TOP > Music CD・DVD > News > Rock & Pop > ストーンズ『Get Yer Ya-Ya's Out!』40周年豪華盤

ストーンズ『Get Yer Ya-Ya's Out!』40周年豪華盤

SHM-CD ENCORE PRESS ROLLING STONES STORE

Tuesday, September 29th 2009


 前年のマーティン・ルーサー・キング牧師、大統領予備選出馬中のロバート・ケネディ元司法長官の暗殺に集約された血生臭い空気を引きずりながら、世界が一層の混迷・激動の時期を迎えていた1969年。アメリカではニクソン大統領の就任による共和党政権の誕生、7月のアポロ11号による人類初の月面着陸成功という2大ニュースに沸きながらも、一方では泥沼化するベトナム戦争とそれに対する反戦デモや暴動が各地で勃発していた。
 
 来るべき70年代に向け、ロックも大きな転換期を迫られていた。当初、澱みない「ラヴ&ピース」のスローガンを掲げ開催されたモンタレー・ポップ・フェスティヴァル、ウッドストック・フェスティヴァルといった一連の”愛と平和のネイション”が、ユートピア思想の虚無な夢物語とその存在意義を打ち砕かれ、強大なビジネス・プールの渦にただ飲み込まれてゆく様は、誰の目にも明らかだっただろう。アメリカによるベトナム侵略に業を煮やした反体制論と手を組んだロック・カルチャーの阿鼻叫喚も、単なるユース層の鬱憤がそこに同乗しただけのポーズと解するものも事実多かった。




 結成以来最大の分岐点に差し掛かっていたのは、巨大ロック・ビジネスの頂に君臨していたローリング・ストーンズにしても同様。ブライアン・ジョーンズというバンドの核を失い、そのイニシアチヴのバトンが、ミック・ジャガーとキース・リチャーズの手にまさに渡されようとしていた時であった。
 
SHM-CD:ライヴ・アルバム編 DVD「アット・ザ・マックス」特集へ DVD「シャイン・ア・ライト」特集へ 全関連作品はこちら



妖気立ち込める、1969年ライヴの決定版


 1968年の『Beggars Banquet』で黒人音楽へのアプローチをさらに飛躍させたローリング・ストーンズは、翌69年7月3日、ブライアン・ジョーンズの死というバンド存続の最大の危機に直面するも、ジョン・メイオールの門下生でもあったブルース小僧、ミック・テイラーの加入によりこの危機を回避。ミック・テイラーのお披露目式が急遽「ブライアン追悼コンサート」と切り替えられた同年7月5日のハイドパーク・フリー・コンサートには、40万人とも60万人ともいわれる聴衆が集まった。前年より散発的にレコーディングを行なっていたストーンズは、69年11月に『Let It Bleed』という出色の作品を完成させ、その発表に伴うバンド史上最大規模の「North American Tour」を同年11月7日にスタートさせた。11月9日のカリフォルニア州オークランド・コロシアム公演の2ndショウは、ローリング・ストーンズ初のブートレグLPとして有名な『Liver Than You'll Ever Be』としてリリースされ、非公式盤にも関わらず、ローリング・ストーン誌上で音楽評論家グリル・マーカスが「1969年最良のロック・アルバム」と大絶賛するなど方々で話題を呼んだ。このブートレグが、翌年リリースの公式ライヴ盤『Get Yer Ya-Ya's Out!』のリリースを早めたと言われているのは有名な話。また、本ツアーの最終公演、12月6日のカリフォルニア州オルタモント・スピードウェイでのフリー・コンサートでは、会場警備として雇われた悪名高きバイカー集団ヘルズ・エンジェルズの手により黒人青年メレディス・ハンターが演奏中に刺殺されるという、所謂「オルタモントの悲劇」として語り継がれるロック史上最悪の事件が起きている。この様子は、ツアー・ドキュメント・ムーヴィー『Gimme Shelter』(12月16日DVDリイシュー)にも克明に記録されている。

