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Piano Trio, Works for Violin, Cello & Piano : Trio Hermes

Pizzetti, Ildebrando (1880-1968)

Item Details

Genre
:
Catalogue Number
:
BRL97530
Number of Discs
:
1
Format
:
CD
Other
:
Import

Product Description


ピツェッティ節が堪能できる旋律美の宝庫

ピツェッティ:ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための作品集
トリオ・エルメス


【概要】
◆アルバム冒頭の「チェロとピアノのための3つの歌」から非常に美しい旋律がピツェッティの稀代のメロディ・メーカーぶりを伝えます。
◆レスピーギやカゼッラ、ジャン・フランチェスコ・マリピエロらとともに「80年代世代」と呼ばれるピッツェッテ​​ィは、イタリア音楽をルネサンスおよびバロックの遺産と再結合させることで、再定義を提唱。初期のポリフォニー、グレゴリオ聖歌、そして古典劇に深く影響を受け、旋法的な和声、対位法的な明瞭さ、そして深遠な叙情性を特徴とする独自の音楽様式に到達しています。

【収録作品】
◆チェロとピアノのための「3つの歌」は、最初の妻を亡くしてしばらくしてから書かれたもので1924年に完成。死者への追悼と救済への祈りが音楽の根底に流れているかのようです。作品はピツェッティの娘に捧げらており、そのことが作品の温かみと情熱を象徴しているかもしれません。
◆ピアノ三重奏曲 イ調は、後に二番目の妻となるイレーネと出会った喜び、新たな人生への希望、愛の喜び、そしてイタリアの明るい陽光が反映されているかのようです。
◆ヴァイオリンとピアノのための作品は3曲収録され、どれも親しみやすい美しさを示しています。
【演奏者】
◆トリオ・エルメスは、ジネーヴラ・バッセッティ(ヴァイオリン)、フランチェスカ・ジーリオ(チェロ)、マリアンナ・プルソーニ(ピアノ)の3名からなるイタリアの若手アンサンブル。彼らはイタリア近代音楽の埋もれた名作の紹介に尽力しており、ピツェッティの複雑な和音進行と、歌うような旋律を、現代的な感性で鮮やかに描き出しています。

【録音】
◆2005年2月に、イタリア共和国中部のアブルッツォ州ペスカーラ県、モンテシルヴァーノにあるスフィアス・レコーディング・スタジオでの録音。個々の楽器の音も合奏も雰囲気豊かに美麗な音で収録されています。

【製品仕様】
◆収録時間は約分。ケースは10mm厚のポリスチレン製(ジュエルケース)。付属ブックレット (英語・12ページ)には、音楽史と音楽美学を長年に渡って指導した音楽学者で、音楽評論家、音楽コンサルタントとして活動するグイド・バルビエリによる解説などが掲載。EU製で、ディスクはメジャー・レーベルでもおなじみの独オプティマル・メディアが製造。


 関連レーベル

Brilliant ClassicsPiano ClassicsBerlin ClassicsNeue Meister


 作品情報付きトラックリスト

CD [64'02]

イルデブランド・ピツェッティ (1880–1968)
ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための作品集

◆チェロとピアノのための「3つの歌」
1924年に作曲。1920年代前半、ピツェッティは最初の妻であるマリアを亡くしており、その喪失感は同時期の『ペトラルカの3つのソネット』や『レクイエム』といった傑作群に暗い影を落としています。『3つの歌』もまた、こうした内省的な精神状態を背景に持っており、死者への追悼と救済への祈りが音楽の根底に流れているかのようです。
  この曲はピツェッティの娘マリア・テレーザに捧げらており、そのことが作品の温かみと情熱を象徴しているかもしれません。

1. 第1曲 アッフェットゥオーゾ [5'35]
アッフェットゥオーゾの指示通り愛情深い音楽。特筆すべきは、分断された1つの旋律を複数声部で交互に受け持つことで完成させる中世の技法「ホケトゥス」を思わせる声部間のリズミカルな応答が含まれている点です。これにより独特の懐古的な雰囲気がもたらされますが、最後はエレジー調で締めくくられます。

2. 第2曲 クアジ・グラーヴェ・エ・コンモッソ [3'56]
哀愁を帯びた曲調。直線的な旋律線は、グレゴリオ聖歌のような朗唱的な性格を持ち、ピアノの控えめな和声がチェロの響きを支えます。内省的な静謐さが印象的。

3. 第3曲 アパッショナート [5'11]
情熱的でドラマティックな展開を見せる終曲。ルネサンス期の世俗歌謡や、時には激しい嵐のような音響が交錯し、1919年のヴァイオリン・ソナタで見られたような戦いと救済のドラマが凝縮されています。

