連載小説(5)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第二話

2016年10月15日 (土) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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 みなと総合病院は、近隣ではそれなりの規模を誇る医院である。

 受付ロビーには窓口が複数あるし、待合いのソファには患者以外にも見舞い客たちが多くくつろいでいた。だから治療を受けずに待ち合わせをしている人間がいたところで、格別目立ったりはしない。

 が、彩華さん――白衣の天使とは対照的な黒衣の魔女は、病院にもっともいてほしくない、死神のような存在感を放っていた。

「そろそろね」

 死神が壁の時計を確認すると、付近にいたおじいさんが「ひっ」と喉を鳴らして念仏を唱え始める。自分のお迎えがきたと思ったのかもしれない。

 しかし微笑む死神が見つめているのは、老人ではなく自動ドアの向こうだ。

「なんで病院で待ち合わせ? バスすっごい混んでたし」

 本日の依頼人、海老名菜々は現れ早々不機嫌をあらわにした。

『それはあなたが殺されてドナーになるからです』

 などと言ってやりたい衝動に駆られたけれど、僕はぐっと我慢して比較的人の少ないロビーの隅に案内する。

「で、犯人は誰?」

「それは僕から説明します」

 ソファに座るやいなや切り出した海老名菜々に、僕は彩華さんより早く答えた。

 ちらと横目で見たところ、魔女はなにも言わずにただ微笑んでいる。

「海老名さんは、幼幻という占い師をご存知ですか」

「……噂には聞いたことあるけど。占い師だけを占う若い男だって。というかそれがなんだっていうの? なんで助手が話を進めてるわけ?」

「あなたを脅迫している人物の背後に、幼幻がいるからです」

 もしかしたら感づいているかと思ったけれど、海老名菜々は「は?」となかば呆れたような顔で僕をにらんでいる。

「説明します。まずはこれを見てください」

 僕はソファの上にノートパソコンとタブレット端末を置き、それぞれの画面に必要な情報を表示させた。

『こんな悪趣味なサイト、なんで人気なんだろ』

 現在のタブレット画面には、そんなツイートがハイライトされている。

「これは二ヶ月前に『にたまご』さんがしたつぶやきです。前後を判断しても、『こんなサイト』がどれを指しているかは明確ではありません。しかしこのツイートの数分前、海老名さんがこんなことを言っています」

 僕はノートパソコンに、海老名菜々が『嫌なら見るな』と発言している画面を表示させた。その発言の下には別の人物のつぶやきが引用されている。

 それは『いいかげんこのサイトうざいんだけどhttp://niseuranaishini〜』と、「ニセ占い師にご用心☆」へのリンクを含む内容だった。

「おそらく『にたまご』さんは、このとき初めて海老名さんの『ニセ占い師にご用心☆』を見たのでしょう。その結果『こんな悪趣味なサイト〜』と発言したんです。その後に彼女はこんなこともつぶやきました」

『ヒゲw』

「これは『にたまご』さんが占いオカマバー、『愛とヒゲのオラクル』の記事を見たという証拠に他なりません。なぜなら、海老名さんがレビューした占い師と彼らが所属するお店には、『ヒゲ』が含まれるものが一件しかないからです」

 海老名菜々が記憶を探るように斜め上を見て、「確かにそうかも」と認めた。

「さらに数日後、『にたまご』さんは続けざまにこう言いました」

『小学生にドキドキさせられた……』

『さっきからずっと小学生のこと考えてる』

「海老名さんはご存知ないでしょうが、幼幻という占い師はまだ小学生の男の子なんです。彼は『馬車道のママ』として有名なおヨシさんの店、『愛とヒゲのオラクル』で働いています」

「幼幻先生は働いてないわよ。趣味で観てくれているだけ」

 それまで黙っていた彩華さんが急に口を挟んだ。確かに幼幻はおネエさまじゃないからあの店では働けない。そもそも小学生の深夜労働を、おヨシさんが認めるとは考えにくい。そこにはなにか別のカラクリがあるのだろう。

