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Vox Aeternitatis : Schola Romana Ensemble

Hildegard Von Bingen (1098-1179)

Item Details

Genre
:
Catalogue Number
:
BRL97497
Number of Discs
:
1
Format
:
CD
Other
:
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Product Description


中世の楽器を使用!

「ヴォクス・エテルニタティス(永遠の声)」〜ヒルデガルト・フォン・ビンゲン作品集
スコラ・ロマーナ・アンサンブル


ヒルデガルト・フォン・ビンゲン作品の演奏は、楽譜がシンプルなだけにさまざまな解釈によっておこなわれていますが、今回のアルバムでは、中世の修道院に関連する楽器を使用し、歌は2人としています。
  ブックレット(英語・8ページ)には、演奏のステファノ・サベーネによる解説などが掲載。EU製で、ディスクはメジャー・レーベルでもおなじみの独オプティマル・メディアが製造。

収録楽曲
ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの最も重要な音楽作品「天の啓示の調和のシンフォニア」から16曲を選曲。使用した楽譜(写本)は「デンデルモンデ=コーデックス」と「ヴィースバーデン=コーデックス」。

中世の修道院に関連する楽器
ヴィエール(中世フィドル)、サルテリー(サルテリウム。ツィターに似た撥弦楽器)、シンフォニア(ハーディ・ガーディ)、ジーグ(中世の弦楽器)、ラバーブ(アジア由来の弦楽器)、モノコルド(一弦楽器)、ダルシマー(中東由来の打弦楽器)、中世リュート、中世の横笛、打楽器を使用。

歌は2人
ヒルデガルト作品の演奏では、女声合唱が一般的ですが、ここでは女声独唱と男声独唱、二重唱が用いられています。女声はヒルデガルト自身を象徴し、男声はヒルデガルトのかつての師で幻視の内容を筆写した修道士フォルマーを象徴させているということで、器楽の比重が高いこともあって訴求力の高い仕上がりとなっています。


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 演奏者情報

スコラ・ロマーナ・アンサンブル (古楽アンサンブル)
2000年にフルート奏者兼指揮者のステファノ・サベーネによって設立。イタリア国内外の機関、大学、音楽祭と共同で、数百回のコンサートをおこなってきました。音楽学的な研究と実験への取り組みにより、アンサンブルは、古代ローマの音楽(多くの場合、歴史的楽器の復元を通して)から中世ヨーロッパ、そしてルネサンスやバロック時代のレパートリーまで幅広いレパートリーを探求し、特にローマ楽派に重点を置いています。彼らは「アカペラ」ポリフォニーの演奏実践に特に焦点を当ててきました。


 トラックリスト (収録作品と演奏者)

CD 71'54
ヒルデガルト・フォン・ビンゲン (1098-1179)
1. 「おお、永遠の力よ」(器楽)  9'32
2. 「おお、花咲く枝よ」(男声)  4'46
3. 「今日、それは開かれた」(女声)  3'00
4. 「慈愛は満ち溢れる」(男声)  5'04
5. 「おお、美しい顔よ」(女声)  5'34
6. 「おお、なんと素晴らしい予見」(男声)  3'36
7. 「おお、鳩の鏡よ」(女声)  3'26
8. 「ばらの花よ」(器楽)  2'09
9. 「鳩は見つめた」(女声)  6'44
10. 「おお、わが魂の牧者よ」(男声)  4'33
11. 「アレルヤ!枝にして仲介者よ」(女声)  3'39
12. 「三位一体への賛美」(男声)  2'36
13. 「おお、神の創造の指がもたらす新たな緑よ」(女声)  6'39
14. 「おお、永遠の神よ」(女声)  3'25
15. 「聖霊は命を与える」(二重唱)  5'01
16. 「おお、知恵の力よ」(女声)  2'04
スコラ・ロマーナ・アンサンブル
└ マテルダ・ヴィオラ(ソプラノ)
└ ルイージ・ポルシーニ(ヴィエール、サルテリー、シンフォニア、ジーグ、ラバーブ)
└ ロレンツォ・サベーネ(中世リュート、モノコルド、ダルシマー)
└ ステファノ・サベーネ(テノール、中世の横笛、パーカッション)

録音:2024年12月
場所:イタリア、ラツィオ州、ローマ県、リアーノ
 Track list

Hildegard Von Bingen 1098-1179
Vox Æternitatis

1. O vis eternitatis 9'32
2. O frondens virga 4'46
3. Hodie aperuit 3'00
4. Karitas habundat 5'04
5. O pulcre facies 5'34
6. O quam mirabilis est 3'36
7. O speculum columbe 3'26
8. Vos flores rosarum 2'09
9. Columba aspexit 6'44
10. O pastor animarum 4'33
11. Alleluja, o virga mediatrix 3'39
12. Laus Trinitati 2'36
13. O viriditas digiti Dei 6'39
14. O eterne Deus 3'25
15. Spiritus Sanctus vivificans 5'01
16. O virtus sapientiae 2'04

Schola Romana Ensemble
Matelda Viola singer
Luigi Polsini Vielle / Psaltery / Symphonia / Gigue / Rebab
Lorenzo Sabene medieval lute / monochordo / dulcimer
Stefano Sabene singer / medieval transverse flute / percussions