◆ピアノ三重奏曲 イ長調
1925年に作曲されたこのピアノ三重奏曲は、ピツェッティの室内楽作品の中で最も規模が大きく、かつ高揚感のある作品として知られています。作曲された1925年は、のちに妻となるイレーネと出会った年で、前年の『3つの歌』に見られた暗い影は一掃され、この三重奏曲には新たな人生への希望や喜びが反映されています。

4. 第1楽章 モッソ・エ・アリオーゾ [14'51]
イ長調。ソナタ形式を基調としながらも、形式に縛られない自由な流動性を持っています。冒頭のヴァイオリンとチェロによる主題は、ピツェッティが得意とする「アリオーゾ(詠唱風)」の極致であり、器楽が人間の声のように歌い始めます。ピアノは色彩豊かな和声を添え、全体として幸福な高揚感に満ちています。

5. 第2楽章 ラルゴ [8'42]
非常にゆっくりとした瞑想的な楽章です。ここには静かな祈りが反映されています。複旋法的な和声が、時を超越したような不思議な静謐さを生み出し、3つの楽器が対等に、しかし控えめに対話を行います。

6. 第3楽章 9月のラプソディ [10'46]
「9月の狂詩曲」という詩的な標題が付けられています。9月はイタリアにおいて収穫の時期であり、夏の終わりの輝きと秋の予感が混ざり合う季節です。音楽は生命力に溢れ、舞曲風のリズムと急速な音型が交錯します。しかし、単なる華やかさだけでなく、ピツェッティらしい厳格な対位法も随所に顔を出し、作品を強固に締めくくります。

◆ヴァイオリンとピアノのための「マリオ・コルティへのアリア」
この作品は、ピツェッティの初期の作風を示す1906年の小品であり、ヴァイオリニスト、マリオ・コルティ(1882-1957)との個人的な友情から生まれています。

7. [3'53]
ピツェッティが「1880年代世代」の革新者として知られるようになる前の、より伝統的な美学に即した作品ですが、そこにはすでに彼特有の、イタリア語の抑揚を感じさせる長い旋律線が現れています。ピアノの伴奏はシンプルながらも、機能和声の枠を超えた旋法的な響きを予感させ、ヴァイオリンの旋律に気品ある色彩を与えています。

◆ヴァイオリンとピアノのための「対話」
『対話』は、ピツェッティの創作活動の後期、1940年代末に書かれた、内省的で洗練された対位法を特徴とする小品です。作曲時期は1948年から1949年にかけてとされています。当時、ピツェッティはすでにサンタ・チェチーリア音楽院の院長を務めるなど、イタリア音楽界の最高権威の一人となっていました。この時期の彼のスタイルは、初期の情熱的な表現から、より簡潔な響きを求める方向へとシフトしていました。『対話』というタイトルは、二つの楽器が言葉を交わすような、親密で深いコミュニケーションを象徴しています。これは、彼がオペラにおいて追求した「旋律的な朗唱」の器楽版とも言える試みです。

8. [5'20]
楽曲は「アダージョ」の指示を持つ単一楽章で構成されています。音楽は非常に緩やかに展開し、ヴァイオリンとピアノが交互に、あるいは重なり合いながら、短い動機を紡いでいきます。そこには、老境に達した作曲家の静かな境地と、音楽を通じた精神的な交流への信頼が表現されています。

◆ヴァイオリンとピアノのためのアリア「結婚の祝い」
1960年に作曲。ピツェッティの生涯を貫いた「歌」への愛が、最も純粋な形で結晶化した小品。ピツェッティが80歳という高齢に達した時期の作品ですが、驚くべきことに、その創造力は衰えるどころか、より透明感のある美しさを獲得しています。元々はヴァイオリンと管弦楽のための作品として構想されましたが、同時にヴァイオリンとピアノのための版も作成されました。タイトルの「結婚の祝福」が示す通り、誰かの門出を祝うために書かれた「機会音楽」としての性質を持っていますが、その価値は極めて高いものです。

9. [5'27]
「アンダンテ・ラルゴ」の指示を持つ単一楽章の作品。ピツェッティの「新マドリガリズム」の最終的な到達点とも言える響きを持っています。和声は極めて明晰で、調性感が明確でありながら、旋法的な転回が随所に現れ、作品に高貴な輝きを与えています。ヴァイオリンの旋律は、もはや一切の虚飾を脱ぎ捨て、純粋な「祝福の言葉」として響きます。若き日の激しさとは対照的な、すべてを受け入れた者の穏やかな微笑みが、この「アリア」には込められているかのようです。
トリオ・エルメス
└ジネーヴラ・バッセッティ(ヴァイオリン)
└フランチェスカ・ジーリオ(チェロ)
└マリアンナ・プルソーニ(ピアノ)

