
古典クラリネット、エンドピン無しチェロ、フォルテピアノによる多彩な響き
ギロヴェッツ、フォルクマール、リース:クラリネット三重奏曲集
トリオ・オリゴ(ピリオド楽器)
【概要】「クラリネット、チェロ、ピアノによる三重奏」は、管・弦・鍵という明確に異なる音色を持つ3種の楽器と、重心低めの音域による多彩でありながら落ち着いた響きが印象的な室内楽。ここでは古典派後期の目の詰んだ書法で書かれた3つの作品を、19世紀仕様の楽器で演奏しています。
【作品】ベートーヴェンと同世代のギロヴェッツとフォルクマールに、ベートーヴェンの弟子のリースの作品を収録。ギロヴェッツの第3楽章にはモーツァルト「ジュピター」冒頭に似た部分がありますが、作曲時期は1805年で、「ジュピター」はまだパート譜しか出版されていない頃なので最初期のオマージュということになりそうです。
【演奏】2004年にシベリウス音楽院の学生たちにより結成されたキャリア20年のピリオド楽器アンサンブル。細部まで絶妙な演奏を聴かせています。
【録音】2024年8月にフィンランド南部、ヘルシンキ首都圏、カウニアイネンのウーシ・パヴィリオンキで収録。
【仕様】CD収録時間は約63分。ケースは10mm厚のポリスチレン製(ジュエルケース)。ブックレット (英語・8ページ)には、演奏のヤントゥネンによる解説などが掲載。EU製で、ディスクはメジャー・レーベルでもおなじみの独オプティマル・メディアが製造。
Brilliant Classics ・
Piano Classics ・
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Neue Meister
作曲者情報
アダルベルト・ギロヴェッツ (1763-1850)
【生地】
◆1763年2月19日、神聖ローマ帝国、ボヘミア王国南部、ブートヴァイス(現・チェコ、チェスケー・ブジェヨヴィツェ)で誕生。ブートヴァイスはドイツ語で、当時はドイツ語話者が多数派。
【修業】
◆幼少期に聖ニコラス教会聖歌隊指揮者の父親から、声楽、ヴァイオリン、クラヴィーア、作曲を習い、ヴァイオリン・リサイタルを開催。
◆オルガン演奏と通奏低音を、父の同僚である聖ニコラス教会のオルガニストで作曲家のヘパノルスキーに師事。
◆ビアリスト修道会のギムナジウム在学中に、連祷、サルヴェ・レジーナ、賛美歌、アンティフォナなどを作曲。
◆プラハに転居。哲学と法律を学ぶため、両親からの支援と、家庭教師としての収入で生活。また、皇室砲兵隊のために軍楽隊用のメヌエットやワルツを作曲し、私的な演奏会ではオーケストラの指揮も務めるなど音楽家としての活動機会も増えてきます。しかし、病気により勉強を中断せざるを得なくなり、再開する金銭的余裕も無かったためブートヴァイスに帰郷。
【ボヘミア】
◆ブートヴァイスの東約30qに位置するクルメッツ(現・チェコ、フルム・ウ・チェボニェ)の音楽好き貴族、ヨハン・フランツ・フォン・フュンフキルヒェン伯爵(1709-1782)の城で雇われ、宮廷楽団のヴァーツラフ・サウチェクにヴァイオリンを師事。ここでギロヴェッツは、金管楽器のための作品や、6つの交響曲を作曲して演奏し好評を博しています。
◆伯爵家は冬には、クルメッツの東約120qに位置するブリュン(現・チェコ、ブルノ)に滞在し、ギロヴェッツや音楽家たちも同行。クリストフ・エヴァリスト・トロイヤー伯爵(1701-1788)と2人の息子が同地で開催し出演もする音楽サロン興行にギロヴェッツも参加。親交を結びます。
◆1782年8月、伯爵が死去。息子のヨハン・フェルディナント・フォン・フュンフキルヒェン(1741-1789)が家督を相続。
【ウィーン】
◆1784年(歳):トロイヤー伯爵の支援を受けてウィーンに転居。
