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J.S.Bach at Arlesheim : Ivan Ronda(Organ)(2CD)

Bach, Johann Sebastian (1685-1750)

Item Details

Genre
:
Catalogue Number
:
BRL97389
Number of Discs
:
2
Format
:
CD
Other
:
Import

Product Description


アルザスのジルバーマン・オルガンの多彩な響き!

J.S.バッハ・アット・アルレスハイム
イヴァン・ロンダ(オルガン)


バーゼル近郊、アルレスハイム大聖堂のジルバーマン・オルガンを使用したバッハ・アルバム。大聖堂のオルガンといっても建物が比較的小ぶりなため、響きが混濁せず音響条件が良いことから、これまでにも、カール・リヒターやダニエル・コルゼンパ、リオネル・ロッグ、ヴェルナー・ヤーコプ、ルネ・サオルジャンなど多くのオルガニストがレコーディングに使用してきたほか、古楽フェスティヴァルなどでもおなじみの存在となっています。

オルガン専門レーベルFUGATTOによる優秀録音
有名な楽器で録音も多いということは後発組は不利にも思えますが、このCDはフランスのオルガン専門レーベルFUGATTOが2012年に制作した音源のライセンス盤で、ざっと比較した感じでも既存の録音を上回るクオリティに仕上がっています。

トッカータとフーガの最後の音は約16秒!
演奏はイタリアのオルガニスト、イヴァン・ロンダによるもので、冒頭、トッカータとフーガBWV565から奇策に走ること無く壮大なトッカータを響かせ、フーガでは銘器の色彩的な魅力を巧みに引き出すストップ操作が印象的。そして銘器の音の素晴らしさを伝えるためか、最後の音に約16秒もかけているのには驚かされますが、これがかなり効果的です。その他の収録曲も銘器の魅力を引き出すものばかりです。

バッハをイタリア趣味で育んだ夭折公子はヴィドールをも予告
バッハと親しかった夭折のザクセン=ヴァイマール公子ヨハン・エルンストの協奏曲の編曲と、公子に要請されたヴィヴァルディの協奏曲編曲2曲はイタリア様式の快適さがオルガンに移っても有効であることを再確認させます。また、公子の協奏曲の第3楽章は167年後のヴィドールのトッカータに少し似ていることも、ロンダの見事なアーティキュレーションによって気付かされたりします。

幅広い音色を楽しめる選曲
まるで万華鏡のようなトリオ・ソナタBWV530、しっとり美しいパストラーレとコラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」「われを憐れみたまえ、おお、主なる神よ」、そしてアルバムを締めくくるパルティータ(コラール変奏曲)では、変奏ごとに表情を変えるサウンドを経て最後の第11変奏で壮大でありながら分離の良い響きでくっきりとコラール「ようこそ、慈しみ深きイエスよ」を描き出しているのが素晴らしいです。

ブックレット
演奏者のイヴァン・ロンダによる個々の楽曲の解説や、ストップ・リストなど掲載(英語・12ページ)。

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 楽器情報

受注金額:12,000リーヴル(約4,500万円相当)
調律:ヴァロッティ平均律。ピッチ:A=415Hz。風圧:66mm水柱。
鍵盤と操作対象は以下の通り(手前が第1)。
第1鍵盤:リュックポジティフ(奏者背面の小オルガン/9ストップ)
第2鍵盤:ハウプトヴェルク(奏者正面のメイン・オルガン/13ストップ)
第3鍵盤:エコー・パイプ群(メインの裏側/6ストップ)
足鍵盤:低音パイプ群(奏者正面/8ストップ)