録音:2025年2月
場所:イタリア共和国、アブルッツォ州、ペスカーラ県、モンテシルヴァーノ、スフィアス・レコーディング・スタジオ




 演奏者情報

トリオ・エルメス(ピアノ三重奏団)
【創設】
◆ジネーヴラ・バッセッティ(ヴァイオリン)、フランチェスカ・ジーリオ(チェロ)、マリアンナ・プルソーニ(ピアノ)によって結成。

【学業】
◆パルマの「アッリーゴ・ボイト」音楽院で、トリオ・ディ・パルマとピエルパオロ・マウリッツィの指導の下、レパートリーの徹底的な研究を追求。
◆ローマの聖チェチーリア国立アカデミーの室内楽クラス(イヴァン・ラバリア氏に師事)で研究。
◆クレモナのシュタウフェル・アカデミー(クアルテット・ディ・クレモナに師事)で研究。
◆ウィーン国立音楽大学の国際サマーアカデミーに選出され、ハット・バイエルレ、アヴェディス・クユムジャン、パトリック・ユト、ヨハネス・マイスルなどの著名な講師陣と協力。その結果、欧州室内楽アカデミー(ECMA)のセッションにゲスト・アンサンブルとして招待。

【賞歴】
◆2019年:モンカリエーリ市欧州音楽コンクール。優勝。
◆2021年:、フィレンツェの「プレミオ・クレッシェンド」。優勝。
◆ボローニャの「プレミオ・アルベルギーニ」。優勝。
◆2021年:シモーネ・グラマリア氏によって「レ・ディモーレ・デル・クアルテット」のネットワークに選出。
◆2023年:世界中の92以上のアンサンブルの中から、卓越した芸術的・専門的成長を遂げたとして「アンサンブル・オブ・ザ・イヤー」を受賞。
◆シエナのキジアーナ音楽院財団により「世界の中の若いイタリアの音楽才能」プロジェクトに選出。これはイタリア外務・国際協力省およびCIDIM(イタリア国立音楽委員会)との協力による取り組みで、アンサンブルによる世界ツアーが実施されました。
◆2024年:ジョヴァンナ・マニエッツォ賞を授与。現代音楽シーンにおける創造的ビジョンなどが評価。

【仕事】
◆イタリア国内のほか、日本、フランス、スペイン、イギリス、アメリカでコンサートを行っています。

【録音】
◆CDは、Brilliant Classicsなどから発売。




 作曲者情報

イルデブランド・ピツェッティ(1880–1968)
ピツェッティの音楽は、ルネサンス期のポリフォニーやグレゴリオ聖歌の旋律美を20世紀の近代的な感性と融合させた「ネオ・マドリガリスム」としても知られ、その劇作品は言葉と音楽の密接な結びつきを追求した独自のものでした。

 パルマでの誕生と修業時代(1880〜1901)

ピツェッティの原点は、豊かな音楽の伝統を持つ北イタリアの都市パルマにあります。彼は、音楽家である父の影響を強く受けて育ちましたが、当初は劇作家を志しており、この文学への深い造詣が、後に彼が自らオペラの台本を執筆する独自のスタイルを確立する基礎ともなりました。
1880年(0歳)
◆9月20日、イタリア、パルマに誕生。父オドアルド、母テレザ・ファーヴァ。イタリア統一から約10年、新国家が独自の文化的アイデンティティを模索していた時代です。
1882年(2歳)
◆一家でパルマの南東に位置するレッジョ・エミリアへ移住。幼少期の多くをこの町で過ごし、父からピアノを学び始めます。
1894年(14歳)
◆劇作家を志し、「愛と憎しみ」などの演劇作品を執筆・上演。当初は音楽家ではなく文学者を目指しており、この演劇的感性が後の「音楽劇」の根幹を成しました。
1895年(15歳)
◆音楽の道に進むことを決意し、パルマ音楽院に入学。音楽への転身という、人生における最初の大きな決断を下した年です。
1896年(16歳)
◆パルマ音楽院で和声と対位法の本格的な学習を開始。厳格な理論学習が、彼の後の緻密な対位法様式の基礎を築きました。
1897年(17歳)
◆ジョヴァンニ・テバルディーニ院長に師事。古楽(ポリフォニー、マドリガーレ)に開眼。テバルディーニはイタリア音楽学の先駆者であり、ピツェッティに過去の偉大な伝統を教え込みました。
1897年(17歳)
◆【作品】 オペラ「サビーナ」(後に破棄)、合唱曲「テネブレ」。10代にして既に宗教合唱曲と劇音楽の両面で創作活動を行っていました。
1900年(20歳)
◆【作品】 ヴァイオリン・ソナタ ハ短調、ピアノ三重奏曲 ト短調。卒業を控えた学生時代に、既に大規模な室内楽曲を完成させていました。
1900年(20歳)
◆10月、サンタガタで巨匠ジュゼッペ・ヴェルディに初めて面会。ヴェルディの存在感に「宗教的な畏怖」を感じたと回想しており、伝統の継承を意識する契機となりました。
1901年(21歳)
◆パルマ音楽院を作曲専攻で卒業。卒業制作の交響曲などが披露される。テバルディーニに寄せた手紙の中で、古楽の研究が自らの魂を覗く「新しい目」となったと綴っています。
 フィレンツェでの教職とダンヌンツィオとの共同作業(1902〜1915)