◆1784年(歳):宮廷評議員リッター・フォン・ベルンハルト・フォン・ケース(1720-1795)の支援を受けて滞在。フォン・ケースはブリュンに不動産を所有しており、また、ハイドンと親しい人物でもあり、ギロヴェッツにハイドンやモーツァルト、アルブレヒツベルガー、ディッタースドルフ、ホフマイスターらを紹介。モーツァルトは7歳若いギロヴェッツを気に入り、自身の演奏会でギロヴェッツと交響曲を紹介。
【イタリア】
◆1786年秋、ギロヴェッツがシュヴァルツェンベルク公爵の宮廷楽団指揮者になる話が妨害により破談となり、見かねたブロイナー伯爵夫人が、ヴェネツィアで開催する自身のサロンにギロヴェッツを招待し、その場でローマのルスポリ公爵を紹介し、公爵はギロヴェッツを旅の秘書兼ヴァイオリン教師として契約。
◆1786年(歳):公爵一行とギロヴェッツは、フェラーラ、パドヴァ、ヴィチェンツァ、ボローニャ、ピサ、リボルノ、ルッカを経由してフィレンツェに到着し、そこで長期間滞在。その後、シエナを経由してローマに到着。
◆教皇領ローマの公爵家では、詩人ゲーテのほか、ボローニ、アンフォッシ、ビアンキといった音楽家たちと交流。滞在中に作曲した「6つの弦楽四重奏曲」は、後にパリのアンボー社が無断で出版。
◆1787年(歳):公爵からの報酬により経済的自立を果たしたギロヴェッツは、ナポリ王国に向けて出発。
◆1787年(歳):ナポリのオーストリア大使、トゥーグート男爵のサロンで開催された興行でゲーテと再会し、また、楽団を指揮していたニコラ・サーラ(1713-1801)と親しくなって対位法をの指導を受けたほか、ジョヴァンニ・パイジエッロ(1740-1816)からは作曲のアドヴァイスも受けています。また、イギリス大使ハミルトン卿のサロンを含むいくつかの私的なサロンで演奏し、国王のために6つの四重奏曲を作曲として高額な報酬も得ています。
◆1789年(歳):ナポリに2年近く滞在したギロヴェッツは、ローマとフィレンツェを経由してミラノに到着。ミラノでは、ヴィルチェク伯爵の邸宅に迎えられ、多くの貴族のサロンにも招かれて数ヶ月滞在。
◆1789年7月、ミラノの南約130kmに位置するジェノヴァを経由して、その南西約300qのところにあるフランスのマルセイユに到着。フランス革命が勃発して2か月が経っていたため、国内移動用の通行証として、革命の象徴とされていた円形のフランス国章を使用し、リヨンを経てパリに到着。パリでは作曲に集中して数か月滞在。
【ロンドン】
◆1789年12月、ロンドンに到着。カンバーランド公爵が支援者となり、演奏会でも紹介。
◆1791年(歳):ハイドンと再会。
◆1792年(歳):ロンドンからブリュッセルに行き、パリ、ベルリン、ドレスデン、プラハを経て故郷のブートヴァイスに到着ししばらく滞在。
【ウィーン】
◆1793年3月、ウィーンに帰還。
◆1804年(歳):宮廷副楽長に任命され、ブルク劇場とケルントナートーア劇場の作曲家として、毎年新作オペラやバレエの作曲を担当。
◆1831年(歳):宮廷副楽長を68歳で退職。
【作品】
◆クラリネット三重奏曲 Op.43は1805年の作品。それまで主に器楽作品を書いていたギロヴェッツは、1804年に宮廷劇場の作曲家となって音楽家生活が激変し、以後、27年間に渡ってオペラ尽くしの生活を送ることになります。このクラリネット三重奏曲でも第2楽章ではさっそく劇場的な雰囲気が現れていますが、第1楽章では交響的なスケール感もありますし、第3楽章ではモーツァルト「ジュピター」冒頭に似た部分もあるなどまだまだ器楽的な性格が強いようです。ちなみに「ジュピター」はまだパート譜しか出版されていない頃なので最初期のオマージュということになるかもしれません。
【その他の作品】
◆教会音楽、オペラ、ジングシュピール、バレエ、60曲以上の交響曲、弦楽四重奏曲、その他の室内楽作品など。ピアノ協奏曲のうちの1曲は、8歳のショパンがピアニスト・デビュー時に選んでいます。
【没地】
◆1850年3月19日、ウィーンで死去。87歳。
