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私の愛、ナムジュン・パイク

久保田成子

Product Details

Genre
ISBN/Catalogue Number
ISBN 13 : 9784582206395
ISBN 10 : 4582206395
Format
Books
Publisher
Release Date
September/2013
Japan
Co-Writer, Translator, Featured Individuals/organizations
:

Content Description

韓国発の話題作、ついに上陸!戦後前衛芸術が生んだ破天荒なカップルの知られざる物語がいま、解き放たれる。

目次 : 第1章 甘いテロリスト(この男は絶対に逃さない/ 疾風怒涛の少女時代 ほか)/ 第2章 迷うことなくフルクサス(ニューヨークでの再会/ 我々の実験、コモン・ライフ ほか)/ 第3章 ニューヨークを襲った黄禍(キュレーター成子の献身/ 貧乏なフルクサス・カップル ほか)/ 第4章 世界が求めるショーをせよ(鳥肌物の天才と三歳児/ ドイツでの感激の時代 ほか)/ 第5章 仏陀、ヤコブの梯子を昇る(招かざる客、脳卒中/ セクシャル・ヒーリング ほか)

【著者紹介】
久保田成子 : 1937年、新潟県西蒲原郡巻町(現・新潟市西蒲区)に生まれる。1960年、東京教育大学彫塑科を卒業後、東京都品川区立荏原第二中学校で美術を指導した。この頃、現代舞踊家である叔母・邦千谷を通してオノ・ヨーコらと交流し、ダダイズムの流れを汲む国際的な前衛美術運動であるフルクサスに関与する。1964年、当時ドイツで活躍中であった前衛芸術界の寵児ナムジュン・パイク(白南準)の東京・草月ホールでの公演に強い衝撃を受け、その年の7月、新しい芸術を渇望し、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。そしてニューヨークでナムジュン・パイクと運命のように再会。この時から2006年にナムジュン・パイクが他界するまで、互いに霊感をやり取りする芸術家カップルとして40年以上を共にする

南禎鎬 : 1962年、韓国・ソウルに生まれる。ソウル大学校経済学科を卒業し、イギリス・ロンドン政経大学(LSE)国際関係学修士課程および博士課程(1年)修了。韓国三大紙の一つ『中央日報』の社会部、政治部記者を経て、ブリュッセル、ロンドン、ニューヨーク特派員を務め、現在は国際部長として在職中。2006年にニューヨーク特派員としてナムジュン・パイクの葬儀を取材しながら、未亡人・久保田成子に初めて出会い、以後数年にかけてインタヴューを行った。その過程で世界的な芸術家ナムジュン・パイクともう一人の傑出したビデオ・アーティスト久保田成子の人生と愛、そして芸術世界を静かに蘇らせることになる

高晟〓 : 1974年、埼玉県川口市に生まれる。東京芸術大学大学院美術研究科(芸術学専攻)修士課程修了。新潟県新美術館開設準備室等を経て、新潟県立万代島美術館主任学芸員。専門はビザンティン美術史および北東アジアの近現代美術(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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Book Meter Reviews

こちらは読書メーターで書かれたレビューとなります。

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  • どんぐり

    ナムジュン・パイク未亡人の久保田成子氏へのインタヴューをもとに構成した「ナムジュン・パイク」への鎮魂の書。ナムジュン・パイクの妻で本書の語り部である久保田成子さんは、1960年代、ニューヨークで活動した4名の女性アーティストの中の一人(ほかには、オノ・ヨーコ、草間彌生、斉藤陽子がいた)。ビデオ・アートの創始者として美術史に残る世界的アーティストとなるナムジュンとの出会い、「彼は星のように遠くにいる芸術家だった。男としても好きだったが、芸術家としても慕っていた。あんなに輝いている男をどうやって掴まえるかと友

  • まさきち

    一切苦がなくいつまでも読んでいたい気持ちの良い文章だった。美術家同士の焦燥や家庭との衝突も感じるものの、憎しみや妬みや偏見などがなく時代性や土地柄も感じられてただ2人の愛情が伝わりとてもよい伝記だった。韓国では青少年の読書に勧められている伝記というのは納得。なんとも純粋な情熱家。ナムジュンパイクの作品は恐らくワタリウムで見たのだと思うけど彼の作品を見たということのみうっすら覚えている程度。この本自体は確か7〜8年積読にしていたけど訳者あとがきを見てこの本を買ったのは万代美術館だったのかもしれないと思った。

  • hiratax

    ナムジュン・パイク夫人である久保田成子の発言を韓国人の記者が取りまとめ、韓国で刊行された書物を、在日のキューレーターの翻訳されたもの。インタビューは何語で行われたのだろう。ナムジュン・パイクは母国語である朝鮮語のほか、中国語、フランス語、ドイツ語、英語、日本語の6ヶ国語を操ったという。さらに、テレビの構造を知るために電気や物理の知識も蓄えていた。フィルムと峻別されるビデオという映像表現が存在する。 夫婦の姿は武田泰淳と百合子夫人の姿にも重なる。

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