音楽院卒業後、ピツェッティはパルマのレージョ劇場での実務経験を経て、イタリアを代表する文豪ガブリエーレ・ダンヌンツィオとの運命的な出会いを果たします。この時期、彼は「音楽と演劇の融合」という自らの理想を具体化させていきます。

1902年(22歳)
◆パルマ・レージョ劇場の副指揮者(指揮助手)に就任(1905年まで)。オペラ制作の現場で実務的な経験を積むことで、劇的な効果の出し方を学びました。
1903年(23歳)
◆【作品】 ソポクレスの劇のための「エディプス王のための3つの前奏曲」。ギリシア悲劇への関心は、彼の作品に通底する崇高な精神性の源となりました。
1904年(24歳)
◆オペラ「レ」のプロジェクトが進行(未完)。常に劇音楽への野心を抱き続けていた時期です。
1905年(25歳)
◆ダンヌンツィオの劇「船」の付随音楽作曲コンクールに入賞。これを機に、ダンヌンツィオとの長年にわたる、かつ実り豊かな協力関係が始まりました。
1906年(26歳)
◆【作品】 弦楽四重奏曲 第1番 イ長調。娘マリア・テレザが誕生。器楽曲への注力は、「1880年世代」の作曲家に共通する使命感の表れでした。
1907年(27歳)
◆パルマ音楽院で和声と対位法の教鞭を執り始める。母校での教育活動の開始は、名教師としての第一歩となりました。
1908年(28歳)
◆フィレンツェ音楽院に移籍。マリア・アンジェラ・テレザ・ストラディヴァリと結婚。フィレンツェという洗練された文化的環境が、彼の芸術をさらに深化させました。
1909年(29歳)
◆ダンヌンツィオの台本によるオペラ「フェードラ」の作曲に着手。ギリシア神話を題材としたこの作品は、彼のオペラ改革の第一弾となります。
1910年(30歳)
◆息子ブルーノが誕生。ブルーノは後に父の伝記の編纂者となり、ピツェッティ研究の権威となります。
1911年(31歳)
◆【作品】 管弦楽曲「悲劇的道化のための序曲」、ピアノ曲集「遠き秋から」。小規模ながらも、内省的で洗練された語法を確立。
1912年(32歳)
◆ダンヌンツィオの劇「ラ・ピザネッラ」の付随音楽制作を開始。中世を舞台としたこの劇の音楽は、彼の最も色彩豊かな作品の一つとなりました。
1913年(33歳)
◆パリで「ラ・ピザネッラ」が初演。ストラヴィンスキー「春の祭典」の初演に立ち会う。過激な前衛音楽に触れ、かえって自らの「伝統回帰」への意志を強めました。
1914年(34歳)
◆雑誌「ディッソナンツァ」を共同創刊。映画「カビリア」のために「火の交響曲」を作曲。イタリア映画史初期の傑作に関与し、管弦楽法の腕を振るいました。
1915年(35歳)
◆3月20日、スカラ座でオペラ「フェードラ」が初演され、大成功を収める。プッチーニとは異なるイタリア音楽劇の新しい道を聴衆に示しました。ピツェッティはダンヌンツィオの詩学に深く傾倒し、その重厚な言葉をいかに音楽で表現するかを追求。「フェードラ」は、ヴェリズモ・オペラに見られる過剰な情動を排し、デクラマシオン(朗唱)を重視した厳格な様式を持っています。


 戦間期の苦闘と組織への貢献(1916〜1923)

第一次世界大戦の激動の中、ピツェッティはフィレンツェ音楽院の院長に昇進し、教育行政の面でも重責を担うようになります。同時に、最愛の妻との死別という私生活上の大きな悲劇が、彼の創作に宗教的な深化をもたらしました。

