Tuesday, September 29th 2009
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Live At The Max 日本のストーンズ・ファンにとっては忘れることができない記念すべき初来日(1990年2月14日)となった「スティール・ホイールズ・ツアー」。その開催からおよそ20年、あの人気映像作品が待望の再発売決定。その「スティール・ホイールズ・ツアー」は、同年秋のヨーロッパ・ツアーではステージ・セットを変更し「アーバン・ジャングル・ツアー」として続行されたが、そのヨーロッパに「スティール・ホイールズ・ツアー」のステージ・セットを持ち込み、アイマックス方式で撮影されたのがこの映像作品。35分のツアー・ドキュメンタリーも収録予定。輸入盤DVDは、Blu-rayも。
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1989〜90年に、日本をはじめ世界各地で行なった「Steel Wheels Tour 〜 Urban Jungle Tour」を構成したコンサート・フィルムで、通常の35ミリ映画の10倍以上というアイマックス方式によって、実体験の白熱のコンサートとはまた違った迫力が味わえるというふれ込みで日本でも91年に劇場公開された作品。長らく入手困難の状態が続いていたが、遂に再発が決定。
ライブ・ショットは、ロンドンのウェンブリー・アリーナを中心に、イタリア・トリノ、ドイツ・ベルリンでのステージを収録。オープニングSE「Continental Drift」から「Start Me Up」のイントロにかけての巨大な爆発音と火柱をはじめ、ステージ・セットや演出がとにかく派手で豪華。監督は、セックス・ピストルズ「The Great Rock'n'Roll Swindle」、「No Future A Sex Pistols Film」、クラッシュ「London Calling The Life Of Joe Strummer」などロック・アーティスト関連の映画では定評のあるジュリアン・テンプル。
※アイマックス (IMAX) とは・・・・・カナダの映画映写システムの開発企業。もしくは、同社の映写システムの商標(「最大限の映像 (maximum image)」による)のこと。高画質を得るため、通常の35ミリの10倍以上、70ミリの3倍以上という、巨大なフィルム・サイズを採用し、独自の真空巻き上げシステムで水平に映写機に通すことによって、現在利用されている最も大きな映写システムよりもはるかに大きな映写映像を作ることを可能としている。立体音響も加わり臨場感あふれる画像を観客は体験できる。
一向に繋がらない”ぴあ”の電話回線に生涯最高レベルの憤慨指数を記録してから約20年。昨今は、インターネットや携帯電話の普及で、コンサート・チケットもだいぶ手に入れ易くなったかと思いますが、それこそ20年前は、自宅に一台しかない電話機にかじりついて朝から晩までリダイヤル・ボタンを連射、あるいは、チケットぴあ店頭に毛布片手に夜なべして並ぶという、今の時代からするとあまりにもアナログで野蛮な行為がチケット獲得の一般的な手段でした。現在でも一部の人気Jポップ・アーティストに関しては、チケットの”争奪戦”が行われているようですが、この当時の所謂外タレ・アーティスト、それもローリング・ストーンズ・クラスのプレミアム・チケットは、業界のコネなどがなければ絶対に入手不可能と言われていたのです。しかも、「幻の来日」騒動から17年、この時を待ってましたと鼻息を荒くする40〜50代のおっさんたちがバブル景気を巧みに使い、1万円という当時破格のチケット(巷の金券ショップではその10倍以上!)を買い占める暴挙に出れば、まだ中学生だった僕なんかは早々と争奪戦から離脱せざるを得なかったのです。
「ストーンズ来年5月初来日!ドームだけ10回公演。ギャラは総額20億円・・・」といったような趣旨の憶測の域を出ない記事がスポーツ紙に登場したのが、1989年の秋口。それ以降は、ストーンズの来日情報に関する正確な記事が紙面に登場することはありませんでした。誰もがその信憑性に疑問を抱き始めていた頃、その日は突然やってきたのです。1990年1月某日、全国紙の朝刊記事に突如デカデカと躍った「ザ・ローリング・ストーンズ来日公演チケット発売!」という文字。同年2月14日を皮切りに、東京ドームで計10公演を行うことを発表したローリング・ストーンズ。まだ誰しもが照れなく「ビッグ・エッグ」と呼んで憚らなかった東京ドームは、前年の3月にミック・ジャガーが、外国人アーティストとしては初のコンサートを行なっていました。もちろん、「幻の来日」で涙を呑んでいた往年のストーンズ・ファンは、”5分の1のストーンズ・ショウ”と化したミックのパフォーマンスにも100%の満足感を得たわけではなかったはず。その消化不良を一掃するべく訪れた千載一遇のチャンス!と言うと大袈裟かもしれないけど、「幻の来日」を体験した人たちの中には、実際にストーンズのメンバー全員が成田空港に降り立ち、無事入国審査が終わるまでは安心できないといった声を上げる人も少なくなかったとか。事実、中止となった1973年の日本武道館5公演も、来日まであとわずかと迫ったものの、日本政府が急遽ミック・ジャガーの入国を、麻薬逮捕歴を理由に許可しなかったという事態に見舞われたのだから、疑心暗鬼になるのも無理もないでしょう。
