父 吉田茂 新潮文庫

麻生和子

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784101340616
ISBN 10 : 4101340617
フォーマット
出版社
発行年月
2012年08月
日本
共著・訳者・掲載人物など
:
追加情報
:
263p;16

内容詳細

戦争に負けて、外交で勝った歴史がある―。終戦後、吉田茂は口癖のようにそう語った。そして、歴代4位の在任期間を誇る稀代の指導者となった。欧州や中国に赴いた外交官時代。米国との開戦阻止に動いた戦前。サンフランシスコ講和条約、バカヤロー解散…と、信念を押し通した首相時代。官僚、政治家、父親。全ての吉田茂に最も近くで接した娘が語る「ワンマン宰相」の素顔。

目次 : 敗戦国の総理大臣/ 政治家の条件/ 麻布市兵衛町/ 焼け跡の散歩/ 組閣/ マッカーサーと父と/ 近衛さんの死/ 外交官の妻/ 養父と実父/ パリ講和会議〔ほか〕

【著者紹介】
麻生和子 : 1915‐1996。中国・安東生れ。聖心女子学院卒業。吉田茂の三女として、首席全権の私設秘書を務め、1951(昭和26)年9月のサンフランシスコ講和条約の締結会議などに同行。日英協会理事、あけの星会会長、東京都共同募金会副会長、麻生セメント会長を歴任する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー

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  • i-miya さん

    2013.11.24(11/24)(初読)麻生和子著。 11/23 (カバー) 戦争で負けて外交で勝った歴史がある− 終戦後吉田は口癖のようにそう語った。そして歴代4位の在任期間を誇る稀代の指導者となった。 (麻生和子) 中国安東生まれ、聖心女子学院卒。 吉田茂三女、首席全権の私設秘書務め、1959、サンフランシスコ講和条約の締結、会議に同行。 麻生太郎の母。 寛仁親王妃信子殿下は三女。 S21.05、首相引き受け。 父の暮らす麻生市兵衛町の外務大臣公邸。 

  • 糜竺(びじく) さん

    著者は終戦後の首相、吉田茂氏の娘であり、息子は麻生太郎元首相の母である麻生和子さんです。娘の立場から見た、吉田茂氏のエピソードなど記されており、非常に興味深く読めました。やっぱりエリートのお嬢様の生活という感じがしましたが、しかし、その中でも色んな苦労などがあったんだなと感じました。二・二六事件に巻き込まれているようで、そこのエピソードも非常にハラハラしました。あとがきは、麻生太郎氏が書いておられるんですが、子供の時などのエピソードも、読んでいてこんな事があったんだと、新たな発見などがあり良かったです。

  • mazda さん

    吉田茂元首相の娘、麻生和子さんの本。娘の視点で描いた元首相の素顔は、どこにでもいる普通の「父親」であった。海外生活のときに、「お前たちは日本をしょっているんだ」と教育されていたこと、マッカーサーとは馬があい、ジョークを言える間柄であったこと、など、エピソード多数。とても興味深いです。

  • ジョニジョニ さん

    やむを得ず首相を引き受けて、マッカーサーと直にやりあう日々の中で、ときにいやな顔をして帰ってくる父に向かって、「負けたな、やーいやーい」といってからかう和子、子持ちの三十路すぎ。多国語をものにする才女でもあり、日本語も気品があって、妻をなくした吉田茂を支える力がいかに大きかったか、うかがいしれます。自伝ではわからなかった、周囲から、娘からみた、奇特ながらもあたたかみのある人間性が伝わってきて、いまだに人気が高いのも納得です。父娘ともに、おもしろい人だったんだろうなー。

  • 河瀬瑞穂@トマト教司祭枢機卿@MMM団団長 さん

    「在職中、国民から感謝されることなく自衛隊を終わるかもしれない。非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡のときとか、災害派遣のときなのだ。言葉をかえれば、君たちが『日陰者』であるときの方が、国民や日本は幸せなのだ。耐えてもらいたい」1957年2月、防衛大学第1回卒業式で、こんな訓辞をされた「吉田茂」の、肉親から見た人物像。本当に、格好良くて魅力的な人だったんだろうなぁ。

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