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Cello Concertos from The Netherlands : Heinrich Schiff, Pieter Wispelwey, Ed Spanjaard / Netherlands Radio Chamber Orchestra, etc.

Item Details

Genre
:
Catalogue Number
:
BRL97001
Number of Discs
:
1
Format
:
CD
Other
:
Import

Product Description


ハインリヒ・シフ、ウィスペルウェイら名手が演奏

20世紀オランダのチェロ協奏曲集
スパンヤールト指揮オランダ放送室内管弦楽団


好評のNM Classics音源ライセンス発売シリーズ。今回はオランダの4人の作曲家によるチェロ協奏曲をハインリヒ・シフやウィスペルウェイら名手のソロとオランダ放送室内管弦楽団の共演で収録。ヘンリエッテ・ボスマンスのチェロ協奏曲は後期ロマン派風、ウィレム・ペイパーのチェロ協奏曲は新古典主義でジャズ調、1943年に絶滅収容所で落命したレオ・スミットのコンチェルティーノは活気に満ち、そしてハンス・コックス (1930-2019) のチェロ協奏曲は20世紀風です。12ページのブックレットには、英語・ドイツ語・オランダ語で解説などが掲載。

オランダの事情
収録作品の作曲年代は1892年から1991年。オランダは同時代音楽に門戸を開くオーケストラや団体に恵まれており、通常レパートリーと組み合わせて紹介される機会も多数。そのため、聴衆から拒絶されそうなものは再演されにくくなるため、20世紀作品といっても、ある程度以上の聴きやすさが確保されたうえで、様々な工夫が凝らされているケースが多いようです。

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 トラックリスト&作曲家・作品情報

 ボスマンス:チェロと管弦楽のための詩 

ヘンリエッテ・ボスマンス (1895-1952)
チェロと管弦楽のための詩 (1962)
1. アレグロ・モデラート  14'33
ドミトリー・フェルシュトマン(チェロ)
オランダ放送室内管弦楽団
エト・スパンヤールト(指揮)
録音: 1993年9月1〜7日、12月17〜19日、オランダ王国、ハールレム、コンセルトヘボウ・ハールレム


作品情報

1923年作曲。ロマン派的で情感豊かな作風。ボスマンスが得意とする五音音階も登場。ボスマンスと頻繁に共演していたコンセルトヘボウ管弦楽団の首席チェロ奏者マリックス・ルーフェンゾーン(1880-1943)に献呈。ルーフェンゾーンはユダヤ人だったため南仏のモントーバンに潜伏していましたが、1943年4月に死去。
作曲家情報

両親
母サラ(1861-1949)はメンゲルベルクとも共演していたピアニストでアムステルダム音楽院のピアノ教師。1人でヘンリエッテを育てています。
父ヘンドリク(1856-1896)はコンセルトヘボウ管弦楽団のチェリストですが、ボスマンスが生後8か月のときに死去。

誕生
1895年12月6日、オランダ王国、アムステルダム。

学業
幼少期から母がピアノを指導。
1913年、17歳で音楽振興協会のピアノディプロマ試験に合格。
作曲と音楽理論をヤン・ウィレム・ケルスベルヘンに師事。
1921年、管弦楽法をコルネリス・ドッパーに師事(1922年まで)。
1920年、シェーンベルクの作曲講座を受講(1921年まで)。
1927年、ウィレム・ペイパーに作曲を師事(1929年まで)。

作曲
1914年、ピアノ曲を作曲。
1919年、ヴァイオリン・ソナタを作曲。
1929年、「ピアノと管弦楽のためのコンチェルティーノ」がジュネーヴで開催された第7回国際現代音楽協会フェスティヴァルで紹介。

演奏
1915年、ピアニストとしてユトレヒト市立管と共演。公開演奏会デビュー。
1916年、ピアニストとしてコンセルトヘボウ管と共演。
1918年、作曲家・ピアニストとしてコンセルトヘボウで自作の6つの前奏曲など演奏。
1922年頃、女性チェリストのフリーダ・ベリンファンテ、フルーティストのヨハン・フェルトカンプとともにアムステルダム・トリオを結成。フリーダ・ベリンファンテはボスマンスの恋人で1922年から1929年まで同棲。ベリンファンテは翌1930年にフェルトカンプと結婚。
1929年、自作の「ピアノと管弦楽のためのコンチェルティーノ」をモントゥー指揮コンセルトヘボウ管と共演して初演し成功。以後、メンゲルベルク、ベイヌムなど多くの指揮者と多くのピアノ協奏曲で共演。
1934年、ユトレヒト市立管のコンサートマスター時代から10年以上共演していたヴァイオリニストのフランシス・クーネと婚約するものの、翌年1月に彼が脳腫瘍で死去。クーネは1926年から1932年までフリッツ・ブッシュのもとでシュターツカペレ・ドレスデンの第1コンサートマスターとして活躍。
1952年、3月に最後のコンサート。

