Books

ナラティヴの被害学

阿部幸大

Product Details

Genre
ISBN/Catalogue Number
ISBN 13 : 9784867660713
ISBN 10 : 486766071X
Format
Books
Publisher
Release Date
April/2025
Japan

Content Description

なにが暴力で、なにが暴力でないのか。誰が被害者で、誰が加害者なのか。あなたはその当事者なのか、それとも部外者なのか──本書は「ナラティヴの被害学」という方法論によって、こうした暴力にまつわる諸問題に取り組む。

ある複雑な事象を、加害者たる「やつら」と被害者たる「われわれ」という二元論によって単純化するナラティヴは、暴力は「やつら」の問題なのだとわれわれに教える。そうしたナラティヴが、いかにわれわれの思考を、感情を、言動を、そして誰に同情し、誰を嫌悪するかを強力に規定しているか。ナラティヴの被害学とは、そのことをクリティカルに検討するための枠組みである。

いま、暴力を「やつら」の手から奪還し、加害性を社会全体に再配分せねばならない──まさしく暴力を回避するために。

昭和天皇裕仁「玉音放送」を皮切りに、トニ・モリスン『ビラヴド』、ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』、ハーマン・メルヴィル「バートルビー」、村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』、映画『トップガン』シリーズといった諸作品の分析をつうじて、本書『ナラティヴの被害学』は歴史理解における被害性と加害性の重層的なポリティクスを解きほぐす。

遊戯としての人文学から脱却し、人文学の存在意義をクリティカルに問う研究書の誕生!

本書は2024年に『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』(光文社)を上梓した筆者が、どのように論文執筆力を培ってきたのか、その成長過程を追った実践例集でもある。

各章は執筆の時系列順に並んでおり、また各章の扉には、章の概要(アブストラクト)に加えて、いつどのような経緯で執筆し、どの学術誌に投稿し、ときに落とされ、どのような改稿を経て掲載に至ったのか、さらには現時点から振り返っての容赦ない批判コメントも付した。

これは研究書であると同時に、世界で活躍する人文学徒のための教育書でもある。


【じっさいは複雑でそのように整理すべきではない事象を被害と加害の二元論によって単純化しつつ、問題を善き「われわれ」と悪しき「やつら」の対立へと還元し、暴力と加害を他者の領域に追いやる、そのようなナラティヴの諸効果を暴くために、そしていかにわれわれが意図せずそのようなナラティヴに毒されているのかを暴くために、被害学はある。[‥]いま、暴力を「加害者」の手から奪還し、加害性を社会全体に再配分せねばならない──まさしく暴力を回避するために。】‥‥「第1章 ナラティヴの被害学」より


■各章で論じる対象・作家・作品
「玉音放送」/ノラ・オッジャ・ケラー『慰安婦』/トニ・モリスン『ビラヴド』/ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』/デブラ・グラニク『足跡はかき消して』/ハーマン・メルヴィル「バートルビー」/『トップガン』シリーズ/村上春樹‥

【著者紹介】
阿部幸大 : 1987年、北海道うまれ。筑波大学人文社会系助教。専門は日米文化史。2023年に博士号取得(PhD in Comparative Literature)。人文社会系では初となる筑波大学発ベンチャー、株式会社Ars Academica代表。論文指導をはじめとする研究コンサルティング事業を展開する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

Customer Reviews

Comprehensive Evaluation

☆
☆
☆
☆
☆

0.0

★
★
★
★
★
 
0
★
★
★
★
☆
 
0
★
★
★
☆
☆
 
0
★
★
☆
☆
☆
 
0
★
☆
☆
☆
☆
 
0

Book Meter Reviews

こちらは読書メーターで書かれたレビューとなります。

powered by

  • ラウリスタ〜

    『まったく新しいアカデミック・ライティング』の阿部幸大がアメリカのトップジャーナルなどに英語で書いた論文を、日本語にしてまとめたもの。それぞれに今から見た評価が書いてあって面白い。アメリカの現代文学(映画)をベトナム戦争のトラウマを乗り越えようとするナラティヴであると批判することがベース(それの応用として村上春樹と日中戦争)。その体制的語りを補強する(トップガン、オブライエン)のか、それを覆そうとするのかで作品への評価を決める。一見保守的に見える作品にもそれを覆す要素があると無理に褒めることに悩み出す。

  • 烏山千鳥

    暴力を正当化忘却化させるナラティヴがある。それを気づき批判し自らを省みる、その手掛かりになる論文集でたいへん面白かった。キーワードはアメリカ例外主義、ポストメモリー(ハーシュ(ヒルシュ?))、部外者の倫理的な応答可能性。特にトラウマ当事者の普通には語り得ないナラティヴを断片的に受け取り理解していくこと、自らの加害性を引き受けることは、色んな作品で感じてきた大きなテーマだったので、個人的な感覚にもフィットした解釈で勉強になった。

  • takao

    ふむ

  • 人文学に無縁な自分でも十分に楽しめた。前著「まったく新しい〜」で解説されていたテクニックや考え方が随所で読み取れ、各章を比較することで更に面白みが増した。当方平成生まれの日本人としては、やはり第9章の「ねじまき島」論が現実味をもって感じられ、表紙でも言及されている「加害性の再配分」という阿部さんの大目的に、読者として、当事者意識が芽生えたと思う。ほか、エコロジーなどの個人的に気になるワードを拾えたのもよかった。read moreとして、河合隼雄と村上春樹の対談本を読んでみる予定。

  • ずー

    1、3、9章を拾い読みした。日本の歴史認識に関する話題を見ると、自分が加害者になった場合の「応答性」をなんでこんなにも”われわれ”は放棄してしまうのか、と常々思う。第3章が特に興味深かった。結局、加害に対して真に「応答する」ということは、内面からしか発生し得ない。ケラー『慰安婦』をぜひ読んでみたいと思ったが、邦訳が出ていないっぽいのが残念である。出てない理由はまあ想像はつくが、日本でこそ出版すべきなのではないか。出版社の方、お願いします

レビューをもっと見る

(外部サイト)に移動します

Recommend Items