Rolling Stones
 ブライアン・ジョーンズの死、そして、オルタモントの悲劇という2つの負債を背負うこととなったローリング・ストーンズ。元々クリーンなイメージとはかけ離れていた彼らに”常に死と隣り合わせのバンド”という退廃的なレッテルを貼られ始めたのも、この1969年頃を境にしてからだろう。また、「Midnight Rambler」、「Sympathy For The Devil」、「Gimme Shelter」といった曲に凝縮された毒々しく”悪魔的な”イメージは、当時黒魔術にハマっていたと囁かれるミック・ジャガーの妖艶なパフォーマンスやバンドのラフな演奏と相俟って、よりデカダンスでスキャンダラスなロック・アイコンの化身へとその世界観をデフォメル的に加速させていった。
 ハイド・パークにおけるパフォーマンスは、1年間のステージ・ブランクもあり、お世辞にも上等なものとは言えなかったが、同年5月に自身の「ローリング・ストーンズ・レーベル」を設立したり、グラム・パーソンズ、ライ・クーダー、レオン・ラッセルら米南部ミュージシャン達と積極的に親交を深めたりと、1969年は、バンドのパブリック・イメージを決定付けただけでなく、肝心要のサウンド部分やその方向性においても大きな収穫を得た年と言えるのは間違いない。バンドが米南部のスワンプ・ロックやカントリーなどに接近したのと同時に、キース・リチャーズが変則のオープンGチューニングを完全に我が物にしたのもこの年。「North American Tour」では、何曲かがオープンGを駆使して演奏され、その様子は、『Get Yer Ya-Ya's Out!』を聴いていただければ顕著だ。スタジオ録音ではオープンDであった「Jumpin' Jack Flash」は、すでにオープンGで演奏され、「Midnight Rambler」、「Love In Vain」においても同じくオープンGチューニングが採用され、現在に至るまでのキースのギター・スタイルの原形が聴いてとれる。ブライアンの脱退から、新加入のミック・テイラーがバンドに馴染むまでの間、つまりは『Beggars Banquet』、『Let It Bleed』のレコーディングにおいて大車輪の活躍をみせたキースは、この年大きな音楽的成長を遂げたのである。フェンダー・テレキャスターをメインに使用し始める70年代とは異なり、キースは、レスポール、ES335、フライングV、ファイアー・バードといったギブソン・ギターをこの時期多用。一方のミック・テイラーもレスポールやSGをメインに使用。この2台のギブソン・ギター・サウンドのコンビネーションによって、その後の70年代ストーンズにはないヘヴィでブルージーな妖気が見事に生み出されていた。




・11/27/69
Jumping Jack Flash
Carol
Sympathy For The Devil
Stray Cat Blues
Love In Vain
Prodigal Son
You Gotta Move
Under My Thumb
I'm Free
Midnight Rambler
Live With Me
Little Queenie
Satisfaction
Honky Tonk Women
Street Fighting Man
   



・11/28/69(1st SHOW)
Jumping Jack Flash
Carol
Sympathy For The Devil
Stray Cat Blues
Little Queenie
Satisfaction
Street Fighting Man
-------------------------
・11/28/69(2nd SHOW)
Jumping Jack Flash
Carol
Sympathy For The Devil
Stray Cat Blues
Love In Vain
Prodigal Son
You Gotta Move
Under My Thumb
I'm Free
Midnight Rambler
Live With Me
Little Queenie
Satisfaction
Honky Tonk Women
Street Fighting Man
 その突飛なタイトルは、ヴードゥー教の呪文を出典としていると言われている『Get Yer Ya-Ya's Out!』。1969年11月27、28日マジソン・スクエア・ガーデン(MSG)におけるライヴ音源を中心に纏められた(「Love In Vain」のみ11月26日のボルチモア公演)、ミック・テイラー在籍期の唯一となる実況録音盤(発表は70年9月)だ。先述のブートレグ『Liver Than You'll Ever Be』のあまりの出来の良さに慌てたDeccaが急遽リリースを決めたといういわくつきの本作は、新生ストーンズの魅力のみならず、それまでの短時間のパッケージ・ショウとは訣別したロック新時代の到来を告げるに相応しいエキサイティングなライヴの模様を捉えている。ちなみに、「Midnight Rambler」のブレイク部で、日本語らしき絶叫で「カッチョエエッ!!」と聞こえるその声の主は、村八分のチャー坊であるとかないとか・・・お約束のトリビアではあるが、今一度ご確認をどうぞ。