1916年(36歳)
◆戦時中、音楽雑誌への寄稿を続け、音楽による国民の精神的結束を訴える。フィレンツェの「La voce」誌などで音楽批評家としても名声を高めました。
1917年(37歳)
◆フィレンツェ音楽院(ケルビーニ音楽院)の院長に就任。30代で院長に抜擢されたことは、彼の指導力と学識が高く評価されていた証です。
1917年(37歳)
◆カゼッラ、マリピエロらと「国民音楽協会」を結成。イタリアにおける現代音楽の普及と、忘れられた古楽の復活を目的としました。
1918年(38歳)
◆【作品】 ヴァイオリン・ソナタ イ長調。戦後の疲弊した心に寄り添うような深い叙情性を備えた名作です。
1919年(39歳)
◆「ラ・ピザネッラ」組曲を管弦楽作品として再編・初演。舞台音楽の枠を超え、演奏会用プログラムの定番となりました。
1920年(40歳)
◆妻マリアが死去。この喪失体験が、その後の「レクイエム」作曲の直接的な動機となりました。
1921年(41歳)
◆【作品】 チェロ・ソナタ ヘ長調。妻の死を悼む内省的な響きが特徴的な室内楽曲です。
1922年(42歳)
◆自ら台本を執筆したオペラ「デボラとヤエル」をスカラ座で初演。劇作家への回帰ともいえるこの作品は、彼の最高傑作の一つと見なされています。
1922年(42歳)
◆【作品】 「レクイエム(死者のためのミサ)」の作曲を開始(1923年完成)。伴奏なしの混声合唱による、ネオ・ルネサンス様式の頂点を極めた作品です。
1923年(43歳)
◆ミラノ音楽院院長への就任が内定。国王ウンベルト1世追悼のために「レクイエム」が歌われる。パンテオンでの記念すべき演奏会は、ピツェッティの名を国家的なものにしました。
 ミラノ時代とファシズムの影(1924〜1935)

1924年、ピツェッティはイタリア最大の音楽教育機関であるミラノ音楽院の院長に就任します。しかし、この時期はムッソリーニによるファシズム体制が強化された時期でもあり、芸術家としての矜持と政治的圧力の狭間で難しい舵取りを迫られました。

1924年(44歳)
◆ミラノ音楽院院長に着任。イレーネ・カンピリと出会う(後に結婚)。イタリア音楽界の文字通りトップに立った瞬間です。
1925年(45歳)
◆「ファシスト知識人宣言」に署名。ピアノ三重奏曲 イ長調を完成。この署名は、後に彼の政治的評価を分ける大きな論争の的となりました。
1926年(46歳)
◆次男イッポリートが誕生。イッポリートは後に風景画家・景観設計家として名を成します。
1927年(47歳)
◆【作品】 オペラ「フラ・ゲラルド」。13世紀のパルマを舞台にした、信仰と愛の葛藤を描いた大作です。
1928年(48歳)
◆【作品】 管弦楽曲「夏のごとき協奏曲」。彼の器楽曲の中で最も色彩豊かで、トスカニーニもしばしば取り上げた作品です。
1929年(49歳)
◆【作品】 管弦楽曲「ロンド・ヴェネツィアーノ」。ヴェネツィアの貴族的な雅やかさと力強さを描いた人気の管弦楽曲。
1930年(50歳)
◆初の渡米。ニューヨーク・フィルを指揮し、自作を披露。トスカニーニの強力な支持により、アメリカでの評価も高まりました。
1931年(51歳)
◆オペラ「デボラとヤエル」で「ムッソリーニ賞」の第1回受賞者となる。政権公認の「国家的芸術家」としての地位を盤石なものにしました。
1932年(52歳)
◆【作品】 弦楽四重奏曲 第2番 ニ長調。緻密な構成を持つ晩年の室内楽の傑作の一つです。
1933年(53歳)
◆【作品】 チェロ協奏曲 ハ短調(1934年完成)。協奏曲という形式を通じて、楽器による「歌」を追求しました。
1934年(54歳)
◆アルゼンチンを訪問、ブエノスアイレスで自作のオペラを指揮。南米でも熱狂的に迎え入れられました。
1935年(55歳)
◆【作品】 オペラ「オルセーオロ(Orséolo)」。フィレンツェ五月音楽祭で初演。ヴェネツィア史を題材とした、重厚な歴史劇です。
 ローマ時代と第二次世界大戦(1936〜1945)

1936年、ピツェッティは急逝したレスピーギの後任として、ローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミーの作曲科主任教授に招かれます。イタリアの首都での生活は、彼をさらに政治的、文化的な中枢へと押し上げました。

