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「クールなシベリウスを熱く聴く」 評論家エッセイへ戻る

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2017年6月19日 (月)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第68回


 手書きではなく、パソコンを使って楽譜を書く人も多くなった。そうした楽譜作成アプリケーションに、「フィナーレ」と並び、「シベリウス」と名乗る商品がある。北欧の大作曲家の御名をそのまま戴いたこのネーミング、なかなか絶妙なところを突いていると前々から思っていた(余談だが、ウェブ・ブラウザには「ヴィヴァルディ」という名のアプリがあって、これは名前通り軽快な使い心地)。
 この楽譜作成アプリの名前がもし「ベートーヴェン」だったら、その仰々しいニュアンス免れがたく、使う人を選ぶし(譜面の見た目が綺麗でなさそうなのが最大のネックである)、言葉の響きとしては「ペロティヌス」あたりでも適宜な感あれど、五線譜ではなくネウマ譜で出力しそうな気がするのでためらう。やはり、ここは「シベリウス」という名前が一番しっくりくるような気がするのだ。

 なんたって、クールだしね。ロマン派の語法を突き詰め、そこに収まらぬ極北といっていい音楽を書いた。フィンランドや北欧といった地盤には根差しているものの、そこを突き抜けるかのような独得な作風。そのスタイルは決して目まぐるしく変化する現代音楽の本流とは著しく違うものの、その現代作曲家にも一目も二目も置かれちゃう、スペシャルな存在でもある。

 そのシベリウスの作品全集が出ている。BISレーベルが創立当初から全集完成を目指して、ずいぶんマイナーな作品までリリースしていて、すでに輸入盤でも分野別にセットになってはいるが、今回はぜーんぶまとめて、分厚い日本語解説書付きの限定版。歌曲なども対訳付きのありがたさ。
 その全集から、仕事の合間にいくつか聴いてみたのだが、これがなかなかよいのだわな。多作な作曲家だったことはディスコグラフィによって知ってはいた。つまり、これだけの数の作品を書いたのだから、「ぐはは。これは陳腐すぎて、あかんですね(汗)」みたいな曲もちらほら混じっていてもおかしくはないよな、といった侮り気味だった態度が、聴くほどに改まっていく。駄作がないのだ。あのシベリウスならではの凛とした響きが、様々なジャンルの作品に透徹されているのである。

 手当たり次第に聴いたなかから、さほどメジャーとはいえない作品だけど、耳を惹きつけられたものをいくつか挙げてみる。
 シベリウスの室内楽といえば、習作を含めていくつかある弦楽四重奏曲はこよなく愛聴していたが、ピアノ五重奏曲(Disc 47)を聴くのは初めてだった。民謡由来の魅力的な主題が次々と出現、それが実にクールな質感のなかで処理されている。アンダンテ楽章の最後の濃厚なユニゾンもたまらない。そして、管弦楽曲を思わせるダイナミックさ。どなたかオーケストレーションしてくださらないかしら?

 こういった全集ならでは、断片や異稿、スケッチなどもふんだんに入っているのが嬉しい。作曲家の思考の過程がよくわかるからのう、というのもあるが、どっちかといえば、よく知った作品のちょっとだけ違うバージョンが細切れで入っているのが、単純に面白かったりするのである。交響曲にも異稿や断片があり、第2番と第5番はピアノによるスケッチ(Disc 67)など、盛り沢山。
 《4つのオルガン》(Disc 67)は、創作のための断片なのだろうが、まるでヴェーベルンの作品を思わせるド簡潔さが心地いい。解説によると、この音楽は学生だったシベリウスが友人にあてた手紙に記されていたという。こんなものまでしっかり録音してくれるとは、大作曲家になると落ち落ち気軽に音符も書けないぜ。

 組曲《カレリア》の原曲である、劇音楽《カレリア》(Disc 38)も今回初めて耳にした。民謡歌手が牧歌的に歌っていると、突然それが途切れて現代風のサウンドになったり、組曲で有名なメロディが流れ、最後は交響詩風にまとめられたり。スコアは作曲家が焼却したので、パート譜をかき集めて再構成したという。そういったものまでヴァンスカ指揮ラハティ響の演奏で聴けるという贅沢さ。

 オーケストラと声楽のための作品も奮ってる。混声合唱とオーケストラのための《大地の歌》(Disc17)は、マーラーのような諦念に走った作品ではなく、祝祭的な雰囲気。シベリウスならではのオーケストラの低音の動きが印象的だ。
 《孤独なシュプール》(Disc17)は、雪山を舞台に、凍てつくような孤独な情景が、管弦楽と朗読によって描かれた小品。まさしく、シベリウスのクール・サウンド。キャリア末期にピアノと朗読のために書かれた作品を、1948年にオーケストレーションしたものだという。実質的に作曲の筆を折ったシベリウスは80歳代になっても、自作の編曲はしていたのだ。

 合唱とオーケストラによる行進曲《おまえに勇気があるか?》の聴き比べも面白かった。オーケストラは必要最小限で、いかにもな行進曲に仕上がってる第1版(Disc15)。
俄然オーケストレーションが細やかで雄弁になる第2版(Disc16)は、直前に書かれた交響曲第4番のサウンドも聴こえてくる。導入と中間部、コーダに新しい楽想が加わり、悲愴さのなかに典雅が加わった第3版(Disc16)、それをもう少しシンプルに刈り込んだ第4版(Disc16)。まるでショスタコーヴィチが書きそうなこの行進曲に、シベリウスはこんなに入れ込んでいたんだねえ。

 お国を代表する作曲家として、機会音楽も作曲した。ヘルシンキ大学のために書いた《1894年卒業式典のためのカンタータ》(Disc13)なんて、まるでバッハを思わせるお仕事だ。華麗なオーケストラと荘厳な合唱に始まり、独奏者も加わる結構な大作。第2楽章は天候の悪さを嘆いたあと、ソプラノとバリトンが明るい方向に音楽を運び、最後は全員で「愛こそが力だ!」と盛り上がって、恥ずかしいくらいに眩い。続く最後の第3楽章は、オーケストラだけのアンダンティーノ。これまでの熱気を一気にクールダウンしてしまうシベリウス先生って素敵だ。さらに、モーツァルトみたいなタイトルに釣られて、《フリーメーソンの儀式のための音楽》も聴く。なぜかあの《フィンランディア》で締めくくられているのに驚きつつ。

 そう、シベリウスといえば《フィンランディア》だった。その旋律が最初に出てくる《報道の日のための音楽》(Disc 40)も、機会音楽。ロシアによって発禁になったフィンランドの新聞を支援し、自由な報道を取り戻すための集会で演奏するために書かれたのだという。
 前奏曲に始まり、8曲からなる作品は起伏に富み、ほとんど全曲演奏されないのが不思議なくらいの完成度。目まぐるしく変化する「30年戦争におけるフィン人」、「大いなる怒り」では、《悲しきワルツ》を思わせる旋律も流れる。そして、最終曲「フィンランドは目覚める」が、現在知られている《フィンランディア》だ。
 《フィンランディア》といえば、愛国のための音楽と喧伝されるいるけど、そのミナモトは、言論の自由を守るために作られた音楽なのだった。これからは、この曲を聴くたびに、言論の自由を阻害するものと闘い続けなければならぬ、メディアが政権に忖度するとかふざけんじゃねーと胸を熱くすることになりそうな予感。

(すずき あつふみ 売文業) 

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