(見えない)欲望へ向けて クィア批評との対話 ちくま学芸文庫

村山敏勝

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784480510976
ISBN 10 : 4480510974
フォーマット
出版社
発行年月
2022年02月
日本
共著・訳者・掲載人物など
:
追加情報
:
336p;15

内容詳細

性差や異性愛といった規範が作用する場から見えない欲望を引き出し、新たな解釈を生産すること。本書は、そうしたクィア批評の声に耳を傾けながら、「自分ではない」ものへの同一化による読むことの快楽と、性的な快楽を混線させる試みである。セジウィックの理論や英文学の古典から、ホモソーシャルな欲望、文学共同体の規範を学ぶ快楽、プライヴァシーという概念装置等を縦横に論じるとともに、クィア批評と精神分析の思想的往還を、ジジェク、バトラー、コプチェク、ベルサーニらを読むことで辿った。クィアなるものが含む解放性と固有性のパラドックス、批評的・思想的探究と政治的意味の緊張をも見据えた名著。

目次 : 1 見えない欲望を読む(セジウィックとホモソーシャル/ホモセクシュアル連続体/ 男と男のあいだ―『デイヴィッド・コパフィールド』のセクシュアリティ/ ジェイン・オースティンを読む兵士たち)/ 2 プライヴァシーの亀裂と侵犯(わたしは作文を引き裂いた―『ヴィレット』と語る女性の私的領域/ 登場人物には秘密がない―E・M・フォースターのクローゼット)/ 3 精神分析とクィア批評の往還(欲望はそこにある―ジジェク、コプチェク、固い現実界/ 主体化されない残余≠去勢―ジュディス・バトラーと誤読のポリティクス/ 孤独なマゾヒズム―レオ・ベルサーニへの斜線)

【著者紹介】
村山敏勝 : 1967‐2006年。英文学者。成蹊大学文学部助教授を務めた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー

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  • しゅん さん

    隠された、見えない性的欲望を文学作品から見出す、という作業をクィア批評は為してきた。しかし、「隠されている」ものを暴くという形式自体が、同性愛を示唆する「クローゼット」の言い方とあいまって、ステレオタイプや保守化を招くのではないか。著者はそのような問題意識から、ディケンスやオースティンといった古典小説、あるいはラカン派の精神分析を読み解く。文章自体はそんなに難しい印象は持たないのだが、私が読み解けてない複雑な思考があるように思う。

  • 今野ぽた さん

    まずはこの本が文庫化したことに敬意を表したい。 大学院生時代以来に読み返したがやはり刺激的な本である。特に第5章、第6章は小説を読む快楽を考えさせてくれる。正直、ほとんどが読み通せない難解なのだが、「どこに向かっているかわからない欲望、同一化できるかどうかわからない欲望の所在に気づき、ためらいがちに近づくこと。クィアなパフォーマンスが文学批評に多くを与えてくれる(逆もまた)のは、未知の欲望を読むことを通してである」(p61)ということが通底していることは分かる。

  • まだ鯉 さん

    コプチェクのところで、個々のまなざしと規律訓練的なまなざしの区別みたいな話があったはずだけど、コプチェク本人のフェミニスト映画理論批判の部分にはそういう話なくて?となった。

  • Y.T. さん

    かなり難しかった。また再読しよう。ベルサーニの『親密性』が一部で話題になっていたので読んだ形

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