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モーツァルト(1756-1791)

Hi Quality CD 交響曲第40番、交響曲第41番『ジュピター』 ジョージ・セル&クリーヴランド管弦楽団(1966年、1968年ステレオ・ライヴ)

交響曲第40番、交響曲第41番『ジュピター』 ジョージ・セル&クリーヴランド管弦楽団(1966年、1968年ステレオ・ライヴ)

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     |  岐阜県  |  不明  |  2023年06月08日

    素晴らしいですね。41番の終了後、思わず、おー、と呟きました。40番、41番どちらも名演ですが、私は交響曲というのはトランペットとテインパニがある方が好きなので、やたらとテインパニとトランペットが活躍している41番のこの演奏が大変気に入りました。録音もとてもいい。ライヴで録音の良いセルの録音は日本ライヴが有名ですが、こちらの方がやや鮮明さには欠けますが音が生々しくて興奮します。

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    銀蛇亭  |  福島県  |  不明  |  2022年05月18日

    まず録音については、当時のライヴとしてはまずまず。66年の第40番は多少こもった感があるが、耳が慣れればセルの至芸に酔いしれよう。《ジュピター》の方が68年と新しく、ブロッサム音楽祭という会場の違いもあってか幾分広がりが感じられる。いずれも “セルのモーツァルト” に真価を見出し得ている幸せな御仁には必聴の音盤である。 往年の指揮者にあっては、ベーム(なんぞ…といっては非難を買おうが)よりセルやクレンペラーの方がずっと真モーツァルティアンだと確信している小生のごとき者には、両演奏とも従来知られていた同曲のセッションやライヴとは二味も相違する凄演、特に《ジュピター》の “弾けっぷり” に出会えて、セルにとってモーツァルトとはいったい…などといろいろと考えさせられている。 聴きどころは多々あるが、ト短調におけるリタルダンドやアッチェレランド、《ジュピター》第1楽章におけるフェルマータ解釈、第2楽章におけるいつにない感情の起伏、そして終楽章におけるティンパニやトランペットの強奏、就中、再現部におけるティンパニ強打やコーダでの金管炸裂はかつての演奏になかったもの(アーノンクールもビックリ?)。これには会場の聴衆も熱狂した様子が盛大な拍手からうかがわれる(すぐにフェイドアウトしてしまうのが残念)。 セルは、モーツァルト初期作《ディヴェルティメント第2番》K.131などという比較的マイナーな曲(特に室内管以外にあっては)までをも愛奏かつ録音(63年)し、モーツァルトのホルン協奏曲をチェロ協奏曲に編曲した際には、その第2楽章にこの嬉遊曲の緩徐楽章(佳曲!)を編曲して充てることさえしており、また、モーツァルトを演奏する際には、手勢クリーヴランド管の編成を単に人数的に刈り込むのではなく、モーツァルト演奏用に極めて厳しいオーディションを自らおこない、メンバーを厳選して臨んだことでも知られている人物である(クリ管Vn奏者M.ゴールドマンの回想)。昨今、本流となったピリオド楽器によるモーツァルト演奏を認め楽しむのにやぶさかでない小生ではあるが、セルの諸モーツァルト音盤に、虚心に耳を傾けることによる成果には極めて大なるものがあるように思う。 なお、器楽だけではなく、当然ながら声楽にも精通していたセルのモーツァルト・オペラが、あまり録音状態のよろしくない《ドン・ジョヴァンニ》《後宮からの誘拐》《魔笛》等のライヴに限られているのは返す返すも残念である。

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