アルレスハイムのジルバーマン・オルガンは、激動の時代をくぐり抜けてきたので、設置されている大聖堂と共に以下にその歴史を簡単にまとめておきます。
1678年 大聖堂建設
スイスでも荒れ狂った宗教改革の影響でバーゼルを離れていたバーゼル司教のヨハン・コンラート・フォン・ロッゲンバッハ[1618-1693]は、新たな司教座聖堂をバーゼル近郊のアルレスハイムに建設することを1678年に決定。教区民の特別税により1679年から1681年にかけて建設され、周囲には聖堂以外にも多くの建物が建てられ、司教座聖堂参事会の貴族や高位聖職者、外交官、芸術家、職人らに人気の町となります。
  バーゼル司教区はアルザス方面にも広がっていて、そこから収入を得てもいたため、アルザスとの交流も盛んでした。

1759年 大聖堂改築
建設後、小規模な改修工事は何度もおこなわれ、1723年には塔のドームが現在と同じデザインに変更されたりしていますが、1759年には大規模な工事に取り掛かり外観の変更・拡張だけでなく、1761年までかけて内部も大幅に改装。この大規模な改築・改装に際して、オルガンも入れ替えることになり、バーゼル司教区内のアルザスのジルバーマンに発注しています。


1761年 オルガン建造
ヨハン・アンドレアス・ジルバーマンが1759年に受注し、1761年に建造した3弾鍵盤とペダル鍵盤を持つ楽器は、アルザスのジルバーマンならではのフランスとドイツの両方の要素を併せ持っており、フランスのオルガンの特徴でもある明るく壮麗な響きから、しっとりしたドイツの瞑想的な響きまで幅広い音を出すことが可能です。
1793年 フランス軍占領
フランス革命軍は1792年にバーゼル司教領の大部分を占領し、1793年にはフランス領に編入してバーゼル司教区は廃止し礼拝も禁止。これにより、フランス国内の教会と同様の扱いを受けることになり、アルレスハイム大聖堂とオルガンはフランスの国有財産であると宣言。大聖堂の5つの鐘と聖歌隊席の鉄格子、宝飾品などが略奪されますが、オルガンは無事でした。
1798年 競売
アルレスハイム住民のアロイス・シュミットと靴職人のヨーゼフ・クリストが転売目的で2人で大聖堂を購入。オルガンは同じくアルレスハイム住民で医師のベルンハルト・エーベルレが購入。
1801年 礼拝再開と法廷闘争
カトリック信仰が認められ大聖堂での礼拝が再開。所有者の2人は礼拝使用を許可しますが、クリストは最初から大聖堂を解体して建築資材や家具として転売することで利鞘を稼ぐのが目的だったため、解体に反対するシュミットの転売相手と法廷闘争を展開。1809年に裁判所が大聖堂の解体転売を認めてクリストが単独所有者になり、いつでも破壊して売りに出すことができるようになります。
1811年 元聖職者たちが大聖堂を購入
元聖職者のフランツ・クサーヴァー・フォン・マーラー[1746-1816]と共同購入者2名によりクリストから大聖堂を購入。購入資金には多くの住民からの寄付が含まれていました。これにより大聖堂は破壊を免れることになり、1814年にはアルレスハイム市が大聖堂を購入しています。
1817年 市がオルガンを購入
アルレスハイム市による長期に渡る交渉が実り、エーベルレ家からオルガンを購入。その後、19世紀なかばのスイス内戦(分離同盟戦争)などがありましたが、幸いにもオルガンが大きな被害に見舞われることはありませんでした。
1888年 オルガン大改造
バロック・ヴァイオリンだったストラディヴァリやグァルネリ、アマティが、19世紀にはほぼすべて改造されてモダン化したように、バロック・オルガンにも改造の波が押し寄せ、このジルバーマン・オルガンも対象となり、1888年にシュトゥットガルト近郊エヒターディンゲンのヴァイグレ社により「ロマンティック・オルガン(シンフォニック・オルガン)」に改造されています。これによりパイプの約40%が溶かされ、ストップも後期ロマン派向けのものに変更、さらに手前側の小オルガン(リュックポジティフ)も大オルガン側に移されるなど大がかりな変更がおこなわれ、ピッチもA=440Hzに設定。
1913年 オルガン再改造
大改造から25年を経て、リード管などが大規模に交換(ルツェルンのオルガン工房ゴル&シー)。その後、1918年と1934年にも小規模な変更が加えられています。
1962年 オルガン復元
1955年、オルガン奏者で聖歌隊指揮者でもあるハインツ・コーベル[1917-1996]らにより構成される修復委員会が設置され、チューリヒのメッツラー社が1959年から1962年まで3年がかりで「バロック・オルガン」への復元作業を実施。オルガンを解体し、失われた部品についてはアルザスに現存するジルバーマンの楽器を参照してオリジナルを復元するという膨大な作業でした。
1998年 ふいごの交換
しかし、送風用のふいごについては、復元時にモダンな直方体タイプを採用していたことで、その後、あまりスムーズではなくなったことから、36年後の1998年にバロック・オルガンで一般的な2つのくさび形ふいごに変更。作業はスイス北部のヴォーレンを拠点とするオルガン職人のベルンハルト・エツケス[1940-2022]によりおこなわれています。
2005年 オルガン修復
大改修から42年を経て、暖房によるオーク材の乾燥が風箱の密閉を損なうようになり、また豪華なオルガン・ケースにも亀裂が生じるなどしてきたため、2004年からアルザスのガストン・ケルン[1939- ]の工房と多くの専門家により徹底的な修復作業がおこなわれています。この機会にメイン・オルガン、小オルガン(リュックポジティフ)、エコーなども分解され、修復や洗浄を経て2005年に完全に復活。
 楽器製作者情報

