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新幹線の車中、デッキで得意先と話していた会社員・岩永明広は、母と離れ一人旅の寂しさに泣きべそをかいている少年に出会った。どこかで見た光景だと思った途端、車内は昭和32年当時の客車に変わっている。窓に泣き顔をくっつけている少年、それは、44年前の明広本人だった。
戦後まもない広島で、原爆症の父親を亡くし、居酒屋で懸命に働く母に育てられていた明広は、母の元を一人離れ、佐賀にある祖母の家で暮らすことになった。夫の死後7人の子供を育て上げた祖母は、今も現役の掃除婦として働き、かなり古くなった家で一人暮らしをしていた。夜遅く、広島から到着したばかりの明広を迎えた祖母は、長旅への労いもなく、一言「ついてきんしゃい」。戸惑う明広を、粗末な離れの小屋に連れていき、「明日から明広がゴハンば、炊くとやけん、よう見ときんしゃい」と、火吹き竹を手渡した。こうして、明広とばあちゃんの暮らしが始った。朝4時、ばあちゃんに起こされ、ご飯を炊く。ご飯が炊けたら、家の裏に流れる川に行き、水面に張った棒に引っかかっている野菜を集める。川には上流にある野菜市場で売り物にならない曲がったキュウリや野菜の切れ端が流れてくるのだった。「川は、うちのスーパーマーケット」と、ばあちゃんは笑う。
ばあちゃんと二人きりの貧乏暮らしだったが、大好きな母に心配させまいと明広は必死に頑張った。やがて学校にも馴れた明広が、友達といっしょに剣道を習いたいと頼むと、ばあちゃんは「金がかかるなら、やめときんしゃい」と許さない。それなら剣道より安く済む柔道がやりたいと、明広も食いさがるが、「やめときんしゃい」。それでもどうしてもスポーツがしたい明広に、ばあちゃんが出したアイデアは、ずばり、「走りんしゃい」。「走る地べたはタダ、道具もいらん」というわけだ。半分だまされた気分だった明広は、それでも毎日、運動場を走り続けた。ついには学校で一番速いランナーになった。
中学に入ると、野球部で明広はキャプテンとなり大活躍。勉強はさっぱりだが、ばあちゃんのおかげで、たくましい少年に育った明広。やがて、佐賀での暮らしも終わろうとしていた・・・。
Other Editions
Footage
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・ 佐賀のがばいばあちゃん
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・ メイキング
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・ /1)吉行和子の「ばあちゃん」ができるまで
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・ /2)ばあちゃんの舞台はこうして作られた
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・ /3)3人の明広、がばい奮闘記
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・ キャストインタビュー(島田洋七/吉行和子/浅田美代子/工藤夕貴/倉内均監督)
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・ 舞台挨拶(九州篇/全国篇)
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・ 予告篇
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・ テレビスポット(30秒/15秒)
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・ フォトギャラリー
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