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バルトーク (1881-1945)

CD 管弦楽のための協奏曲、舞踏組曲 ショルティ&シカゴ交響楽団

管弦楽のための協奏曲、舞踏組曲 ショルティ&シカゴ交響楽団

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    カズニン  |  東京都  |  不明  |  2013年12月20日

    弛緩したところが全くない緊張感溢れる演奏です。録音も素晴らしいです。

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    つよしくん  |  東京都  |  不明  |  2012年09月22日

    これは素晴らしい名演だ。ショルティは、ライナーやオーマンディ、セルなどと言った綺羅星の如く輝くハンガリー系の累代の指揮者の系譜に連なる大指揮者であるだけに、こうした偉大なる先達と同様にバルトークの最晩年の傑作である管弦楽のための協奏曲を十八番としていた。ショルティは、本盤の演奏の前にも、ロンドン交響楽団とともにスタジオ録音(1963年)しており、当該演奏は既にシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤として発売されるなど、圧倒的な名演と高く評価されているところだ。本盤の演奏は、当該演奏から17年の時を経てスタジオ録音されたものであるが、1981年のレコード・アカデミー賞を受賞しているからも理解できるように、再録音の成果が十二分にあると言える素晴らしい名演と高く評価したい。ショルティのアプローチは、これは管弦楽のための協奏曲だけでなく、併録の舞踏組曲についても言えるところであるが、強靭なリズム感とメリハリの明瞭さを全面に打ち出したものであり、その鋭角的な指揮ぶりからも明らかなように、どこをとっても曖昧な箇所がなく、明瞭で光彩陸離たる音響に満たされていると言えるところだ。こうしたショルティのアプローチは、様相の変化はあっても終生にわたって殆ど変わりがなく、それ故に演奏全体的な様相は1963年の旧録音にも共通していると言えるが、1980年代に入ってショルティの指揮芸術にも円熟の境地とも言うべきある種の懐の深さ、奥行きの深さが付加されてきたところであり、1981年の本演奏にもそうした点が如実にあらわれていると言える。要は、ショルティを貶す識者が欠点と批判してきた力づくとも言うべき無機的な強引さが本演奏においては影を潜め、いかなる最強奏の箇所に至っても、懐の深さ、格調の高さを失っていないのが素晴らしい。楽曲によっては、ショルティらしい力強さ、強靭な迫力が損なわれたとの問題点も生じかねないが(例えば、マーラーの交響曲第5番)、本盤におさめられたバルトークによる両曲の場合は、そうした問題点はいささかも顕在化していない。そして、本演奏においてさらに素晴らしいのはシカゴ交響楽団の超絶的な技量であろう。ショルティの指揮にシカゴ交響楽団が一糸乱れぬアンサンブルを駆使してしっかりとついていっているところが見事であり、ショルティ統率下のシカゴ交響楽団がいかにスーパー軍団であったのかを認識させるのに十分なヴィルトゥオジティを最大限に発揮(特に終楽章)していると言える。かかるシカゴ交響楽団の好パフォーマンスが、本演奏を壮絶な名演たらしめるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。音質も英デッカによる極めて優秀なものであり、ルビジウム・クロック・カッティングによって更に鮮明さが増したと言える。もっとも、1963年の旧盤が前述のように既にシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化がなされたにもかかわらず、本演奏が未だにSHM−CD化すらされていないのはいささか不思議な気がする。本演奏は、ショルティの円熟を感じさせる素晴らしい名演であり、可能であれば、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤で発売して欲しいと思っている聴き手は私だけではあるまい。

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