ヨハン・アンドレアス・ジルバーマン
アルレスハイムがオルガン製作を発注したアルザスのオルガン職人、ヨハン・アンドレアス・ジルバーマン[1712-1783]は、ザクセン出身でストラスブールで亡くなったアンドレアス・ジルバーマン[1678-1734]の息子で、ゴットフリート・ジルバーマン[1683-1753]の甥にあたります。
  ヨハン・アンドレアス・ジルバーマンは生涯に約40台のオルガンを主にアルザスで製作しているほか著述でも知られ、ストラスブールの歴史について書いた本を出版してもいます。その文才は自筆のスケッチも書き込まれた日記や旅行記にも反映され、2014年にはサザビーズに約300ページの日記が出品、ザクセン州立図書館が14万ユーロで落札して話題にもなっていました。


 演奏家情報

イヴァン・ロンダ (オルガン)
1978年生まれ。ピアチェンツァのジュゼッペ・ニコリーニ音楽院で、オルガン、チェンバロ、ピアノ、合唱、管弦楽指揮を学び、オルガンとチェンバロでディプロマを得たのち、2001年に卒業。
  ソリストとして、イタリア、ドイツ、フランス、イギリス、南北アメリカでも演奏しているほか、オーケストラや声楽、器楽奏者とも数多く共演。
  2004年には、ソプラノの相川英美、バロック・トランペットのアルベルト・バルデローニとともに「トリオ・バロッコ」を結成し、日本やアメリカなどへもツアーをおこなっており、2010年にはSheva CollectionレーベルでCDも制作。
  また、現代作曲家との交流にも積極的で、演奏会だけでなくDa Vinci ClassicsレーベルでCD3枚のレコーディングもおこなっています。
  Brilliant Classicsレーベルでは、ヘンデルのオルガン協奏曲をオルガン独奏で演奏した3枚組のほか、モーツァルトのオルガン曲集を発売済み。
  現在はイタリア北部、ボルゴ・サン・ジャコモやブレシーシャなどの教会でオルガン奏者および教区聖歌隊の指揮者を務めています。


 トラックリスト (収録作品と演奏家)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ [1685-1750]
CD1 56'52
トッカータとフーガ ニ短調 BWV565 [c.1704]
01.  トッカータ  2'49
02.  フーガ  6'52

さまざまな手法による18のライプツィヒ・コラール BWV 651-668より [c.1708-1717]
03.  コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659  5'03