1936年(56歳)
◆ローマへ移住、サンタ・チェチーリア国立アカデミー教授に就任。亡きレスピーギの意志を継ぎ、イタリア音楽教育の総本山を任されました。
1937年(57歳)
◆【作品】 映画「アフリカのスキピオ」の音楽。古代ローマの栄光を描くこの国策映画への参加は、体制への強力な協力を示しました。
1938年(58歳)
◆人種法の施行。ユダヤ系の弟子たちの亡命に直面し、個人的な苦悩を深める。政治と芸術の純粋性が衝突し始めた時期です。
1939年(59歳)
◆イタリア王立アカデミー(Reale Accademia d'Italia)の会員に選出。イタリア政府から与えられる芸術家としての最高の名誉です。
1940年(60歳)
◆【作品】 「交響曲 イ調(皇紀2600年奉祝楽曲)」。日本政府の委嘱により、日独伊三国同盟の象徴として作曲されました。
1941年(61歳)
◆映画「婚約者」の音楽。イタリア文学の最高峰のアレッサンドロ・マンゾーニ作品の映画化に協力。「交響曲 イ調」の作曲は、ピツェッティのキャリアにおける特筆すべき出来事です。日本政府は、紀元二千六百年を祝うために、友好国であるイタリア、ドイツ、フランス、イギリス、ハンガリーの著名な作曲家に奉祝楽曲を委嘱しました。イタリア代表として選ばれたピツェッティは、この大役を真摯に受け止め、全4楽章からなる大規模な交響曲を書き上げました。この作品は1940年12月、東京において紀元二千六百年奉祝交響楽団によって初演され、後にイタリアでもトスカニーニの弟子であるグィード・カテッリらによって演奏されました。

1942年(62歳)
◆【作品】 ピアノ・ソナタ(1942年ソナタ)。戦時下の不穏な空気と、内面的な沈潜を感じさせるピアノ独奏曲です。
1943年(63歳)
◆著書「パガニーニ」を出版。カンタータ「陽は昇り、陽は沈む」を作曲。音楽学者としての側面も維持し続けました。
1944年(64歳)
◆【作品】 ヴァイオリン協奏曲 イ長調(1945年完成)。戦争末期の混乱の中、救いを求めるような美しい旋律に満ちた協奏曲です。
1945年(65歳)
◆イタリア解放、第二次世界大戦終結。著書「音楽とドラマ」を出版。新しい民主主義国家イタリアにおいて、自らの芸術理念を再定義しました。
 戦後の再生と晩年の栄光(1946〜1968)

戦後、ファシズム体制に協力した多くの知識人が糾弾されましたが、ピツェッティはその後もイタリア音楽界の重鎮として揺るぎない地位を保ち続けました。これは彼が教育者として多くの人材を育て、イタリア音楽の伝統を守り抜いた功績が認められたためです。

1946年(66歳)
◆イタリア共和国成立。戦後の音楽界再建の先頭に立つ。王政廃止という大きな変革の中、変わらぬ権威として活動を続けました。
1947年(67歳)
◆サンタ・チェチーリア国立アカデミー会長に就任(1952年まで)。ローマの音楽界を牽引し、国際的な交流の活性化に努めました。
1947年(67歳)
◆【作品】 オペラ「黄金」をスカラ座で初演。欲望と人間性の対立を描いた戦後最初の重要なオペラ。
1948年(68歳)
◆【作品】 合唱曲「栄光の賛歌」。22本の管楽器と2台のピアノを伴う壮大な合唱曲です。
1949年(69歳)
◆【作品】 オペラ「ヴァンナ・ルパ」。フィレンツェの歴史と伝説を背景とした音楽劇。
1950年(70歳)
◆【作品】 ラジオ・オペラ「イフィジェニア」を放送。イタリア放送協会(RAI)の委嘱による、新時代のメディアへの対応。
1952年(72歳)
◆【作品】 ラジオ・オペラ「カリオストロ」。18世紀の神秘主義的な人物を題材とした作品。
1954年(74歳)
◆【作品】 オペラ「ジョリオの娘」。若き日の師ダンヌンツィオの戯曲への再訪。
1957年(77歳)
◆【作品】 オペラ「大聖堂の殺人」を完成。T.S.エリオットの詩劇に基づき、自ら台本を再編しました。
1958年(78歳)
◆3月1日、スカラ座で「大聖堂の殺人」初演。サンタ・チェチーリアを定年退職。この作品は彼の晩年の最高傑作とされ、世界中で上演されました。「大聖堂の殺人」は、ピツェッティのキャリアにおいて最も国際的に成功した作品となりました。ノーベル賞詩人T.S.エリオットの戯曲に基づくこのオペラは、中世イングランドのカンタベリー大司教トマス・ベケットの殉教を描いたものです。
  この作品において、ピツェッティは自らの持てるすべての技法——ルネサンス・ポリフォニーの厳格さ、グレゴリオ聖歌の旋律美、そして深い人間心理を掘り下げるデクラマシオン——を注ぎ込みました。トマス・ベケットが誘惑に抗い、信仰のために死を選ぶ姿は、奇しくも戦中戦後を信念を持って生き抜いたピツェッティ自身の姿と重なり、多くの聴衆に深い感動を与えました。
1959年(79歳)
◆イタリア共和国功労勲章「大十字騎士」を受章。国家からの最高度の栄誉を授与されました。
1960年(80歳)
◆【作品】 ハープ協奏曲。透明感あふれる晩年の器楽語法の極致。
1961年(81歳)
◆【作品】 オペラ「銀の靴」を初演。中世を舞台とした幻想的な音楽劇。
1964年(84歳)
◆【作品】 最後のオペラ「クリテムネストラ」を完成。再びギリシア悲劇に戻り、人生最後の劇作を完成させました。
1965年(85歳)
◆スカラ座で「クリテムネストラ」が初演される。長い劇作人生の最後を飾るにふさわしい、荘厳な幕切れとなりました。
1966年(86歳)
◆【作品】 最後の合唱曲「エルサレムの娘らよ、誓いなさい」。宗教的な純粋さへと回帰した、白鳥の歌となりました。
1968年(87歳)
◆2月13日、ローマで逝去。