アダム・ヴァレンティン・フォルクマール (1770-1851)
【生地】1770年3月6日、神聖ローマ帝国、ヘッセン=カッセル方伯領、シュマルカルデンで誕生。
【修業】シュマルカルデンのオルガン奏者・作曲家のヨハン・ゴットフリート・フィーアリング(1750-1813)から音楽教育を受けています。フィーアリングはC.P.E.バッハとヨハン・フィリップ・キルンベルガーの弟子。
【仕事】ヘッセン=ラインフェルス方伯に音楽教師として雇われたのち、1805年に生地近くのヘルスフェルトのオルガン奏者に就任。1817年にはヘッセン=カッセル選帝侯国のリンテルンに移り、オルガン奏者、聖歌隊指揮者、音楽教師として活動。
【作品】フォルクマールは教会音楽に加え、多くの室内楽曲も作曲。1990年代以降、フォルクマールの室内楽曲がいくつか出版され、その中にこのクラリネット三重奏曲も含まれています。フォルクマールの独創性は、クラリネットの音域の拡大によっても高められ、しばしば最低音域も用いられています。
【没地】1851年9月11日、ヘッセン選帝侯領、リンテルンで死去。81歳。
フェルディナント・リース (1784-1838)
【生地】◆1784年11月28日、神聖ローマ帝国、ケルン選帝侯領の首都ボンで誕生し、翌日受洗。両親はカトリック信徒。長男。
【家族】◆父:フランツ・アントン・リース(1755-1846)は、14歳で選帝侯宮廷楽団の第1ヴァイオリン奏者になり、19歳で楽団長、25歳で年俸400グルデン(約200万円相当)、36歳で選帝侯音楽監督に就任。少年時代のベートーヴェンにヴァイオリンを教えたほか、ベートーヴェン家を支援。
◆母:アンナ・ゲルハルディーナ・リース(旧姓:ホルスト)(1761-1805)。
◆祖父:ヨハン・リース(1723-1784)は、選帝侯宮廷楽団で、トランペット奏者、ヴァイオリン奏者を務めたほか、テノール歌手、作曲家としても活動。狩猟愛好家のケルン選帝侯で大司教のクレメンス・アウグストのために、狩猟音楽「聖フーベルトゥスのミサ曲」(1756)なども作曲。
◆末弟:フーベルト・リース(1802-1886)は、ヴァイオリン奏者、作曲家。
【修業】◆5歳から父にピアノと音楽全般の指導を受けたほか、父の同僚でチェロの名手であるベルンハルト・ロンベルク(1767-1841)にチェロを師事。
◆ミュンヘンの宮廷音楽家で作曲家のペーター・フォン・ヴィンター(1774–1825)に作曲を師事し、写譜師として生活費と旅費を工面。
◆ベートーヴェンの師アルブレヒツベルガー(1736-1809)に作曲を師事。
◆ベートーヴェンにピアノを師事。レッスン料代わりに、交渉役などマネージャー業務もこなし、難聴になりつつあったベートーヴェンの生活を補助。
【ウィーン】
◆1804年8月1日、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番で公開演奏会デビュー。カデンツァは自作の技巧的なものを用意し成功。
【大ツアー】
◆1811年春、マールブルク、カッセル、ハンブルク、コペンハーゲン、ストックホルムを経由してロシアに向かうツアーを開始。
◆ロシア帝国では、トゥルク、リガ、レーヴェリ (現・タリン)、ヴィテプスク、キエフ、サンクトペテルブルクなどで演奏。
◆1811年12月頃、サンクトペテルブルクで、かつてのチェロの師ベルンハルト・ロンベルクと再会。ロシア西部のコンサートで共演。
◆1813年3月、ストックホルムのスウェーデン王立音楽アカデミーのメンバーに選出。
【ロンドン】◆1813年4月、 ロンドンに到着。ピアノ教師として活動を開始。
◆1814年3月、指揮者としてデビュー。
◆1815年(歳):ジョージ・スマート卿と、父と祖父の同僚奏者だったヨハン・ペーター・サロモン(1745-1815)との支援を受けて、ロンドン・フィルハーモニック協会の理事となり監督にも任命。