トリオ・ソナタ 第6番 BWV530 [c.1727-1730]
04.  第1楽章 I. ヴィヴァーチェ  4'13
05.  第2楽章 II. レント  7'00
06.  第3楽章 III. アレグロ  3'59

8つの小プレリュードとフーガ BWV 553-560より [?]
07.  第1番 BWV553 ハ長調  4'34
08.  第4番 BWV556 ヘ長調  3'26
09.  第7番 BWV559 イ短調  3'07
10.  第8番 BWV560 変ロ長調  4'24

オルガン協奏曲 ニ短調 BWV596(原曲 ヴィヴァルディ:2つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲ニ短調 RV 565)より [c.1713-1714]
11.  第1楽章 (テンポ表示なし)  1'09
12.  第2楽章 グラーヴェ  0'25
13.  第3楽章 フーガ  3'26
14.  第4楽章 ラルゴ・スピッカート  3'06
15.  第5楽章 (テンポ表示なし)  3'12

CD2 58'58

コーラル前奏曲「われを憐れみたまえ、おお、主なる神よ」BWV721 [c.1710-1714]
01.  4'25

オルガン協奏曲イ短調 BWV593(原曲 ウィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 イ短調 RV 522) [c.1713-1714]
02.  第1楽章 (テンポ表示なし)  4'21
03.  第2楽章 アダージョ・カンタービレ  3'41
04.  第3楽章 アレグロ  4'13

パストラーレ ヘ長調 BWV590 [c.1703-1707]
05.  第1曲 前奏曲  2'33
06.  第2曲 アルマンド  2'34
07.  第3曲 アリア  2'23
08.  第4曲 ジーグ  4'35

オルガン協奏曲 ト長調 BWV592(原曲 ザクセン=ヴァイマール公子ヨハン・エルンスト:協奏曲)より [c.1713-1714]
09.  第1楽章 (テンポ表示なし)  3'30
10.  第2楽章 グラーヴェ  2'09
11.  第3楽章 プレスト  2'03

「ようこそ、慈しみ深きイエスよ」によるパルティータ BWV768 [c.1700-1717]
12.  主題  1'51
13.  第1変奏  2'57
14.  第2変奏  1'14
15.  第3変奏  0'56
16.  第4変奏  1'22
17.  第5変奏  1'21
18.  第6変奏  1'27
19.  第7変奏  1'46
20.  第8変奏  1'13
21.  第9変奏  1'19
22.  第10変奏  5'10
23.  第11変奏  1'43

イヴァン・ロンダ(オルガン)
使用楽器:アルレスハイム大聖堂のジルバーマン・オルガン[1761年製]
録音:2012年7月22〜23日、スイス連邦、バーゼル州、アルレスハイム、アルレスハイム大聖堂

 Track list

Johann Sebastian Bach
At Arlesheim – Organ Music

CD1 56'52
Toccata and Fugue in D minor BWV565
01.  Toccata 2'49
02.  Fugue 6'52

03.  Choralvorspiele “Nun komm, der Heiden Heiland” BWV659
(aus den Leipziger Chorälen) 5'03

Trio Sonata No.6 BWV530
04.  I.  Vivace 4'13
05.  II.  Lento 7'00
06.  III.  Allegro 3'59

04 Little Preludes and Fugue
07.  No.1 BWV553 in C 4'34
08.  No.4 BWV556 in F 3'26
09.  No.7 BWV559 in A minor 3'07
10.  No.8 BWV560 in B 4'24

Concert Grosso in D minor BWV596 from “Antonio Vivaldi”
11.  (no tempo indication) 1'09
12.  Grave 0'25
13.  Fuga 3'26
14.  Largo spiccato 3'06
15.  (no tempo indication) 3'12

CD2 58'58
01.  Choralvorspiele “Erbarm' dich mein, o Herre Gott” BWV721 4'25

Concert in A minor BWV593 from “Antonio Vivaldi”
02.  (no tempo indication) 4'21
03.  Adagio cantabile 3'41
04.  Allegro 4'13

