スクロヴァチェフスキは、間もなく90歳を迎えようとする今日においても現役として活躍している世界最高齢の巨匠指揮者であるが、ブルックナーの交響曲第7番ホ長調については、DVD作品を含めて、既に4種ものレコーディングを行っているなど、自家薬篭中のものとしているところである。本演奏は、現時点においては最新の5度目のレコーディングに相当するが、何よりも演奏時間が5種の演奏の中で最も長くなっており、とりわけ、これまで比較的速めのテンポで演奏することが多かった第3楽章及び終楽章のテンポがややゆったりとしたより重厚なものとなっているのが特徴である。第1楽章は、ゆったりとしたテンポに乗って奏されるチェロの音色が実に美しく、ヴァイオリンのトレモロとのバランスも見事である。ヴァイオリンから受け渡される低弦によるトレモロの刻み方も味わい深く、この冒頭部分だけでも全体を包み込むような深い呼吸を有したスケール雄大さを誇っており、抗し難い魅力に満ち溢れていると言える。その後も、各旋律を陰影豊かに美しく歌わせる一方で、各楽器セクションの響かせ方は常に明晰さを保って透明感を確保するなど美しさの極みであり、木管楽器やホルンの音色の一つ一つに意味深さがある。時として、テンポを落としてフレーズの終わりでリテヌートをかけるなど、音楽の流れに明確な抑揚があるのも素晴らしい。コーダ直前の底知れぬ深みを感じさせる演奏や、コーダの悠揚迫らぬ堂に入った表現もスケール雄大である。それにしても、ロンドン・フィルの充実した響きには出色のものがあり、とりわけブラスセクションや木管楽器の優秀さには舌を巻くほどである。第2楽章は、冒頭のワーグナー・テューバの奥深い響きと弦楽合奏のバランスの良い響かせ方からして惹き込まれてしまう。ゆったりとしたテンポで、一音一音を確かめるような曲想の運びであり、時には止まりそうになるほどであるが、しみじみとした奥深い情感豊かさは、これまでの4種の演奏を大きく凌駕していると言えるだろう。同楽章において、一部の指揮者は、全体の造型を弛緩させないために、強弱の変化やアッチェレランドを施して冗長さに陥るのを避けているが、本演奏においては、そのような小細工は一切弄しておらず、あくまでもインテンポを基調とした直球勝負の正攻法のアプローチで一貫しており、我々聴き手は、紡ぎ出される情感豊かな美しい音楽の滔々たる流れにただただ身を委ねるのみである。例によって、スクロヴァチェフスキは、本演奏においても、ノヴァーク版に依拠しつつ、頂点においては、ティンパニを一発目の強打の後は徐々に音量を絞っていくという独自のバージョンによる演奏を展開しているが、賑々しさを避けているのは本演奏の性格からしても至当である。その後のワーグナー・テューバやホルンの演奏の意味深さ、フルートの抑揚の付いた吹き方など実に感動的で、いつまでも本演奏が醸し出す奥深い美の世界に浸っていたいと思わせるほどである。第3楽章は、前後半は、中庸の落ち着いたテンポによる演奏であり、これまでの4種の演奏よりも重厚さが際立っている。ここでも、ロンドン・フィルのブラスセクションの充実した響きが実に魅力的である。トリオは、ややテンポを落として情感豊かに歌い上げているが、各フレーズの表情付けの巧さは、もはや神業の領域に達していると言っても過言ではあるまい。終楽章は、冒頭はやや速めのテンポでひそやかに開始されるが、その後はテンポを落として、落ち着いた足取りによる演奏が展開される。ブラスセクションと弦楽合奏のバランス良い鳴らし方も巧みであり、重厚さにもいささかも不足はない。随所においてテンポを落としてホルンによる意味深いコラールを響かせたり、ブラスセクションの咆哮にリテヌートを施したりするなど、これまでの4種の演奏と比較して表情の起伏が大きくなったようにも思われるが、それがむしろ功を奏しており、同曲の弱点でもある終楽章のスケールの小ささを微塵も感じさせないのは見事という他はない。そして、コーダにおいては、微動だにしない荘重なテンポによる威容に満ちた壮麗なクライマックスを築き上げて圧倒的な高揚のうちに全曲を締め括っている。なお、演奏終了後の拍手は収録されていない。いずれにしても、本演奏は、スクロヴァチェフスキの5種ある演奏の中でも最も優れた演奏であり、今後、90歳を迎えようとするスクロヴァチェフスキが同曲をレコーディングするか予断は許さないところではあるが、現時点においては、スクロヴァチェフスキによる同曲の演奏の掉尾を飾るのに相応しい至高の超名演と高く評価したいと考える。音質も、各楽器セクションが明瞭に分離するなど、素晴らしく鮮明なものと評価しておきたい。なお、私は、2010年10月16日、東京のサントリーホールにて、スクロヴァチェフスキ&読売日本交響楽団による同曲の演奏を聴いているが、その際、これ以上の演奏は不可能ではないかと思われるほどの深い感銘を受けたところである。しかしながら、2年後に行われた本演奏は、当該2010年の演奏を凌駕しており、スクロヴァチェフスキが90歳を目前にしてもなお、その指揮芸術がますます深化していることを十二分に窺い知ることが可能であると言えるところだ。スクロヴァチェフスキには、今後とも出来るだけ長生きしていただいて、ブルックナーの交響曲をできるだけ多く演奏・録音して欲しいと思っているクラシック音楽ファンは私だけではあるまい。