教師
1922年、アムステルダム音楽学校でピアノ教師として指導を開始。

迫害
1940年、ボスマンスは母がユダヤ人だったため、オランダがドイツに占領されると公的な活動が制限。
1944年、母サラがオランダ国内のヴェステルボルク強制収容所に送られますが、メンゲルベルクの尽力で釈放。メンゲルベルクは計48人のユダヤ人を釈放させることに成功し、そのうち34人が戦後まで生き延びており、母サラも88歳まで生きて1949年に死去。

死去
1952年7月2日、オランダ王国、アムステルダム。57歳。胃癌。




 ペイパー:チェロ協奏曲

ウィレム・ペイパー (1894-1947)
チェロとオーケストラのための協奏曲 (1936、1947)
2. マルニクス・ルーフェンゾーンの思い出に  13'37
ハインリヒ・シフ(チェロ)
オランダ放送室内管弦楽団
エト・スパンヤールト(指揮)
録音: 1993年9月1〜7日、12月17〜19日、オランダ王国、ハールレム、コンセルトヘボウ・ハールレム


作品情報
1936年作曲、1947年改訂。全体は切れ目なく続く5つの部分で構成。ボスマンス作品と同じくコンセルトヘボウ管のベルギー人首席チェロ奏者マリックス・ルーフェンゾーンに献呈。1936年3月にヒトラーがラインラントにドイツ陸軍を進駐させたことに対応すべく、ベルギー政府は徴兵を開始しますが、国境の長さに対して兵士が少なすぎるため、56歳の有名人であるルーフェンゾーンも対象となり、最後の演奏会で弾いたのが、この曲とドン・キホーテで、メンゲルベルクがスピーチもおこなっていました。その初演の後、ペイパーは改訂して現行版を完成しています。
作曲家情報

誕生
1894年、オランダ王国、ユトレヒト近郊のザイスト。

学業
1915年、ユトレヒトのトーンクンスト音楽学校(後のユトレヒト音楽院)で、ヨハン・ワーヘナールに作曲、ヘレナ・ヨハンナ・ファン・ルンテレン・ハンセンにピアノを師事。

仕事
1917年、生計を立てるためユトレヒトの日刊紙で音楽評論家としての執筆を開始。同時にアムステルダム音楽学校で作曲の指導も開始。1918年、ペイパーの作品がコンセルトヘボウ管弦楽団により演奏。

死没
1947年、オランダ王国、ハーグ近郊のライツヘンダム。52歳。




 スミット:チェロ協奏曲

レオ・スミット (1900-1943)
チェロ協奏曲 (1937)
3. レント 4'18
4. スケルツァンド 3'10
5. アレグロ・ヴィヴァーチェ 2'58
ピーター・ウィスペルウェイ(チェロ/スミット)
オランダ放送室内管弦楽団
エト・スパンヤールト(指揮)
録音: 1993年9月1〜7日、12月17〜19日、オランダ王国、ハールレム、コンセルトヘボウ・ハールレム


作品情報
1937年作曲。3楽章から成るコンチェルティーノで、親しみやすい中に印象派的な部分や無調も織り込まれ、変化のある曲調となっています。
作曲家情報
作曲家、教育者。
誕生 
1900年、オランダ王国、アムステルダム。

学業 
アムステルダム音楽院でピアノをセム・ドレスデンとウルフェルト・スフルツに、作曲をベルナルト・ズヴェーアスに師事。

教師
1924年、アムステルダム音楽院で和声と音楽理論を指導(1927年まで)。

作曲
1927年から1936年までパリ、1936年から1937年までブリュッセルを拠点として計約10年間、作曲家として生活。パリではミヨーらと交流しフランス音楽の影響も受けています。また、1933年からは、オランダで結婚した妻リンチェもパリに滞在。

