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橋本徹の続 『素晴らしきメランコリーの世界』対談 【2】

2010年12月24日 (金)

interview

橋本徹の続 『素晴らしきメランコリーの世界』対談

橋本:ここまでが起承転結の「起」だとすると、「承」の部分には「すばメラ」の王道というか、ヴァシュティ・バニヤンを挟んで「ジムノペディ」、「ムーン・リヴァー」、「ライフ・オン・マーズ」という象徴的な名曲を並べてみました。

稲葉:曲としてはカフェ・アプレミディ・クラシックスという側面も強いですね。

橋本:そうですね、どれもロマンティックな曲で。あと、最近あまり女性ヴォーカルを使っていないかなという気持ちもあったんで、ちょっとここで、自分の女性的な面も表現してみましたっていう感じですかね(笑)。

山本:このへんは僕はど真ん中です(笑)。

橋本:ヴァシュティ・バニヤンについては、60年代末から70年代初頭と、2000年代後半から現在までの空気感というのが、個人的には内省的な部分で被るかなと思っていたので、そういう近似的な捉え方も表現できるかなというところで。「すばメラ」コーナーでも自然にそうなっていましたけど、現代のアーティストと並列して入れてみたいなということですね。ヴァシュティ・バニヤンが好きな人だったら当然イノセンス・ミッションも好きだろうと思うし。

山本:彼女が復活したときって、アシッド・フォーク的な切り口で紹介されて、それが個人的には違和感があって、どちらかというとイノセンス・ミッションやトレイシー・ソーンみたいな、暖かみのある女性ヴォーカリストっていうイメージが強くて。だから、ここでアドリアーナ・マシエルに繋がっていくというのがすごくいいな、と思いますね。

橋本:無垢な感じというかね。それと、「ライフ・オン・マーズ」はもちろん大好きな曲だったんですけど、やっぱり「すばメラ」コーナーにデヴィッド・ボウイの『ハンキー・ドリー』が並んでいたのが僕にはすごくヒットして、こういう売場って理想的だなって思って。どちらかというと「チェンジズ」派だったんですが(笑)、「ライフ・オン・マーズ」はすごく沁みる曲で、特にこのアドリアーナ・マシエルみたいに抑えたアレンジでやると余計にメロディーがこみ上げてくるようで。このヴァージョンを使うときは特に、よく響くように前後のつなぎも繊細に考えたいなと思いますね。今回もメランコリー度がとても増したと思います。

稲葉:そして、セウ・ジョルジのポルトガル語詞で歌われるこの曲が、コンピレイションの次の展開へのとてもいい橋渡しになっていますね。

橋本:そうですね。あと、エリック・サティの「ジムノペディ」については、美しいピアノの演奏は山ほどある中で、あえて今回は『ギター&フォーキー・アンビエンス』という切り口でこれを選びましたね。爪弾くようなギターのいいヴァージョンもあるんだよ、っていう思いもあって。

山本:『音楽のある風景〜秋から冬へ』には、カナダのピアニスト、ロン・デイヴィスによる「ジムノペディ」と「ムーン・リヴァー」を融合した曲が収録されていましたね。

橋本:そうでしたね。まさに今回の流れと同じじゃないですか、今になって気づきましたけど(笑)。やっぱりこの2曲は相性がいいんだな。よく思い出してくれましたね(笑)、嬉しいです。

稲葉:さて、アドリアーナ・マシエルがいい橋渡しになって、ここから欧米圏以外の曲が続きますね。

橋本:カボ・ヴェルデしかりミナスしかり、こういった地域の音楽からは、しなやかさとかたおやかさみないなものをすごく感じるんですよね。その感じが出たらということでサラ・タヴァレスからセルジオ・サントスと続くんですが、奇しくも両者とも鈴木惣一朗さんのワールドスタンダードが最新アルバムでカヴァーしていたアーティストです。

稲葉:アルゼンチンのランブル・フィッシュもウルグアイのピッポ・スペラも、ブラジルのホドリーゴ・ホドリゲスも収録されていますし、今回は南米を始めとした非欧米圏の音楽の割合が比較的多いですね。