◆1817年(歳):リースはロンドンでベートーヴェンと連絡を取り続けており、この年(歳):正式にフィルハーモニック協会から交響曲第9番の作曲を委嘱。
【バート・ゴーデスベルク】◆1824年7月、妻と子共たちとともに、ボンに隣接するバート・ゴーデスベルク(現在はボン市域)に移住。バート・ゴーデスベルクはケルン選帝侯が開発した、ライン川沿いの風光明媚な温泉保養地。
◆1825年(歳):夏に開催されるニーダーライン音楽祭の指揮者に任命。リースはベートーヴェンの交響曲第9番をドイツ初演。この音楽祭は、カトリック地域のアーヘン、ケルン、デュッセルドルフで開催され、この年はアーヘンでした。
◆1826年(歳):初のオペラ「盗賊の花嫁」の作曲を計画。
【フランクフルト・アム・マイン】◆1827年4月、家族とともにフランクフルトに移住。同地にはフランクフルト国民劇場がありました。
◆1828年10月、初のオペラ「盗賊の花嫁」初演。成功を収め、1829年に出版し、隣接するヘッセン大公国のルートヴィヒ1世に献呈。
【大ツアー】◆1831年(歳):ダブリン音楽祭の指揮者として招かれ、ロンドンに数カ月間滞在。
◆1832年(歳):翌年にかけてイタリア演奏旅行に出かけ、ヴェネツィア、ミラノ、ローマ、ナポリを訪問。その間、ピアノ協奏曲 Op.177)、ピアノソナタ Op.176)、弦楽四重奏曲 WoO 48などを作曲。
◆1834年夏、ニーダーライン音楽祭の監督に任命され、指揮者としても高い評価を獲得。
◆1836年(歳):翌年にかけてパリに滞在。劇的序曲「幻影」WoO 61など作曲。
◆1837年3月、ロンドンでフィルハーモニック協会のコンサートを指揮。
◆1837年夏、アーヘンのニーダーライン音楽祭の監督に任命され、オラトリオ「イスラエルの王たち」を作曲・初演し成功。ボンのモンプール社から出版。
【作品】◆1810年(歳):クラリネット三重奏曲変ロ長調を作曲。同時期にクラリネットとピアノのためのソナタも作曲しているため、熟練したクラリネット奏者と知り合ったと考えられます。
【没地】◆1838年1月13日、フランクフルトで急死。53歳。
演奏者情報
トリオ・オリゴ
2004年(歳):シベリウス音楽院の学生たちにより、ベートーヴェンの三重奏曲 Op.11を演奏するのために結成。以来、このトリオでは、ピリオド楽器を用いた古典派およびロマン派作品の演奏に注力。
アスコ・ヘイスカネン (クラリネット)
【生地】フィンランド中部のクオピオに誕生。
【学業】地元でクラリネットの練習を開始。フィンランド南部のヘルシンキにあるシベリウス音楽院、スイスのジュネーヴ音楽院で学び、古典クラリネットとシャリュモーの演奏も修得。
【賞歴】1995年のクルーセル・クラリネット・コンクールで第1位を獲得。
【仕事】ソロのほか室内楽、オーケストラでも活動(タピオラ・シンフォニエッタ、フィンランド・バロック・オーケストラ、トリオ・オリゴ、アンサンブル・シュラット等)。
【録音】CDは、Brilliant Classics、Naxosなどから発売。
ユッシ・セッパネン (チェロ)
【生地】フィンランド南部のタンペレに誕生。
【学業】タンペレ音楽院、シベリウス音楽院、アムステルダム音楽院でチェロとバロック・チェロを学んでいます。
【仕事】ソロのほか室内楽、オーケストラでも活動(フィンランド国立オペラ管弦楽団、フィンランド・バロック・オーケストラ、フィンランド・バリトン・トリオ、バッカーノ、フィンランド国立チェロアカデミー、トリオ・オリゴ等)。
【録音】CDは、Brilliant Classics、BIS、Fuga、Alpha Classics、Alba、Sibarecords、Suomen Lähetysseuraなどから発売。
イェリー・ヤントゥネン (フォルテピアノ)
【生地】フィンランド南部のラッペーンランタに誕生。
