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水原弘から目を逸らさない。

2009年5月19日 (火)

水原弘”黒い花びら”


無頼派”オミズ”の「黒い花びら」が
第1回日本レコード大賞受賞から早半世紀。


 ”水原弘”、あるいは、”黒い花びら”をあまりよく知らなくても、現在も各地に点在する、アース製薬殺虫剤のあのホーロー看板をご存知の方も多いことでしょう(元々は、昭和45年(1970年)に製作されたテレビCM)。由美かおるヴァージョン(アース渦巻)と双璧を成す、全国の看板コレクターからも一目置かれるこの看板。水原弘の人となり、キャラクターを的確に顕していると云ってもよい、ゴツゴツとしたテクスチャを誇る奇跡の1枚。四十路周辺の方々には、リアル星一徹を仮想させる、無骨で野太い昭和の頑固親父像を印象付けてきた、水原弘。20代後半の諸兄にとっては、さしずめ、”林隆三ミーツ東野英心”のような圧迫感に酷似していると云えそうでしょうか。

水原弘×ハイアース
 そんな強烈なインパクトを残した看板(テレビCM)は、実は水原の全盛期と呼ばれるものからはほど遠い、晩年に近いものだということを、後に知らされたときのショックときたら・・・。

   高校生のときに、ラジオ番組「素人ジャズ喉自慢」で優勝した水原は、ジャズ喫茶で歌っているところを、ワタナベ・プロ社長、渡辺美佐にスカウトされ芸能界入り。秋吉敏子のバンド・ボーイを務め、山口軍一のハワイアン・バンド、ルアナ・ハワイアンズを経た後、ダニー飯田に引っ張られるカタチでパラダイス・キングにヴォーカリストとして加入。エルビス・プレスリーの熱狂を日本に持ってきた、所謂、日劇ウエスタン・カーニバルの第2回興行から水原は出演し、”ロカビリー三人男”(平尾昌晃ミッキー・カーチス山下敬二郎)に次ぐ三羽烏、守屋浩、井上ひろしと並ぶ、”三人ひろし”と呼ばれ注目を集めました。昭和33年(1958年)にパラダイス・キングを脱退。その後任には、ザ・ドリフターズを脱退した(当時はギター担当)ばかりで、当時17歳の坂本九が就いたことは云うまでもないでしょう。パラキン脱退後は、自らのバンド、水原弘とブルーソックスを率いて、ロカビリアンとしての活動を行なっていました。

 翌、昭和34年(1959年)に、夏木陽介主演の東宝映画『青春を賭けろ』に歌手役として出演。ここで劇中歌として歌われたのが、永六輔・作詞、中村八大・作曲、当時新進気鋭の”六・八コンビ”の記念すべき初作「黒い花びら」だったのです。当代一流のジャズピアニストであった中村が手掛けたモダンなフィーリング、そこに乗る”甘い低音”と称された魅惑のバリトン・ヴォイス。フランク永井白根一男らを触発した歌謡界の一大”低音ブーム”を巻き起こし、同年に設立された第1回日本レコード大賞を見事受賞。もちろん、その年の紅白歌合戦(第10回)への出場も果たしました。

 前年に、日本作曲家協会初代会長・古賀政男、平井賢らがアメリカの”グラミー賞”を現地に視察し、模倣したものが、この日本レコード大賞だったわけです。遡ること半世紀。栄えある第1回の大賞を受賞した「黒い花びら」は、”男の失恋の痛手”というさほど珍しくもない、”女々しい”テーマを無骨な男が歌ったにも関わらず、当時としては異例の30万枚以上のレコード・セールスを叩き出し、歌詞の意味も分からない子供までが口ずさむ、国民的な大ヒットを記録しました。”ムード歌謡元年”と呼ぶ人も多い昭和34年(1959年)。フランク永井&松尾和子「東京ナイトクラブ」ペギー葉山「南国土佐を後にして」スリー・キャッツ「黄色いサクランボ」といった名曲の誕生もこの年。また、「皇太子ご成婚」、「長島の天覧試合」など、テレビ放送の国内拡充に沿った社会ニュース、新しい娯楽に日本中の国民が沸いた、そんな年でもありました。

水原弘×ザ・ピーナッツ出演「飛び出した女大名」
 同じく昭和34年(1959年)には”黒い”シリーズの第2弾、岡田真澄・主演映画「青春を吹き鳴らせ」の挿入歌となった「黒い落葉/黄昏のビギン」(黒いシリーズ三部作の完結編は「黒い貝殻」)をリリース。B面曲の「黄昏のビギン」は、ちあきなおみの名カヴァーでもおなじみとなりました。