橋本:やっぱりこの一年で「すばメラ」コーナーの功績もあって、今までは欧米の音楽と南米の音楽って聴き手が分かれていたようなところがあったけど、それがどんどんクロスオーヴァーして聴かれるようになりましたよね。そういう広がりの象徴として、これだけ入ってきたのかなと思います。ホドリーゴ・ホドリゲスの「アイ・ゲット・アロング・ウィザウト・ユー・ヴェリー・ウェル」なんてチェット・ベイカーと並列して聴ける名演だと思うし。

稲葉:SSWとかフォーキーというキーワードで選曲したときに、これだけ南米の音楽が入ってくるというのは、やっぱり2010年代ならではだと思います。

橋本:オーガニックという言葉でも置き換えられるようなね。サラ・タヴァレス以外にも、西アフリカの音楽にもこういうものってたくさんあるじゃないですか。それに対して、例えばミナス音楽が好きな人も自然に反応するようになってきた一年だったなと思って。もちろん選曲するときは音で選んでいくわけですが、結果的にこうやってできたものを振り返って語る場があると、そういうことを再確認できますね。

稲葉:ホドリーゴ・ホドリゲスの曲を転換点として、ここからは男性SSWの曲が続きます。

橋本:ウィリアム・フィッツシモンズの「ファーザー・フロム・ユー」は特別な思い入れがある曲で、前回の『ピアノ&クラシカル・アンビエンス』でのトレイシー・ソーンみたいな感じで使いたいなっていう意識がずっとあって。それほどダンサブルな曲というわけではないけど、DJでも使い続けていて、みんな踊るんだよね(笑)。で、意外なほど「この曲なんですか?」ってよく訊かれる。センチメランコリック・グルーヴ(笑)。

山本:本質的に人を惹きつける力がある曲ですよね。何と言っても歌声が最高に魅力的です。

稲葉:前回の『ピアノ&クラシカル・アンビエンス』と今回の『ギター&フォーキー・アンビエンス』の両方に収録されているアーティストが、このウィリアム・フィッツシモンズとランブル・フィッシュなんですね。

橋本:象徴的ですよね。ひとつはやはりMySpaceなどを通したインディペンデントな個人の音楽へのアクセスの深まりというのと、もうひとつはアルゼンチンのような地理的に遠く離れたところの音楽へのアクセスの深まりということを象徴する存在というか。

稲葉:続くジュリー・ドワロンやスピネッティ–ダヂ–チェカレッリ–ペトレーニあたりも、聴き手を飽きさせないようにうまく80分の中に配置してありますね。

山本:静かに沁みてくる曲が「すばメラ」ならではの素敵な役割を果たしていますよね。

橋本:逆に言うとこういう曲をうまく使える場面って、CDでもBGMの選曲でも、ましてやクラブDJでもなかなかないので、コンパイラーとしてとても嬉しいですね。一回ウィリアム・フィッツシモンズでささやかな感情的ピークを作ったところで、余韻を大切にという感じですね。

素晴らしきメランコリーの世界
〜ギター&フォーキー・アンビエンス
「心の調律師のような音楽」をキーワードに、あらゆるジャンル/年代を越えてグッド・ミュージックを愛し、 必要とする人々によって起こった2010年の静かなるムーヴメントの最後を飾る、橋本徹(サバービア)選曲・監修の究極のメランコリック・コレクションの第2弾!




素晴らしきメランコリーな3枚

「素晴らしきメランコリーな3枚」と題して、橋本徹氏、稲葉昌太氏、山本勇樹が「素晴らしきメランコリーの世界」のコンピレイションには惜しくも収録されなかった作品を中心に、2010年のメランコリックな愛聴盤を選びました。

profile

橋本徹 (SUBURBIA)

編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷・公園通りの「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・グラン・クリュ」「アプレミディ・セレソン」店主。『フリー・ソウル』『メロウ・ビーツ』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは200枚を越える。NTTドコモ/au/ソフトバンクで携帯サイト「Apres-midi Mobile」、USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」を監修・制作。著書に「Suburbia Suite」「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」「公園通りに吹く風は」「公園通りの春夏秋冬」などがある。

http://www.apres-midi.biz