 これまで世に流通していた10曲が、11月27、28日両日のMSG公演を完全収録したものではないというのはご存知のところだろう(右表参照)。しかし、この度その完全版が遂に登場する。発売40周年を記念して12月9日にリリースされる3SHM-CD+1DVDの豪華盤がそれで、40年もの間公式に陽の目を見なかった5曲のライヴ音源が追加される。従来の『Get Yer Ya-Ya's Out!』のSHM-CD仕様に加え、ディスク2には「Prodigal Son」、「You Gotta Move」、「Under My Thumb」、「I'm Free」、「Satisfaction」の未発表5曲をこちらもSHM-CDで、さらには同ツアーに帯同していたB.B.キング、アイク&ティナ・ターナー(チャック・ベリー、テリー・リードの音源は未収録)のライヴ音源12曲をSHM-CDでディスク3にパッケージ。そして、ディスク4には、その未発表5曲をDVDで収録という奮発ぶり。ビートルズのリマスター・ボックスばかりに世間の関心が集まっている今日この頃だが、ロック再発市場においてこの豪華盤の登場は紛れもない事件なのだ。




Get Yer Ya-Ya's Out -3SHM-CD+1DVD Deluxe Edition   
Get Yer Ya-Ya's Out (3 SHM-CD+1 DVD)

 B.B.キング、アイク&ティナ・ターナーなどの共演アーティストの演奏や貴重な映像を加え、『Get Yer Ya-Ya's Out』が発売40周年を記念してデラックス・エディションでリリース。ストーンズのアルバムに楽曲が追加されることは極めて異例!これまで公式にリリースされなかった「Prodigal Son」、「You Gotta Move」、「Under My Thumb」、「I'm Free」、「Satisfaction」の5曲を音源、映像として別途追加。さらには、ツアーに帯同していたB.B.キング、アイク&ティナ・ターナーのライヴ音源もSHM-CDで12曲。ファン待望のコンプリート・リイシュー。



Get Yer Ya-Ya's Out (3 SHM-CD+1 DVD)

<仕様>
● 約15cm×20cmのケース ● CD×3枚(日本盤のみSHM-CD仕様) ● DVD×1枚(日本語字幕付) ● 米国編集56Pブックレット(イーサン・ラッセルによる写真とエッセイ、レスター・バングズによる記事、  その他コンサート関係者の証言等を掲載予定) ● 1969年のツアー・ポスター(デヴィッド・バードによるデザイン)を模したポストカード ● 解説・歌詞・対訳付(日本盤のみ) ● 英初回盤LPを再現した紙ジャケット付(日本盤のみ)


