
古典からプリペアド・ピアノまで辿るユニークなアルバム
トランシルヴァニアの作曲家、チャバ・シャボー:ソロ・ピアノ作品全集
ヨージェフ・バログ(ピアノ)
ハンガリー的アイデンティティ
良質な民謡の宝庫でもあるトランシルヴァニアは、領有国家が第2次大戦後にハンガリーからルーマニアに移っていますが、諸事情から弾圧などおこなわなかったため、住民のアイデンティティはハンガリー人のままでした。それゆえに彼らのハンガリー民俗音楽へのこだわりにも強いものがあり、このCDの作曲家、シャボーも、当初は民俗楽団の指揮者として活躍し、教職に就いてからも音楽のほかにハンガリー語のリズムとイントネーションについて教えていました。
民謡採譜の限界と対応策
また、シャボーは、西洋音階の「平均律」による民謡の採譜では、音符の横に、その音よりも実際に高いか低いかを示す矢印を書き込んで対応するなど、記譜的な限界があることは明白としており、民謡の複雑で曖昧な音に対応するには、プリペアド・ピアノの曖昧な音がかえって都合がよいとも考えていました。
見事な仕上がりのプリペアド・ピアノ音楽
このアルバムの最後の2曲、「放浪の曲」と「遠ざかって」では、低音の不気味な轟音から、チェンバロやチェレスタのような澄んだ音まで駆使したプリペアド・ピアノの音で故郷の民謡に迫っています。しかも「遠ざかって」では、バルトーク採譜作品からの引用を変容させるという手の込んだことをしています。
オマージュ系作品の楽しみ
トラック10の「バガテル 謝肉祭の最後の場面」は、まるで「ペトルーシュカ」へのオマージュのようで、トラック19の「運命とのダンス」は、サン=サーンス「サムソンとデリラ」バッカナールへのオマージュのような迫力作品となっています。
▶
Brilliant Classics 検索
作曲者情報
チャバ・シャボーは、1936年にハンガリー王国領トランシルヴァニアのアーコシュファルヴァ(現ルーマニア中部アーカツァーリ)で誕生。生地のトランシルヴァニアは戦後ルーマニア領となりますが、住民の多くはハンガリー人。
シャボーは戦後、生地近くのマロシュヴァーシャールヘイ音楽学校に通って1953年に卒業すると、生地の北東約90kmに位置するクルージュ=ナポカ(ハンガリー語ではコロジュヴァール)のゲオルゲ・ディマ音楽院に学び、1959年に卒業。のゲオルゲ・ディマ音楽院では、コダーイの弟子であるガーボル・ヨダールとヤーノシュ・ヤガマシュというハンガリー人作曲家から指導を受けており、日常の言語もハンガリー語でした。
卒業の年には、生地近くのトゥルグ・ムレシュ(ハンガリー語ではマロシュヴァーシャールヘイ)で、トランシルヴァニアのハンガリー人民俗音楽を扱う「国立セーケイ民俗アンサンブル」の指揮者となり、1967年まで在職。
1963年からは、クルージュ=ナポカのイシュトヴァーン・セントギェルギ芸術大学で、音楽理論、音楽史、ハンガリー語のリズムとイントネーションを教えながら作曲家としても活動。
しかし、1987年にルーマニア当局に対してハンガリーへの移住を伝えて退職すると、シャボーの作品は国の作品リストから削除されています。
ハンガリーに移住してからは、オーストリアとの国境近くの町、ソンバトヘイのダーニエル・ベルジェニー教員養成大学の芸術学部で、1988年から亡くなる2003年まで教えています。2003年5月、ブダペストのファルカシュレーティ墓地に埋葬。

作品情報
◆ バロック・ロンド(トラック1)
初期作品。名前の通り、バロック風で楽し気な作品。
◆ ヴィヴァーチェとトリオの習作(トラック2)
初期作品。スケルツォ風な3部形式の小品。
◆ 5つの変奏曲(トラック3〜8)
初期作品。全部で3分半ほどの小さな変奏曲ですが、イマジネーション豊かです。
◆ スケルツァンド(トラック9)
初期作品。民俗音楽的要素も取り入れたスケルツォ風な3部形式の小品。
◆ バガテル 謝肉祭の最後の場面(トラック10)
初期作品。ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」へのオマージュのような作品。
◆ 小組曲(トラック11〜14)
1957年作曲。「碑文」「緩徐楽章」「男たちの踊り」「ハンガリーのトッカティーノ」の4曲で構成。「ハンガリーのトッカティーノ」では鮮やかなヴィルトゥオジティを打ち出しています。
◆ 4つの小品(トラック15〜18)
1961年作曲。「レチタティーヴォ」「モーツァルトへのオマージュ」「ロッキング」「ダンス」の4曲で構成。
◆ 運命とのダンス(トラック19)
1953年作曲。サン=サーンス「サムソンとデリラ」バッカナールへのオマージュのような迫力作品。
◆ パルランド、ジュスト・エ・コラール(トラック20)
1973年作曲。前衛的な雰囲気や特殊奏法が楽しい作品。そのコミカルな様子はアヴァンギャルド本来の奇抜な効果狙いのまさに正しい(ジュスト)用法かもしれません。
◆ 放浪の曲(トラック21)
1973年作曲。副題は「私がチークを去った時」。シャボーの生地はチーク県に隣接しており、チーク民謡の影響圏でもありました。民謡は平均律よりも先に誕生していたため、その音をシンプルな平均律の楽譜上で正確に再現することは困難な場合も多く、シャボー自身も楽譜の音符の横に、その音よりも高いか低いかを示す矢印を書き込んで対応していました。こうした複雑で曖昧な音を扱うには、プリペアド・ピアノの曖昧な音程はかえって都合がよく、工夫次第で低音の不気味な轟音から、チェンバロやチェレスタのような音さえ出てくる発音の変異ぶりもシャボーには嬉しいことだったようです。
◆ 遠ざかって(トラック22〜30)
