hayato kaori ロング・インタビュー
Wednesday, October 7th 2009
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約1年半ぶりとなる2ndアルバム『Lindas』では完全リオ・デ・ジャネイロ録音を敢行。マルコス・ヴァーリ、セルソ・フォンセカ、マリオ・アヂネーらブラジル音楽界のビッグネームとの共演が実現したこだわりの銘品。名匠による贅沢なまでの生音が心地よいアレンジメント、バウンシーでみずみずしい日本語詞にさらに息吹を与えるその歌声。すべてがここにしかないもの。
リラックスしたリオの現場で幾つもの奇跡を経て生まれた『Lindas』。今回はその制作でのエピソードをはじめ、作品に込められた思いなどをじっくりと語っていただきました。
hayato kaoriという人がどんなに高い意思を持っていて、どれほど音楽に対して誠実か。音を聴いて想像はしていたけれど、まさかここまでとは。
- --- 新作『Lindas』では、マルコス・ヴァーリ、セルソ・フォンセカ、マリオ・アヂネーといったブラジル〜ボサノヴァ界の重要なアーティストたちがアレンジを担当されていますね。前作(『Pluma』)では打ち込みサウンドを取り入れる試みもありましたが、今回は?
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まったくないです。今回は純粋な生音のよさで作りたくて。
今のJ-POPって打ち込みが多いので、ひょっとしたら若い世代のコたちは生音の良さを知らないんじゃないかと。例えばトランペットの音なのかフリューゲルホルンの音なのかわからない、とかね。微妙な違いですけど。いくら(録音やミックスの)技術が発達しても、音圧のことをいうと打ち込み音は生音に負けるんです。
『Lindas』ではそういう意味での贅沢さ、耳にとっての高級な響きを実現できてる。私自身がこれを作れて本当にシアワセだったなっていうくらい。生音のほうがどうしても手間もかかるし大変なんですけど、本当に音の重圧のおいしいアルバムになっているので、音の厚みや広がりを楽しんでもらいたいです。 -
--- もしかしたら今そのJ-POPを聴いている若い人たちにとっても、『Lindas』が生音の良さを知るきっかけになるかもしれないですよね。
リオ・デ・ジャネイロでのレコーディングはいつ頃、どのくらい行かれていたんですか? -
昨年の11月末に行って、帰ったのが去年のクリスマス前だから・・・1ヶ月くらい行っていました。純粋にスタジオに入っていたのは2週間です。
- --- ブラジルの風土や気候、例えば風が乾いているとか湿っているとか、やはり日本とは違うと思うのですが。そういうものが音に影響を及ぼしたりするんでしょうか。
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そうですね・・・ブラジルに行って録った、というのが私にとってはとても重要なことで。私の求めていたハーモニー、リズム、メロディというものをしっかり表現するなら、“血”という部分でいうとやっぱり実際に作ったブラジルの張本人じゃないと無理だろうって。
それに不思議ですけど、その風とか、そういう目に見えないものってレコーディングのマイクに入ってきちゃうんですよ。
遺伝子的なことや、言葉で説明できないような部分ってやっぱり日本だとどうしても表現できない。ブラジルでレコーディングしたことで、ブラジルの現役のアーティストたちの純粋な要素と、その風土や風のような目に映らない部分も表現できたと思います。 - --- やはり日本で録った音とはちょっと違う開放感があるアルバムですよね。バスや電車に乗りながらミュージックプレーヤーで聴いていても、どんな場所にいても、どんな風景にもぴったりハマるんです。
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“いい音楽”って、「自分を置いていかないで鳴る」っていうのかな・・・遠くで鳴っていても、聴いている人を取り囲むように・・・まるで自分の中で鳴っているような。それはおそらく音自体が“自分の風景”になっているんですよね。だからどこにいても「置いていかれた感」がない。
いい音楽、上質な音楽というものはやっぱり精神を細やかに作らないといけないと思っています。そもそも曲って、ミックスにこだわらなくても聴けることは聴けるんですよ。だけど純粋に音楽で感動させたい、「ここちよい」「きもちいい」と感じて欲しいって思ったら、ミックスとか細かい部分で工夫したほうが聴く人がちゃんと「音楽を聴いてる」って実感できるんだと思うんです。ただ言葉とかメッセージを受け取るんじゃなくて、“音楽”として成立しているという感じ。 - --- 確かに、今ほどミックスや録音の技術が発達していなかった60〜70年代にもいいアルバムはたくさんありますもんね。
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そう。実は今のほうがそういう細かい部分が大事にされてなかったりすると思うんです。今流行っている音楽は、言葉の強さだけに頼っている気がする。でも「音楽」なんだから、“言葉”と“音”というものがぴったり背中合わせになっていないといけなくて。
60〜70年代だとたぶん2、3チャンネルしかなかったから、きっと「せーの」で録って、「もうちょっとベースが大きいほうがいい」って言われたらベーシストが一歩前に出て(笑)そんな感じで録ってたと思うんですよ。だから60〜70年代のほうが(録音技術は)進歩してなかったけど、そのぶん神経は使ってたと思いますね。音に神経を使って音楽作りをしてる人は、その頃よりも減っているんじゃないかな。
宮田茂樹さん(=今回のプロデューサー)はそういったサウンド面での繊細さをすごく上手に表現される方なんです。細かい部分にこだわらなきゃこだわらないでも作れるけど、どっちが人間的か?って。
人間って、言葉じゃなくて「音」、つまりゆたかなメロディとかハーモニーに対して欲望があると思うんですよ。それを聴いたら気持ちいい、それを求めちゃう、っていう人類共通の遺伝子を持ってる。だからクラシックもずっと昔から途絶えない。今回宮田さんと一緒に仕事をしてみて、そういうことに気づきました。だから前作に比べたら本当に成長できたと思います。

- --- マルコス・ヴァーリを筆頭に、一緒にやりたいと思ってもなかなか叶わない大物がズラリと名を連ねていますね。今回どういう経緯で彼らと一緒にやることになったのですか?