※画像はイメージです。実際の商品とは異なる場合がございますので予めご了承ください。
  
Get Yer Ya-Ya's Out -3SHM-CD+1DVD Deluxe Edition


Beggars Banquet    『Beggars Banquet』

 1968年発表。『悪魔を憐れむ歌』等の重要曲を所収したブライアン在籍時最後の作品。



Let It Bleed    『Let It Bleed』

 1969年発表。ロック激動の年に産声を上げたDecca期最後のスタジオ・アルバム。




 
『ギミー・シェルター』デジタル・リマスターDVD
暴力を前に、ストーンズは無力だった


 ここでは、1969年12月6日、カリフォルニア州オルタモント・スピードウェイ(レース場)で50万人の聴衆を集めたフリー・コンサートの模様をドキュメント映画として捉えた『Gimme Shelter』についても補足的に記述しておきたい。60年代後半のヒッピー・シーンにおけるフリー・コンサート等ではすでに”セキュリティ”としておなじみだった、バイク愛好家を中心とするアウトサイダー集団ヘルズ・エンジェルズ。元々はサンフランシスコ近郊で行なわれていたLSDパーティーで、エンジェルズとグレイトフル・デッドが出会ったことをきっかけに、彼らとロック・シーンとの付かず離れずの関係が始まったと言われている。つまりは、デッドのジェリー・ガルシアの手引きによって、エンジェルズとストーンズはオルタモントで結び付けられたという構図だ。実際は、聴衆整理として500ドル相当のビールを”報酬”に雇われたという。同年7月のハイド・パーク公演の一応の成功で、フリー・コンサートに前向きな意向を示していたバンドは、ツアー最終日に再度フリー・コンサートを開催することを決意。その数ヶ月前に行なわれたウッドストックには、「混乱と暴力を招く恐れがある」という理由から出演を主催者側から拒否されていたこともあり、バンド自らが主催するフェスティヴァル・コンサートには人一倍の功名心があったのも事実だろう。出演は、ストーンズ、デッドほか、サンタナ、ジェファーソン・エアプレイン、クロスビー・スティルス&ナッシュ、フライング・ブリトー・ブラザーズといった華やかな面々が並び、”ストーンズ版ウッドストック”の成功は確約されたかのように思えた・・・がしかし、会場には開演前からすでに物々しい雰囲気が漂っていた。現にヘリコプターで会場に到着したミック・ジャガーが屯する若者の一人にやおらぶん殴られるといった出来事も起きている。さらに、ジェファーソン・エアプレインのステージでは、観客を暴力で抑えつけるエンジェルズに憤慨したヴォーカルのマーティ・ベイリンが、突っかかっていったところを返り討ちにあうという騒ぎも勃発し、いよいよ以って”平和の祭典”を象徴するフリー・コンサートの神話は音を立てて崩れ落ちようとしていた。

Rolling Stones / Gimme Shelter
 エンジェルズの威圧感が会場を支配したまま、ストーンズのショウは、この年のツアーのオープニングとなっていた「Jumpin' Jack Flash」でスタート。「Carol」に続いて、3曲目の「Sympathy For The Devil」の時に最初の混乱が起こる。ステージ前でのエンジェルズと観客の小競り合いが大乱闘に発展。ミックやキースが冷静になるように再三呼びかけるも成す術なく演奏は中断される。演奏再開後も所々で喧嘩、暴力行為は行なわれ、ミックもキースも「とてもじゃないが続けられない」といった不安の表情を覗かせる。動揺を隠せないままの不安定な演目は続き、「Under My Thumb」で遂に悲劇が起きた。イントロから30秒と経たないうちにまたしても混乱は起き、18歳の黒人青年メレディス・ハンターが、エンジェルスのメンバー、アラン・パサーロに背中を刺され、その後袋叩きにあい死亡した(護身用の銃を取り出したメレディスが、ステージ上のミックに銃口を向けていた為に正当防衛であることが認められパサーロは釈放されている)。どちらに正当性があろうが、現実にロック・コンサート、しかも”愛と平和”を唱えるフリー・コンサート(フェスティヴァル)で凄惨な殺人事件が起きてしまったことは確かだった。フェスティヴァル元年を締めくくる「ラヴ&ピース」の大義が、ベトナム反戦運動や冷戦がもたらす時代の悪意とリアルな暴力衝動に完膚無きまでにねじ伏せられた瞬間、モンタレー・ポップ・フェス、ウッドストックを通して描かれてきたユートピアは、完全に白紙に戻された・・・というよりは、この時代特有の「夢想」としてロックの記憶の底に葬り去られたと言ってもよいのかも知れない。一連の騒乱後、なんとか演奏を立て直し、努めて冷静に演目をこなしたストーンズ。暴力の前では確かに無力ではあったが、その胸中には、はたして如何なる思いがめぐっていたのだろうか?60年代の終焉を肌身で感じ郷愁の念に駆られていたのか?あるいは、目前に迫る70年代型ロック大航海時代への舵取りにすでに頭を切り替えていたのだろうか?騒乱の渦の中、真っ青な表情でステージに立ちすくむミックやキースを『Gimme Shelter』で観るたびに、そんな思案に明け暮れてしまう。12月16日にデジタル・リマスター版DVDとして再登場する、映画『Gimme Shelter』は、このオルタモント公演を含めたUSツアーの最後の10日間を追いかけ記録した内容で、上掲『Get Yer Ya-Ya's Out』の舞台となっているMSG公演の模様もオープニングで使用されている。フィクションの面白さで展開する現実の姿を映す「ディレクト・シネマ」という手法を得意としていたデヴィッド&アルバートのメイズルズ兄弟とシャーロット・ツワーリンが制作にあたり、メレディス・ハンターが刺殺されるシーンを効果的に挿入したり、会場決定までの東西奔走の裏側をドキュメンタリーとして加えたりと、単なるツアーの記録映画で終わらない見事な演出が光る。日本では71年に劇場公開された。