1981年、バルトークの生誕100周年を記念して作曲。民謡採譜に熱心だったバルトークを称えるため、バルトークの「チーク県の3つの民謡」の第1曲を素材として、プリペアド・ピアノのための8つの変奏曲を展開。主題そのものはハーモニーで提示され、変奏が進むにつれて、ますます断片化された形で、より遠くから、さまざまな音色や打楽器的な効果によって聴こえてきます。ある瞬間には、ピアニスト自身が鍵盤を叩く乾いた伴奏に合わせて鼻歌を歌い、またある瞬間には、ピアノの弦と弦の間に紙を挟んだような効果音で幽霊のような音も出しています。最後の変奏では、複雑な音楽的プロセスを総括するかのように、鍵盤のクラスターとピュアなピアノの響きを示すなど、革新的なピアノの効果と、変化に富んだスタイルが提示されています。
演奏者情報
◆ ヨージェフ・バログ(ピアノ)
1979年、ブダペストで誕生。リスト賞とライタ賞を受賞したピアニスト、バログは、リスト、ドホナーニ、バルトークによって築かれたハンガリーのピアニストの伝統を受け継いでいます。その華麗なテクニックと音楽性により、標準的なレパートリーに加え、あまり知られていない曲にも取り組んでおり、現代作品も数多く初演。
バログは、ソリストおよび室内楽奏者として、3大陸25カ国以上で1,000回以上のコンサートに出演。
CDは、Hungaroton、Brilliant Classics、Convention Budapest Classic、Polskie Nagrania Muzaなどから発売。

トラックリスト (収録作品と演奏者)
チャバ・シャボー[1936-2003]
ソロ・ピアノ作品全集
1.
◆ 「バロック・ロンド」 1'21
2.
◆ 「ヴィヴァーチェとトリオの習作」 2'26
◆ 「5つの変奏曲」
3. 主題 0'30
4. 第1変奏 0'25
5. 第2変奏 0'26
6. 第3変奏 0'46
7. 第4変奏 0'25
8. 第5変奏 0'54
9.
◆ 「スケルツァンド」 1'58
10.
◆ バガテル「謝肉祭の最後の場面」 1'29
◆ 「小組曲」
11. 碑文 1'35
12. 緩徐楽章 1'20
13. 男たちの踊り 0'44
14. ハンガリーのトッカティーノ 1'11
◆ 「4つの小品」
15. I.レチタティーヴォ 1'11
16. II. モーツァルトへのオマージュ 1'12
17. III. ロッキング 1'33
18. IV. ダンス 0'53
19.
◆ 「運命とのダンス」(エンドレ・アディの詩に触発された音楽) 3'47
20.
◆ 「パルランド、ジュスト・エ・コラーレ」 9'00
21.
◆ プリペアド・ピアノのための「放浪の曲」(私がチーク県から出発したとき) 3'59
◆ 「遠ざかって」(バルトーク:「チーク県の3つの民謡」の第1曲によるプリペアド・ピアノのための8つの変奏曲)
22. 主題 0'46
23. 第1変奏 0'53
24. 第2変奏 1'01
25. 第3変奏 1'00
26. 第4変奏 1'33
27. 第5変奏 1'23
28. 第6変奏 1'49
29. 第7変奏 1'11
30. 第8変奏 1'52
ヨージェフ・バログ(ピアノ)
録音:2022年9月5〜-7日、ブダペスト、音楽学研究所
Track list
Csaba Szabó 1936-2003
Complete Solo Piano Works
1. Baroque Rondo 1'21
2. Studies Vivace e Trio 2'26
Five Variations
3. Theme 0'30
4. Variation 1 0'25
5. Variation 2 0'26
6. Variation 3 0'46
7. Variation 4 0'25
8. Variation 5 0'54
9. Scherzando 1'58
10. Bagatel The Last Scenes of Carnival 1'29
Little Suite
11. Inscription 1'35
12. Slow Movement 1'20
13. Men's Dance 0'44
14. Toccatino Ungharese 1'11
Four Miniatures
15. I. Recitativo 1'11
16. II. Hommage a W.A. Mozart 1'12
17. III. Rocking 1'33
18. IV. Dance 0'53
19. Dance with the Fate 3'47
Music inspired by one of the poems of Endre Ady
20. Parlando, Giusto e Corale 9'00
21. Roaming Tune (for prepared piano) 3'59
(When I Started from Csík)
Moving Away
Eight variations for prepared piano on the I. movement of the Three Folk Tunes from Csík County by Béla Bartók
22. Theme 0'46
23. Variation 1 0'53
24. Variation 2 1'01
25. Variation 3 1'00
26. Variation 4 1'33
27. Variation 5 1'23
28. Variation 6 1'49
29. Variation 7 1'11
30. Variation 8 1'52
József Balog piano
Recording: 5-7 September 2022, Institute for Musicology, Budapest, Hungary
