万感の想い! 樋口紀美子が弾く『英雄ポロネーズ』
「バッハやドビュッシー、メシアンも良いが、やはり樋口紀美子は第一級のショパン弾きである。33年にも及ぶ長いベルリンでの活動において、シュナーベルの高弟として知られるリーベンザームから確固たるヨーロッパの伝統を受け継いだ彼女は、ショパンの名手チェルニー・ステファンスカにも師事したが、現代的でインターナショナルな名技性は、ウルグアイ出身の伝説的名ピアニスト、ディノラ・ヴァルジに負うところが大きい。ヴァルジの実演を聴いたこともある私は、今回そのことを確信した。
N&Fからリリースされた彼女のショパンは、ソナタ第3番を中心とした「ノアンの思い出」、ショパンにおけるバッハの影響を感じさせる「練習曲集作品10」がある。ノアンは、ショパンが女流小説家ジョルジュ・サンドとともに滞在した避暑地で、このCDの各曲もそこで作曲されたものばかりなので、「ノアンの思い出2」といっても良いのだが、あの「英雄ポロネーズ」があることから、それを題名に使った。
私どもの家では、この作品は特別な意味を持っている。祖父樋口季一郎は陸軍軍人で、戦前にワルシャワ駐在武官だったが、ワルツの名人として社交界の人気者となるなど異色の人物で、特にショパンの音楽を好んだ。最後は第5方面軍司令官として北海道をソ連の侵攻から守ったことが知られている。母ウタ子が19歳で樋口家に嫁いだ1945年2月、祖父は幕僚たちの前で母に「英雄ポロネーズ」を弾かせたという。ロシアに蹂躙され続けてきたポーランドの歴史とショパンの望郷の思いを聴かせ、幕僚たちに祖国防衛の心構えをうながしたのだろう。このころスターリンはヤルタ会談でルーズベルトに日本分割占領を要求しており、おそらくその情報は祖父の部下でスウェーデン駐在の小野寺信武官から祖父にもたらされていた。戦後も、幼い紀美子が弾くショパンに目を細めていた祖父を思い出す。
2022年10月、祖父の故郷淡路島の伊弉諾(いざなぎ)神宮に祖父の銅像が建立されたが、記念演奏を頼まれた紀美子は、万感の想いを込めて「英雄ポロネーズ」を弾いたのだった。」(メーカー資料より)
【収録情報】
ショパン:
● ポロネーズ第6番変イ長調 Op.53『英雄』
● バラード第3番変イ長調 Op.47
● ポロネーズ第7番 変イ長調 Op.61『幻想』
● 夜想曲 第13番ハ短調 Op.48-1
● 夜想曲 第14番嬰ヘ短調 Op.48-2
● 夜想曲 第17番ロ長調 Op.62-1
● 夜想曲 第18番ホ長調 Op.62-2
樋口紀美子(ピアノ)
録音時期:2023年10月2,3日
録音場所:埼玉県、川口リリア「音楽ホール」
録音方式:ステレオ(デジタル)
【樋口紀美子 Kimiko Higuchi, piano】
6歳より母の手ほどきでピアノを始める。藤田晴子、田辺 緑、岡部守弘、永井 進、神西敦子、K.ヘルヴィッヒ、H.E.リーベンザーム、G.アゴスティ、H.C.ステファンスカ、W.ブランケンハイム、ディノラ・ヴァルジの各氏に師事。1974年渡独。エッセン国立音楽大学、ベルリン芸術大学、ザールブリュッケン国立音楽大学演奏家コース卒業。1977年、イタリアのフィナーレ・リグレ国際ピアノコンクールにて3位入賞。以来、ドイツ、スイス、イタリア各地で数多くのリサイタルを行う。1980年スイスのルガノ国際ピアノコンクール「スケルツォ特別賞」。1981年より一時帰国しては東京にて15回のピアノ・リサイタルを開催。「音楽芸術」「音楽の友」「ムジカノーヴァ」「ショパン」各誌で高い評価を得る。1985年東京交響楽団とラフマニノフの協奏曲第2番を共演。1993年10月にはマーラー『大地の歌』ピアノ版を邦人ステージ初演し、「音楽の友」のコンサート・ベストテンにノミネートされるなど絶賛を博す。1988年よりベルリンのフィルハーモニー、カンマームジークザールを中心に 9回のリサイタル(ハンス・アードラー主催)で成功を収め、ベルリン・ピアノ界の常連としての地位を確立した。1993年の演奏会はベルリン最大有力紙「デア・ターゲス・シュピーゲル」の批評欄で「微笑む理性」と絶賛された。1994年9月、イタリアのシチリア島におけるイブラ・グランプリ国際ピアノコンクールでプロフェッショナル・ピアニスト部門入賞。
1997年リスト・プログラムでCDデビュー、好評を博す。ピアノ教育者としては、ドイツ青少年コンクール、ベルリンとハンブルクのスタインウェイ・ピアノコンクール、ケーテンのバッハ・ピアノコンクールなどで常に上位入賞者、オーケストラとの再度にわたる共演者を出すなど異例の成功を収め、高い評価と注目を集めている。ベルリン教会音楽大学ピアノ科講師、ベルリン市立音楽学校ピアノ科および室内楽科講師などを歴任。ピティナ・ピアノコンペティション、ベルリン・スタインウェイ・ピアノコンクール審査員。2005年よりドイツ音楽芸術家連盟ベルリン正会員。2007年7月、33年のドイツ滞在を終えて帰国。 2008年6月、浜離宮朝日ホールでの帰国記念リサイタルを機に、オーケストラとの共演、日本各地でコンクールの審査、講演、公開レッスン、演奏活動を活発に展開している。昭和音楽大学非常勤講師。 2012年帰国後初のCD「ドビュッシー12のエチュード全曲」、2014年ショパン・プログラムによる「ノアン の思い出」、2017年「ショパン練習曲集作品10、夜想曲選」、2018年脇岡洋平との共演「ドビュッシー2台ピアノのための3つのオーケストラ作品」をリリース。「CDジャーナル」「レコード芸術」など各誌で絶賛を博す。(販売元情報)