 作曲者情報

ヒルデガルト・フォン・ビンゲン (作曲、著述、ベネディクト会修道女)
誕生
◆1098年夏頃(5月1日から9月17日にかけての範囲)に誕生。生地はローマ帝国マインツ大司教区で、下記の3箇所のどれかと推測されています。
✠ ベルマースハイム(マインツの南約35km。ベルメルスハイムとも)
✠ ホーゼンバッハ(マインツの南西約65km。現・ニーダーホーゼンバッハ)
✠ ベッケルハイム(マインツの南西約40km。現・シュロスベッケルハイム)

両親
◆父はホーゼンバッハ、もしくはベッケルハイム出身の騎士ヒルデベルト、母はその妻メヒティルト。ヒルデガルトは10人目の子供だったため「十分の一税」の一環として修道院行きになったとされています(記録では8番目の子供という説も)。
幻視
◆1103年、5歳から始まったとされる(3歳説も)ヒルデガルトの「幻視」の光や暗転は、現在では、非常に極端な「閃輝暗点」や、強度の片頭痛が原因で引き起こされたのではないかと推測されてもいます。

シュポンハイム城で修業
◆1106年、8歳からシュポンハイム(マインツの南西約43km。ディジボーデンベルクの近く。シュパンハイムとも)伯シュテファン2世の娘ユッタ(ユーディト)による詩編、ラテン語、聖書のほか、グレゴリオ聖歌やプサルテリウム(撥弦楽器)についての指導がユッタのシュポンハイムの居城で開始。

修道院敷地の庵で修業
◆1112年、ヒルデガルトが14歳になると、ユッタとともにディジボーデンベルク(マインツの南西約45km。ベッケルハイム、シュポンハイムの近く。ライン川支流ナーエ川近く)のベネディクト会男子修道院であるディジボーデンベルク修道院の敷地の庵に、ユッタともう一人の女性とともに入居し、3人で修道生活を開始。ほどなくディジボーデンベルク修道院の修道士フォルマーも指導に加わります。

ディジボーデンベルク女子修道院
◆1114年、ディジボーデンベルクの修道院の庵が正式に女子修道院として認可。ユッタが院長となり、付近の貴族の子女も集まって規模も拡大。
◆1136年、ユッタが46歳で亡くなると、約10人の修道女たちは全員一致で38歳のヒルデガルトを院長に選出。
◆1141年、43歳のヒルデガルトは、それまでに経験したことのない強烈な「幻視」を体験し、フォルマー修道士から知らされた修道院長とマインツ大司教の望みもあり、「幻視」の内容の記録を開始。ヒルデガルトの秘書でもある修道女シュターデの力を借りて執筆が進められ、10年後に文章とイラスト、楽譜から成る「道を知れ」(主の道を知れの略)として完成に至ります。

修道院設立計画
◆1147年、修道女の数が増えて収まりきらなくなったため、ヒルデガルトは、ライン川に面したルペルツベルク(マインツの西微南約27km。ルパーツベルクとも。ナーエ川を挟んで東隣はビンゲン)に新たな女子修道院設立を計画。同所は、20歳で亡くなった聖人ルペルト・フォン・ビンゲン(ルパート・フォン・ビンゲンとも)[c.712-c.732]のゆかりの地。
◆1147年、ディジボーデンベルク修道院の院長は、彼女ら女子修道院の人気が本体の修道院にも好影響を与えていたため、設立に反対して計画は難航。やがてヒルデガルトの秘書シュターデの母親である侯爵夫人の介入により解決。

ルペルツベルク修道院
◆1150年、18人の修道女とともにルペルツベルクに移り住んだヒルデガルトらは、周囲の畑でワイン用のぶどうを栽培し、収益で修道院の増築を重ねて大規模化。
◆1158年、説教旅行(マインツとヴュルツブルク。1159年まで)
◆1160年、説教旅行(トリアーとメッツ)
◆1161年、説教旅行(ライン川を下ってケルンまで到達。1163年まで)
◆1163年、ルペルツベルク修道院に対して神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世(バルバロッサ)から保護令を布告。
◆1165年、ヒルデガルトは、庶民子女のための女子修道院をライン川対岸の丘の町、アイビンゲン(マインツの西微南約23km)に設立。
◆1170年、説教旅行(シュヴァーベン地方。1171年まで)
◆1178年、破門疑惑のある貴族の埋葬に関して、大司教不在のマインツ大司教区本部から非難され、ヒルデガルトはその貴族が死ぬ前に教会と和解していたと説明するものの、大司教区本部は、ルペルツベルク女子修道院での、鐘・歌・演奏を禁じます。
◆1179年、大司教が3月にマインツに戻り、さらにヒルデガルトの主張を支持する証人も現れたことで、鐘・歌・演奏の禁止令は解除。
◆1179年9月17日
場所:神聖ローマ帝国マインツ大司教区ルペルツベルクのルペルツベルク女子修道院で死去。81歳。

作品
📖 「道を知れ」[1141-1151]
📖 「生命の功徳の書」[1158-1163]
📖 「神の業の書」[1163-c.1173]、他

上記の主要3部作と、楽曲、書簡集、説教集などは、「デンデルモンデ=コーデックス」や「ヴィースバーデン=コーデックス」に収録。後者は、羊皮紙481枚(962頁)で構成され、サイズは縦約46cm、横約30cm、重さは約15kg。鉄の鎖で固定されていました。


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