「それは些細な問題です。重要なのは、『にたまご』さんが『愛とヒゲのオラクル』に興味を持ち、店を訪れたということです。その結果、彼女は幼幻に魅入られ、寝ても覚めても小学生のことしか考えられないようになった。そこで幼幻は『にたまご』さんをそそのかし、海老名さんに脅迫メッセージを送るように仕向けたんです」

「新田ちゃんが……?」

「そうです。海老名さんはご自身のサイトで大勢の占い師の評判を貶めました。それが幼幻の反感を買い、あなたは数少ない友人を失うことになったのです」

 僕は深く息を吸い、名探偵よろしく用意していた決め台詞を放つ。

「つまりこの脅迫事件は、海老名さんが自ら招いた不幸なんですよ! もしそれを後悔しているなら、いまこの場であなたのサイトを閉鎖してください!」

 これこそ僕が徹夜で考えた、誰も傷つけない唯一の方法だ。諸悪の根源を断つことで、僕は彩華さんを、海老名菜々を、そして会ったことはないけれど名前の響きが似ていて親近感を持った、ペンギン占いのペンタロウさんを救うのだ。

 彩華さんを見ると、ふっと力を抜いたように笑っていた。やれやれレンくんには負けたわ。まさかこの私を出し抜くなんてね。たぶんそう思っているのだろう。

「あのさあ、助手。いきなり幼幻とかヒゲとか言われても、全然信じられないんだけど。新田ちゃんが犯人って証拠はどこにあるわけ?」

 海老名菜々が露骨ないらだちを向けてくる。さすがに独善的なレビューをする管理人だけあって物わかりが悪い。

「だからいま説明したじゃないですか。幼幻に会ったから『にたまご』さんが犯人なんですよ。だいたい海老名さんだって占い師が怪しいと思ったから、犯人を探ろうとして有名どころの占い師を訪ねていたんでしょう?」

「全っ然違うし! あんなサイト運営してたら、占い師からの殺害予告なんて山ほどくるから。犯人が占い師だったら、はいそーですかで終わりだよ」

「やれやれ。海老名さんは混乱してますね。じゃあなんであなたは彩華さんのサロンにきたんですか? 脅迫されたなら警察に行けば済む話です」

「それは……今回の脅迫文が、友だちにしか言ってない鶴巻くんの話が書かれてたからだよ。わたしは犯人を捕まえてほしかったわけじゃない。自分の性格が悪いことなんて百も承知。だから知らないうちに友だちを怒らせてたなら、そのことをきちんと謝りたかったの! 警察に頼んだらおおごとになっちゃうでしょ!」

「う、嘘だ! ネットに罵詈雑言ばかり書き散らすあなたに、そんなまともな神経があるわけない! それに彩華さんが水晶玉を見て『黒いオーラをまとった身近な人物が映っている』って言ったとき、海老名さんニヤって笑ったじゃないですか! あれは『ククク……やはりな』ってしたり顔でしたよ!」

「笑うわけないでしょ! わたしは三人が犯人じゃありませんようにって祈ってたんだから。なんなのこの助手? 勘違いマンオブザイヤーなの?」

 彩華さんが「そうよ」と、珍しく口を押さえてくつくつ笑っている。

「レンくんは海老名さんに好感を持っていない。これが一つ目の『先入観』ね。悲しみに襲われた瞬間の微表情は、『恐怖』と混じって口元が歪んで見える。だからレンくんには笑って見えたのよ。私には海老名さんの『悲しみ』がはっきりわかったわ」

 ここを見ていたからねと、眉を指して彩華さんは続ける。

「二つ目の『先入観』は、レンくんが占い師を嫌っていること。占い師なら誰でも海老名さんを脅す動機があるから、どうしても犯人に仕立て上げたくなったのね」

「それは……彩華さんならそう言うでしょう。幼幻の味方なんだから」

「確かに『見方』の問題ね。レンくんは自分にとって都合がいい意見、海老名さんは自分に都合の悪い意見だけを拾って脚本を構成しちゃったのよ。こんな風にね」

 彩華さんがタブレットを操作し、先ほど僕が表示した『こんな悪趣味なサイト、なんで人気なんだろ』という『にたまご』のツイートをピックアップする。

「このとき彼女が見たのは海老名さんのサイトじゃないわ。彼女がフォローしている別の一人が張ったリンク先よ」

 彩華さんがパソコンでそのリンク先を開いた。なにやら中学生くらいの少年が、雑誌を持って自撮りしている画像が掲載されている。雑誌の表紙はよく知らない男の子だけれど、中学生のほうは僕も知っている人気アイドルだ。