個人教師
1937年、アムステルダムに帰還し、音楽教室を開いてピアノと作曲の個人レッスンを開始。

迫害 
1940年、オランダがドイツに占領されると、音楽教室の非ユダヤ人生徒は激減し、次第にユダヤ人生徒も減少。
1942年、ゲットーへの転居を余儀なくされます。
1943年3月、移送用の収容所と化していたユダヤ劇場(旧称:オランダ劇場)に妻とともに収容。
1943年4月27日、ソビボル絶滅収容所に送られ、3日後に殺害。父は同じくポーランド総督府ルブリン地区にあるアウシュヴィッツ=ビルケナウ絶滅収容所で殺害。

死没 
1943年、ポーランド総督府ルブリン地区、ソビボル絶滅収容所。42歳。




 コックス:チェロ協奏曲

ハンス・コックス (1930-2019)
チェロ協奏曲 (1969)
6. 第1部  5'40
7. カンツォネッタ  7'06
8. 歌と変奏  4'31
クイリーネ・フィーアセン(チェロ/コックス)
オランダ放送室内管弦楽団
エト・スパンヤールト(指揮)
録音: 1993年9月1〜7日、12月17〜19日、オランダ王国、ハールレム、コンセルトヘボウ・ハールレム


作品情報
1969年作曲。3楽章構成。コックスによれば、第1楽章は恐怖、諦め、郷愁を「主音」として持ち、第2楽章のカンツォネッタは「危ういバランス」をとるメロディーに形を与えようとし、第3楽章の「変奏曲」は皮肉を表現しているのだとか。
作曲家情報

誕生
1930年、オランダ王国、アーネム。

学業
父親が合唱指揮者でオルガン奏者だったため幼少期から家庭での音楽教育を実施。
1946年、ユトレヒト音楽院に入学。
1948年、アムステルダムでヤープ・スパーンダーマン[1896-1985]にピアノを師事(1951年まで)。
1951年、ヘンク・バーディングス[1907-1987]に作曲を師事(1955年まで)。
仕事
1949年、アーネムの聖ヴァルブルギス教会のオルガニストに任命。
1957年、ドゥーティンヘムの音楽学校の校長に任命(1970年まで)。
1970年、ハールレムの北ホラント州フィルハーモニー管弦楽団の芸術顧問に任命(1974年まで)。
1974年、ユトレヒト音楽院の作曲科講師に任命(1984年まで)。

死没
2019年、オランダ王国、ハールレム。88歳。


 トラックリスト (収録作品と演奏家)

CD 56'21

ヘンリエッテ・ボスマンス (1895-1952)
チェロと管弦楽のための詩 (1962)
1. アレグロ・モデラート  14'33

ウィレム・ペイパー (1894-1947)
チェロとオーケストラのための協奏曲 (1936、1947)
2. マルニクス・ルーフェンゾーンの思い出に  13'37

レオ・スミット (1900-1943)
チェロ協奏曲 (1937)
3. レント 4'18
4. スケルツァンド 3'10
5. アレグロ・ヴィヴァーチェ 2'58

ハンス・コックス (1930-2019)
チェロ協奏曲 (1969)
6. 第1部  5'40
7. カンツォネッタ  7'06
8. 歌と変奏  4'31
ドミトリー・フェルシュトマン(チェロ/ボスマンス)
ハインリヒ・シフ(チェロ/ペイパー)
ピーター・ウィスペルウェイ(チェロ/スミット)
クイリーネ・フィーアセン(チェロ/コックス)
オランダ放送室内管弦楽団
エト・スパンヤールト(指揮)
録音: 1993年9月1〜7日、12月17〜19日、オランダ王国、ハールレム、コンセルトヘボウ・ハールレム

 Track list

Cello Concertos from The Netherlands

HENRIËTTE BOSMANS 1895-1952
1. Poème for cello and orchestra (1962)  14'33
Soloist: Dmitri Ferschtman

WILLEM PIJPER 1894-1947
2. Concerto for violoncello and orchestra (1936, rev. 1947)  13'37
Soloist: Heinrich Schiff

LEO SMIT 1900-1943
Concertino for cello and orchestra (1937)
3. Lento  4'18
4. Scherzando  3'10
5. Allegro vivace  2'58
Soloist: Pieter Wispelwey

HANS KOX 1930-2019
Concerto for violoncello and orchestra (1969)
6. Part I  5'40
7. Canzonetta  7'06
8. Song con variazioni  4'31
Soloist: Quirine Viersen

NETHERLANDS RADIO CHAMBER ORCHESTRA
Ed Spanjaard conductor

Recording: 1-7 September & 17-19 December 1993, Concertgebouw Haarlem, The Netherlands
1994 NM Classics
2025 Brilliant Classics
Licenced from Donemus Publishing B.V.

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