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まず、私が昔から聴いていたポルトガル語の歌に日本語の詞をのせて歌いたいという構想はけっこう前からあったんです。私だけかもしれないですが、昔から、ずっと聴いていたブラジルの曲を勝手に日本語に訳して日本語で歌っちゃったり、ポルトガル語のニュアンスから思いついた日本語をのせて無意識に「すきーすきーすきー♪」って歌ってたりしていました。私にとってはそれがすごく自然なことだったんです。
だからいつかそういうことをやってみたい、せっかくやるならブラジルに行って張本人たちとやりたい!ていう贅沢な、だけどゆずれない願いがあって。でも、まったくツテがない。そこで宮田さんにまず会って、私のやりたいことを伝えたら「同じようなことをしたいと思ってた」「じゃあ一緒にやろう」ということになって。宮田さんはブラジルのミュージシャンからも凄く信頼を得てる方だから、彼がそのツテを持ってた。そこでようやく私の願いと手段が揃ったんです。
宮田さんはマルコスとも、セルソやドナート、マリオ・アヂネーとも昔からの友達で、そこからまた向こうのアーティストを紹介してもらって・・・ブラジルのアーティストってみんな知り合いなんですよ。みんな繋がってるんです。彼らはお互いに尊敬しあって認め合っていて、しかもコラボレーションも本当に気軽にやっちゃう。だから1人知っていればくもの巣みたいにバァーッとツテが広がっていく感じなんです。今回は本当に、宮田さんを通して自分のやりたいことが全て実現できたという感じですね。
夢って、思ってるだけじゃ実現しないじゃないですか。でも「どうしてもやりたい!」という意思があったからこそ手段を持っている人に出会えた。本当にラッキーだったと思います。運命ですね。
もしかしたら、日本でこういうものが聴きたいと思っている人たちの鬱憤が空気上にたまって、その願いが神様に届いて、神様が「仕方ないなぁ」って選出したのが私だったとか(笑)。 - --- (笑)。だけどそれって、最初からhayatoさんに決まっていたかのような気さえします。そういう星のもとに生まれたんじゃないかと。
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そういえばレコーディング中も“必然的な瞬間”をたくさん経験しましたね。そういう意味でも音楽って神聖なものなんだなって思います。
例えばセルソとは初対面だったんですが、初めて会った時に「なんかこの人と会ったことあるな」と思ったんですよ。そうしたらセルソのほうから「君、どっかで会ったことある?」って!!そういう不思議な、必然的な瞬間はいろいろありました。 - --- それだけの大物アーティストを前に、気負いや緊張はなかったですか?