「……ん? この画像なんかおかしくないですか。顔と首の大きさが合ってないっていうか……あ、違う。これ、雑誌の表紙と撮影者の顔が入れ替わってるんだ」

「そうよ。顔認識機能を使って、人物画像の顔を入れ替えるスマートフォンのアプリがあるの。ここはそのアプリで撮った写真を投稿するサイトね。子どもの間では人気だけれど、大人が見ると『悪趣味』と感じることもあるわ」

 彩華さんがしばらく画面をスクロールさせていくと、今度は赤ん坊と犬の顔が入れ替わった画像があった。しかし犬は顔だけ移動してヒゲを置き去りにされ、結果的に赤ん坊の頬からにょいんと三本ヒゲが生えている様が愛らしい。

「ヒゲ……かわいい」

 海老名菜々が思わずといった様子で口元をほころばせる。その反応は『にたまご』の『ヒゲw』発言を彷彿とさせた。

「こ、こんなのただの偶然ですよ! じゃあ『にたまご』さんの『小学生にドキドキさせられた』発言はどうなんですか」

「その小学生が幼幻先生を指しているなら、発言時間がおかしいわね。先生が店で人を観るのは塾が終わってからの午後八時過ぎ。『にたまご』さんのつぶやきは午後五時でしょ」

「そんなの、前日に会った想いが夕方に募っただけですよ」

「彼女は思ったことはすぐにつぶやくタイプ。『お風呂いってくる』とかね。レンくんはあざといと思ったでしょうけど、彼女いわゆる天然よ。たぶんツイートの消し方も知らない。そして午後五時になにがあったかというと、これね」

 彩華さんがタブレットで、アニメのプロモーション動画を流し始めた。

「これ、最近始まった子供向けの陸上アニメですよね。僕も知ってます。確かに主人公は小学生ですけど、大人が夢中になるようなものでは」

「いや……あるかも。新田ちゃん、前に半ズボンはいた男の子見て、『あの子のおねえさんになりたい』とか言ってたし」

 海老名菜々が腕組みし、画面を見ながらしきりにうなずている。

「で、でも、『にたまご』さんは小学生について二回しか言及してません。このアニメに夢中になっているんだったら、もっとつぶやいているはずですよ」

「それだったら夢中になる相手が幼幻先生でも同じね。正解は逆よ。小学生について二回しかつぶやいてないんじゃなくて、二回もつぶやいてしまった。彼女、アカウントを間違えたのよ」

 彩華さんが画面を操作し、見知らぬアカウントのつぶやきを表示する。

「確かに趣味とプライベートでアカウントを使い分ける人はいます。いま見ているこのアカウントもアニメのことばかりつぶやいてます。でも、これが『にたまご』さんという証拠はどこにあるんですか?」

「あ、これ新田ちゃんのネイル」

 海老名菜々が指さしたのは、アニメキャラと思しきキャラクターの名前が入った誕生日ケーキの画像だった。その隅には、きれいにラインストーンを並べた女性の爪が見切れている。まさかと『にたまご』のネイル画像と並べて検証すると、二つの手が同一人物のものであることは誰の目にも明らかだった。

「『で、でも、ツイートの消し方を知らない人が、アカウントを使い分けるなんて高度なことをするわけない』。そう言いたい顔ね。使い分けるわよ。レンくんにも使ってないスマートフォンの機能があるでしょ。それは使えないんじゃなくて使わないだけ」

 天然って純粋って意味よと、僕の心を見透かしたように彩華さんが笑う。

「それも含めて全部レンくんの思い込み。『にたまご』さんは幼幻先生どころか、『愛とヒゲのオラクル』に行ったこともないでしょうね」

「そんな……じゃあ幼幻は」

「幼幻先生は立派な占い師よ。頼るあてのない海老名さんを心配していらしたわ。あのサイトが好きみたいだから」

 あんな罵詈雑言だらけのサイト……と思ったけれど、幼幻は小学生だ。悪口や汚い言葉を、その響きだけで楽しめる感性をまだ持っている。顔が入れ替わるアプリを悪趣味と見なす大人たちとは違う――。