そして迎えたチケット発売前日の1月12日。翌日からの発売に関する問い合わせだけで都内のNTT電話回線がパンクという非常事態。さらなる混乱を避けるため発売日は、1月13日と14日の2日間に分けられ、購入枚数も4枚までと制限されましたが、発売両日共にNTTの電話回線は終日パンクという、過去に例のない争奪戦が繰り広げられました。また、チケットぴあをテナントに擁する各百貨店にも徹夜組を含む長蛇の列ができ、10公演およそ50万人分のチケットは即日秒殺と相成りました。早々に争奪戦からリタイアした僕は、この光景を連日TVのワイドショーで傍観しながら、ストーンズの存在を遥か遠いモノに感じ、「ロックはいつから”大人の玩具”になったのだろうか?」などと生意気なことを口走っていたと記憶しています・・・
1990年2月14日、小雨(だったような)。一応悔しいから、部活をサボって友人と水道橋へ。いよいよ現実のものとなったローリング・ストーンズ初来日公演。(今では懐かしき)ダフ屋が横溢するビッグ・エッグ周辺では、チケットを入手できなかったスーツ族が、バブル絶頂期ならではのケタ違いにド派手な交渉をあちこちで展開していました。「アリーナ、チェージュ(10万)からだよ」「2枚買った!」みたいな。半ば引き気味にそんな光景を黙視しながらも、この日を境に、早く大人になりたいなと思ったのは事実です。今思い出してみると、初来日を純粋に謳歌するお祭り騒ぎのようなムードとは違い、チケットを何とか手に入れようと躍起するおっさんたちの殺気で、会場周辺は只ならぬムードが漂っていたような気がします。「大枚叩いた対価として、一体全体どれだけのものが観れるのか?」などといった胃の痛む懸念を有さないという点では、ある意味分かりやすく幸せな時代だったんでしょうけど。
会場外のグッズ売り場にも途切れることのない長い行列ができ、おなじみのベロ・マークのTシャツや日本公演パンフなんかが飛ぶように売れていました。開演定刻時間も押し迫り、僕らを含むチケット争奪戦の負け組連中は、「もしかしたら外まで音が漏れてタダで聴けるかもね」といった妄想を膨らませながら、ステージが設置されるバックスクリーン側に最も近いゲート付近へと向かって行きました。実際、オープニングSEからバンドの登場→「Start Me Up」のイントロにつながれるあの爆発音と地鳴りのような歓声らしきものには、これ以上ない最小音量でありつけましたが、あとはほぼ聴き取り不能な小さな騒音の連続。「この巨大卵の中ではどんなに贅沢で絢爛な催し物が繰り広げられているんだろう?」と想像力をフル活用しているうちに悔しさが再度込み上げてきて、一路帰宅の途へ。とても中学生らしいかわいい幕切れです。ただ、4年後の「Voodoo Lounge Tour」では、きっちりとこのお返しはさせて頂きました。東京ドーム公演全てをアリーナ中央・前方3〜5列目で乗り切るという神懸りぶり・・・その後の人生を見る限り、ここで一生分の運を使い果たしたと言っても過言ではないでしょう。
そんなこんなのローリング・ストーンズ初来日見逃し回顧録。そんな人たちのために、この『Live At The Max』は存在するのです。さらには、当時新宿・高島屋にあったアイマックス・シアターでの上映をも見逃してしまった困ったチャンたちのために、この度嬉しい再リリースとなります。勿論、初来日公演を直に目撃した人たちにとっても必須の「Steel Wheels Tour」最強ライヴ映像なのです!
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初来日東京ドーム公演も含む「スティール・ホイールズ/アーバン・ジャングル・ツアー」の模様を収録したライヴ盤。 |
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8年振りのワールド・ツアーが行われるきっかけとなった89年発表作。ビル・ワイマンが参加した最後のアルバム。 |
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『Sticky Fingers』から『Steel Wheels』までの11枚のアルバムから選曲されたベスト盤。71年以降の彼らを知るのに最適な1枚。 |
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