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すると思ったんですけどねー(笑)。でも本当にフレンドリーな現場で。
彼らの国民性なのか、あるいは彼らが人としてものすごく出来ているからなのか、私は現場で自分が彼らより引けをとってると感じさせられることも全くなかったんです。本当に同じ立場でいられた。もちろん一緒にひとつの音楽を作るんですから、そこに差はあっちゃいけないんです。日本の現場だとどうしても遠慮してしまったり意思疎通がうまくいかなかったりするんですが、今回は本当に全員がひとつにまとまっていて。私も「こうしてください」と要望は言うんですけど、言うまでもなく全く同じこと考えててくれたりということはありましたね。「もうすこし速いタッチでお願いします」と言おうとしたら、次のテイクは言わなくてもそうなってたり。
それから、とにかく現場に笑い声が絶えない。もちろん、ものすごく高い位置で音楽に集中してるんだけど、集中してることで笑いが起こるし楽しくなる。子どもって、ただ走っているだけでも嬉しそうじゃないですか?走ること自体が喜びにつながっていて。そんな感じかな。ただ「音楽すること」を楽しんでいました。だから緊張するヒマがなかったですね。
ただマリオ・アヂネーのアレンジで歌う時、一瞬自分の能力に対して不安を持ったことはありました。『秋桜』という曲なんですけど、初めて歌うタイプのアレンジで、“私の知らない世界”だったから。それこそ半泣き。
でもこれも不思議なんですけど、ブースに立って、プレッシャーも自信のなさも全て忘れて歌おうって思った時に、自然と歌えちゃったんですよ。それもいちばんいい状態で。バックの演奏が素晴らしくて、言葉がのってなくてもすでにそこに感情やメッセージ性があって、濃密な音楽だったことがすごく助けになって、不安を乗り越えることができたんだなって思います。ほんとにその時くらいかな、プレッシャーを感じたのは。
- --- 実はその『秋桜』がいちばん好きなんです。
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ありがとうございます!私もすごいこの曲好きなんです。って、自分でいうのもおかしいですけど(笑)。この曲、作曲者のゴンサギーニャのヴァージョンはジャマイカ風のリズムなんですよ。
- --- え!?想像つかないです。この歌はもうhayatoさんヴァージョンのアレンジしかありえない!ってくらいに思ってますが。
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ありがとうございます。それハマッてるってことですよね。
じゃあもうひとつ言うと・・・『秋桜』は奇跡のレコーディングだったんですよ。この時ちょうど熱があって。38度2分くらいかな。でもなぜか、私の中で未知の世界に自分の精神を高めて歌えたんです。「魂が身体を離れて、音の世界で歌ってきた」みたいな。プロ根性じゃないですけど、あの状況だったから自分の実力以上のものが出せたっていうか。きっと熱が出てることすら気にならないくらい「音楽してた」んでしょうね。この曲も3回しか歌ってないんですが、もうそれこそ宮田さんが涙ぐんじゃうくらい十分ないい表現ができた。私ね、そこで熱出て良かったって思います。今思うとその熱も出るべくして出たんじゃないかな。 - --- なんだか『秋桜』のことばかり質問してしまい、すみません・・・
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いえいえ!今までなかなかそこを突っ込んで聞いてくれる人いなかったんですよ。だからこの曲のことをしゃべりたかったくらいなので嬉しいです。
本当にどれも聴いて欲しい曲だし、せっかくなら「私はこの曲がいちばん好き」と言ってもらえる曲がいっぱいあったほうが嬉しいじゃないですか。人それぞれ感受性とか響くものが違うはずなんだから。人によって響く場所が違うんだなって、作り手としてはそういう生の声が聴けて嬉しいです。
- 新譜hayato kaori / Lindas
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完全リオ・デ・ジャネイロ録音によるhayato kaoriの2ndアルバム。
ブラジルの名曲やなじみのあるポップスにhayato kaoriがみずみずしい日本語詞をのせ歌う、究極の和製ブラジリアンとも純良ポップスとも呼べるかつてなかった感触。マルコス・ヴァーリ、セルソ・フォンセカ、マリオ・アヂネーら名匠による贅沢なまでの生音が心地よいアレンジもまた白眉な、録音にもミックスにもこだわりまくった傑作が誕生。 さらに詳しい特集記事はコチラ
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- Lindas
hayato kaori - 2009年10月07日発売
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- Pluma
hayato kaori - 2008年03月26日発売

hayato kaori 隼人加織:
日本人の父とブラジル人の母を持つハーフ。
2001年16歳の時にインディレーベルYEEPより“Orha(オルハ)”の名前でデビュー。得意のファルセット・ヴォイスを活かした独自の歌唱や自らが手掛けた等身大の詞による独自の世界観で注目を集めた。テレビCMやラジオDJとしても活躍する等、多彩ぶり発揮。
2008年、自らのアイデンティティであるブラジル/日本両方の血を融合し、あらゆるジャンルを消化した新たな音楽を目指し、本名の隼人加織としてアルバム『Pluma』でメジャーデビュー。
2009年10月、完全リオデジャネイロ録音による2nd『Lindas』をリリース。
誕生日:6月22日
星座:かに座
身長:151cm
血液型:B型
好きな音楽:アントニオ・カルロス・ジョビン、ベベウ・ジルベルト、レニーニ、Kaleido、Chara、BONNIE PINK、AIR、椎名林檎、SUPERCAR、ルーファス・ウェインライト、The Cardigans、等
(ビタミン剤:Bon Jovi)
好きな映画:岩井俊二作品
好きな作家:安部公房

