「納得した? じゃあ次は海老名さんね」

 がっくりと落ち込む僕をよそに、彩華さんは早々に矛先を海老名菜々に変えた。僕の早とちりなどいつものことと、手際よく処理された感じがする。

「普段の海老名さんなら、多少個人情報を知られたくらいじゃ脅迫メッセージになんて動じない。でもそのときは少し不安定だった。おそらく彼とのケンカが原因ね。ネットで攻撃的な人って、現実では案外打たれ弱いのよ。ケンカの自己嫌悪に無意識のストレスが重なったあなたは、『いっちゃん』さんの、『空気読めねーな』、『死ねばいいのに』なんてつぶやきが、もしかしたら自分に向けられているものかもと思い始めた。『バーナム効果』みたいなものね」

 彩華さんが言った『バーナム効果』は、「自分にはもっと適した仕事があると思ったことがありますね?」といったように、誰にでも当てはまる質問が、自分にだけ向けられたものと感じてしまう現象だ。ここだけの話、彩華さんのような偽占い師が、「この人は当たる!」と依頼人に錯覚させるためのテクニックでもある。

 SNSの場合だと、自分がなにか発言した後に、「この人、自分で面白いと思ってるのかな」なんて誰かにつぶやかれた状況が該当するだろう。それが自分に向けられたものではないとしても、見た瞬間には間違いなく心が傷つく。自分に向けられた可能性があるならなおさらだ。

「結果、あなたは『ミナヅキ』さんも『にたまご』さんも怪しく思えてきた。当然相談できる相手なんていない。あなたにはその三人しか友だちがいないからね。しかたなく散々こきおろした占い師に頼ろうしたけれど、日頃の行いがたたって誰も相手にしてくれなかった。レンくんの言った通り自業自得ね」

 弱々しくうなずく海老名菜々を見て、彩華さんはニタァと口角を上げた。

 今回はさすがに私怨が入っているなあと思う。でもまあおヨシさんが言ったみたいに、海老名菜々には誰かがお灸を据えなければならないのだ。

「そういうわけだから、あなたにはここで死んでもらうわ」

「そうそう、それがいいです……って、えっ?」

 彩華さんが海老名菜々に近づき、黒衣の袖にゆっくりと手を差し込んだ。

「ちょっ、彩華さんなにを」

 幼幻の呪縛は僕の早とちりのはずだ。まさか、彩華さんは嘘の推理を――。

「やめるんだ彩華! やるなら俺がやる! おまえはずっときれいなままでいろ!」

 とっさに彩華さんの二次元彼氏、イガラシくんの口調を真似て叫ぶ。

 同時に、魔女の手元でなにかがきらりと光を反射した。

「……ごめんなさい、レンくん」

 一瞬だけ上唇で下唇を隠して目を伏せた彩華さんが、顔を上げてにっこり微笑む。

「もう殺しちゃったわ」

 彩華さんが右手に握ったそれ――スマートフォンの画面を僕に向けた。

 そこには海老名菜々のSNS画面が表示されている。そしていままさに、以下の内容がつぶやかれたところだった。

『菜々の母です。娘のアカウントを借りて皆様にお知らせがあります。本日正午、海老名菜々は交通事故に遭い、みなと総合病院で息を引き取りました。生前の本人の希望で通夜は行いませんので、こちらにご友人がいらっしゃいましたら最後に見送っていただければと思います。かしこ』

「なっ、なんてことするんですか彩華さん! こんなことしたら――」

「海老名さんの友だちだけが、病院に駆けつけるでしょうね」

 魔女はまったく悪びれもせず、妖しく微笑んで続ける。

「そして『彼氏と別れろ』という脅迫者の要求は、結果的に達せられたわ」

「そっちが本命の目的だったんですか……? じゃあ脅迫の犯人は……」

「海老名さんに恋人がいることを知っていて、ここに現れなかった人物よ」

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