 トラックリスト

CD [64'02]

イルデブランド・ピツェッティ (1880–1968)
ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための作品集

◆チェロとピアノのための「3つの歌」
1. 第1曲 アフェットゥオーゾ [5'35]
2. 第2曲 クアジ・グラーヴェ・エ・コンモッソ [3'56]
3. 第3曲 アパッショナート [5'11]

◆ピアノ三重奏曲 イ調
4. 第1楽章 モッソ・エ・アリオーゾ [14'51]
5. 第2楽章 ラルゴ [8'42]
6. 第3楽章 9月のラプソディ [10'46]

◆ヴァイオリンとピアノのための「マリオ・コルティへのアリア」
7. [3'53]

◆ヴァイオリンとピアノのための「対話」
8. [5'20]

◆ヴァイオリンとピアノのためのアリア「結婚の祝い」
9. [5'27]

トリオ・エルメス
└ジネーヴラ・バッセッティ(ヴァイオリン)
└フランチェスカ・ジーリオ(チェロ)
└マリアンナ・プルソーニ(ピアノ)

録音:2025年2月
場所:イタリア共和国中部、アブルッツォ州、ペスカーラ県、モンテシルヴァーノ、スフィアス・レコーディング・スタジオ

 Track list

ILDEBRANDO PIZZETTI 1880–1968
Piano Trio
Works for Violin, Cello & Piano

THREE SONGS for cello & piano
1. I. Affettuoso 5'35
2. II. Quasi grave e commosso 3'56
3. III. Appassionato 5'11

PIANO TRIO in A
4. I. Mosso e arioso 14'51
5. II. Largo 8'42
6. III. Rapsodia di Settembre 10'46

7. ARIA TO MARIO CORTI for violin & piano 3'53

8. COLLOQUIO for violin & piano 5'20

9. ARIA – AUGURIO NUZIALE for violin & piano 5'27

Trio Hèrmes
Ginevra Bassetti violin
Francesca Giglio cello
Marianna Pulsoni piano

Recording: February 2025, The Spheres Recording Studios, Montesilvano, Pescara, Italy



 商品説明詳細ページ一覧

作曲家
【中世〜バロック】
ヒルデガルト・フォン・ビンゲン (1098-1179)
バルベッタ (c.1540-1623?)
バード (c.1540-1623)
スウェーリンク (1562-1621)
モンテヴェルディ (1567-1643)
ファゾーロ (c.1598-c.1664)
ロッシ (1602-1656)
カッツァーティ (1616-1678)
レグレンツィ (1626-1690)
ルイ・クープラン (1626-1661)
クープラン一族
ブクステフーデ (1637-1707)
マッツァフェッラータ (c.1640–1681)
マンネッリ (1640-1697)
ムルシア (1673-1739)
グリューネヴァルト (1673-1739)
ダンドリュー (1682-1738)
J.S.バッハ (1685-1750)
B.マルチェッロ (1686-1739)
ゴットリープ・ムッファト (1690-1770)
モルター (1696-1765)
シャフラート (1709-1763)
コレット (1709-1795)
スタンリー (1713-1786)
ヨハン・エルンスト・バッハ (1722-1777)
ビンダー (1723-1789)
グラヴィエ (1723-1799)

【古典派&ロマン派】
ハイドン (1732-1809)
ミスリヴェチェク (1737-1781) (モーツァルトへの影響大)
ボッケリーニ (1743-1805)
ギロヴェッツ (1763-1850)
モンジュルー (1764-1836) (ピアノ系)
ベートーヴェン (1770-1827)
クラーマー (1771-1858)
ジャダン (1776-1800) (ピアノ系)
ソル (1778-1839) (ギター系)
リース (1784-1838)
ブルックナー (1824-1896)
ルビンシテイン (1829-1894)
キュイ (1835-1918)
マルトゥッチ (1856-1909)
マーラー (1860-1911)
トゥルヌミール (1870-1939)
ルクー (1870-1894)
レーガー (1873-1916)
ラフマニノフ (1873-1943)

