弱さに着目した切り口は、一般的な太子のイメージを大きく変えることには成功している。しかし、個人的にはやはり聖徳太子は超人であってほしいのだが。

  • fuji さん

    故郷史を齧り始めたら、日本史の中世、古代またそれ以前の事まで知らないことが多々あるのを発見。更にこの本のカバーする東アジアの古代まで首を伸ばすことになった。で、それがつまらないかと言えばそうではなくて逆に興味が募ってしまった。聖徳太子にスポットをあてながら歴史を探るこの一冊。学者ではなく作家としての視点から想像力を駆使して迫る語り口に惹きこまれ、自ずと知識情報が得られるのだから嬉しい。島国日本の平和観が培われてきた原初を知る事が出来た。

  • 片 さん

    聖徳太子は完璧な人、というイメージが変わります。

  • aoi_emblem さん

    日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや、云々。 この国書は聖徳太子が師と崇めていた高句麗の高層慧慈が、隋に攻められている祖国を守るため、倭の国から隋へ戦を止めさせるために太子に書かせた書であるらしい。その高飛車な物言いが隋の天子の逆鱗に触れ小野妹子が持ち帰った隋の紛失したと言われる国書はいかなるものであったのか⁈太子は隋の使者に謝り、政治の場から遠ざけられてしまうという失策を犯し、病に没するまで人の世の虚しさを嘆いていたに違いないでしょう。聖徳太子について少し詳しくなりました。

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人物・団体紹介

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黒岩重吾

1924‐2003年。大阪市生まれ。同志社大学法学部卒。在学中に学徒動員で満洲に出征、ソ満国境で敗戦を迎える。日本へ帰国後、様々な職業を転々としたあと、59年に「近代説話」の同人となる。60年に『背徳のメス』で直木賞を受賞、金や権力に捉われた人間を描く社会派作家として活躍する。また古代史への関心も深

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