Pastorella in F BWV590
05.  1.  bewegung 2'33
06.  2.  bewegung 2'34
07.  3.  bewegung 2'23
08.  4.  bewegung 4'35

Concert in G BWV592 from “Prince Duke Johann Ernst of Saxony”
09.  (no tempo indication) 3'30
10.  Grave 2'09
11.  Presto 2'03

Partite diverse über “Sei gegrüßet, Jesu gütig” BWV768
12.  Thema 1'51
13.  Var.1 2'57
14.  Var.2 1'14
15.  Var.3 0'56
16.  Var.4 1'22
17.  Var.5 1'21
18.  Var.6 1'27
19.  Var.7 1'46
20.  Var.8 1'13
21.  Var.9 1'19
22.  Var.10 5'10
23.  Var.11 1'43

Ivan Ronda
at the Silbermann organ (1761) of Arlesheim Dom

Recording: 22-23 July 2012, Dom of Arlesheim, Switzerland


 作曲家情報

1703-1703 ヴァイマール (半年間在職)

仕事
宮廷楽士(弦楽器奏者)。宮廷オルガン奏者、ヨハン・エフラー[1643-1711]の助手を務めた可能性も。
雇主
ヨハン・エルンスト3世 [1664-1707]。
場所
神聖ローマ帝国、ザクセン=ヴァイマール公国、ヴァイマール(人口約5千人)。
職場
ヨハン・エルンスト3世の宮殿。通称「赤い城」。
年俸
27グルデン9グロッシェン(約14万円相当)。従僕待遇。

1703年、18歳を迎えるバッハは初めて就職に成功。当時のザクセン=ヴァイマール公国では長子相続制度が未導入だったため、ヨハン・エルンスト3世は、2歳年長の実兄ヴィルヘルム・エルンスト公と共に共同で統治。しかし、アルコール依存症だったため、実際には統治せず。

1703-1707 アルンシュタット (約4年在職)

仕事
教会オルガン奏者。
雇主
アルンシュタット市参事会。
場所
神聖ローマ帝国、シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国、アルンシュタット(人口約3,800人)。
職場
「新教会」。
年俸
50グルデンの現金+飲食費・宿泊費30グルデンの計80グルデン(約40万円相当)。結婚式、葬儀など特別な行事での演奏では臨時手当も支給。

1703年7月、オルガン試演により採用が決定し、翌8月から勤務。若かったバッハは血気盛んで、路上の喧嘩で喚問されたり、ブクステフーデをリューベック(人口約2万人)に聴きにいって心酔し、4週間の休暇を4か月無断で延長して喚問されるなどしながらも、1707年6月に辞表を提出するまで約4年間在職。アルンシュタットはバッハの一族が多く暮らした街でもありました。

1707-1708 ミュールハウゼン (約1年在職)

仕事
教会オルガン奏者。
雇主
ミュールハウゼン市参事会。
場所
神聖ローマ帝国、帝国自由都市ミュールハウゼン(人口約7,500人)。
職場
「聖ブラジウス教会」。
年俸
85グルデン(約43万円相当)の他に、穀物や薪も現物支給。結婚式、葬儀など特別な行事での演奏では臨時手当も支給。

1707年4月、オルガン奏者死亡による後任公募試験に合格。1707年6月に契約し、市の記念行事用のカンタータが市参事会により出版(バッハ初の楽譜出版)。9月に母の兄が死去し50グルデンの遺産を相続。10月、又従姉妹のマリア・バルバラ・バッハ[1684-1720]と結婚。翌1708年6月に辞表を提出するまで約1年間勤務。

1708-1717 ヴァイマール (約9年在職)