   「みな殺しの歌 拳銃よさらば」(昭和35年・東宝)、「嵐を呼ぶ楽団」(昭和35年・宝塚)など、水原は、やがて映画界にも進出。そこで、勝新太郎と出会い、その破天荒ぶりと男気に憧れ、勝を真似た豪遊ぶりが始まることとなります。晩年の水原を苦しめる酒・博打三昧の代償となる借金・病気との戦いは、図らずも無頼派”オミズ”と国民から愛された瞬間から、同時に幕を開けたと云っても過言ではないでしょう。  

 「禁じられた恋のボレロ」(昭和36年)、TV映画「月曜日の男」同名主題歌(昭和36年、主演・待田京介)などコンスタントにシングル盤をリリースするも、「黒い花びら」以降は、これといったヒットにも恵まれず、水原は、酒びたりの日々に沈んでいったのでした。 

 持ち前の気風のよさ、業界屈指の酒豪ならではの飲みっぷりで、銀座の高級クラブを梯子する水原。「奢られ酒ほどまずいものはない」と、次から次へとボトルを空ける。「黒い花びら」のヒットで手にした印税、ギャラが底をつくのももはや時間の問題でした。銭がなくとも酒を酌む。ここが、本物の酒飲みのマズイところ。落ち目になればなるほど派手になる豪遊・放蕩ぶりは、当然”借金地獄”というカタチで己に帰ってきたのでした。さらには、違法賭博によるスキャンダルが追い討ちをかけ、昭和40年(1965年)を迎える頃になると水原は、ブラウン管の前から姿を消し、完全に”過去のヒト”として語られるようになってしまったのです。    

水原弘「へんな女」
 水原のどん底生活を救ったのは、彼の人間性に惚れ込んでいた仲間・同僚たちでした。その一人、当時のマネージャー、長良じゅんは復活プロジェクトを画策し奔走。昭和42年(1967年)、当時ヒットメイカーとして名を馳せていた作詞家・川内康範に起死回生の命運を託し、そこで生まれたのが「君こそわが命」(作曲・猪俣公章)でした。ミリオン・セラーを記録した”奇跡のカムバック”と呼ばれたこの復活劇は、その年の暮れの第9回レコード大賞歌唱賞受賞、5年ぶりの紅白出場というカタチで結実を迎えました。

 「愛の渚」(昭和42年)、「慟哭のブルース」(昭和43年)、「こころ泣き」(昭和44年)、「恋のかげろう」(昭和44年)など、大ヒットには及ばなかったものの、復活後は、それまでの”黒くニヒルな”イメージを覆す、キレのあるリズム歌謡などを中心に歌った水原。中でも、”ハマクラ”こと浜口庫之助が作詞・作曲を手掛けた「へんな女」(昭和45年)は、「ウパウパティンティン♪ウパウパティン♪」と一度耳にしたら、忘れようにも忘れられない強烈なパンチラインで、ジャパニーズ・ストレンジ・クラシックの最高峰に位置しているということは、和モノ・ヴァイナルハンター界隈では特に有名な話でありましょう。

 が、順風は長くは続かず・・・一度身に染み付いた悪癖というものは、ちょっとやそっとじゃ削ぎ落とすことができなかったのです。奇跡の復活劇から3年。心の隙間を埋めきれなかった水原は、再び酒に溺れ、借金にまみれ、すでに、多少のヒットを飛ばしたところでは、全く首の回らない状態にまでその額を膨れ上がらせていたのでした。所属するレコード会社や、事務所は、借金の肩代わりに、水原を馬車馬のように働かせました。過酷なスケジュールによるドサ回り営業で歌い続けた水原。睡眠もロクにとらず全国を回るも、出演料が手元に残ることはない・・・自業自得と云えども、さすがに水原の体は悲鳴を上げ、破滅の一途を辿りました。 

 昭和53年(1978年)6月23日、北九州のクラブに出演した水原は、宿泊先のホテルで大量の血を吐き、意識不明の重体に陥りました。危篤状態が続いた後の7月5日未明、肝硬変のため42年の短い生涯を閉じたのでした。

 兄貴分と慕った勝新太郎がそうであったように、借金取りに追い立てられても、決して止まることのなかった水原の豪遊癖。酒も博打も”芸の肥やし”と賛歌されていた時代、芸人たるものかくあるべきを”トゥーマッチ”に体現した見返りとして待っていたものは、あまりにも残酷な報酬に他なりませんでした。これを刹那の代償と呼ぶか、見栄の代償と呼ぶかはさておき、免れようのなかった壮烈な人生行路に身を投じ、逞しく歌い抜き、散り散りとなった黒い花びらに、「昭和の歌謡界を疾風のように駆け抜けた男」とだけ言残す、あまりにも無常な、嗚呼俗世間。ほめそやす者とほめそやされる者、いつだって骨抜きにされるのは後者。


 先頃、大阪で遭遇した”アースの水原”が、「あきらめました あきらめました♪」と口ずさみながら、ハイアースをぶっかけてきたことで、全てが丸っぽく収まった気がしました。

(敬称略)
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