 結果的には、ウッドストック思想を終焉させるべく60年代最後の”生贄”としてオルタモントへと導かれたローリング・ストーンズだが、70年代に入ってからは、それまでの悪魔祓いをするかのように、よりエンターテインメント性に従順なパフォーマンスで精力的に動き回ることとなる。1969年、ロックにとってもストーンズにとっても大きな節目となったこの年。 『Get Yer Ya-Ya's Out』、『Hydepark Concert』、そして、『Gimme Shelter』、『Let It Bleed』に纏わりつく転換期ならではの独特の雰囲気は、制作/発表から40年の時を経た現在でも、煙草のヤニ汚れの様にべったりとこびり付いている。



 
ローリング・ストーンズ
60年代後期の映像作品




Gimme Shelter -デジタル リマスター版   
Gimme Shelter デジタル・リマスター版

 ローリング・ストーンズの1969年の全米ツアーを追った歴史的ライブフィルム。ニューヨークからカリフォルニアまで、世界で最も偉大なロックバンドに密着した10日間。その熱狂と興奮が生々しく克明に記録される。 ツアーも終盤、事件は起こる。オルタモント・スピードウェイで行われたフリー・コンサート。カメラは暴力とカオスとカウンター・カルチャーが混ざり合い、爆発する様子を捉える。それはまさに、ラヴ・ジェネレーション終焉の瞬間だった。『Jumpin Jack Flash』、『Satisfaction』、『Brown Sugar』など全盛期のストーンズ・ナンバーのエキサイティングなライヴ映像満載。本編約91分に加え、未公開演奏シーン、予告編集、オーディオ・コメンタリーなど豪華特典収録。さらには、初回盤のみ36ページの豪華ブックレット付き。



Hydepark Concert
    
Hydepark Concert

 1969年7月5日、ロンドンのハイド・パークにおける歴史的なフリー・コンサートの模様を伝える映像作品。脱退したばかりのブライアン・ジョーンズの突然死の2日後に行なわれ、25万人を集めたこのコンサートの映像は、ブライアン・ジョーンズ追悼、そして、新加入のミック・テイラーのお披露目ライヴとして、ロック史的にも重要なものである。当時のストーンズの状況を語るミック・ジャガーのインタヴューなども織りまぜた貴重なドキュメンタリーとなっている。



One Plus One --悪魔を憐れむ歌
    
One Plus One〜悪魔を憐れむ歌

 1968年、五月革命の嵐が吹き荒れるパリを離れ、“スウィンギング・シティ”ロンドンにいたジャン・リュック=ゴダールが、「悪魔を憐れむ歌」をはじめとする『Beggars Banquet』のレコーディングに入っていたローリング・ストーンズを捉えた傑作音楽ドキュメンタリー。



Rock And Roll Circus
    
Rock And Roll Circus

 激動の60年代の空気を鮮やかに伝える優れたドキュメント、TVショウ「ロックン・ロール・サーカス」をDVD化(フォト・ギャラリーやバイオグラフィーも収録)。名作『Beggars Banquet』、『Let It Bleed』からのライヴ・パフォーマンスを観れるのが何と言っても嬉しい。ジョン・レノン、エリック・クラプトン、キースらによる即席バンド=ダーティ・マックの「ヤー・ブルース」や、ザ・フーらの演奏も収録。