仕事
宮廷オルガン奏者、宮廷楽士(弦楽器奏者)。
雇主
ヴィルヘルム・エルンスト [1662-1728]。
場所
神聖ローマ帝国、ザクセン=ヴァイマール公国、ヴァイマール(人口約5千人)。
職場
聖マルティン宮廷教会(城教会)とヴィルヘルムス宮殿。
年俸
金貨150フロリン(約75万円相当)の他に、穀物約450kg、大麦約320kg、ビール約300リットルと、薪4立方メートルが現物支給。1716年には268フロリン(約134万円相当)に昇給。

1708年6月、オルガン試演に招かれた際、領主ヴィルヘルム・エルンスト[1662-1728]に、現職の宮廷オルガン奏者ヨハン・エフラーの後任を打診され承諾。ヴィルヘルム・エルンスト公所有のヴィルヘルムス宮殿(通称「黄色い城」)の中にある「城教会」のオルガニスト、および宮廷楽士として雇われることになります。
  「城教会」は巨大な昇天オブジェにより「ヒンメルスブルク(天上の城)」とも呼ばれていた教会。バッハは多くのオルガン曲をヴァイマールで書き上げてもいます。


1723年、カルヴァン派職場からルター派職場へ
カルヴァン派プロテスタント(≒長老派、ピューリタン、ユグノー、フーセン等)は、教会ではなく聖書を重視し、教会への寄進も求めず、また、聖書には楽器や聖歌隊が登場しないことから教会音楽家を必要としないなど、教会音楽家によって盛大に神を賛美するカトリックやルター派プロテスタントとは著しく異なっていました。
  バッハがケーテン時代に数多くの世俗音楽を書くことができたのはそのためですが、しかしそれは主に教会音楽家として活動してきたバッハにとっては、ケーテン(人口約4千人)では得意分野であるオルガンもカンタータも無縁ということでもあり、ケーテンで仕事を始めてから2年11か月目の1720年11月にはルター派のハンブルク市(人口約8万人)にあるヤコブ教会のオルガニスト試験を受けたりもしています。ちなみに試験は合格でしたが寄付金が高いため辞退してケーテン勤務を継続。それから2年5か月後の1723年4月に辞表を提出し、間もなくルター派のライプツィヒに移り、以後、約27年間を過ごすことになります(それまでの通算はヴァイマール約10年、ケーテン約5年、アルンシュタット約4年、ミュールハウゼン約1年で約20年)。
 商品説明詳細ページ一覧

【複数作曲家】
女性作曲家たち
オランダのピアノ協奏曲集
イタリアのヴァイオリン・ソナタ集
イタリアのチェロ・ソナタ集

【バロック作曲家(生年順)】
バード [c.1540-1623]
スウェーリンク [1562-1621]
モンテヴェルディ [1567-1643]
カッツァーティ [1616-1678]
ルイ・クープラン [1626-1661]
クープラン一族
ブクステフーデ [1637-1707]
ムルシア [1673-1739]
グリューネヴァルト [1673-1739]
ダンドリュー [1682-1738]
J.S.バッハ [1685-1750]
スタンリー [1713-1786]
ヨハン・エルンスト・バッハ [1722-1777]

【古典派&ロマン派作曲家(生年順)】
ハイドン [1732-1809]
ミスリヴェチェク [1737-1781] (モーツァルトへの影響大)
ボッケリーニ [1743-1805]
モンジュルー [1764-1836] (ピアノ系)
ベートーヴェン [1770-1827]
クラーマー [1771-1858]
ジャダン [1776-1800] (ピアノ系)
リース [1784-1838]
ブルックナー [1824-1896]
マルトゥッチ [1856-1909]
マーラー [1860-1911]
トゥルヌミール [1870-1939]
ルクー [1870-1894]
レーガー [1873-1916]
ラフマニノフ [1873-1943]