【近現代】
シェーンベルク (1874-1951)
ウォルフ=フェラーリ (1876-1948)
カイパー (1877-1953)
レスピーギ (1879-1936)
レーバイ (1880-1953) (ギター系)
ピツェッティ (1890-1968)
マルティヌー (1890-1959)
カステルヌオーヴォ=テデスコ (1895-1968)
ミゴ (1891-1976) (ギター系も)
レブエルタス (1899-1940)
サントルソラ (1904-1994) (ギター系も)
ショスタコーヴィチ (1906-1975)
ラングレー (1907-1991) (オルガン系)
アンダーソン (1908-1975)
メシアン (1908-1992)
グアスタビーノ (1912-2000) (ギター系)
デュアルテ (1919-2004) (ギター系)
ピアソラ (1921-1992) (タンゴ系)
プレスティ (1924-1967) (ギター系)
テオドラキス (1925-2021)
ヘンツェ (1926-2012)
スハット (1935-2003)
ペルト (1935-)
ヴァスクス (1946-)
坂本龍一 (1952-2023)

【複数】
女性作曲家たち
Piano Classics スラヴ・エディション
Piano Classics フレンチ・エディション
Piano Classics アメリカ・エディション
Piano Classics スペイン・エディション
オランダのピアノ協奏曲集
オランダのチェロ協奏曲集
イタリアのヴァイオリン・ソナタ集
イタリアのチェロ・ソナタ集

オーケストラ
ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団

指揮者
【ドイツ・オーストリア】
アーベントロート
エッシェンバッハ
カラヤン
クナッパーツブッシュ (ウィーン・フィルベルリン・フィルミュンヘン・フィル国立歌劇場管レジェンダリー)
クラウス
クリップス
クレンペラー (VOX&ライヴザルツブルク・ライヴVENIASボックス
サヴァリッシュ
シューリヒト
スイトナー (ドヴォルザークレジェンダリー)
フリート
フルトヴェングラー
ヘルビヒ (ショスタコーヴィチマーラーブラームス)
ベーム
メルツェンドルファー
ヤノフスキー
ライトナー
ラインスドルフ
レーグナー (ブルックナーマーラーヨーロッパドイツ)
ロスバウト

【ロシア・ソ連】
アーロノヴィチ
ガウク
クーセヴィツキー
ゴロワノフ
ペトレンコ
マルケヴィチ

【アメリカ】
クーチャー(クチャル)
スラトキン(父)
ドラゴン
バーンスタイン
フェネル

【オランダ】
オッテルロー
クイケン
フォンク
ベイヌム
メンゲルベルク

【フランス】
パレー
モントゥー
レイボヴィッツ

【ハンガリー】
セル
ドラティ

【スペイン】
アルヘンタ

【スイス】
アンセルメ

【ポーランド】
クレツキ

【チェコ】
ターリヒ

【ルーマニア】
チェリビダッケ

【イタリア】
トスカニーニ

【イギリス】
バルビローリ

【ギリシャ】
ミトロプーロス

【日本】
小澤征爾
鍵盤楽器奏者

【ピアノ(ロシア・ソ連)】
ヴェデルニコフ
グリンベルク
ソフロニツキー
タマルキナ
ニコラーエワ
ネイガウス父子
フェインベルク
フリエール
モイセイヴィチ
ユージナ

【ピアノ(フランス)】
ウーセ
カサドシュ
ティッサン=ヴァランタン
ハスキル
ロン

【ピアノ(ドイツ・オーストリア)】
キルシュネライト
シュナーベル
デムス
ナイ
レーゼル (ブラームスベートーヴェン)

【ピアノ(イタリア)】
フィオレンティーノ

【ピアノ(ハンガリー)】
ファルナディ

【ピアノ(南米)】
タリアフェロ
ノヴァエス

【チェンバロ】
ヴァレンティ
カークパトリック
ランドフスカ
弦楽器奏者
【ヴァイオリン】
オイストラフ
コーガン
スポールディング
バルヒェット
フランチェスカッティ
ヘムシング
リッチ
レナルディ
レビン

【チェロ】
カサド
シュタルケル
デュ・プレ
トルトゥリエ
ヤニグロ
ロストロポーヴィチ
管楽器奏者
【クラリネット】
ウラッハ
マンツ

【ファゴット】
デルヴォー(ダルティガロング)

【オーボエ】
モワネ
歌手
ド・ビーク (メゾソプラノ)
室内アンサンブル
【三重奏団】
パスキエ・トリオ

【ピアノ四重奏団】
フォーレ四重奏団

【弦楽四重奏団】
ヴェーグ四重奏団
グリラー弦楽四重奏団
シェッファー四重奏団
シュナイダー四重奏団
ズスケ四重奏団
パスカル弦楽四重奏団
ハリウッド弦楽四重奏団
バルヒェット四重奏団
ブダペスト弦楽四重奏団
フランスの伝説の弦楽四重奏団
レナー弦楽四重奏団
楽器
アルザスのジルバーマン・オルガン

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