【学業】5歳からラッペーンランタ音楽院でピアノを学んだのち、シベリウス音楽院でピアノとフォルテピアノを修得して2007年に卒業。
【賞歴】2001年のブルージュ国際古楽コンクール第2位。
【仕事】ソロのほか室内楽でも活動(トリオ・オリゴ、エヒナテン・トリオ等)
【録音】CDは、Brilliant Classics、Ondineなどから発売。
トラックリスト (収録作品と演奏者)
CD 63'08
アダルベルト・ギロヴェッツ (1763-1850)
クラリネット、チェロ、フォルテピアノのための三重奏曲 変ホ長調 Op.43(1805) 22'40
1. 第1楽章 アレグロ・モデラート 12'08
2. 第2楽章 アンダンテ 5'16
3. 第3楽章 アレグレット 5'16
アダム・ヴァレンティン・フォルクマール (1770-1851)
クラリネット、チェロ、フォルテピアノのための三重奏曲 変ロ長調 15'48
4. 第1楽章 アンダンテ・コン・モート 7'00
5. 第2楽章 ポコ・アダージョ 4'49
6. 第3楽章 フィナーレ.アレグレット 3'59
フェルディナント・リース (1784-1838)
クラリネット、チェロ、フォルテピアノのための三重奏曲 変ロ長調 Op.28(1810) 24'35
7. 第1楽章 アレグロ 9'16
8. 第2楽章 スケルツォ.アレグロ・ヴィヴァーチェ 4'33
9. 第3楽章 アダージョ 4'21
10. 第4楽章 ロンド.アレグロ・マ・ノン・トロッポ 6'25
トリオ・オリゴ
└ アスコ・ヘイスカネン(クラリネット/ピーター・ファン・デル・プール製作による1810年頃のハインリヒ・グレンザー・モデル)
└ ユッシ・セッパネン (チェロ/製作者未詳の18世紀の楽器。エンドピン無し)
└ イェリー・ヤントゥネン(フォルテピアノ/ポール・マクナルティ製作による1806年のアントン・ワルター・モデル)
録音:2024年8月
場所:フィンランド共和国、ヘルシンキ首都圏、カウニアイネン、ウーシ・パヴィリオンキ
Track list
ADALBERT GYROWETZ 1763-1850
Trio for clarinet, cello and fortepiano Op.43 in E-flat
1. I Allegro moderato 12'08
2. II Andante 5'16
3. III Allegretto 5'16
ADAM VALENTIN VOLCKMAR 1770-1851
Trio for clarinet, cello and fortepiano in B-flat
4. I Andante con moto - Allegro poco vivace 7'00
5. II Poco adagio 4'49
6. III Finale. Allegretto 3'59
FERDINAND RIES 1784-1838
Trio for clarinet, cello and fortepiano Op.28 in B-flat
7. I Allegro 9'16
8. II Scherzo. Allegro vivace 4'33
9. III Adagio 4'21
10. IV Rondo. Allegro ma non troppo 6'25
Trio Origo
Asko Heiskanen clarinet
Peter van der Poel after Heinrich Grenser, ca. 1810
Jussi Seppänen cello
Anon. 18th century
Jerry Jantunen fortepiano
Paul McNulty after Anton Walter, 1806
Recording: August 2024, Uusi Paviljonki, Kauniainen, Finland