【近現代作曲家(生年順)】
レーバイ [1880-1953] (ギター系)
マルティヌー [1890-1959]
ミゴ [1891-1976] (ギター系も)
サントルソラ [1904-1994] (ギター系も)
ショスタコーヴィチ [1906-1975]
ラングレー [1907-1991] (オルガン系)
アンダーソン [1908-1975]
デュアルテ [1919-2004] (ギター系)
プレスティ [1924-1967] (ギター系)
ヘンツェ [1926-2012]
坂本龍一 [1952-2023]
【指揮者(ドイツ・オーストリア)】
アーベントロート
エッシェンバッハ
カラヤン
クナッパーツブッシュ (ウィーン・フィルベルリン・フィルミュンヘン・フィル国立歌劇場管レジェンダリー)
クラウス
クリップス
クレンペラー (VOX&ライヴザルツブルク・ライヴVENIASボックス
サヴァリッシュ
シューリヒト
スイトナー (ドヴォルザークレジェンダリー)
フリート
フルトヴェングラー
ヘルビヒ (ショスタコーヴィチマーラーブラームス)
ベーム
メルツェンドルファー
ヤノフスキー
ライトナー
ラインスドルフ
レーグナー (ブルックナーマーラーヨーロッパドイツ)
ロスバウト
【指揮者(ロシア・ソ連)】
アーロノヴィチ
ガウク
クーセヴィツキー
ゴロワノフ
ペトレンコ
マルケヴィチ
【指揮者(アメリカ)】
クーチャー(クチャル)
スラトキン(父)
ドラゴン
バーンスタイン
フェネル
【指揮者(オランダ)】
オッテルロー
クイケン
フォンク
ベイヌム
メンゲルベルク
【指揮者(フランス)】
パレー
モントゥー
【指揮者(ハンガリー)】
セル
ドラティ
【指揮者(スペイン)】
アルヘンタ
【指揮者(スイス)】
アンセルメ
【指揮者(ポーランド)】
クレツキ
【指揮者(チェコ)】
ターリヒ
【指揮者(ルーマニア)】
チェリビダッケ
【指揮者(イタリア)】
トスカニーニ
【指揮者(イギリス)】
バルビローリ
【指揮者(ギリシャ)】
ミトロプーロス
【指揮者(日本)】
小澤征爾
【鍵盤楽器奏者(楽器別・生国別)】

【ピアノ(ロシア・ソ連)】
ヴェデルニコフ
グリンベルク
ソフロニツキー
タマルキナ
ニコラーエワ
ネイガウス父子
フェインベルク
フリエール
モイセイヴィチ
ユージナ
【ピアノ(フランス)】
ウーセ
カサドシュ
ティッサン=ヴァランタン
ハスキル
ロン
【ピアノ(ドイツ・オーストリア)】
キルシュネライト
シュナーベル
デムス
ナイ
レーゼル (ブラームスベートーヴェン)
【ピアノ(ハンガリー)】
ファルナディ
【ピアノ(南米)】
タリアフェロ
ノヴァエス
【チェンバロ】
ヴァレンティ
カークパトリック
ランドフスカ
【弦楽器奏者(楽器別・五十音順)】

【ヴァイオリン】
オイストラフ
コーガン
スポールディング
バルヒェット
フランチェスカッティ
ヘムシング
リッチ
レビン
【チェロ】
カサド
シュタルケル
デュ・プレ
トルトゥリエ
ヤニグロ
ロストロポーヴィチ
【管楽器奏者】

【クラリネット】
マンツ

【ファゴット】
デルヴォー(ダルティガロング)
【オーボエ】
モワネ
【歌手】
ド・ビーク (メゾソプラノ)
【室内アンサンブル(編成別・五十音順)】

【三重奏団】
パスキエ・トリオ
【ピアノ四重奏団】
フォーレ四重奏団
【弦楽四重奏団】
グリラー弦楽四重奏団
シェッファー四重奏団
シュナイダー四重奏団
ズスケ四重奏団
パスカル弦楽四重奏団
ハリウッド弦楽四重奏団
バルヒェット四重奏団
ブダペスト弦楽四重奏団
フランスの伝説の弦楽四重奏団
レナー弦楽四重奏団

Customer Reviews

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